表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/79

SS3:『将来の夢』

遅れてしまった

「––––将来、ですか?」


 それは、ご主人様の不意の質問から始まった。

 彼女はいつだって突拍子がない。今だって、『朝ごはん今日もおいひいねぇ、もぐもぐ』と口の中に物を入れながら、大変行儀の宜しくない状態で問いかけてきたのだ。


「うん。叶えたいこととか、夢とか。何かある?」


「私は––––」


 ––––言われてみれば、夢や将来について真剣に考えたことは気がする。

 未来なんて想像しても絶望するだけの人生だったし、夢など抱いてもお腹は満たされないし、何より叶うはずがないから。

 首輪の呪縛から解放された現在でも、後先のことを考えるのは苦手なままだ。何か不幸が転がっているのではないかと、怖くなってしまう。


「……ないですね」


「え、ほんとに? 私のお嫁さんになりたいとか、私の奥さんになりたいとか、そんなのも全然?」


 それは最終的には同じ意味なのではないだろうか。


「さ、流石に気が早すぎますっ」


 確かになれるのならなりたいけれど……今すぐというのは、ちょっと無理がある。


「否定はしない、と」


「だっ、だって……ご主人様と同じ家名、名乗ってみたい、ですし……」


「おふっ……ヤバイ、今のセリフもっかい」


「え、えっと……ご主人様と、同じ家名を名乗ってみたいな、って……」


「やばいレーナちゃんすきしんどい……」


 ご主人様は顔を覆って悶えてしまった。今のセリフに、そこまで琴線に触れるような言葉が含まれていただろうか。

 そのまま三十秒ほど、顔を覆ってカーペットの上を転がっていた彼女は不意にむくりと立ち上がり、爛々と野心を携えたような瞳で、私を見た。


「へ……へへ、これはますます、女の子同士で結婚できる法律を作るために将来奮闘しなければいけなくなってしまったなぁっ……!?」


 なんだその野望は。というか、何を言っているんだこの人は。

 ……もしかして、あのこと(・・・・)を知らないのだろうか。


「……あの、結婚できますよ?」


「うん?」


「この国では、同性婚は認められてますよ?」


「えっ……………………………は?」


 瞬間、彼女の表情が石の如く固まった。

 口だけが、不自然な形で音を紡ぐ。


「女同士で……結婚できるの?」


「そうみたいです、実際にする人は少ないようですが……」


「なんて、ことだ……」


 ご主人様は今度は頭を抱えて蹲ってしまった。

 同性婚ができると聞いて、驚いたのだろうか。確かに、世界でもあまり類を見ない法律らしいし、私もご主人様と出会うまで、『不思議な法律もあったものだ』程度にしか受け止めていなかったのだけれど……。


 でも今は、この法律が存在してくれていて良かったと思える。だって将来的には、ご主人様と結婚することだって––––あ。

 これが所謂、将来の夢というやつなのだろうか?

 考えているうち、ご主人様は顔を上げた。

 目が、血走っていた。


「は、は、は……」


「ご、ご主人様……?」


「早く結婚しよっ!!!! 同じファミリーネーム名乗ろっ!!!! 指輪買おうっ!!! 白無垢でもウェディングドレスでも婚礼衣装揃えよっ!!! 同性だからペアルックでもいいねっ!!! ほらっ、今すぐ婚姻届にサインしろっ!!! どっちが新郎でどっちが新婦かな!? どっちも新婦でいいか!! 女の子だもんね!!!!」


「え、え、えぇ!?」


 ものスゴイ形相と鼻息でハァハァ言いながら、ご主人様は私に詰め寄ってきた。


「で、ですからっ、気が早いって言ってるじゃないですかっ、ご主人様がすごく前向きに考えてくださっているのは、と、とっても嬉しいですけどっ……!」


「気が早くなんてないよ私たちもうずっとこの家で暮らしてるじゃん大丈夫大丈夫レーナちゃんのこと大事にするから私が生きてる限り幸せにするから絶対絶対大丈夫大丈夫」


「そういうことではなくてっ!」


 一度、顔が近すぎる彼女を出せる限りの力でなんとか押し返して、大きめの声で言い聞かせる。


「そういうことではなくて! 同性婚は、互いに二十歳以上じゃないと成立しないんです!」


「えっ……………………………………は?」


 ご主人様は、また停止した。




****



「うぅっ、ひぐっ……『互いが正常な思考力を持つと判断される年齢になるまでこれを禁ずる』ってなんだよう……そんなぬか喜びさせる法律作るなら成人年齢十五歳とかにしてんじゃねえよばかぁぁぁぁぁ!」


 私が該当する法の条文を暗唱すると、ご主人様は大層泣きじゃくって荒れに荒れた。

 確かに年齢を理由にお預けされるのはもどかしいけれど、妥当な規制だとも思う。


「い、一時の気の迷いの可能性も人によってはありますからね……成人年齢とは言っても、貴族様が夜会で結婚相手を探し始める年齢、という認識が強いみたいです。平民も、独り立ちするのは早くとも十八歳くらいと言われていますし……」


 十代後半は何かと多感な時期だと聞くし、特有の不安定さで同性相手に恋愛感情を抱いていると錯覚してしまっただけの場合だって、あるかもしれない。

 いざ結婚した途端、伴侶への思いが冷めて離婚なんて、虚しすぎる。


「レーナちゃんでも独り立ちする年齢には達してないのか……うぅ、そっか、そうなんだ……仕方ない、仕方ないんだ……後三年ちょいの辛抱なんだもんね……うん、わかったよ」


「ご理解いただけましたか」


「やっぱり法律変えませんかね!」


「葛藤は何処へ行ったんですか!?」


 そうしてご主人様は両手で頰を張ると、気を取り直したように私を見た。


「で、レーナちゃんの将来の夢はっ?」


「えぇっ、またその話題に戻るんですか……」


「いいじゃんいいじゃん。無いなら見つけようよ、目標とかそういうの持ってる方が、日々に彩りが出るよ!」


 また尤もらしいことを言って納得させようとする。

 口先だけでの説得なら、この辺りでご主人様の右に出る人物はいないと思う。


「……じゃあ、あの」


「おっ、もしかしてよくよく考えたら見つかった感じ? 言ってみそ」


「……ご主人様のお嫁さん」


「……」


 私がぽそりと言うと、彼女は目を閉じて固まった。

 謎の沈黙が、居間を支配した。


「で、ですからっ、ご、ご主人様の、お嫁さんですってば!」


「……」


 ご主人様は、黙ったままだ。


「あ、あれっ……な、何か言ってくださいよ……」


「……」


 彼女は何も言わない。目を閉じ、黙ったまま。


「ご、ご主人様……?」


 沈黙が耐えられなくなった私は、躊躇いがちに彼女の肩へ触れた。

 すると––––、


「……」


 ––––ゆったりとした速度で、ご主人様の体は横倒しになった。

 それでも目を開けず、黙ったままだ。


「し、失神してる……」





嬉し過ぎて意識を飛ばしたみたいです。



もしかしたらもう一本投稿するかもしれません……恐らく無理なのですが。


ブックマーク等、いつも本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ