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52:ふふっ、いきなりそんなことするわけないよー

裏切って申し訳ない……

「その、しても……いいですよ?」



「??」


 ……ソノシテモイイデスヨ、って何だろう。


 魔法か何かの呪文? そりゃこの世界も広いし、辺境暮らしの私じゃ聞いたこともないような魔法だって数多く存在するだろう。じゃあ今のはただの魔法の呪文か、なんだなんだ、あははは。

 なんだか誘惑されてるような響きだけれど、きっと気のせ––––、


「あ、いや、これじゃあなんだか上から目線ですよね……言い直します。あの、今晩のうちに、し、しませんか……?」



 ––––どうやら気のせいではないらしい。

 自分が相当に大胆なことを言っている自覚はあるらしいレーナちゃんは、布団で口元を隠しながらぷるぷると震えて私を見上げる。

 エロかわ……ではなく。


「……え、どういう風の吹き回し?」


 人という生き物は、あまりにも自分の思い通りに事が進み過ぎると、それを怪しんだり、逆に調子に乗ってしまったりすると思う。

 幸い、現在の私は前者に傾いたようで、レーナちゃんの急変を訝しむ事が出来ていた。

 だって、ついさっきまで嫌がってたじゃないか。それがいきなり誘うような口調で……さては二重人格、情緒不安定か。エロティックモードなのか。

 戸惑いつつ聞き返すと、彼女は辿々しく返事を紡ぐ。


「……なんだかご主人様と話しているうちに、いつまでも逃げていちゃ、ダメなのかな、と思ったんです。覚悟を決めるなら、ご主人様が私を求めてくれている今しかないかもしれない、とも……」


「……………………まじ? じゃあホントにしていいの?」


「……は、はいっ」


 ぶんぶんと何度も頷かれてしまった。

 その動作の直後、レーナちゃんは大きく両手を広げ、私を受け入れようとするように、腕を伸ばしてくる。


「こっ、こんな貧相な身体でよろしければ、ご主人様の……好きに、してくださいっ」

 

 そんなことを言われてしまえば、しないわけにはいかなかった。

 据え膳食わぬは女の恥、なんてどこかの偉い人も言ってた気がしないでもないし。


「レーナちゃん……!」


 長きに渡った、忍耐力を試される日々。これまで何度、すやすやと幸せそうに眠るこの子のお尻以外を揉む葛藤に襲われた事か。


「じゃあ…………触る、よ?」


「……はい」


 気を抜けば涙でも零してしまいそうな感慨を胸にそっと仕舞い込み、深呼吸を一つして、私はレーナちゃんに手を伸伸ばしていく––––。



****




 ベッドの上、深く重なり合った体。


「んん……ぁ、ん……っ」


 自分の声とは思えないほど甘く漏れたそれを、どこか他人事のように感じる私。


「ふふ……レーナちゃんの匂い……」


「ひゃめ……もっと、やさ、しく……っ」


 蕩けた声を出してしまうのは、間近に迫った彼女の仕草が原因だった。




「ぁんっ……ふ、はひっ……くすっ、くすぐったい、くすぐったいですからぁ……っ!」


「んーん、ごめんごめん。ふふふ……とってもいい匂い。今度はもっと優しく嗅ぐからね……はぁすぅはぁすぅ」


 至近距離にご主人様の顔がある。私の首筋の匂いを嗅いでいるらしく、時折肌を撫でる生暖かい息が、私の背筋を震わせた。

 その度に、擽ったさから変な声が出る。


 ––––なんなのだろうか、これは。



 こそばゆさと羞恥に支配された意識の中、ぼんやりと私は考える。




 私が恐らくこれまでの人生の中で最も大きく難しい覚悟を決めたその直後、ご主人様は私の体に手を伸ばした。

 そのまま決定的な行為が始まるかと思いきや、ご主人様は私を思い切り抱擁してきて、己にも同じ事をしろと要求した。

 そして、現在に至る。



「……あ、あの」


「もうこの匂いだけで寿命が三十年くらい伸びそう。1日くらいなら何も食べなくてもお腹減らないよ〜……」


 私の体臭にそんな効果は断じてない。

 それでも英気を養うように、はたまた本気で寿命を伸ばそうとしているのか、彼女は私に顔を近づけて離れようとしない。


「生命力、生き甲斐、働く理由……! あぁ、お花とミルクの甘い匂いと石鹸の香りを足して三で割った的なスメル……」


「あのっ、ご主人様っ」


「ふぅ……うん? なぁにレーナちゃん」


「……これだけ、なんですか?」


「んん? これだけって……?」


「ですから、もっと、深いことをするんじゃ……」


 確かに寝床で向かい合って、ここまで力強く抱擁を交わしたことはない。相手を抱き枕のようにした事こそあれ、本当に、添い寝以上のことをしてこなかったからだ。今の状態には、普段の添い寝ではぼんやり感じるだけだった愛情が、とても色濃く感じられる。

 心臓は煩いし、体は火照ってぽかぽかするし、十分に新鮮な感覚ではあるけれど……想像していた行為とはやっぱり違くて。私は、てっきりもっと大人なことをされるものだと思っていたから。

 そんな私を揶揄うように笑う彼女は、愛おしげにこちらの顔を見て、より近づいてくる。


「んん? ……ふふっ、いきなりそんな体にも心にも負担かかることするわけないよー」


「ん……はふ」


 軽く触れるだけの口づけを私に落としてから、お胸触りたいだけだって言ったよね、といたずらっぽくご主人様は続ける。


「『そーいうこと』するの、やっぱ私も初めてだしさ。最近は、スキンシップ取る機会も少ないし、悶々としてたんだよね。それじゃあますます進展しないじゃん。だから、こんな風に互いに思っきしギューっ! ってしたり、沢山キスしたりして、進んでいけたらいいなって思ってさ。いつまでもお預けされるのも、やっぱりやだし。……少しずつなら、レーナちゃんもいいよね?」


 ––––そういうことはもっと早く言ってほしかったです。


 抱き合っている今の状況は、私の慎ましい平地にご主人様の柔らかな双丘がくっ付いて、確かに考えようによっては胸部を触り合っていると言ってもいいのかもしれない。服越しでもその豊満なふわふわが感じとふわふわふわふわふわわ––––、


「きゅっ……急にっ、押し、つけないで、ください……っ」


「むふふ、照れてるの? 女同士なのに?」


 胸元を私に押し付けながら、艶やかに笑うご主人様。余計にどきりとする。


「何回もっ……言ってるじゃないですか! ご主人様だから、私は……照れちゃうんですよ」


 いくら同じ性別だとしても、意中の人の胸に触れるのは、とても緊張するし、興奮するし……恥ずかしい。恥ずかしいんだ。

 第一、ご主人様だって、顔真っ赤だし……十分照れてるじゃないか。


「……うりうり」


「あぅ……ほっぺも、ダメです……っ」


 頬擦りに加え、指で頰をつんつんと突いてくる。

 弄ばれているという自覚はあるが、こうしたスキンシップが深い愛情表現であることを知っているので、言葉とは裏腹にそのまま甘受している。それと同時に、自分がここまで手懐けられてしまっていることに、軽い衝撃を覚える。


「どこもかしこも柔らかいなぁ、これでもうちょっとお肉ついたらもっと抱き心地良くなるんだろうけどなぁ……」


「そんな期待した目で見ないでください……嫌ですよ、これ以上太るなんて」


「へぇ……痩せまくってるくせにそんなこと言うのか。その基準だと私めっちゃ太ってることになるんだけど」


 自分のお腹に手を当てて、ご主人様は若干恨めしそうに睨んでくる。


「……? いえ。主人様は、とっても理想的な体型じゃないですか」


「……この子やっぱり自分を評価する感性だけ破綻してる」


 人にはそれぞれ、最適で最美な体型があるものだ。その点では、ご主人様の体は起伏に富んでいてとても彼女に似合っている。理想的だ。

 それにひきかえ、私が肉付きを良くしたところで、ぶよぶよの低身長女が生まれるだけだ。無様でしかないだろう。


「ま、いっか。どんなレーナちゃんでも、私は愛せるっ」


「……太ってもですか」


「太ってても。人間、最終的には内面が大事なのですよ」


 ま、可愛いボディも大事なんですけどね、とご主人様は頰を緩める。


「私としては、レーナちゃんが病まずに健やかならひとまずそれで十分なのだ」


「そんなの……ご主人様も、一緒じゃなきゃダメですよ」


「ういうい」




****




 そうして密着し合うこと数十分。


「……♪」


「……」


 いつしか話す言葉も失くして、ただただ互いに互いを見つめ合っていた。

 

 寝床に横になると、視線の高さの差が無くなる。

 これは普段、ご主人様を見上げるだけの私でも、多少位置をずらして寝床に横たわれば、真横から彼女の愛らしい顔を眺めることができるということだ。

 少しずぼらなのに、髪の毛の手入れだけは毎日怠らない彼女。その証拠に、艶やかで光を呑むような黒髪が、今日も彼女をより美しくみせてくれている。

 ベッドの中では、私は一時的に彼女と同じ高さでものを見られる。同じ世界を、共有できる。

 そのことに気がついてから、私は添い寝が大好きになっていた。


 ––––今日の添い寝は、ちょっと刺激的なこともしちゃったけれど。



 やがて、ご主人様が口を開く。


「……今日は、これくらいにして寝よっか」


 沢山キスもして、太腿を撫で合ったりもした。

 想像していたものよりずっと健全な行為だったけれど、心を満たされている自分がいる。


「……はい」


 そうこうするうち、ご主人様は若干名残惜しそうにしながらも私の体から離れていく。

 先ほどで私に重なっていた彼女の体温が残る身体は、少し冷えた室温のせいで切なさをこみ上げさせた。


「レーナちゃん明日も早いもんね」


「……はい」


「レーナちゃんのお胸柔らかかった。ふわふわしてるの。サイズも可愛いしっ」


「……」


 普段なら照れて罵っているところなのに、今はそんな気も起きない。

 確かに心は満たされてはいる。いるけれど、


「……どうせなら、最後まで–––」


「……うん?」


「あ、あっ、いえっ、何でもないですっ! おやすみなさい!」


「……ん。おやすみ、レーナちゃん……」


 ちゅ、と私の額に軽く唇を落としながら頭を撫でてくれた後、ご主人様はこちらに背を向け、寝息を立て始めた。

 恐ろしく寝入るのが早い。朝も、これくらいの早さで目覚めてくれたらいいのに。

 ––––なんて、どうでもいいことはまた後で考えることにするとして。


「……覚悟、無駄になっちゃったな」


 押し切られた形じゃない。自ら望んで、体を差し出そうとした。想いに、応えようとしたんだ。

 それなのに、


「紛らわしいです。……ばか」


 あんな風に言われたら、本番(・・)と勘違いしてしまうじゃないか。

 既に夢の中へと旅立ってしまったらしい彼女の背中をペシペシ叩くと、私もまた枕に頭を沈め、なんとか気持ちも鎮めて、意識を手放そうとする。

 意識と無意識が切り替わるその直前、


「レーナちゃん……だいしゅきぃ……もごもご」


 そんな、半分枕に埋まった寝言が聞こえて。

 無意識下の何気ない好意に胸が温かくなって、我ながら単純なことに、モヤモヤした気持ちは胸中から霧散して。


 ––––また、次の機会もあるだろうし……その時まで、勢いに頼らずに、覚悟を決められるようになっておこう。


「わたしも……わたしも、だいすきですよ」


 何とか搾り出して、途切れそうな意識をなんとか持たせながら、彼女の首筋へ、擽るように指を沿わせる。


「ふふ……おかえし、です」


 すると私は満足して、微睡みに身を委ねていった––––。

という室内の状況を、薄く開いた扉の隙間から無言で眺める少女がいた。

 事が済み、寝息を立て始めた二人を最後に一瞥すると、彼女は静かに扉を閉めて小さく零す。


「ふむ、唐突でシリアスな雰囲気からの情熱的な抱擁……ボディタッチ。あんな愛情表現の仕方があったとは。……今度ソフィにしてみるのですよ」


 得心したように頷くと、小さな影はするすると己の部屋へ戻っていった。



 後日、好奇心に駆られた翡翠色の少女は赤面した某村娘に引っ叩かれることになる。



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総合評価800越え……ありがたいです。励みになります。

ブックマークに感想に評価……本当にいつもありがとうございます。

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