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46:妖精さんとエルフちゃん

 ヨウセイが目を覚ますと、そこは見覚えのない世界だった。


「……ここ、は」


 視界の端、吊るされた群青色の布が、光に照って明るく透けている。

 見慣れた、日光を遮る枝も頭上には無い。代わりに樹木を加工したと思われる板が、空に蓋をしていた。

 寝床も普段の洞ではなく、やけにフカフカとした柔らかいもの。

 訳がわからなくて、上体を起こそうとすると、ようやく寝床の傍らに誰かいることに気づいて心臓が跳ね上がった。


「あ、う、え……!?」


「すぅ……すぅ……」


 それは、恐ろしく綺麗な少女だった。

 長い銀髪は魔石を散りばめたように流麗で煌びやか。顔立ちは作り物めいて細やかで、その瞳はしっかりと閉じられている。表情はとても穏やかで、脱力しきった純粋無垢なものだ。

 見知った美しい物全てが霞んでしまいかねないような、暴力的に鮮烈な美貌が、そこにはあった。

 天からの使いかとヨウセイは一瞬錯覚してしまうが、背中から翼が生えている様子もない。人間族か、その他の人族か。


 ––––この人は、一体……。


 見たところ、眠りについている様子だ。椅子に座り込んで、こくりこくりと危うげに首を前後させている。

 そんな中で、真っ白でモコモコとした物体をギュッと胸元に抱きしめている。その無意識の行動から、それがとても大切なものであることがうかがい知れた。

 疲れているのだろうか。そんなことを考えながらジッと少女を観察していると、次第に半覚醒の脳内が明瞭になっていき、記憶の整理もついていく。


 ––––そうなのです。ヨウセイは、あの後倒れて……。


 危機的状況から助けられた後、急に体から力が抜けて、倒れたのが最後の記憶だった。

 その後意識を取り戻し、自分の足と羽でここまでやってきた覚えは勿論ない。

 よもや夢遊したなどと冗談を言う余地もなく、ヨウセイは他者の何らかの思惑で、ここに運ばれたのだ。


 記憶のラスト、ヨウセイの一番近くにいたのは例の黒髪の少女だった。とすると、彼女がヨウセイをここまで運んだと考えるのが妥当か。

 とすると、眼前の銀髪の少女の立ち位置が不明だった。黒髪の少女の仲間で、ヨウセイの監視役? 否、それならば彼女が現在進行形で居眠りしていることの説明がつかない。

 状況から推測を重ねていくと、不意に少女の寝息が収まり、瞼が震えた。

 琥珀色の、瞳が開かれる。


「んっ……あ、れ……わたし……」


「……お、おはよう、なのです」


 ひとまず、会話することを試みてみる。

 ヨウセイが目覚めの挨拶を送ると、少女は僅かに瞠目し、


「えっ!? あ、お、おはようございます……えっ、と……私、寝てました……よね」


 ヨウセイが上体を起こしていることに驚いてか、少女は少し挙動不審だ。

 つい先程まで同じく意識を失っていた存在にそう問いかけるなんて、なんだかおかしな話で。


「……ぐっすり、だったのです」


「っ……」


 答えると、銀髪の少女は少し俯いてモコモコを強く握り締めた。それで口元を隠そうとしている辺り、恥ずかしがっているのだろうか。何だか途端によろしくないものを見てしまったような気分になる。

 可愛らしい人だな、とヨウセイはなんとなく思った。


「……あ、あのっ! お加減の方は、如何ですか? 目立った外傷は有りませんが、どこか痛んだりとか……」


「え? あ、大丈夫そうなのですよ、お気遣いなく。……もしかして貴女は、ヨウセイの看病をしてくれたのですか?」


「いえ……看病といえるほどのことは」


 ほどのこと、ということは、それに近かしい処置はしてくれたということ。


「あ……ありがとう、なのです」


 ここがどこで、眼前の麗人が何者なのかも気になっていたが、まず施しには感謝を返さなければいけない。

 ペコリと、ヨウセイは頭を下げた。


「あ、いえっご丁寧に。どういたしまして……と言っても私なんて、少し様子を見ていただけでいつの間にか微睡んでしまって……ここまであなたを運んだのだって、私じゃないんですよ」


 自嘲気味に彼女は言う。

 けれど、ヨウセイが目覚めるまで側にいてくれたのは事実であり、そういう点でもやはり感謝は必要だと思った。

 羞恥に支配された様子だったのが少し収まってきたのを見計らい、ヨウセイは現状もっとも気になる質問を投げかけた。


「……もしやヨウセイを運んだというその人は、黒い髪のニンゲンさんなのではないですか?」


「はい、ご想像通りの人だと思います」


「……やっぱり、そうなのですね」


 ニンゲンだというのに、ヨウセイを助けてくれたあの少女。

 人間族以外の種族を差別しないと、彼女は言った。恐らくそれは真実だ––––と信じたい。

 黒髪の彼女も、眼前にいる銀髪の彼女も、揃ってヨウセイに優しく接してくれている。

 ヨウセイは、こんな人たちが自分を騙して何か企んでいるなどとは思いたくなかった。


「……後、ここは森のどの辺りなのでしょうか?」


 キョロキョロと辺りを見回しながら訊ねる。

 いつまでも横になっていたくなるようなフカフカの寝床に、樹木を加工して作られていると思われる壁と、日差しを程よく通す布。

 少なくとも、ヨウセイは認知していない場所だ。このような所、森の中にあっただろうか。少なくとも頭の引き出しからすぐ取り出せるところに記憶は見当たらない。


「ここは森の外ですよ。森に程近い丘の上の、お屋敷です」


「……え」


「ですから、もうモンスターもやって来ませんし安全……妖精様? どうされましたか?」


「そ……そんな……森の、外……」


 ヨウセイは顔を真っ青にさせた。


 妖精族は依り代とする場所から魔力を得て存在しており、そこを離れてしまうと、そう長くは存在していられない特殊な種族なのだ。

 ヨウセイの場合その依り代は件の森、ひいては洞のある老齢の巨木であり、しかも一度抜け出してしまうとリンクが切れ、二度と元には戻せない。

 つまるところ、"このまま何もしなければ"ヨウセイは消滅してしまうのだ。


「妖精、様……?」


 急に掠れた声を出したヨウセイに対し、少女は困惑した表情を浮かべている。


「あの、その、実はヨウセイは––––」


「––––妖精さん起きたの!?」


「ひぃっ!?」


 不意に壁の一部だと思っていた場所––––後にそれは『扉』と言うのだと知った––––が大きな音を立てて開き、何者かが飛び込んでくる。

 何事かとヨウセイが僅かに目を見開いて窺うと、


「––––ご主人様」


「ただいまぁ、レーナちゃん。頼まれてた果物買ってきたよ。……それから、妖精さん! 良かった、元気そうだねっ」


 手に袋を持ち、やんわりと頰を緩めた黒髪の少女が、そこにはいた。言葉を発しながら、駆け足気味でこちらまで寄ってくる。

 すると名を呼ばれた銀色少女––––レーナは、端正な顔立ちを少しだけ歪め、ピッと人差し指を立てた。


「妖精様はまだ本調子じゃないんですから、いきなり大きな声を出して入って来ちゃダメですよっ。怪我人病人のお部屋で大声は御法度ですっ!」


「あっ……確かに。ごめんなさい、今のは私が悪かったです。もうしません」


「はい。わかっていただけて嬉しいです。でも、謝る相手は私じゃないですよ」


「妖精さん、うるさくしてごめんね」


「い、いえ……もう元気にぴんぴんしてるのですよ……」


 唐突な黒髪少女の出現とそれに伴う謝罪に戸惑いながら、ヨウセイは少し引っかかるものを感じていた。


 『ご主人様』というのは確か、下の者が上の者を敬って呼ぶ時の名ではなかったろうか。しかし現状は、敬語を用いている側のレーナが、『ご主人様』を叱りつけている場面に見える。普通は逆なのではないのか。


「……ニンゲンさんは、色々不思議なのです」


 しっちゃかめっちゃか。眼前のやり取りを、ヨウセイ不思議そうに眺めていた。

新年早々インフルエンザにかかりました……皆様もどうかご自愛下さい。



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