SS1:『レーナ、物取りを発見する』
この前に一本投稿しております。
こちらはボツネタを再利用したショートストーリーの一本目になっております。時系列はごちゃごちゃです。
ふと、何かを割るような物音がして目覚めた。
「……んっ……むぅ……?」
身をよじりながら重たい瞼を持ち上げると、辺りは暗闇に包まれていた。まだ、夜明けも迎えていない時間帯であることがわかる。
「ふわぁ……もしかして、泥棒……?」
欠伸をし、頭を覚醒に促しながらその可能性に思い至ると、私の背筋は寒さとも別の理由で震え上がった。
もし、物取りがこの屋敷に侵入してたのだとしたら。
「ご、ご主人様を起こさないと……!」
武装した輩であったなら、そんな恐ろしい存在が潜む建物の中で眠ったままなど危険すぎる。
ご主人様は、私の恩人であり家族だと言ってくれた掛け替えのない人だ。見捨てて自分だけ息をひそめる選択肢は無かった。
温もりに対する一瞬の名残惜しさはかなぐり捨て、私は布団を抜け出した。
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手には護身用として固い材質の水差しを持って、私は摺り足気味に廊下を進む。
突き当たりの窓の外には、全てが無に帰るような闇が広がっている。そんな夜闇の元から侵入してきた泥棒に対して恐怖を込み上げさせながら、それでも私はご主人様の部屋を目指した。
やがて、簡易文字で『すみかのへや』とか書かれたプレートのぶら下がった扉の前に辿り着く。
最低限、キィ、という木材の軋む音だけを立て、扉を開いた。
「ご主人様……大変なんです、起きて下さい……」
流石に聞こえないだろうとは思いながらも、私は小声で彼女に呼びかけつつ、室内へと入る。
が、
「……え。い、いない……!?」
寝床には、めくりかえった掛け布団と、皺の寄ったシーツが残されるのみだった。彼女の姿は無い。
そこまで近づいて触れてみると、まだ温かった。部屋の主が起床してから、まだそう時間は経っていない。
––––も、もしかして、自分だけで泥棒を撃退しに行ったのかな……?
そんなの危なすぎる。いくら彼女が戦闘経験豊富な冒険者だとしても、相手は得体の知れない不法侵入者なのだから。
すると、二度目の破砕音が階下から聴こえてきた。
今まさに、ご主人様は泥棒と闘っているのかもしれない。そんな中で、私だけ怖がるだけで立ち止まっていていいのか。
「そんなの……手助けしに行かなきゃダメに決まってる……!」
本当に怖いのは、現在進行形で悪意に立ち向かっているご主人様のはずだから。
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ふと、お腹が空いて目が覚めた。
「うぅ……?」
身をよじりつつ食欲を一度は無視してみるが、今度はグゥゥ、と年頃の乙女として如何なものかという音まで鳴ってしまう。
ダメだ、三大欲求はやはり無視できない。いけないことと知りつつも、私は布団を出て、立ち上がった。
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現在、私は腹の虫を沈めるべく、階下へとやってきていた。
レーナちゃんは、作り置きしてくれているクッキーを、食器棚の奥に隠している。私がつまみ食いしないようにだ。
けれど、今私はそんな彼女の健気な努力を踏み躙っている。だって既に言った通り、私はクッキーの隠し場所を知っていて、尚且つそれをバレない程度につまみ食いしているからだ。
「えへへ、やっぱりおいしいなぁ、レーナちゃんのクッキー」
私は悪くない。こんなにも美味しいお菓子を作ってしまうレーナちゃんが悪いのだ……と、私はあまりにも無理やりすぎる言い分で己の行為を正当化する。
夜遅くの糖分摂取。その背徳的なうまみが、私のお腹を満たしていくのを感じながら。
「うまうま、うまうま……」
戸棚に手を突っ込み、奥の袋からクッキーを一枚取り出し、頬張る。また取り出す、頬張る。
やめられない、止まらない。
そんな風にクッキーに気を取られていたから、収納されている皿の向きが危うくなっていることに、私は気づかないでいた。
不意にバリィン、という鋭い音が、足元からした。
「うぇっ!?」
びくりと体を強張らせ、反射的に視線を下に飛ばす。
戸棚の小皿が、床に四散していた。
「うげっ……や、やばい……!」
破片もそうだが、今の音、かなり大きく響いていた。
静かな夜間であるし、すやすや眠るレーナちゃんの耳に届いている可能性もゼロとは言い切れない––––。
「くそっ、悪行はやっぱりバレる運命なのか–––!」
もしレーナちゃんが訝しんでここまでやって来たなら、夜な夜な私が行って来た悪行が知られてしまうことになる。
……い、いや、でも今ならまだきっと間に合う。大急ぎで破片を片付けて、クッキーの袋も元の形に戻して、それで、それで……。
摂取したばかりの糖分で頭をフル回転させながら、私は懸命に足掻––––あ。
「やば––––」
袋を元に戻そうと慌てて戸棚に腕を突っ込んだ時、誤ってまた小皿に触れてしまう。
複数の破砕がほぼ同時に起き、一際大きな音が、辺りに響いて––––、
「……だめだこりゃ」
計五枚にも及ぶ食器が、今晩お亡くなりになった。
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段を踏み外さないように注意を払いながら、私は階下へと駆けていく。
階段を下り終わり、勢いそのままに音がしたと思われる居間へ直行––––月明かりに微かに照らされた、立ち尽くす何者かの姿を見た。
見た所一人だ。ご主人様か、侵入者か。
動悸が激しくなるのを感じながら、私は声を張り上げて問うた。
「だ、誰ですか、あなた! 何者ですかっ!?」
「ひ、ヒィッ、ご容赦をっ!」
赦しを請う声。それは予想以上に可愛らしい高音で、私は違和感を覚えた。
ご主人様の声にすごく似ているけれど、彼女はこんなこと口にするだろうか。
「とにかく正体を––––って」
「許してぇ……許してぇ……お腹空いてただけなのぉ……」
「ご、ご主人様!?」
その立ち尽くす何者かは、近くでよく見ると涙目なご主人様だった。
えぇと、ご主人様が……物取り? 自分の家で?
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答え合わせ、もとい事の成り行きをご主人様より聞いた私は、はた迷惑なその話に少し声を荒げた。
「ど、道理で最近お菓子の減りが早いな、おかしいなと思っていたんです! ご主人様が夜中に食べていたから……」
私に問い詰められて、バツが悪そうに視線を逸らしたご主人様は頰を掻きながら口を開く。
「れ、レーナちゃんが美味しすぎるお菓子量産するからいけないんでしょ!?」
「えぇ!?」
私のせいなの……!?




