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37:Happy halloween in another world

気づけばリアルと季節的に重なっていました。

丁度いい機会なので急遽季節ネタです。いつも以上に荒い文章ですが、ご了承下さい。

ブックマーク等、いつもありがとうございます。


「レーナちゃん、これ付けてっ」


 そう言って、ご主人様は私に何かを手渡してきた。

 弧を描いたような造形。そして中央からやや左右にずれた位置に一つずつある、灰色のモコモコ。

 これは一体……。


「なんですか、これ」


「カチューシャ」


「それは流石にわかりますっ。じゃなくて、この、二つくっ付いたモコモコは一体……」


 私の見当違いでなければ、これは––––、


「ケモノのミミだよっ」


「やっぱり……」


 こんなものを渡して、ご主人様は今回は一体何を考えているのだろう。

 私が訝しむように彼女を見つめていると、不意に企んだような笑みを浮かべ、


「ハッピーハロウィン、レーナちゃん!君には本日、可愛らしい仮装をしてもらおうと思います」


「……へ?」


 また訳の分からないことを宣ったのだった。





「今日はね、地球換算だとちょうどハロウィンに該当する日なんですよ」


 何がそんなにおかしいのか、ニマニマとした顔を晒しながら、ご主人様は言った。

 色々と付いていけないが、まず一つ尋ねたいことがある。


「あの、さっきから仰っているそのハロウィンって、なんなんですか?」


 おそらくは、またニホン由来の言葉なのだろうが……。


「子供が化け物の格好して近所にお菓子の徴収しにいく日のことです」


「また変な慣習です!?」





****



 ニホンはおかしな国だ。少なくとも私はそう思う。

 『年越し』という名の、一年の始まりに奇声を上げる慣習もあれば、『クリスマス』などという、冬の夜に赤い服を着たご老人が子供達の自宅に不法侵入して枕元に謎の箱を置いていく恐ろしい日もあるらしい。

 そこへさらに、『ハロウィン』という子供にお菓子の強奪と、大人への脅迫(トリックオアトリート)を推奨する行事が加わるのだ。謎だ、本当に謎な国だ……。


「でも、納得ですっ」


 そんなニホンだが、ご主人様を見ていると一つ分かることがあった。


「何が?」


そんな(・・・)変な事ばかりしているお国でお育ちになられたから、ご主人様もそんな(・・・)なんですねっ」


「おい待て今日本を侮辱したな貴様」


「え、えぇっ?」


 そ、そんな意図はなかったのだが。ただ、ご主人様が変人なのはニホン特有の空気感にあてられて育ったからではないか、と思ったまでで。


「……まあいい。次に日本を侮辱すれば貴様は毎日私と添い寝の刑だ」


「え、ちょ……」


 それは困る。たまには一人になれる時間がなければ、幸せで表情筋を引き締める余裕がなくなってしまう。

 抗議しようとするが、ご主人様はわざとらしく咳払いしてその雰囲気を一蹴。当初の話題に戻してきた。


「あー、おっほん。改めまして、今日はハロウィンなんです。子供がお菓子をもらう日なんです」


「それはさっき聞きました」


「だから、私はレーナちゃんにイタズラしたいのです」


「……は?」


 だから、の使い方がおかしくないだろうか。


「お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞーってね!」


 ご主人様は、そうして邪悪な笑みを浮かべた。間違っても愛らしい顔立ちの人がしていい表情ではなかった。

 背筋に寒気が走った私は、その、イタズラとやらを実行されないよう、予防策を張る。


「お、お菓子ならおやつ用に用意した焼き菓子が台所にありますけど」


 しかし策は切って捨てられた。


「シャラァァァプっ! レーナちゃんはねぇ、お菓子をねぇ、今ぁ、ちょうどねぇ、切らしててねぇ、持ってぇ、ないんだよぉ?」


「は、はい? え、だから、持ってますよ? 台所に––––」


「レーナちゃんは持ってない! だから私はイタズラするの! レーナちゃんが律儀にお菓子くれたらイタズラできなくなっちゃうの! わかる!? わかったら大人しくイタズラされなさいっ」


「横暴ですよっ!?」





「い、イタズラって何する気なんですか……?」


 何やら鏡の前に座らされ、私は不安になりながら問うた。

 ご主人様はなんだかんだ優しい人だし、人として最低なことまではしないはず。……しない、はずだ。


「だから、さっき言ったじゃん? 仮装だよ仮装。ちょーっとケモミミカチューシャ付けて、ちょこーっと色々装着して、ちょこーっとにゃーにゃー鳴いてくれたらそれで十分。私はそれを眼球に焼き付けてニマニマします」


「新手の嫌がらせですか……」


 猛烈に前言を撤回したい気分になった。この人は時折優しくない。


「じゃ、持ってくる(・・・・・)ね」


 そうこうするうち、ご主人様は一旦部屋から出て行ってしまった。

 持ってくる、なんて言っていたけれど、今手元にあるカチューシャだけでは事足りないのだろうか。


「おまたせー♫」


「ご主人様、一体どこに––––ぃ?」


「にししっ」


 彼女は、何やら上下がくっ付いた服を持っていた。

 いや、目を背けるのはやめよう。

 正確には、服ではない。胸からお腹部分にかけてが真っ白で、それ以外の箇所は灰色の毛に覆われている。

 臀部からは、ヒョロリとした柔軟な尻尾が伸びていた。

私の限られた知識に、これとよく似たものがある。


「……着ぐるみ、ですか」


「お、知ってるの!? じゃー話が早いや」


「ま、まさか……こ、これを着ろ、と?」


「そうだよ!」


「その上で、さっきのカチューシャを付けろ、と?」


「そうだよ! レーナちゃんは期間限定でれーにゃちゃんになるんだよ!」


「誰ですかそれっ!!」





 あの着ぐるみは、八百屋の奥さんに借りたものらしい。耳付きカチューシャはご主人様の自作だそうだ。

 正直、奥さんは何を思ってこんなものを持っていたのか謎だが、今はそんなことはどうでもいい。

 とにかく、この羞恥の塊のような格好を、早く脱いでしまいたかった。


「……私の見込み通りだ。やっぱり、レーナちゃんはワンコよりにゃんこだよね!」


「……」


「なんか嫌そうな顔してるけど、全然抵抗しないね。本気で嫌がったらやめようと思ってたんだけど……」


 そんなことはわかってる。ご主人様は無理強いはしない。

 でも、


「だ、だって、ご主人様がこれを着たらニマニマ……もとい、喜ぶって……!」


「私が喜ぶから、してくれるの?」


 コクリと頷く。

 カチューシャからぴょこんと伸びた三角の灰色の耳。

 上半身から下半身は灰色の毛に覆われていて、臀部からは尻尾が伸びている。

 私のその格好は、所謂猫だった。


「……れーにゃちゃん健気だね。やらせてる私だけどっ」


「だから誰なんですかその人っ」


「猫コスプレのレーナちゃん。言葉は発さず、可愛らしい声でにゃあにゃあと鳴いてくれます」


「……」


「うわ、レーナちゃんの目が急速に死んでいく」


 着ぐるみを着るのは、まだいい。カチューシャも、まだいい。

 ご主人様が、喜んでくれるんだ。裸を見られるわけでも、ましてや体を触られるわけでもない。それらに比べたら、全然安いものだ。代わりに何か尊厳を失っている気はするけれども。

 でも、にゃあにゃあ鳴くなんてそれこそ一生の恥だ。恥ずかしい。恥ずかしすぎる、そんなの…‥。


「……だめ、かな」


「うっ……」


 ズル賢い演技だとわかっているのに、ご主人様のウルウルとした目を見ると、まるで責め立てられているような錯覚に陥ってしまう。


「う、うぅ……」


「レーナちゃんの声、可愛いからさ。その声で鳴いてくれたら、きっと私もっとレーナちゃんのこと好きになっちゃうよ」


「も、もっと好きに……?」


「うん」


 ご主人様が、私のことを今以上に好きになってくれる……。


「私のことを、好きに……?」


「うん」


 でも、恥ずかしい……。でも、もっと好かれる絶好の機会……。


「だめ?」


 でも、


「だめかな」


 でも、


「レーナちゃん、一生のお願いっ」


 でも––––。


「………………にゃあ」


 迷った末、私は鳴いた。


「ッッッッ!!」


「……にゃあ。にゃ、にゃぁっ! ……にゃあっ、にゃあぁっ!」


 懸命に、なるべく甘えるような声で。

 ご主人様は好みそうな、そんな声量、声質で。

 しかし、ご主人様の顔は、


「––––」


 無表情のまま、固まっていた。

 声も発しようとしない。まるで、時が止まったかのよう。

 私は、すぐに居たたまれなくなった。耐えきれず、鳴くのをやめて言葉を発してしまう。


「にゃあ……あ、あのっ、ご主人様? えっと、無反応は、気まずくなるのですがっ」


「……いい」


「へ?」


 何が『いい』というのだ。もうやらなくていいということだろうか。それとも、良かったという意味だろうか。

 不安になりながら、続きの言葉を待つ。


「……尊い。やばい。やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい」


「え、あ、あれっ?ご主人、様?」


 なんだか様子がおかしい。目が血走っているし、顔を赤い。

 ここまで興奮した様子のご主人様を見るのは、初めてかもしれない。


「可愛い。可愛い、可愛過ぎる。だめだ、言葉が思いつかない。語彙力消滅してる。やばい。いい。尊過ぎる。やばい、やばい……かわええ。もうだめ……すき、めっちゃすきぃ……❤️ 」


 喜んで、もらえているのだろうか。

 そのうち鼻まで押さえ始めたご主人様。流石に興奮しすぎじゃないか。


「……もういっかい、『にゃあ』お願いできますか」


「え」


 まだ、やるの……?





「にゃ、にゃあっ」


「……ワンモア」


「にゃあっ!」


「…………ワンモア」


「にゃあっ……!」


「………………ワンモア」


「にゃあぁっ!」


「……ワンモア」


 そのまま半日近く鳴かされ続けた。

 一つ鳴くたび、何か大切なものを失っている気がした。


 もう着ぐるみは着ないし鳴かない。そう心に誓った日だった。

(まだ10月31日の午後31時だしハロウィンにギリギリ間に合っただろう…)

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