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65:うさ耳細目計算尽く養殖腹黒女

近日中のつもり、だったんです……すみませんでした(活動報告参照)

文量が多いので分けました。

 儀式はあっという間に終わってしまった。

 薬指にはパートナーとの新たな繋がりをはめ込んで、それを眺めてはニヤつく。

 好きな子と、生涯身につけ続けるものがお揃いなのだ。それはそれは、テンションも上がりまくるというもので。


「レーナちゃんレーナちゃん! これからはずっとずっと、それこそ一生肌身離さず、その指輪のこと私だと思って大事にしてね!」


「え……あの、お料理するときとかはふつうに外すと思いますよ? 汚したくないですし」


「現実的な事情だけどなんか悲しいな!?」


 まあ確かに汚したくないから外す、という考えは一理ある。よくよく考えたなら、私だって仕事中に返り血やらで指輪が血塗れになってしまう可能性があるのだ。真っ赤なリングなんて怖すぎる。


「……ならいっそ、どこかに大事にしまっておこうかなぁ」


「そ、それはそれで寂しい気がします……どうせなら普段はずっとつけていて欲しいですし」


「だよねぇ……でも色々気にし出したら外に持ち出すこともできないし……悩ましい限り」


「施錠魔法とか、どうでしょうか? あれなら、指輪だけ薄く膜のようなもので包んで守れるんじゃ……」


「は? おうおうわかってねぇなぁ……指輪の感触を肌で触れて感じられるからこそ付けてるって実感できるんでしょーが。そんなそんな守るみたいに包み込んでたらそんなの指にだだ膜張ってるだけと同じですわ。指輪はめてないのと同義ですわ。直に触れられない指輪とかそんなのしまっておくのと同じだよ同じ」


「……えと、美学に反していたみたいでごめんなさい」


 何故か微妙に引かれてしまった。

 ともあれ、指輪の今後の扱いについては早急に決めねばなるまい。


「ところでこのドレス、いつまで着ていないといけないんでしょうか……」


 現在、私たちは諸々の祝辞や何やらを終えて、簡単なお食事会の場にいる。

 テーブルクロスの敷かれた複数の卓上には様々な料理が並んでいて、妙に凝った作りのものから、手作り感満載の家庭料理までその種類は多岐にわたる。

 特にドレスコードなんてものもなく皆自然体で、立ち話しながら飲み物を呷ったり、幼い層は駆けっこに興じていたり、多彩に多様に過ごしていた。


「あのっ、スミカさん、聞いてますか……? 無視しないでください……」


「聞いてます。脱いじゃダメです」


「えぇと……こ、これかなり恥ずかしいんですよ……?」


「知ってる。だからこそダメ」


「訳がわからないです……」


 本人は訳がわからなくてもいい。嫌がってたり恥じらってたりするからこそ(はた)から見て味わいが出たりするのだ。

 何なら私の格好だって恥ずかしいんだから。純白ウェディングドレスとか私に一番合わないやつだ。これはもっと心の綺麗な女性が着るべき純潔の象徴であって––––私結構心汚いんだけどな!


「スミカさんは似合ってますし、その点いいですよね」


「は?」


「だって、皆さんも綺麗だって言ってましたもん」


「えっ? ……あははっ、何それうっそだ面白い冗談………………へ、ほんと?」


「はい。冗談で、綺麗だなんて言いません。そんな冗談全然面白くないですよ」


「真剣な顔して思いっっきり発言が自分に跳ね返ってるよ」


「茶化さないでください」


 発言に思うところはあるけど、どうやら冗談に虚言の類いでもないらしい。……ネエネエ、私が可愛いとか綺麗っつっても最初の頃冗談だと思ってたよね貴様。あえて言わんけども私はこのオツムにしっかり記憶してるぞ。あえて言わないけど。


「普段機会がないから言わないだけで、皆さん、スミカさんのこと綺麗だと思ってるんですから」


「あー……うん。……え、えへへ……えっと、まじかぁ……うん、それは嬉しいな、うん」


 しかしまぁ、人間本気で照れると茶化すこともできなくなる。お世辞もあるんだろうけど、少しでも皆から綺麗だと思われたなら嬉しい限り……って、なんかレーナちゃんみたいなこと考えてるな。おかしいぞ、私は自己愛盛んなナルシストウーマンのはず。自分大好きっ子、胸を張れ。


「へ、へへ……ようやく皆私の魅力に気づいたらしいな! な!」


「なんだか声が震えてますけど……そうですね、とってもお綺麗です。……私は、やっぱり恥ずかしいですけど……」


 裾を軽く持ち上げながら、己の纏う漆黒の衣装を指して述べるレーナちゃん。恥ずかしがっている姿は衣装的にもよく映える。赤い顔と銀の髪と全体のハクジの肌と優雅な黒い服の組み合わせは最高の一言だった。

 

「何回も言うけど、似合うから脱いで欲しくないんだからね。勿体ないよ、輝いてるよっ、私服もうそれでいいよ! てか絶対脱ぐな!」


「ど、怒涛の勢いですね……私服の案は動きづらすぎますし無理ですけど……似合うとか、そういう言葉には弱いです……」


「すごーーーく、可愛い!! 剥製にしちゃいたいくらい! あ、でもそれじゃレーナちゃんの声も聞けなくなっちゃうし内面の機微も表情の変化も感じ取れないのか……それはやだなぁ」


「な、なんだか不穏すぎる言葉が聞こえたんですが……!? 人を剥製になんて、そ、その考えは、流石に『さいこぱす』ですよ……っ」


「あははぁ、冗談だから。普通にめっちゃ可愛い、としか思ってないから気にしないで」


 剥製にする計画になんて大分前にほんのすこーしだけしか考えたことないから、安心して欲しい。ほんとにちょびっとだけだ。ちょびっとだけ。今はもう考えてないからね。今後も多分実行しないからね。


「そ、そうですか……?」


「うん。ちょー可愛いよ〜」


 すると、あ、とか、う、とか呻いて目を泳がせ、最終的には軽く俯いて、レーナちゃんは小さく、じゃあこの格好も仕方ないかな……と呟いた。心の声漏れてる。

 彼女は私の『かわいい』という褒め言葉に過敏に反応する。

 元々半信半疑だったところを、恋人になって、結婚までチラつかせられて、そして実際に式まで挙げて認めざるを得なくなったのだろう。

 自分は、私からはお世辞でも無く本当に『この世で一番可愛い』と思われている、と。

 最近では容姿の手入れにもいっそう力を入れているように思う。何もしなくても可愛いところにもっと可愛くなるのでもう可愛い。自分でも何言ってるか分からないけどレーナちゃんが可愛いのでもう可愛いということでいいと思う可愛い。

 とにかく、自虐しがちな彼女は少しずつでも、長く時間をかけて変わり始めている。根深い心傷を完全に癒すことは出来なくても、自分の外面内面を愛している他者がいると認識できているのは、この五年間における大きな成長と言えた。


「スミカさんがそう思ってくださるなら……その、良いです。……頑張れます」


「……うぐっ」


「え、ど、どうしたんですか……!?」


 思わず左胸を抑えながらしゃがみ込むと、焦った顔でレーナちゃんは心配げに背中をさすってくれる。

 衣装への羞恥を堪え、かわりにじんわりと喜びを噛みしめるような赤らんだ微笑で言われたので、なんというか心に来たのだ。ハートの拍動が高速でビートしてヒートしている。

 

「いじらしすぎ……いじめたくなっちゃうんだけど」


「えっ!?」


 髪に櫛を入れる権利だけは絶対に譲らないけど、それ以外の手入れ現場は陰ながら微笑ましく覗かせてもらっている。気配は消しているので彼女は勿論気づかない。半ば盗撮魔みたいなものだ。完成後の可愛さより、可愛くなろうとしている段階の方がずっと彼女のひたむきな面が見える分愛しく感じるので、覗き見がやめられない。無論完成後も可愛い。

 こちらを意識した行動ばかり取られると、性格の悪いことに嗜虐心のようなものが湧いてきて、いじらしさからいじめたくなる。こちょこちょくすぐったりわしゃわしゃしたくなる。


「い、いじめるって……お化粧が落ちるようなことでしょうか……ここでは、しないで下さいね……?」


「おぉっ、家ならしてもいいの!?」


「うぇ!? ダメですよっ」


「どこならいいの?」


「どこなら良いとかじゃなくて……もぅ、ダメったら、ダメですから。め、迷惑してるんですからね」


「またまたぁ、ありがた迷惑ってやつでしょ?」


「それ多分使い方間違ってます」


 そうは言えど、この子は何だかんだ人肌のぬくもりが大好き。そのうち自分から擦り寄ってきて私の餌食になるのは明白……私という名の蜘蛛の巣からは逃げられない宿命にあるのだ、就寝したらわしゃわしゃナデナデしてやるから覚悟しろよ。


「ぐへへ……夜が楽しみぃ」


「み、身の危険を感じる笑みです……」


 なんて、軽口と戯言を並べて二人で遊んでいると、


「––––相変わらず仲睦まじい……いや、式まで挙げればそれも当然か」


「……は?」


 不意に、凛としたよく通る若い女性の声音が耳に届いた。いつかに聴いた覚えのあるような、そんな懐かしい声だった。

 反射的にそちらを振り返ってみると、


「スミカ・タチバナ殿、息災だっただろうか」


「あっ、お久しぶりです」


「……反応が薄いな、わざわざここまで出向いたと言うのに」


 そこには白髪の、声音に相応しい凛々しさを放つ美貌があった。

 王都における数少ない知り合いである、召喚術師クォラさん。入場中に見かけたのはやはり見間違いではなかったらしい。

 近づいてくるその姿に軽い調子で手を振ると、その口元に苦笑が滲む。


「だってさっき歩いてる時に目合ったしなぁ……あの、でも正直来てくれないかもとか思ってました。わざわざありがとうございます。嬉しいし、驚いてます」


「それは……あんな文面の手紙を送りつけられれば来ざるを得ないだろう」


 確かに割と罪悪感を掻き立てるような文面で招待状を出した覚えはある。けれど、訳ありとは言え私はこの世界に選択肢も無く勝手に拉致されて、家族とも離れ離れにさせられた。レーナちゃんに会えて毎日幸せいっぱいなのも結果論でしか無く、それが無ければ私は鬱屈とした気持ちを抱えて生きていたはずで、その状況は想像に難くない。そういう意味では多少冗談程度に過去を掘り返してもいいかな、とは思ったのだけども。……性格が悪すぎただろうか、少し反省する。


「蟠りは勿論まだあるだろう。何か困ったことがあるなら、あの件に関わった召喚術師一同解決に手を貸すことを約束する。だから……頼むから、あまり胃に悪いことはしないでくれないか。個人的な話ではあるが、死活問題なんだ……どんどんどんどん、痛みが……」


 言いながらお腹を抑えるクォラさん。まさか胃痛持ち? 何やらやつれた様子だし、職業関係で心労が絶えなかったりするのだろうか。もしストレス蓄積を助長して胃に穴を空けさせてしまったら責任問題やばい。


「ごめんなさいすみませんもうしないです蟠りとかも大体ないです。大丈夫」


「何故早口……? しかし、そうか……まぁ、それはひとまずいいんだ。あまり文句を言うつもりもない。それよりも、改めておめでとう、タチバナ––––いや、スミカ殿、レーナ殿。祝言だと知らせてくれていれば、祝儀の一つも用意したところだったのに」


「やー……流石にそこまでは」


「……いやいや。ここまで来て何もしないのも……そうだ、取ってつけたようではあるが、今手持ちの金銭から……」


 すると彼女は、腰に引っ掛けていたと思われるぷっくり膨らんだ革袋を手に取り、そこから数枚、金色の、眩い光沢のあるコインを––––、


「だぁあぁあぁあ!! いらない! いらないぃ!!」


「そ、そうか……?」


 流石にそこまで図々しく求めるつもりはなかった。てか今袋の口から覗いた貨幣は、王国でも一番価値が高いものだったはずだ。何でこの人そんな大量に持ってるんだ。ブルジョワか、夜道とか危険すぎる。


「しかし、3枚くらいは……」


「ほんっとにいらないですからっ」


「む……そこまで言うなら、無理強いは良くないか」


 いくら何も注文せずに飲食店に居座って某店主にキレられた前科を持つ私でも、親しき仲にも礼儀あり––––親しくない仲には更なる礼儀があることくらい弁えている。これでも二十年と二年生きてるのだから、多少なり実体験として心得ている。……はず。

 本能的に他人からの施しに過剰反応するマイ花嫁さんも、琥珀の瞳を遠慮しがちに開いて首を振っていた。


「もう十分祝っていただいてますし、そこまでのことは……で、ですよね?」


「うん。急に呼び出してそこまでは、悪いかなーって流石に思う」


 大して親しい訳でもない。苦手とも好ましいとも思えないほど短い時間しか共有しておらず、クォラさんにしてみれば私は仕事の都合上顔を合わせた他人に過ぎない。

 なのに、彼女は駆けつけてくれた。それ以上の何かを望むのは、欲張りすぎというもので。


「……顔を知って言葉を交わしてもいれば、その者はもう友人か、少なくとも知り合いだ。蔑ろにはできないよ。それ相応の誠意は持ちたい」


「……」


「だからこの金貨を」


「しつこいな!?」


 微笑を携えて、それが世の真理だとでも言うかのように世間話でもする何気ない声音で、彼女は迷いなく言い切った。これで金貨押し付けて来なければかっこよかったのになぁ……。

 お人好し––––もとい優しい人、なんだろう。

 親しい友人さえ時と場合で蔑ろにすることのある『人』の心理において、その姿勢はとても尊いものだ。胃痛持ちなのも、人を気遣いすぎるだとかそういう要因があるのかもしれない。


「クォラ様は、優しい方ですね」


 隣の黒銀のお姫様も好意的に感じたようで、ふわふわした笑みを浮かべていた。


「う、うん? いや、これは当たり前のことだろう。第一に––––」


「––––そうなんですよぉ、うちの子、無駄に親切で変に真面目なんですよぉー」


「あ!?」


 レーナちゃんの発言を否定しようとしたクォラさんの言葉を遮って、割り込む影が一つあった。

 その人物が私たちの中心にやってくると、白髪の召喚術師は露骨に狼狽えた様子になって、


「おまっ、生野菜食べてるって言っていただろうが! やめろっ! 余計なことは言うな! 口を閉じろ、開くな! さもなくば縫い付ける!」


「えぇー、ひどーい。まだ何もしてないのに邪魔者扱いだし虐待だぁ。それに余計なことってなぁに? そんな人に聞かれて疚しいようなことクォラしてたっけなぁ、ラピーさんわからないなぁ」


「ぐ……この、腹黒ウサギ……」


 クォラさんの、理由不明な必死さを感じさせる剣幕に釘をさされても、飄々とした様子でそれを受け流す人物––––その容姿は、『兎』だった。


「これが本当の、バニーガール……?」


「うんー??」


「あぁ、いや……」


 斑らに黒と白の混じった特異な頭髪はおさげで前に垂らされて、細い目は愛嬌があり、小動物めいた小さな口は軽く緩んでいる。

 そして何よりの特徴が、頭頂部近くの長く伸びた髪同様の色彩のうさ耳と、服の袖口から覗く一見普通の、しかしよく観察すると形が人のそれよりやや細長い獣的な左右の手だ。

 薄桃色でフード付きのワンピースという服装は、忙しなく動いているその長耳を隠蔽するためのものと思われる。どこからどう見ても、彼女は他種族だ。

 あからさまな人外。兎人間。兎の特徴を局所的に持つ女の子、バニーガール。

 私が第一印象を思わずこぼすと、そのウサギの女の子は人懐っこそうに破顔して、首を傾げた。ちょっとあざとい。


「あー……バニーとガールって、うさぎとぉ……女の子、って意味でしたっけ? まあ確かに、私は本当の意味でウサギ女(バニーガール)ですねぇー。ぴょんぴょーん、てな具合に」


 既に長い耳を持っているのに、わざわざ頭頂部に両の手を立ててうさ耳のジェスチャーをする。可愛い。可愛いけど、やっぱりあざとさを感じるのは何故だろう。レーナちゃんがぴょんぴょーんってやったら確実に私悶絶するのに。鼻血で失血するのに。


「てか、あれ? 日本とかのこと知ってる人……?」


 軽く流したけれど、バニーもガールも、この国では常用しない、というかまず存在しない単語のはずだ。それこそこの世界にとっての異世界である、地球の存在を知らなければ知り得ない情報であり。


「ひょっとしてその人が、クォラさんの恋人さんだったり?」


 それなら、地球の言葉を知っていることにも納得が行く。

 クォラさんの仕事に守秘義務が無ければ、諸々の話を恋人に伝えていてもおかしくはないからだ。


「あ、ああ、そうだ。彼女が、俺の––––」


「ごめーさーつっ、クォラの彼女やってまぁーす、ラピーです。よろしくおねがいしまーす、スミカちゃん(・・・・・・)っ」


「い、いきなり距離感攻めてくる人だな……」


 初対面で相手をバニーガール呼ばわりも失礼だけど、初対面に甘ったるい声でちゃん付けも大概だ。第一印象は正直割と苦手なタイプかもしれない。レーナちゃんを『天然』とすれば、この人は『養殖』だ。多分計算づくでこの性格を演じている。


「ラピーさん、すか」


「んー? ラピーちゃんでいいよぉ」


 敬語まで消し飛びましたよこいつ、馴れ馴れしすぎる。

 もう馴れ馴れしい云々はいいとして、このままずかずかと会話の流れを彼女に持っていかれそうなのが悔しくなってきたので断固としてちゃん呼びしたくなくなった。


「ラピー殿」


「ちゃん」


「ラピー様」


「ちゃん」


「ラピー氏」


「ちゃーんっ」


「……らぴたん」


 ヤケクソで即席のあだ名候補を一つ投じると、細かった目が突如開眼した。そこには真っ赤で燃え盛るような瞳が宿っている。

 が、次の瞬間にはそれも閉じて、元の細めに戻っていた。……もしや、今のが気に入ったのか。


「……あっ、それいいかもぉ。ちゃんよりそっちでいいや」


「……あ、まじで?」


「まじまじ。らぴたんでいいや」


「まじまじかぁ」


「まじまじよぉ」


「あははは」


「ははははぁ」


 あ、やばい前言撤回。なんかいい。この人とは気が合うかもしれない。

 謎の一体感をらぴたんに感じていると、可愛い銀の女の子が軽く頰を膨らましてムッとしているのが見えた。……あれ、嫉妬してくれてる?


「……なんだか、スミカさん楽しそうですね」


「あれ、レーナちゃんヤキモチ?」


「え? ……えと、このモヤモヤする気持ち、やっぱりヤキモチ、なんでしょうか……?」


 聞かれても本人にしかわかりようがない。

 ジトっとしたその眼差しは私とらぴたんの間に向けられていて、何らかの負の感情に基づいた視線であることは推測できる。

 好きな人が他の人と話してるのみてモヤモヤするなら、多分そうだと思うけれど。


「会話してるの見て、モヤモヤしたのかな?」


「はい。なんだか、羨ましいような、嫌な感じがするような、自分でも変で……」


「あー」


 それなら多分ヤキモチだ、ばっちり妬いちゃってる。

 別に独占欲なんてばっちこいだ。何なら鎖に繋いで遠くに行かないようにしてくれてもいい。レーナちゃんが飼い主なら犬にでも猫にでもなって飼いならされてやる。


「こんな些細なことで、真っ黒い気持ちになって……私、やっぱり『重たい』んでしょうか」


「レーナちゃんは羽みたいに軽いよ」


「そういうことでは……」


「嫉妬もヤキモチも、全然嫌じゃないよ。むしろその辺り乾ききってる方が私は嫌だ。レーナちゃん以外に別に目移りなんてしないし、心配しすぎだからね」


「っ……し、心配は、してません。……スミカさんは、私にぞっこんだって知ってますから……」


 うん? ………………うん??


「え」


「……ぁ、ぇと」


 何だろう。まずこの子の口からは出て来ないだろう言葉が聞こえた気がする。


「え、えっと、今、なんて言ったの?」


 本当は聞き取れていたけど信じ難い気持ちで真意を尋ねると、彼女は遅れて羞恥したのかシュポーッと蒸気でも吹き出しそうな真っ赤な顔になってしまった。


「〜〜〜〜!! ……な、な、何でもないですっ! ごめんなさいっ、調子に乗りましたっ、知ったようなこと言ってごめんなさいっ……!」


「い、いやっ、そうじゃなくて! もっかい言って?」


 今のが聞き間違いでなかったのなら、私が考えている以上に、レーナちゃんは己に自信を持てているということになる。それは望外の喜びだ。

 リピートを促すと、レーナちゃんは自信なさげに、でもまっすぐ私を見て口を開いた。


「す、スミカさんは、私に、ぞっこんだ……って言いました」


 ……excellent.


「……うん。うん、うん! ぞっこん! ぞっこんだよ! 超ぞっこんだよ!! よくぞそこまで自信持って言えるようになってくれた! 私は嬉しい!」


「え、えぇ……?」


 巣立つ我が子を見守る親鳥的な心境で感激し、ひしっと彼女を抱きしめると、生暖かい視線を背中に感じた。背後を見れば、王都からやってきたカップルがこちらをニヤニヤと眺めていて。

 気まずくなって、レーナちゃんと距離をほーんのちょこ〜〜〜っとだけとる。多分一センチくらい。


「ぁっ……」


 名残惜しそうに声をあげた彼女に心がきゅんとしたのは、まあ置いておいて。


「わざわざ離れる必要もないだろうに」


「や、なんか気まずいし……っと、そ、そうだ! らぴたんは、普段どんなことしてるの? やっぱり召喚術師関係の仕事?」


「無理やり話を変えたな」


 あまりに強引な話題変更を、けれどらぴたんは軽くニヤつくだけで受け流し、答えてくれた。


「無職だよぉ〜。やることと言えばぁ、クォラんちで一日中ゴロゴロしてるくらい?」


 うん?


「えっ。……………あっ、あ〜! ご、ゴロゴロ良いよね。何で世の中って働かないと生きていけない仕組みになってるのって思うよね」


「思う思う〜……あぁ、でもでもらぴたんはクォラに養ってもらってるわけで、働かなくても生きてけるよぉ」


 うん??


「あっ、あ〜! 働かなくてもっ! なるほどねぇ〜! そうだよね、へぇ〜! ……そ、そっか。あはは」


 乾いた笑いが零れる。あれ、私と同類の匂いがする。というか定職についてない辺り私よりヤバそうな感じする。側から見ると私もこれくらいやばく見えてるのかな。反面教師というか鏡じゃん。


「お、おい、ラピー。お前はそれくらいに……」


「あー、後ねぇ……クォラの仕事の愚痴とか聞きながらこの子を膝に寝かせて耳掃除? とかぁ、しちゃってるねぇ。クォラ、二人きりだと自分のことボkふごふごふご」


 なにか言いかけたらぴたんの小さな口を、背後から羽交い締めしつつクォラさんが覆った。


「あまり変なことを言えばお前のその細い目を目一杯開眼させて固定してやるからな。真っ赤な瞳を乾燥させてやる」


「ぷは……ちぇーっ、本当のことなのにさっ……」


 何というか、さっきから異様にクォラさんはらぴたんの言動を警戒しているようだった。バラされたくないことでもあるのか、らぴたんはわざとその辺りに踏み込んで遊んでいるように見えるし。


「気を取り直して……レーナさんは、エルフの先祖返りなんだっけぇ?」


「は、はい」


「なのに、こんな風にたぁくさんお祝いしてもらえるんだねぇ。すごいねぇ、人徳だねぇー」


「えと、ありがとうございます……?」


「あははぁ、律儀だなぁー、そんな固くならなくていいのに」


「す、すみません……これでも、自然体のつもりなのですが」


「自然体……あぁー、敬語キャラなんだねぇ」


「きゃ、きゃら……?」


 らぴたんは口数が少なくなっているレーナちゃんにも話しかけてくれるが、何だかやりづらそうだった。私がらぴたんを最初苦手と感じたように、らぴたんもレーナちゃんは苦手なタイプなのかもしれない。私なんて最初から『ちゃん』付けにされたのにレーナちゃんは『さん』だ。納得いかない。


「ラピー様は獣人族の方、ですよね……?」


「そうだよぉー、兎の血が特に濃い種類なの」


「それならあのっ……不躾なお願いなのですが、お耳とか、触らせていただいてもいいでしょうか……?」


「えっ……み、耳は、弱いから、嫌だなぁー……ごめんねぇ」


「……そ、そうですか」


 レーナちゃんは、うさ耳のもふもふに触れてみたかったらしい。やんわりと拒まれると、それはそれは残念そうにしょんぼりしてしまった。

 

「いや、触ってもいいぞ」


 が、次の瞬間恐ろしく素早い手慣れた動きでらぴたんの背後に回り込んだクォラさんが、うさ耳の彼女を羽交い締めにした。

 この場の三人は、その理解不能な行動に目を丸くする。


「撫で回してやってくれ」


「く、クォ、ラ……な、なんでそんなこと言って……? 耳がすごく弱いの、知ってるくせに……」


「お前は日頃から調子に乗り過ぎだ。反省ついでにモフモフされろ。ひとまずの結婚祝いということで」


「はぁっ!?」


「ほ、本当にいいんでしょうか。ラピー様、嫌がってらっしゃいませんか……?」


「いやよいやよも好きのうちという。こいつは本当はモフモフされたがってるんだ、だから安心してほしい」


「か、変わった趣味をお持ちなんですね。で、では、遠慮なく……」


「思ってないっ、そんなこと思ってな––––やめてっ、やめてぇぇぇくすぐったいのや……やだぁぁぁぁぁ…………!」


 見る目麗しい女の子が三人もいて、尚且つくっついている状況。


「もふもふ……すごいです」


 神々しすぎて隠し持っていた羊皮紙で写真を作ってしまった。

 

 ––––もふもふより恍惚とするレーナちゃんの可愛い顔のがやべえっす……。


 

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