3:あったかいお昼ごはん
予約投稿し忘れるとかいう失態。
「仕事の前にはお昼ご飯。これに尽きる」
それから、湯気の止んだ頭髪を所なさげに弄っていると、ご主人様は何か言い出した。
「腹が減っては戦は出来ぬってね。掃除をするにもパワーがなきゃ。パワーの源は食事ですぞー!」
両腕をぶんぶん振り回しながら、ご主人様は声高に軽口を言う。まるで童女、という感想は心中に封じ込めておくことにした。
「え、えぇと、それは、私が調理してもよろしいのでしょうか?」
「あ、ホントに? やってくれる? 何か買いに行こうと思ってたから助かるよぉ〜私料理壊滅的だから……カップラーメンがこっちにもあればよかったんだけど」
「その『かっぷらぁめん』が何なのかは存じ上げませんが、簡単なものであればお出しできるかなと……」
「はいコックさんっ! マトモに食べられるものなら何でもいいです!」
目が輝いている。どれだけ料理に飢えているのか。
私も絶対、人のことは言えないのだけれども。
「はい、頑張ります」
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とは言ったものの、この屋敷にはあまり食材が無かった。
料理が壊滅的だと言っていたし、ロクに材料も買っていないのだろう。追加で何か購入するまで、僅かな食材でやりくりしなければいけない。
青野菜はそれなりにある。大方、調理しなくてもそのまま食べられるからと買い込んだのだろう。ひどいな。
それに比べ、肉や魚などの主菜になり得る材料が極端に少ない。それこそ焼くだけでも食べられるものなのに。火を通すこともできないのか、あの人は。
パンなどの主食や調味料は1食分なら問題なし。
さて、この時点で彼女が絶望的な食生活を送ってきたことが窺い知れる。
「とにかく今は有り合わせで作らなきゃ……」
腕の見せ所、というやつだった。
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料理はなんとか完成した。
「初めて使うお台所だったので……立ち回りがままならなかったと言いますか……失敗してしまいました」
残念ながら、納得のいく出来ではなかった。
言い訳を口にする。
テーブルに置かれた料理たちは、点数にして四十点ほどの代物だ。
焦げてはいないし、見栄えも悪いわけではない。けれども、特別良いわけでもない。四十点、どこまでいっても四十点の出来だ。
彼女へ初めて出す料理だったからか、変に緊張してしまって、焼き加減も調味料の分量も少しばかり誤ってしまった。
主菜はタラザケのムニエル。塩胡椒は今の世の中当たり前に出回っていて、どこの食卓にもあるだろうが、小麦粉とお酒は正直あるかどうか五分五分だった。……だって、この屋敷のお台所ロクに食材置いてなかったから。
副菜は青野菜のサラダ。こちらもあるか不安だったお酢にごま油、塩と胡椒とその他もろもろを組み合わせて作ったドレッシングで和えた。
主食はパン。正直ムニエルやサラダに合わせるのにただの胡麻パンでいいものかと思ったが、これに関しては彼女がきちんと食材を置いていなかったのが悪い。私悪くない。
「こ、これで失敗……?」
何故かご主人様は吃驚していた。
「はい……本当はおだしするべきではなかったのでしょうが……」
だってそうだろう。ドレッシングの色なんて濃すぎる気がするしムニエルは塩と胡椒の分量を黄金比率より多くしてしまった。
そして何より胡麻パン! なんにも手を加えていない! こんなの料理じゃない! ただのパンだ!
内心鼻息荒く自分の不甲斐なさに憤っていた私に、震える声で彼女は紡いだ。
「せ、成功ではなく……?」
「失敗です……」
「……でも、サラダ一つ取っても私が作るのよりずっと見栄えがいいんですけど……これで失敗ってそりゃないですよ……」
何やらブツブツ言いながら、それでいてウズウズとしている様子。「召し上がれ」と催促すれば、コクリと嬉しそうに頷き、「いただきます」と聞き慣れない挨拶のようなものをして彼女はムニエルに手をつけた。
「なんじゃこりゃ! めちゃうまっ……!」
一度口に含むと、途端に頰を綻ばせ、ご主人様はがつがつとムニエルを食べ進めていった。
よかった、気に入ってはもらえたらしい。
図らずも入っていた肩の力が抜けていった。
「すごいおいしい! これなんていうの!?」
「タラザケのムニエルです」
「これで失敗なの……!?」
「失敗です」
「……百点満点で何点くらい?」
「四十点です」
「ふぁっ!? これで四十点!? その基準じゃ私が料理作っても一点にも届かないじゃん!」
その後もご主人様は新たな料理に手をつけるたび嘶いていたが、休むことなく食事を楽しんでいた。
食べ始めて十数分後。出した料理を半分ほどは平らげた辺りで、彼女は何故か一度食器を置いた。
「……それで、なんであなたは一緒に食べないの?」
まるで、当然の疑問であるかのようだった。
そして、少し寂しそうでもあった。
「へ? なんでと言われましても……私は、奴隷、ですし……」
「あなたは奴隷じゃないよ?」
なんだろう、すごく綺麗に笑っているのに、怒っているように見えた。
「家族なんだから、一緒に食べようよ」
そうだった、家族だって言われていたんだった。
家族だから、同じ食卓を囲む。成る程、理に適っている。
その考えは、盲点だった。
「お代わりって、ある?」
「え、あ、はい。念のため、作りましたけど……」
「じゃあそれ、一緒に食べよ?」
そうして彼女はにこりと微笑んだ。
ドキリと、胸が熱くなった。
「……は、はい」
この時以降、私たちは共に食卓を囲うようになった。
初めて一緒に食べた四十点の料理は、何故か限りなく百点に近い味に感じられた。
基本はこれくらいの文量を目安にしていきたいです。