57:マッチポンプ殺人事件
話数が順調に重なってしまっているので、そろそろひと段落つけたいところです。
––––クッキングタイム、スターティングだ。
心中宣言した私は、火にかかった『それ』の蓋を取る。
ブクブクと沸騰したお湯の入った鍋だ。そこへパンを、千切っては投げて千切っては投げてとぶち込んでいく。
今回作るのはパン粥である。多分、千切ったパンくずをお湯にぶち込んでなんやかんやねちょねちょにすれば完成だと思うのだ。
とはいえ、お湯の味しかしないのも味気ないというか普通に不味いと思うので、一工夫したいところなのだが。
「みかちゃんっ」
「うん?」
「お酒入れると、料理は美味しくなるってお父さん言ってたよ……! レーナお姉さんには、美味しいもの食べて元気になってほしいな」
「!」
なるほど、美味しくするためにお酒を入れる、と。
全く考えていなかった方向からの意見に感嘆しつつ、私は首肯する。
「オッケーわかったお酒ね。流石の私でも、調理に使うのは料理酒だってわかるよ。……えぇと……よし、あった」
近くの棚を漁ってみると、酒瓶を一つ発見。多分料理酒だ、私の直感が確信して囁いている。
「いくぞ……!」
こういうのは、思い切りが大事なのだ。
早速、とばかりにそりゃ〜とお酒を鍋にドバドバ––––、
「あ」
力加減、というか瓶の傾け加減を間違え、夥しい量の液体が鍋へと投下されてしまう。
……や、やべ、入れ過ぎたかな……なんか鍋からお湯が溢れそうだ。
「うむむ……!」
病人用にしては味が濃くなってしまいそうなので、ここは砂糖をドバドバと同じような量ぶっこんで、相殺を試みる。……よし! 酸にアルカリで中和的な感じでなんかいけるでしょ! これでも理科系の暗記は得意だったのだ!
溢れそうなお湯に関してはもう知らん。多少溢れようがきちんと出来上がればそれでおっけーなのだ!
「他には何が必要かな!」
なんとなくコツを掴めてきた気がする。これはいけるのではなかろうか。
自信に満ちた声で、後方で真剣に見守る二人へ訊ねると、スッと挙手したスミレちゃんが、一つ提案する。
「果物のジュースとか体に良さそうなのですよ」
「! ……ジュースね、了解!」
助言通りジュースの容器を探そうとすると、
「––––待って! お粥にジュースなんて、流石におかしいよ!」
そんな私を静止する声。
「ソフィちゃん」
「お粥にジュースなんて、おかしい!」
そう、なのだろうか……いやまあたしかに、ジュースは飲み物なわけで、そういう意味では、お粥に入れるのは間違いなのか……?
「ジュースだけなんておかしいよ! お肉食べるときは野菜とか果物も食べると丁度良いってお父さん言ってたから……その逆で考えて、お肉もジュースと同じくらい入れた方がいいと思うっ!」
「––––! も、盲点だったのですよ……栄養バランスというやつなのですね!」
「うぇ? ……あ、あぁ、うん。多分そうだと思う!」
「なるほど、逆に考えるのか……ソフィちゃん頭いい!」
「えへへっ……お父さんの真似だけどね」
なんてことだ、やはりソフィちゃんは料理人の娘さんだけあって、調理センスがずば抜けている……親の真似だけでは説明できない才能を感じた。
いける。これは、勝った。
勝利の流れを揺るがぬものにするべく、私は後方二人に指示を下す。
「各員、その他必要と思われる食材をかき集めて参れ!」
「ラジャーなのでーす!」
「りょ、了解……!」
そんなこんなで、私たちは思い思いの食材を鍋へと放り込み、究極のお粥を作り上げていった。
時によくわからない瓶の中に入ったモノを放り込み、薬草っぽい体に良さそうなものを手当たり次第に放り込んだ。
全ては、レーナちゃんを元気にするべく。
料理下手で、毒物しか作れないような私たちでも、本気を出せば、案外なんとかなるものだ。
––––と、まあ私たちは調子に乗っていた訳だ。
「––––す、スミカぁっ!? 鍋っ、鍋を見るのです! なんか、膨らんで……!?」
ぐいぐいとスミレちゃんに袖を引っ張られ、愉悦に浸った心境から戻ってきた私は、目の前の光景に驚愕することになる。
「ふぁ? ……ほあ!? な、なんじゃこ––––」
****
––––爆発音、のような音が聞こえた気がした。
「……ぅぇ?」
何事だ、と驚きながら上体を持ち上げると、頭部に鈍い痛み。
「ぅ……いたぃ」
頭を抱え込むようにして幾分か痛みが和らぐのを待ってから、ようやく辺りを見回す。
手元の可愛らしい顔のついたクッションや、木製家具の配置、純白のカーテン。
まぎれもなく、私の部屋だ。そして、私が身に纏っているのは、普段着ではなく薄桃色の寝間着。
体調を崩した私はあの後、ご主人様に服を引っぺがされて着替えさせられて、お医者様の診断を受けて、ご主人様に寝かせられて。
––––あれから、どれくらい経ったのか。
「まだ外は明るい……」
陽は、まだ沈んでいない。診察がお昼前のことだったから、最低でも数時間––––おやつの時間の前後まで、時間が経過していそうなもので。
それか、日付を跨いで眠りこけていた可能性もなきにしもあらずであるけれど。
「……」
エルフは、長寿の代償というべきか、風邪など病気の時期も人間のそれより長引くとされている。人間よりも体が弱いのだそうだ。なのに長生きとは、やや矛盾している気もするけど。
その特徴を受け継ぐ私も、奴隷時代に体調を崩せば暫く辛い時期が続いたものだった。
しかし今は、
「少し、楽になってる」
手を開閉してみたりしながら、呟く。
不調は健在だ。けれど、視界も眠る前に比べれば明瞭だし、思考もそれなりにまとまる。
ふかふかの布団に、お日様の匂いが気持ちを落ち着かせる枕。
この屋敷の環境がとても良好だから、いくらか体も癒えやすいのだと考えられた。それと、ご主人様に度々かけられる治癒魔法の残滓の働きか。
「……それより、さっきの音」
謎の爆発音。夢にしてはやけにハッキリと耳に届いたので、寝ぼけていたのではなければ現実のものだと思われる。
下の方から聞こえた気がするし、階下で爆発源に該当する場所と言えば、真っ先に思い浮かぶのは台所か暖炉で。
––––ご主人様もいないし、何かあったのかな。
「……ご主人様、いない」
眠る間際、すぐ側で座ってこちらをみてくれていた最愛の人が、どこにもいなかった。
『付きっ切りで看病するからね』
––––そう、言っていたのに。
「……ご主人様の、うそつき」
そんな小さな口約束一つで不満が込み上げてくるちっぽけな自分に戸惑いを覚えながら、布団を剥いで、クッションを握ったまま絨毯の上に足を降ろして、スリッパを履く。
「……下、見に行ってみよう」
––––さっきの爆発、何か非常事態だったら、様子を見に行った方がいいかもしれないし。
何より、目覚めたらすぐ近くにいてくれると思っていた存在がいてくれないから寂しかった。
熱に浮かされ、普段に比べ精神的に余裕がないためか、独りでの静寂が妙に辛く感じる。弱気になっているのかもしれない。
「……皆いるかな」
ご主人様の、ソフィちゃんの、スミレちゃんの。とにかく誰か親しい人の顔が見たくて、私は重たい体を引きずって扉へ手を伸ばした。
****
––––調理結果。鍋が爆発しました。
「……これ、食べれるのかな」
「今更すぎるのですよ!?」
調理を終え、焦げた鍋をミトンで掴み、リビングのテーブルへと持っていく。
その間、なんとも言えぬ芳しい香りが鼻腔を暴力的に侵略してきたが、なんとか吐き気を押さえて耐えた。
窓を開けて室内の換気を行い、三人、テーブルを囲い込む。
「……これ、レーナちゃんに出す?」
私たちの想いの結晶たるパン粥は、ぐっちゃぐちゃの謎の物体と化していた。
辛うじて粥に見えなくもないが、その色彩は、幼児が使用した絵の具のパレットの如く、濁りに濁って、淀んでいる。
良いものばかりつぎ込んだのに、なぜこうなったのか。
「……まずは、わたしたちで食べておいしいか確かめた方がいいと思うよ……」
「左に賛成、なのです」
「……二人に賛成、だね」
そもそも、鍋が爆発したことだって、もしかしたら万が一、億が一、兆が一、お粥を生成するにあたって必要な工程だったのかもしれないじゃないか。
もしそうなら、私たちは何も間違ったことはしていないわけで。お粥づくりは、成功ということになる。
戸棚からスプーンと小皿を三つずつ拝借してきて、それぞれ幼女二名に渡す。
「じゃあ、皿によそうね」
「う、うん……」
「りょ、りょーかいなのです……」
初めて三人で作り上げた共同料理だ、美味しくないなんてこと、あるわけない。
自分に言い聞かせつつ、それぞれ盛り付けていく。その際むわりと湧き上がる臭気に吐き気が再度こみ上げそうになるが、必死に耐え抜く。
「……」「……」「……」
三つの皿。そこに盛られた、得体の知れない流動食的な何か。
いや、ただちょっと、ちょこーっと見た目が、そして匂いが悪いだけ。食べても死にはしないし、すぐ美味しいことを確認して、レーナちゃんに出して、笑顔になってもらう。ただ、それだけのこと。
それだけのこと、だから。
意を決して、匙を握り締める。
「いただきまーす……」
「いただきます……!」
「いただきます、なのです」
せーので、私たちはスプーンに乗る物体を口に含んだ。
––––!!!
それはまるで、世界の真理にたどり着いたような感慨を覚えさせる味だった。
舌の上で転がすほどに味が変化していく混沌とした物体。
時にお酒、時に柑橘系の香り、時にしゃぶしゃぶ肉のような味––––。
何度も何度も咀嚼する。すればするほど味が変わる。よく味わって、あれ、これ案外いけるのではと顔を見合わせ––––そして全員、白目を剥いて失神した。
最終的に、部屋に充満している悪臭と同じテイストにたどり着いてしまったのである。
「うげ……」「まず……」「いのです……」
ドタドタ……バタン。倒れこむ音が、静かな室内に、よく響く。
消えかけた意識の中で最後に思考したのは、私たちの作る料理は結局毒物でしかない、という悲しすぎる現実。
その場に残ったのは、酷い悪臭を撒き散らし続ける鍋と、死んだように意識を失った成人女性に幼い少女、計三名。
はたから見たら殺人現場のそれにしか見えない、酷くマッチポンプな状況の完成だった。
****
「ふぅ……、ふぅ……」
階下へと階段を下るにつれ、鼻腔を何やら不快な香りがくすぐり始めたことに気づく。
焦げたような、合わないもので無理やり料理を作ったような、そんな臭いで。
何とか手すりに掴まって一階まで降り終わると、今度は壁伝いに、臭いの強い居間へと向かっていく。
「ごしゅ……じん、さま……」
ようやく居間の扉にたどり着く。長い道のりだったように錯覚するが、実際は大した距離でもなかったはず。
キィィ––––と残された力で懸命に開いていくと、
「……ぇ」
––––白目を剥いた死体が三つ、絨毯に寝そべっていた。




