A3:やっぱり笑った顔が一番だったよ、妹よ
メイドの日とあらば聞き捨てならないので投稿です。
先月、橘純夏こと私はめでたく中学三年生になった。
二年から持ち越しのクラスには、安心感と引き換えに新鮮味が無く、帰宅部員の私には部活動の公式大会なんかも無縁なので、あぁまた一年何となく終わるんだろうな、という惰性に満ちた確信があった。
一応は受験戦争という、同い年がみんな敵同士になる殺し合いめいた終盤イベントも控えているが、狙ってる高校の偏差値は並で学力も足りており、本格的な勉強は夏からでいいでしょという人生を舐め腐った典型的中学生をやってる私であった。だってなるようにしかならないでしょ。ダラけられるうちに存分にダラけるのだ。
「ん……」
そんなある日、いつものごとくレンタルしてきたアニメを鑑賞中な妹の真横でスマホ片手にくつろぐ私。これまた惰性でなんとなくSNSを眺めていると、流行の欄に何やら変わった表示が出ていた。
『メイドの日 新着書き込み○◉件』
「また変な記念日だなぁ……」
「どうしたのみかねぇ」
私は割と独り言が激しく、何となく呟いたそれがたまに妹の耳に拾われてしまうことが多々ある。
今だってリモコンで映像を停止して、妹が聞き返してきた。
「んー……なんか今日、メイドの日なんだってさぁ」
本日は五月十日–––Mayに十でメイドってことなんだろうけど、ちょっと無理矢理感がある。
SNSではそれを話題に軽くバズっている様子であるが、正直そんな騒ぐことかと首を傾げたくなる。
萌えだのなんだのに疎い者として言わせてもられば、現代のメイドさんなんて所詮エプロンドレスを纏っただけのアルバイトやコスプレでしかない(一部界隈の人に喧嘩を売ってるわけではなく)と思うので、そんな取ってつけたような『記号』に特段心は動かない。
しかしまあ、創作物だいすきな隣の妹はそうではないようで、
「めい、ど……!?」
目をキラキラと輝せ、私の服にしがみついてくるもえちゃん。半袖が伸びる伸びる。
「それって、しろくろのエプロンドレスきてムヒョウジョウでクールなかんじにゴシュジンサマのいうこときくアレ!?」
「多分そのアレで合ってるけどもえちゃんどこでそんな知識拾ってるの?」
本当にこいつ五歳児なのだろうか。趣味のことになると途端に語彙力が急上昇しやがるのだ。
興奮する己とは対照的に冷めた目をしている私が気に食わないのか、もえちゃんはこの世の真理を知り尽くしたような偉そうな顔でえっへんと胸を張った。うざかわいいなぁ。
「メイドさんってすっごくかわいいんだからね。みかねぇももっとマンガとかアニメいっしょにみよ」
「うーん……」
無表情でクールに命令に従う、か。
それはメイドという職種の特徴であって、それに従事する人物本来の特性が隠れてしまっているのではないだろうか、なんて、なんとなしに思索する。
血の通った人間なのだから、表情はやはり豊かな方が魅力的なんじゃなかろうか。自然体が一番だ。
「私的には、無表情よりやっぱり可愛く笑ってくれる方が嬉しいかなぁ」
可愛い女の子は目の保養だ。特に笑顔が似合って庇護欲を掻き立てさせるようなくりくりした目の子なんて最高だと思う。……私の妹とかね!
「はぁ!? みかねぇぜんっぜんわかってない! にわか!」
だからそういう言葉をどこで拾ってくるんだよ。
「えぇ……好みは人それぞれでしょーが」
「ふんっ」
なんだか怒らせてしまったらしい。が、ポケットに常備している彼女の好物であるミルクキャンディーを献上すれば、すぐさま機嫌を直してころころと口の中で転がし始めた。へッ、ちょろい女だ。
そんな風に、なんとなく始まって終わったメイド談義だった。
その後、そのまま画面をスクロールしていって、
「わ……こ、このイラストのメイドさんは、結構可愛いかも。なんか、すごい。うん」
「でしょー?」
長く豊かな銀髪と、真っ白な肌が印象的な少女のイラストを発見し、心打たれたことを今も覚えている。
その数年後、エプロンドレスを着た愛らしい女の子に全身全霊で求愛するようになっているとは、この時点の私は知る由もないのであった。
何事もなければ早くてこの後0時。遅くて明日朝7時。何か良くないことが起きればそれ以降に本編の方も更新します。毎度のこと遅くなりまして、本当に申し訳ないです。




