40:雪祭り〈中〉
祭りの開催場所は、幸いなことに丘の下のいつもの村。場所次第じゃ最悪私がおんぶして走っていこうと思ってたけど、村ならレーナちゃんも自分の足で歩いていける。
「わぁっ、人が多いですねぇ……!」
「それなぁ。こっち来てからこんな人混み初めて。あっちでも東京行った時以来かも」
いざ向かってみると、そこは既に大賑わいで、普段の長閑な雰囲気は皆無だった。
ここいらでは見ない髪色の人や、顔立ちの人もいる。
辺境とは思えないその賑やかさが、観光客が多く訪れていることを物語っていた。
「とー、きょー?」
「そ、トーキョー。ニホンの首都で、この国でいう王都みたいな場所、かな」
「トーキョーはニホンの王様のお膝元、ということですか?」
「あ、こっちにもそんな言い回しあるんだ。なんか江戸みたい。日本のはまあ王様じゃなくて天皇様、なんだけど」
「??」
「まぁ、半分独り言だからレーナちゃんも聞き流して」
「……む、なんだか疎外感あります」
「そうは言ってもモノがなきゃ説明のしようがないやい。……さ、とりあえず行こっ」
「わぁぁっ、引っ張っちゃ危ないですよっ」
若干不機嫌になってしまったレーナちゃんの手を掴み、人混みの中へ引き連れて行く。
「だいたい私たちは、『今』同じ場所にいるじゃない。元々違う世界でも、それが一番大事なことでしょ」
「……そう、ですよね。なんだか小さなことで苛立ってしまって……ごめんなさい」
「いーよっ、それだけレーナちゃんが私のこと知りたいってことでしょ」
「……」
コクン、と頬を朱に染めて深く頷くレーナちゃん。
一つ屋根の下で暮らし始めて、次の季節からはもう三年目。長いようで、あっという間だった日々。
それだけの月日を共に過ごしても、私たちは未だ、互いの全てを知っているわけじゃない。
「また今度、時間をかけてじっくり話そうね」
「……はいっ、いっぱい知りたいことあります!」
何はともあれまずは今日の祭りである。
****
それから、私たちは色んなものを見て回った。
最初は、酒場の店主さんの屋台。
いざ目の前までやってくると客足はそれなりで、私は少し驚いた。
「こんにちは、店主さん。予想以上に売れてますね、どんな汚い手使ったんですか?」
「こんにちはっ。お久しぶりです、店主様」
「汚いも何も、うちはちゃんとした商売してらぁ。てかなんだおめえ、今日は来ねえんじゃなかったのかよ。……と、ちっちゃいお嬢ちゃんは今日もしっかりしてるな、流石だ。ちゃんとこの凶暴犬の手綱握っててくれよ」
「はい、心得てます……あと、小さいとか言わないでほしいですっ、私はもうすぐ十七歳なんですからっ!」
この巨漢とレーナちゃんが顔を合わせるのは、今回が二度目。
事実だとしても、身長のことを口に出されると不満そうにする彼女だった。
「おう、ごめんなぁ」
まるで微笑ましいものでも見るかのような似合わない眼差しで、彼は不服そうな少女の頭を優しく撫でる。
「……頭を撫でるのも、くすぐったいのでやめてほしいです」
「わりぃわりぃ。……なんつぅか、娘も成長したらこんな別嬪さんになれるのかね、と思っちまって……つい、な。……間違っても隣のバカみてぇにはなってほしくねぇな」
「黙って聞いてたら扱いの差がおかしいぞ! 私だって不細工ではないだろ!?」
「見た目じゃなくて中身の話だバカ」
「ご主人様の容姿はとってもお綺麗ですから安心してくださいっ」
「どっちも中身のフォローはしてくれないっ!」
憎まれ口を叩く彼の屋台で串焼き肉を買って、二本あるのに二人で交互に食べ進めたり。
「美味しいねぇ」
「ちょっとしょっぱいですけど、おいしいです」
道中、レーナちゃんの友達のソフィちゃんに遭遇したり。
「あ、れえなおねえさんこんにちはー、みかちゃんもこんにちはっ!」
無垢な笑顔が眩しかったが、レーナちゃんには遠く及ばぬレベルの愛嬌だと思った。てかなんで私だけ愛称プラスちゃん付けで呼ばれてるんですかね、一応かなり歳上なのに。
「あ、こんにちは、ソフィちゃんっ」
「純夏お姉様と呼べと言ったろソフィちゃん」
「ちょっ、ご主人様っ」
「えー、スミカっておなまえちょっと変だよぉ。みかちゃんのがかわいいよぅ。あと、おねえさまってみかちゃんのこと呼ぶのやだ」
……ソフィちゃんに変な名前呼ばわりされたり。
「純夏が、変な、名前……? おいおい、私の名前を侮辱したな童女。貴様はこの瞬間全国のすみかと名のつく人々を愚弄した。今に見ていろ、日本中のすみかさんが世界間を渡って落ちていく滝のように貴様の元へ押し寄せてくることだろう」
「……。れえなおねえさんは、なにかお買い物したの?」
「え、ソフィちゃん無視?」
「あ、はいっ。酒場の店主様のところで食べ物を」
「ちょ、レーナちゃんまで?」
…………二人に仲間外れにされたり。
「へぇ、パパのところ行ったんだぁ!」
「……君あの巨漢の娘だったの!?」
「ご主人様、知らなかったんですか?」
「むしろなんでレーナちゃんは知ってるんだよっ!」
「みかちゃんさっきからうるさいよ、れえなおねえさんとおしゃべりしてるからだまって」
「……」
………………幼女に冷たい声で無言を強いられたりした。
この村の人間は、どうしてこうもキツく当たってくるんだろうと、口を噤み、瞳を潤ませながら私は考えた。
……十中八九私がウザいからなんですよね。
「レーナちゃんレーナちゃん! この髪飾りっ、銀髪に似合いそうだよ!」
「ちょっ、大声で銀髪とか言っちゃダメですよっ!?」
レーナちゃんの目と同じ色をした髪飾りを見つけて、
「……結局買ってます」
「いいじゃない、可愛い女の子はオシャレしなきゃ。ほれ、着けてみ?」
「ここでですか……?」
試しに着けてもらったら、想像以上に似合っていて。
「こう、でしょうか……」
「ん"ん"ん"ん"!! 可愛い! ちょー似合ってるよぉ!」
「感想がいつもと一緒です……」
「じゃあびゅーてぃふぉー!」
だからその屋台の髪飾りを買い占めようとしたら、彼女に全力で止められたり。
「やめろぉ! 止めるな! 私はレーナちゃんをより可愛くしようと……!」
「無駄遣いですっ! 何より本当に欲しい人が買えなかったら可哀想じゃないですかっ!」
****
「クレープ二つ下さい!」
ご主人様に引かれるまま、クリームが沢山入ったクレープを買ったり。
「んぐんぐ……うめぇっ、うめぇっ」
そのままクリームの中に口元をまるごと突っ込んで食べる様が、なんともおかしくて。
「もう、食べ方が汚いですよ……」
「そういうレーナちゃんも、クリーム付いてるよ」
「えっ、ど、どこですか?」
「ほら、口の端。取ってあげ––––あぁー! なんで自分で取っちゃうのさ!」
「場所さえわかればわざわざご主人様に取ってもらう必要はありませんから」
「うぅ……楽しみなシチュエーション一つ奪われた……」
「な、なんで泣いちゃうんですか!?」
「うぐっ……ひうぅ……レーナちゃんの、レーナちゃんのクリームぅ……」
「……はぁ、仕方ない人ですね」
凄く変な理由で泣きじゃくり始めたご主人様の口の端を指で掬って、
「え、え、なに、今なにしたの?」
真っ白なそれを、口に含んだ。
「口の端、クリーム沢山付いてましたから……ん……あ、あまい、です……」
「うおおっ、ありがとうございます! ありがとうございますっ!」
「さっきから周りの視線が痛いのであまり騒がないでください……これじゃあ不審人物です」
本当に楽しかった。
日常のひと時も良いけれど、こんな非日常の瞬間にも、また違った良さがあった。
****
お昼を回ってすぐのことだった。
「あっ! あの服レーナちゃんに似合いそう!!」
ご主人様が、なんの前触れもなく人混みの先を指差して、目を輝かせた。
背が低く、視力も一般的な私には、彼女がなにを見ているのか分からなかった。
しかし、そんなのは御構いなしで駆け出そうとしている姿が、隣にはあって。
「ぇ、ぇ、ご、ご主人様。待っ––––」
まさか。この人混みの中を。
「いくぞーー!」
私の手を掴んだまま、ご主人様は恐ろしいスピードで駆け出した。
「やっぱりそうなるんですねーーー!?」
****
レーナちゃんを引き連れ、人混みを駆け抜けて、ようやくその屋台に辿り着いた。
「ヘッヘッ……うさ耳と尻尾付きメイド服ぅ……!」
そこには、ぴょこんと伸びた長い耳と、丸く纏まった尻尾––––が付いたエプロンドレスがあった。
とてもレーナちゃんに似合いそうな造形をしている。兎なのに何故か銀色をしている耳と尻尾部分なんて、レーナちゃんのために作られたと言っても過言ではないだろう。素晴らしい、これ考案した人はわかってる!
こいつを着て、恥ずかしがってるレーナちゃんは、さぞ愛らしいはず。
はやる気持ちと、荒い鼻息を整え、なんとか平静な状態で後ろを振りか––––、
「ふぅ、長い間引っ張っちゃってごめんね、レーナちゃ––––あ"」
––––いない。
確かに彼女と握り合っていたはずの手は、今は空気のみを掴んでいて。
––––レーナちゃんが。
黒髪ロングのその姿が、どこにも見当たらなかった。
––––レーナちゃんが、いない。
「えっ、と……この場合、迷子ってどっちになるんだろう」
そんなしょうもないことを呟きながら、私は周りがきちんと見えていなかった己を恥じた。
「レーナちゃんどこおおおおおおおお!!!」
****
「……か、完全にはぐれちゃった」
どれほど先の屋台の衣装をご主人様は見ていたのか。ズカズカと人の波を割っていってしまった彼女の姿を確認することは、もう叶わない。
「視力良すぎるよもぅ……」
一人文句を垂れようと、よく目立つ黒髪がこちらに引き返してくる様子はない。そもそも私の手を離した自覚はあるのだろうか。
「……絶対気づいてなかったよね」
あの鼻息荒く、興奮しきった様子からして、私の姿の消失に気がつくのは、多分屋台に着いてからだ。
気づけば、体感時間もそこそこ経過している。待っていても、彼女がすぐにやってくる確証もない。
「……一人で見て回っちゃおうかな」
いくら屋台と人混みがあるとはいえ、元々ここは見知った場所だ。
ひどく残念だが、ご主人様とは既に大まかに見て回ったことだし、時間を無駄にしてしまうのも惜しいし、一人で歩き回ることにする。二人で騒いでいたから見つけられなかったものも、一人では見つかるかもしれない。
「それにこれが、最後じゃないし」
数年に一度という不定期な催しではあるけれど、次の開催も、そのまた次の開催も、私たちは一緒に来ることができるのだから。
その時に、もっともっと、楽しめばいい。
「……珍しいお花の種、どこかで売ってないかなぁ」
お金の手持ちはないけれど、近くで見るくらいならきっと大丈夫。
小さい身長のせいで屋台の看板を見るのが難しかったのと、簡易文字以外ろくに読めないこともあって園芸関連の屋台を見つけるのは困難を極めたが、その出店は案外すぐに見つかった。
「……お花っ」
屋台の上部に、大きく可愛らしい花の飾りが付けられている。間違いない、あれは花屋さんが出店した屋台だ。
周りを一瞬忘れて走り出そうとして、
「……す、すみませんっ!」
人混みの中にいた人物に、体当たりしてしまった。
謝ろうと思って、顔を見上げる。
「……ぁ」
そこには、あからさまに一般人ではない容姿の男性がいた。
色を抜いたような中途半端な金髪に、袖がない黒いシャツ。
恐らく年齢は三十代前半ほどだが筋骨隆々で、頰には裂かれたような傷跡があった。
私は彼に何か不穏な雰囲気を感じ、すぐさま頭を下げて立ち去ろうとして。
「あ、なんだ? ……ぶ、ぶははははっ!」
「ぇ……?」
男性は、私の顔を見て唐突に笑い出した。
––––私の顔、まさか、幻惑魔法が解けて……?
何重にも重ねがけしたとご主人様は言っていたが、万が一のことがある。
慌てて前髪を一掴みし、視界に入れる。
視界上部に映ったのは、完全なる漆黒。どうやら魔法が解けた訳ではないらしい。
ではなぜ、私を見てこの人は笑い出したのだろう。
「おいおい! 御誂え向きな子がもう見つかったじゃねえか!」
「え、あ、あの……?」
「ん? あぁ、ぶつかったりして悪いことしたな嬢ちゃん。ちょっと前見てなかったんだ。お詫びも兼ねて、少し話があるんだが時間いいか?」
「ぇ、いや……」
そんな風に引き留められるとは思っていなかった私の口は、未知の恐怖を感じて強張り、思うように音を紡いでくれない。そのうち思考も停止していく。
「あんまり手間は取らせないからよっ。頼む」
沈黙から、少なくとも嫌がっていないと判断されたか、男性に手を引いて連れて行かれる。
「ぇ、あ、のっ……」
––––凄く凄く、嫌な予感がする。
しかし誰かに助けを求めることもできず、私は彼に着いていくしかなかった。
純夏さんは一応美少女設定です、一応。ただし中身が(ry)
ブックマーク等いつもありがとうございます。




