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51:月光と灯光の下で

スランプさんと格闘していました。すみません、お久しぶりです。

 夜も更けた、ある日の寝室。

 光源はランプのみのその空間で、二つの人影が光を裂く。

 少し前まではもう一つ小さな影があったが、『間近で見せつけられるのがなんか嫌なのです』と意味深な発言を残し、客間を自分の部屋として一人で寝るようになってしまった。これが反抗期という奴なのだろうか。

 そんなわけで、最近は私とレーナちゃんの二人で添い寝をしている。


「ねぇ」


「はい?」


 以前プレゼントしたクッションを大事そうに握りしめ、ベッドから足をぶらぶらさせていたレーナちゃんが首をかしげる。


「おっぱい触っていい?」


「おっ…………ぱ、ぱ……!?」


 私が我ながらどうかと思う発言を投下すると、彼女は一瞬惚けた後、顔を真っ赤にして一目散に部屋の隅へ逃げていった。


「なんで逃げるのさ」


 一息で追いついてにじり寄ると、彼女はぶんぶんと首を横に振る。


「えっ、ちょっ、急に、なんっ……!?」


「いや、レーナちゃんってもう十八歳じゃん? 前までは『まだ子供だからそういうの(・・・・・)はまだ嫌だ』っていう理由にも納得してたけどさ。もう君はバイクにも乗れれば車も運転できて選挙権もある立派な女性な訳じゃん?」


「ばいく……? な、何を言っているか全くわからないんですが……」


「だから……いつまで待てばいいんだろうな、ってふと思ったんですよ」


「……」


「確かにさ、君が受け入れてくれるまで待つって私は言ったよ? でもさ、スミレちゃんが来て、レーナちゃんが私のいない間もあの子のお世話するようになって、気づけばもう一年以上経過してるわけで」


「––––」


「どんどんお母さんみたいな雰囲気出てきたレーナちゃん見てると、なんかこのまま誤魔化されそうだなぁってふと思ったわけですよ」


「ごっ……誤魔化すって、何を……」


「このまま私と一生『にゃんにゃん』しないまま、現状維持のキープ状態で居ようとか、思ってるんじゃないかなーって」


「にゃ、にゃん、にゃ……?」


「えっちだよえっち。言わせるな恥ずかしい」


「う、ぇ……!?」


 女子って奴は、男連中が思う理想よりずっと腹黒かったり、純粋ぶって裏では結構ディープなことベラベラ喋ってたりするけれど、この子は割とそうでもない。

 淫らなものを連想させる言葉を聞くだけで、真っ赤になる程度には。


「そん、なの……急に言われても覚悟が……」


 はーい、そう言うと思ってました。

 心の準備出来てませんよアピールで逃げようという魂胆だ。何度その手にやられたことか。もはや突破法は考えてある。


「……じゃあさ」


「……はっ、はい?」


「私がもし二十年くらい待ったとして、レーナちゃんはその頃には覚悟ついてるの?」


「……それは、その……」


「ついてないでしょ」


「……うぅ」


 何も言えなくなってしまったらしいレーナちゃんは俯き、口を噤む。


「それ見たことか」


 その沈黙が答えだった。

 薄々感づいてはいた。この子は時が経てば私を受け入れてくれるだとか、そういうお話ではなく、単純にヘタレなのだ。もうこれは完全に完璧に確信しましたよ。

 この子の承諾をゆったりと待っていたら、多分私はその頃ヨボヨボになっていると思う。そして、レーナちゃんは老婆と化した私にこう囁くのだ。


『もういい年ですし、お互いそういう無茶はできませんよね––––』


 多分、その場で絶望して心臓が止まる。


 好きで愛しい気持ちは変わらないが、関係が既にマンネリ化しつつある現状。何年経ってもこれ以上進展しないというのなら、もっと攻めなければならないと思った。

 ただでさえこの子はスミレちゃんに付きっ切りなのだ、いつぞやかにソフィちゃんに言われた話ではないが、私だって全く寂しくないわけじゃない。端的に言ってもっと触らせろ、抱きしめさせろ、匂い嗅がせろ、色々揉ませろ撫させろ。


「……だ、って、そういうの……初めては、恥ずかしいに決まってる、じゃないですか……っ」


「服越しとはいえほぼ毎晩君のお尻触ってる私だよ。今更だよ、そんなん。布があるか無いかの差だよ差」


「まっ––––まだやってたんですか!? あれだけ言ったのにっ! 変態っ、変態ですっ!」


「あはは、痛い痛い」


 潤んだ目でぽすぽすとクッションをぶつけてくる。

 正直、痛覚はまるで発生しない。むしろ、レーナちゃんに軽い暴力を振るわれているという事実だけで、私の体には痺れるような快感が走った。


「お説教されるのもご褒美だからね。君に私を止めることはできまいよ」


「うぅ……ううぅぅぅっ……!」


 あの甘美なぷにぷにの感触は一度怒られたくらいで忘れられるシロモノではなく、今も彼女が眠った隙にほぼ毎日撫で回している。

 ベストは膝裏からゆっくり撫であげていくことであり、それだけで幸せになれること請け合いだ。レーナちゃんはイケナイ薬も真っ青な快楽物質生成生物だった。家事万能で愛嬌有り、しかも触り心地抜群と、今はまさに一家に一人レーナちゃんの時代––––いや、他の家には渡せないな。増殖したレーナちゃんは私が回収しておこう。レーナちゃんによるレーナちゃんだけのスーパーヘブンの幕開けだ。

 ……なんて、私が妄想している間も、レーナちゃんはクッションアタック(攻撃力ゼロ)で乱れた息を整え、何とか魔の手から逃れようと言葉を探している。


「そっ、そもそも……意識のあるないじゃ雲泥の差ですよ……私は、触られている自覚なんて無いんですから」


「じゃあ今自分が無意識下だと思えばいい。それいちにのさん」


そんな自己暗示無理です……」


「このヘタレ」


「……うぐっ。……な、なんとでも、言えばいいじゃないですか! だって、恥ずかしいものは、恥ずかしいんですよ……っ」


「このヘタレ」


「うっ……うるさいです! うるさいですうるさいですうるさいですー!!」


 おおう……逆ギレですね。はいはい、今度はそう来たか。

 そうやって同じような理由で拒まれ続けて数年。これがこの先も延々と続くかと思うと––––流石に耐え切れない。堪忍袋は尾どころか全部がもうビリビリに破れて、燃えるゴミに出してきたのだ。


「うる–––」


「あーもうっ、ラチがあかないんじゃ!」


「っ!?」


 声を張り上げると、レーナちゃんはびくりと体を硬ばらせる。ちょろいもんだとその隙にがっしり捕まえて、軽い体を持ち上げ、お姫様抱っこした。


「あっ!? しまっ……お、下ろしてくださいーっ!」


 じたばたぼかぼか、腕の中で必死に暴れて脱出を試みようとする姿が、人に懐いていない小動物染みていてなんとも可愛らしい。が、今日という今日は逃がさない。やることやるまで寝かせるつもりもない。長い一夜の始まりだ。


「お望み通り下ろしてやるぜ」


「ぐぇっ!」


 口調と真逆に優しくベッドに落としてやると、それでもレーナちゃんは呻き声を上げた。あ、やべ、力加減ミスった? い、痛かったかな……。


「ごめん……痛かった……?」


「だい、じょうぶです……衝撃で、ちょっと驚いただけですから……」


「そ、そうなのね……ならよかった」


 安堵しつつ、気を取り直してゴクリ、と唾を飲み込む。

 りんごみたいに朱く染まった可愛い顔。潤みつつ、銀の睫毛を力無く伏せて私を睨む、クリクリした琥珀色の瞳。起伏も露出も少ないにも関わらず、色気を帯びた美白肌の小さな肢体。

 散らばるようにシーツ上で広がる銀色の後髪は、月光とランタンに白く照らされ宝石の如く煌き、輝く。


 出会ってもう何年経ったか。ようやく見慣れてきた美貌だが、意識せず視界に入れると思わず惚けてしまうのは変わらない。童話のお姫様なんかよりずっと、綺麗な衣装が似合うし、すごくすごく本当の本当に––––、


「––––やっぱり、可愛いなぁ」


 しみじみと、本人に伝えるでもなく呟く。

 何だかいつにも増して、私なんかがこの子の恋人だなんて、釣り合わないが取れないなと思った。


「……ご主人、様?」


 こんな国でも無ければ、住む世界だって違っていただろうに。

 両親に普通に愛されて、友達だって沢山できて、そして誰か良い人と出会って、普通に恋をして。

 私なんかじゃ、手の届かないほど遠くに行ってしまう。


 でも、そんなの嫌。彼女の隣を、今更誰かに譲ることなんて絶対できっこない。


 だから––––レーナちゃんが、私の目の前にまで堕ちてきてくれて、良かったと思う。思って、しまう。


「……ごめんね」


 思わず、場違いな謝罪が口をついて出た。


「どうして、謝るんですか……?」


「最低なこと、考えたからさ。レーナちゃんがホントはこの世で一等可愛い事、他の人が知らなくてよかったって思ったから」


「それは……最低、なんですか?」


「最低だよ。そんなの、レーナちゃんが他の人たちから嫌われてて良かったって言ってるようなもんでしょ。君はそのせいでこんな所で家事やらされて、でも私なんかはそのお陰(・・)でレーナちゃんと一緒にいられてさ……」


「……」


 いきなりウジウジし出したわたしに対し、どう反応したら良いものか決めかねた様子のレーナちゃん。

 基本私の気持ちを肯定してくれる彼女だからこそ、こういう真っ黒い感情には、少しくらい軽蔑してほしかった。

 悩んだ表情の末に、レーナちゃんは宥めるような声音で切り出した。


「……ご主人様の国では、どうだか分かりませんけど」


「––––?」


「この国と、私の中の基準で言えば、銀色の髪と尖った耳と、琥珀色の目と。それらの要素を持ち合わせた私は、本当に、醜い存在です。人間至上主義のこの国で、人間の見た目をしていないんですから」


「……それは」


 正当な評価ではない。きっと、王国の外にさえ行けば本当のレーナちゃんを––––内面含めて心の底から愛しいと思う人はいる。

 意見したげな私にかぶりを振り、彼女は続ける。


「卑下じゃないんです、ただの事実です。……だからこそ、あなたが私なんかを可愛いと言って下さることが嬉しくて、救いなんです。……なんて、もう聞き飽きるくらいお話ししてますよね。すみません」


 確かに、こう言った話は何度もした。

 いつまで経っても私達は平行線で……でもだからこそ、私達は互いにより近づこうと、相手のことを考えて、より深く想うのかもしれない。


「とにかく––––だから、最低だなんて思いませんよ。違う世界から来たあなたにとって最低でも、この世界の私にとっては、それこそ最高––––最良、かもしれないじゃないですか」


 言うようになった、と近頃は本当に思う。

 どんどん感情豊かになっていって、どんどん自分の尺度で物を見るようになっていって、どんどんどんどん、魅力的になっていく。

 近頃は、私の方が言い負かされちゃう事だって増えた。まだまだ振り回す側にいたいのに。


「……レーナちゃんてば、一人で話しすぎだよ」


「えっ、あ、すみません……」


「……いや、責めたい訳ではなく。嬉しいこと言ってくれるなぁって思って、聞き入っちゃいましたよ私」


「それは……ありがとうございます」


 お礼を言う時のはにかんだ笑み。やっぱり全世界で一等可愛い。付随できるものはない強烈な愛おしさがこみ上げる。


「……ってか、私"なんか"とか言わないの! 一時的には治ったりするのに、どうしてそうやってすぐ卑屈に戻っちゃうのさ」


「す、すみません……って、あれ? でも、ご主人様もさっき私"なんか"って……」


「ウワーッ、聴こえなぁい」


「都合のいいお耳ですね……」


 苦笑するレーナちゃん。それに合わせてふざける私。

 よし、何となく普段の空気感に戻ってきた。私の心の闇が作り出してしまった重々しい雰囲気はもうほぼ無い。

 だがしかし、


「……なんか、話脱線しちゃったねぇ」


「え……あ、はい」


 私の悪い癖だ、すぐに話題をすげ替えてしまう。

 なんだか事を致す雰囲気でも無くなってしまったし、元より私が無理やり決行しようと思っていただけだし。そんな気さえ失せてしまったなら、もう明日以降に延期した方がいいかもしれない。


「ごめん、やっぱり今日はやめとこうか」


 ヘタレのレーナちゃんにとっては願っても無い救いの言葉だったと思うのだが、彼女はあろうことか、いいえと首を横に振った。


「へ?」


 それから下唇を噛んで、迷いを無くすように瞳の揺らぎを止めると、彼女は私をじっと見つめた。




「その、しても……いいですよ?」







次回投稿は今日の夜か、明日の朝、明日の夜を予定しています。

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