42:めりくり!〈前〉
お久しぶりです。更新再開します。タイムリーです。
「グッデンモルゲン!」
冷え込む朝である。
以前より霜柱が地面に張るくらいに寒かったこの地域一帯は、祭りの終わりから翌朝にかけて大雪が降り、それを境に暖炉と布団と防寒具無しじゃ生きられないレベルに気温を下げていった。
今だってそうだ。まだ度々降る雪が積もりに積もって、一向に溶けそうもない。積雪量が多すぎて玄関が開かなくなった時なんて、死の危険を感じたほどだ。
一度屋敷と庭全体に大規模な施錠魔法をかけて防雪してみようかとも考えたが、外出帰宅の度に開けたり閉めたりしなきゃいけないので、流石に私の魔力が持たず却下。花壇などの周囲を守る程度に済ませている。
「あ、おはようございますご主人様。今日は自力で起きられたんですね」
「いやぁ、偶に目覚めてはいるけど寝たふりして暫く布団に入ったままなだけの時もあるから」
「それの方がタチが悪いですよっ! もぅっ」
布団に入ってぬくぬくしてたいのもあるし、レーナちゃんに起こしてもらいたいのもある。
彼女はいつも通りご飯の準備をしていた。冬場の寒い朝なのに大変だ、そして私はいつもの如く不器用過ぎて何も手伝わせてもらえない。
不甲斐なさを眠気とともに噛み締めながら、私は暖炉の前に腰掛け、チリチリゆらゆら蠢く赤い炎を瞳に映した。
「そういえば今日、なんの日か覚えてる?」
「えぇと……クリスマス、ですよね」
「そうそう。それで、忙しかったら別にいいんだけども、今晩は少し豪勢なもの食べたいなって思いまして」
「あ、はい。いいですよ。どうせ今日は少し、屋敷を八割方掃除するだけのつもりでしたし」
「八割なのに少しなのか……?」
やっぱりうちの子は家事への認識がちょっとおかしい。その八割だって、多分庭を含んだ上での割合だ。かなりの範囲のはず。
しかしまあ、返事をする声はとても楽しげであった。
無理をしている様子もないので、夕食の出来を楽しみにする。
「何か、召し上がりたい料理はありますか?」
「うー……? そうさなぁ」
正直、何を作らせても美味しいからメニューはお任せしたいところなんだけども。聞き齧りだけど、こういうのって『何でもいい』って答えるのが一番相手のストレスになるみたいだし。
「私お肉食べたい。特にとり肉! 他のお肉でもいい! 丸焼きとかだと嬉しいなぁ……注文多いかもだけど、もし皮とか付いてるタイプなら、焦げ目有りでパリパリにしてほしいな」
「ふふふん、お任せください」
ならお買い物にも行かないといけませんね、とレーナちゃんはにこにこしながら呟く。やっぱり、きちんと注文された方が嬉しいみたいだ。
「可愛いお嬢さん、お供は必要かい? 荷物持ちするぞい」
「あ、はいっ。よろしくお願いしますね」
でもまずは食事にしましょう、といつの間にやら盛り付け終わっていた朝食の皿を両手に持ちながら、彼女はこちらにやって来る。どうやら今朝は卵メインのようだ。
今日も今日とて料理人顔負けの技が光る料理を食べられることと、最愛の存在と共に過ごせることを神へと感謝しながら、私はモゾモゾと食卓についた。
––––もちろん、体に毛布を巻いた上で。
ぱんぱんに膨れ上がった袋を抱えながら、私は表情を暗くした。
「……流石にやらかした」
「多すぎましたね……」
あれも欲しい、これも欲しいと私が食材をせがみまくった結果、明らかに二人じゃ食べきれないくらいの数になってしまった。不覚だ。
いくらか保存の効く材料もあるけど、それ以外は冬場だとしても何日も放置できない新鮮な食料ばかり。
「ご主人様、一つ思いついたんですが……」
「なんだねレーナくん」
「ソフィちゃんを、助っ人に呼んでみては駄目でしょうか?」
「……あ、その手があったか。天才」
「流石に大袈裟ですよ」
村に住んでる幼女もといレーナちゃんの親友。それなりに私とも親交がある女の子だ。
小さいとはいえ育ち盛りだろうし、レーナちゃんの料理美味しいし。たくさん食べてくれそう。
「それに、私の料理があの子のお口に合うかもわかりませんし……迷惑かも、しれなくて」
––––大喜びして沢山食べるに決まってるんだよなぁ……。
その自己評価の低さ、自信の無さは今に始まった事ではない。そうなるだけの人生経験が彼女の中に根付いているのだから、今更咎めるのも野暮というものだ。
それよりもむしろ、ソフィちゃんが彼女の料理を食べて、一言美味しいと微笑む方が、よっぽど改善の兆しを見せるに決まっている。
内心そんなことを企みながら、私は続いて提案していく。
「なら、ソフィちゃんのお友達も呼んだ方が良くない? 同い年くらいで。あ、でも男の子連中はこの間意地悪してたみたいだから……」
「この村にソフィちゃんと歳が近い女の子はいなかったと思いますけど……?」
「お祭りシーズンは混み合うくせに過疎ってるのかここ……」
確かに、冒険者のおじさんたちも、中年に差し掛かるくらいの人たちが大半だ。ガウタークさんや、店主さん辺りでも三十代くらいだし。案外子供同士でも歳が離れてるのかな。
「私と凄く仲良くしてくれるのも、今まで同性の遊び相手がいなかったからかもしれませんね」
「あの子は純粋にレーナちゃんのこと大好きなだけだと思うんだけどな……っと」
そうこう話しているうち、酒場の前に差し掛かった。
確か二階はそのまま住まいになってるって聞いた。出かけていなければ、ソフィちゃんも上にいるはず。
「ひとまずソフィちゃんは誘ってみよ。それでも余った食材は、八百屋の奥さん辺りにお裾分けすれば喜んでもらえそう」
「そうですね……あ、扉は私が開けますっ」
そうしてレーナちゃんは当たり前のように建物の入り口へと向かう。しかし私は壁に寄りかかり、彼女と共に中へ入ろうとはしない。
キョトンとした可愛い顔が、首を傾げて私を見た。
「あ。私はここで待ってるからよろしく〜」
「えっ……私一人で行くんですか?」
「あー、いや。私も一緒に行きたくないわけじゃないんだけど……」
なんだかんだ、私と店主さんってあんまり仲良いってわけじゃないし。なんならソフィちゃんの教育に宜しくない存在だと思われてるみたいだし。
そんな奴が『娘さんとお食事したいのですがぐへへ』なんて説得しに行ったら、快諾されるものも快諾されなくなってしまう。
その旨を伝えると、レーナちゃんはジトっとした目を私に向けてきた。あ、やばいそんな目も可愛い。その表情で罵られてみたい。
「つまり、日頃の行いのせいなんですか」
「そういうこと」
飲食店に注文なしで居座ってるわけだから、そりゃ店主に嫌われもするのである。
****
無事、幼女を連れ出すことに成功した。ものの数分でドヤ顔気味のレーナちゃんが店から出てきた時には、世の中品行方正な人間が得をするんだな、とどこか悟りを開いたような心境で眺めていた。
「やりました!」
「よくやった」
ざくり、ざくり。
一歩進むたび、足が少し雪に沈む。長靴履いてるからいいけど、普通の靴にしてたらまず霜焼けコース一直線だろうな。めっちゃ冷たい。
村を歩くうちは、人の軽い行き交いで踏み固まった雪で何度か滑りそうになったが、その分足が埋まることもなく、道は安定していた。
現在は丘を登っている。軽い傾斜だけど、なんだかんだ歩き慣れた道だからスリップの危険性はない、と思う。少なくとも私は。
後ろを振り返る。
レーナちゃんはともかく、ソフィちゃんは着替えなどの荷物の入った袋––––そのままウチにお泊まりすることになったため––––を背負い、短く小さな足で、懸命に歩いていた。
「うんしょ……うん、しょっ」
「ソフィちゃん、大丈夫?」
「ん、へいき。れえなおねえさんと手ぇつないでるから、すべりそうになっても大丈夫!」
「先程から荷物は私が持つと言っているんですけど……ソフィちゃん、強情なんです」
「そっか。偉いね」
うちの妹なんて、小学校に上がる年になっても姉に肩車せがむような子だったんだから。ソフィちゃんはほんとに偉いと思う。
「……もえちゃん、かぁ」
なんとなし、頭に浮かんでしまった妹の顔。
もう三年だもんなぁ、元気にしてるかな。あの子、一回泣いて暴れたら手のつけようがないし、お父さんお母さん大丈夫かなぁ。
お姉ちゃん子は、とっくに卒業しちゃったんだろうな。
……まぁ、愚妹のことはさておきだ。
「えへへ、さいしょは、おにわであそぶんだよね?」
「はい、そうですよ」
「やったぁ」
「ふふ」
後方で仲よさげに会話しているレーナちゃんとソフィちゃんを尻目に、先行する私は頰を緩めた。
友達、というよりかは仲のいい姉妹に見える。とすると、私のポジションはなんだろう。
「……頼れる長女、的なっ!」
「ご主人様が何を考えているのかはわかりませんけど、すごく不本意な感じがします」
……妥当なところが、下の子に迷惑かけっぱなしな頭のおかしい長女、だろうな。とりあえず一番年上ではあるし。
そんな他愛のないことを考えているうち、敷地の入り口にまでたどり着いた。
「わぁ、やっぱりおっきいねぇ……とおくから見るのとぜんぜんちがーう!」
ソフィちゃんの第一印象は良好。外装を見せるだけで目をキラキラ輝かせるんだから、内装の清潔感にどれほど良い反応を見せてくれるか楽しみだ。
「建物だけじゃないよ。なんとこの庭、全部レーナちゃんが整えたんだよ!」
「そーなの!? すごぃ……お花きれいだよ……!」
庭や花壇を見せるだけで惚けたようになっていた。なんだろ、私の周りにいる女の子可愛い子しかいないな。
「内装はね、なんと全部レーナちゃんが掃除してくれてるんだよ!」
「ひゃぁ……ぴかぴかぁ」
内装を見せても、賞賛の嵐だ。
やはりレーナちゃんの仕事は神がかっている。無邪気な反応に鼻を高くした私は、屋敷の至る所をもっと見せてあげようと思い立った。
「それでね! このお台所も、居間も、各部屋も、全部全部レーナちゃ––––」
「ねえねえ」
その最中、不意にソフィちゃんにスカートの裾をくいくい、と引かれた。
下を見ると、純粋無垢そうな翡翠色の瞳が、じっと上目遣いに私を射抜いている。
「ん? なぁに、ソフィちゃん」
「みかちゃんなぁんにもやってないんだね!」
「気づいてしまったのか」
いや、あのね。強いて言えば薪くらいは私が担当してる。何もやってなくはないんだ。
しかしその程度のことはレーナちゃんの功績を見せた後だとゴミクズ以下の働きなので、私はすぐに押し黙る。
すると、慌てた様子のレーナちゃんが、私のフォローを––––、
「いいんですっ、ソフィちゃん! ご主人様は少し手先とやり方が不器用すぎるだけなので、何もしないことこそが一番のお手伝いなんですっ、お気持ちだけでいつも沢山助かってます!」
––––貴様フォローになってない。
「へぇー、そっかぁ。それじゃあしょうがないねぇ」
「お、おい? なんだその目は」
「えへへ、なんでもないよぉ……やっぱりみかちゃんはみかちゃんだねっ」
おおよそ幼女がしてはいけないような嘲りを含んだ瞳と笑顔で、ソフィちゃんは私を見てくるのだった。え、いや、怖いんだけど。
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