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54:四角関係?な恋模様

 サラサラとした手触り。


 レーナちゃんのそれとはまた少し違った心地よい感触で、けれどもやはり優しくしてあげなければと思わされる、そんな繊細な艶やかさ。


 櫛を通しては、翡翠色の毛の癖を整えていく。

 不器用な私でも、妹に、レーナちゃんに、そしてスミレちゃんにともう十年かそこいら毎朝誰かの髪に櫛を入れてきた訳で、それなりに手慣れた作業。


「……ん、こんなもんかなぁ」


 妥協、というか普段通りのパフォーマンス。もう寝癖で出来たお山はどこにも見当たらない。


「終わったのですー?」


 のほほんとした調子のまだまだ幼い声が私に問いかけてくるので、スミレちゃんの持つ手鏡越しに太鼓判を押してやる。


「うん、ばっちし。どこに出しても恥ずかしくない可愛い娘さんの完成だよ」


「わーい! じゃあソフィのとこ行ってくるのですー!」


 この子は、ソフィちゃんのことをとても好いているようだった。友情、親愛というよりかは……恋情に近い形で。

 どこかへ遊びに行くとなったら候補の天辺にソフィちゃんの家がやって来るし、ぐいぐいと、少し引き気味のソフィちゃんに押しよっていくし。まあ、本人も満更無さそうなのだが。それをわかっているからこそのゴリ押しとも言えるし。

 身近なところに私たちっていう女同士でらぶらぶしている存在がいる分、同性愛に抵抗のない価値観を育ててしまったのかもしれない。


「えへへ……ソフィはなんだかんだ優しいのですよ。ちょっとおめかししたら、ちゃんと気づいて褒めてくれるのです。……言い方は少し乱暴なのですけど」


「スミレちゃんには結構辛口だよね、大半照れ隠しだろうけど」


 同年代で同性の初めての友人だからと、接し方が不器用になってしまっているらしい。


「知ってるのです、だからいじらしくもあるのです」


「ツンデレだよねぇ」


「なのです」


 好きな人と幸せになれるなら、相手が同性だろうと他の種族だろうと関係ないっていうのが、私の結論であるし、それが意図せずスミレちゃんに浸透している可能性はなきにしもあらず。まあ、本人が笑っていることこそ一番だ。


「えっと……今日はお勉強お休みの日だっけ。夕方か、おやつの時間かには帰ってくるんだよ。森には近づいちゃダメだからね」


 いくら私以上に近隣の森林の地形を把握しているとしても、今のスミレちゃんはただの人の子。獣や化け物の類いと遭遇すれば、助かる保証はない。


「はいはーい! スミカみたいに道草食わないで真っ直ぐ迅速におやつに間に合わせるのです!」


「はいはい」


 ソフィも連れてくるのですよー、と手と髪をぶんぶん振り乱して居間を出て行くスミレちゃん。ちょ、髪結局乱れちゃってるし。……どうせ外遊びだろうしいいのかな。

 そうしてけたたましく玄関の扉を開いて閉じる音がして、辺りに静寂が訪れる。いっつも見送りをする暇も与えてくれない。あのアグレッシブさは誰に似たのか。


「––––想い、届くといいですよね」


 そんな静まった室内に前置きなく響く鈴のような声音は、まさしくレーナちゃんの声。

 ポケットからお手拭きを出して手の水分を拭いながら、彼女は台所からやって来る。

 想い、というのは言うまでもなくスミレちゃんの恋のことだろう。


「どうだろ。ソフィちゃんはソフィちゃんで……ねぇ?」


「うぇ? な、なんでジロジロ私を見るんですか」


「いや……多分、ねぇ?」


「訳がわからないんですが……」


 ソフィちゃんはソフィちゃんで、レーナちゃんのことが好きだと思うのだ。

 それが恋情かは分からないし、もしそうだとして、そのことをレーナちゃん本人に教えて意識させてしまったなら、恋敵に塩を送る行為に他ならないので、わざわざ伝えてやる道理もない。レーナちゃんは、私の。たとえソフィちゃんでも、そこは絶対に譲らないもん。


「どこまでもいってもレーナちゃんは私のって話だよぅ」


 近づいて腕の中にその小さな体を収めると、ほっ、と力を抜くように息を吐くレーナちゃん。


「関連性がないですよそれ……誤魔化し方、雑です」


 そのくせ腕の中を覗き込むとこちらを見上げる顔はふんにゃりととろけるように弛緩していて。

 今朝も可愛いな、レーナちゃん。


「じゃあ、スミレちゃんがソフィちゃんを早く絆してくれることを切に願おう」


「よくわかりません……」


 分からなくていい。この四角関係? とも言うべき関係性は、誰かの勝利が確定してからレーナちゃんに明かせばいいのだ。


「私がこのまま勝ち抜けできるように、早く大人になってね、レーナちゃん」


「私はもう大人です……」


「成人じゃなくて。二十歳の方」


「あ……そっち(・・・)、ですか」


「うん。そっちだぞい」


 レーナちゃんの頰に仄かに朱みがさす。

 勿論、結婚式のことだ。もうすぐ、レーナちゃんは二十歳になる。それは同性婚が許される歳であるし、私は二十二歳だ。私に関してはそろそろ落ち着きというものを知った方が良いのかもしれない。


 レーナちゃんは年を経ても時が止まったように成長してないけど、正直羨ましい限りだ。私はぐんぐんと色々大きくなった分、なんか老化早そう。まあ、成長してない云々は本人に言ったら絶対ブチギレるよなぁ。


「……何か不本意なこと、考えてませんか」


 心を読まれてしまった。


「レーナちゃんは背が小さくて可愛いな! 背が! 小さくて!」


「……叩きますよ?」



 ほぉらこわぁい。



「じゃ、じゃあ、君の髪の毛も整えますね、マイエンジェル」


 スミレちゃんの髪の次は、レーナちゃんの髪だ。誤魔化すように、手鏡を手渡す。まあ、特に順番は決めていないんだけど。


「まいえん……? まぁ、はい。お願いします」


 よいしょ、と先程までスミレちゃんが座っていた椅子に腰を掛ける彼女。なんか年寄りくさい。


「うぅむぅ……」


 唸りながら、軽くつむじと後頭部と、流れる銀の髪を眺める。

 相変わらず芸術品めいて美しい毛質である。枝毛は無く、後ろ姿は愛でるために精緻に作られた彫刻のよう。

 しかし本人はきっちり血の通った私の恋人である。しかももうすぐお嫁さんだ、楽しみでしょうがない。


「今朝も寝癖全然無いね。やっぱりレーナちゃんの髪は他とは別物だねぇ」


「ふふ……ありがとうございます」


 特殊な血が混じっているが故か、彼女の肉体は魔法の効きが良かったり、尖った耳にほんの少し触れてしまうだけで過剰に反応したり、髪の毛も高級な布でも扱っているかのように手触りが良かったりする。やっぱりどこか、人間とは異なるのだ。

 それでも笑う姿も、怒る姿も、甘えてくる姿だって、ただただ可愛い女の子である。しかも本当に緩んだ姿は私にしか見せないのだから、なおのこと愛おしい。


「自分で整えたりしてる?」


「してないですよ。ご主人様にしてもらえるの、落ち着くので大好きですから」


「私も愛してるよ」


「そういう話じゃありませんっ」


 沸点低いなぁ、ストレス溜まってるんじゃないかな。……まあ私のせいだよね!

 ぷくりと不機嫌に膨らんだ頰を指で突いて潰してやると、ぷふっ、という空気の抜ける間抜けな音がした。なんかいつにも増してウザいことしてる自覚がある。


「っ」


「怒らないでよもぅ。久々髪型変えてあげるからさ。そのまま下ろしてると、最近伸びてるっぽいし邪魔でしょ」


「まあ、少し野暮ったいな、とは」


 身長やその他諸々とは裏腹に、髪の毛だけはレーナちゃんも伸びている。

 なんとなし勿体無くてその美しい銀髪に大胆に鋏を入れることができていないけれど、本人が望むなら、ショートカットとかもいいかもな。

 まあ、今は切るのではなく纏める方だ。


「シニヨンとか似合うよねレーナちゃん。三つ編みも捨てがたいけど」


「全面的にお任せします。私は、自分の容姿に関してどうすればいいかよくわからないですし」


「りょうかーい。スミレちゃんに劣らぬ出来にしてやろう」


「よろしくお願いします」


 世界一可愛いお嫁さんを、更なる高みへ昇華させるべく。

 彼女の髪を纏め始める––––その前に。


「ふにふに」


「ぁ、んっ……う、にゃ、み、耳さわらないでくださぃ……!」


 弱点を指でコリコリと刺激すると、甘い声と糾弾する言葉が飛んできて。


「へへ、可愛い声」


「ご主人様はっ、私を、揶揄ったり、弄らないと、生きていられないんですかっ」


 何を当たり前のことを聞いてくるのか。

 私が摂取しているレーナちゃん成分は、揶揄った時が一番チャージされるというのに。


「好きな子のこと揶揄うと楽しいよ。そのうちレーナちゃんにもわかる日が来るのだ」


「わかりっこありません!」


 早く髪の毛整えてくださいっ、と椅子にドンっと背中を預け直したレーナちゃんをゲラゲラ笑いながら、私は今度こそ髪型を変えるべく手を伸ばした。


 その背中が、以前にも増して小さく見えて、少し孤独感(・・・)を覚えていたのはここだけの話。

あと少しで話を動かすつもりです。まもなく投稿ペースを戻していく所存ですので……。

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