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35:調子に乗る変態

また時間を空けてしまいました。

いつもより純夏さんが何割増しかウザい気がします。また、二話連続投稿です。


「エンターザバスルームだぜぇっ! いぇーい!!!」


「ぇぁっ!?」


 曇りガラスの扉の淵近くを蹴りつけ、私は大胆に浴室へと乱入した。

 素っ頓狂な声の先、そこには、水に濡れた銀髪と、火照って赤くなった肌が格別愛らしい女の子、レーナちゃんがいた。


「わ、私まだ入っているんですがっ」


「知ってる。だからわざと乱入した」


「ちょ、ちょっと!?」


「……にしても、水も滴るいい女の子っ。湯船から顔だけ出してるレーナちゃんもやっぱり可愛い!」


「ま、またなんですか! 一昨日もっ、湯船に浸かっている時乱入してきましたよね! なんなんですかっ、私の嫌がることして楽しいんですかっ」


「ふっ、レーナちゃんが大好きだから困らせたいのだ。そう言う意味じゃめっちゃ楽しい」


「迷惑で難儀な性格ですっ!」


「というか……初めて会った日から度々一緒に入ってるのに、まだレーナちゃん慣れないの? 私もう慣れたよ」


「ご主人様は、最初からっ、その調子じゃないですかっ……!」


「まぁまぁ、一緒に一日の汗を流そうよぅ」


 両の手の指をくねくねと柔軟に動かしながら、私はなるたけ愛らしく笑みを浮かべた。

 しかし、レーナちゃんは火照った顔を真っ青にして、


「わ、私は流し終えてますっ、お呼びじゃありませんからっ!」


 やはり、表情一つでは騙されてくれないらしい。流石に一年半一緒に暮らしているだけのことはある。邪な内心は筒抜けのようだった。


「ちぇっ、手厳しい子。そういうところ、レーナちゃんここ来た時からぜんぜん変わらないよね」


「ご主人様だって最初から変態の片鱗がありましたっ!」


 不服そうな顔だけ浴槽に張ったお湯から出して、レーナちゃんは体を肩も出すことなく全て沈めている。

入浴剤のせいでお湯が白くて何も見えない。ちくしょう。


「これだけは……これだけは、慣れてはいけない気がするんです。人に裸を見られて平気になったら、それこそ変態なんです……ご主人様みたいにはなりたくありません」


「おいちょっと君最近毒舌になってきてるぞ」


 まるで私がヤバイ奴みたいに……あれ、最近の私って結構ヤバイ事ばっかしてない? ま、まあそれはいいとして。

 レーナちゃんは奴隷だったと言っても淫らな方のそれじゃない。そもそもこの世界の人間に好かれない容姿らしい彼女は、これまでの主人たちとは健全な関係を築いてきた。過剰すぎる暴力を除けば、であるが。

 真面目で、何より純粋なこの子は、やや固い貞操観念を持ち合わせているらしく、


「私たち女同士なんだけどなぁ……別に恥ずかしがることないよぅ」


「とはいえご主人様と他の女性は違います……」


「……ふむ、私は男の子だったのか。道理で女子力皆無なわけだ……」


「大好きな人ってことですよっ!!」


 うわっ、急に大声出して短気だなぁ。ストレス抱え込んでない? あ、私がストレスの原因か。悪いね、歩く悪感情です。


「なし崩しに見られるのは、嫌なんです……」


「うーん、じゃあどういう時ならいいの?」


「っ……え、あ、えぇと……その……ぷくぷく」


 ……赤くなって顔下半分をお湯の中に沈めてしまった。口のあたりから泡が少し浮かんでくる。ふっ……まぁ、そーいう時(・・・・・)なんだろう。野暮な詮索はしないよ。

 少し大人な話をすれば、私たちはまだ一度も致していない––––それでも週に一回は何だかんだキスとかしてるから進展がないわけではない––––わけで。そういう意味では、レーナちゃんの恥じらいは健全なものに思えた。


「でも、私は裸なんだけど。レーナちゃんに普通に見られてるんですけど」


 お前が勝手に入ってきただけだろ、なんて野暮なツッコミはしちゃいけない。

 ほれほれ、と私は背中を彼女側に向けて揺らす。真正面から全部見せようとするとレーナちゃんは完全に目を背けて見てくれなくなる。ちょうどいい加減が必要なのだ。

 女子力も色気も私には備わっちゃいないもの。あるのは食い気くらいなもので。

 ならばせめて、多少は育ってるこの身体だけでも有効活用する。


「ぁ、え……そっ、それはご主人様が見せるからっ」


 すると予想通り、ほっぺを朱に染めて、俯いてしまう。照れちゃってもぅー、可愛いなぁもぉー。


「はいはい嘘つき嘘つき。いつもぼーっとこっちガン見してるじゃん。見たくないなら見なきゃいいのにね」


「な、なんのことでしゅか」


 噛んでるよ、焦りすぎ。


「一昨日だって、私が髪の毛洗ってる間にじろじろ身体見てたでしょ? 背中向けてる間ならわからないと思った?」


「!? な、何を言って……」


「残念、これでも敵がどの方向から来るかわからないような場所で毎日仕事してますからっ」


 文字通り命かけてます。気を抜いたら普通に背後から飛びかかられて死ぬので、気配察知は必須技術ですとも。


「だから、もう気配と相手の視線を読むのは癖になってるのです」


「っ……ち、ちがうんです。あ、ぁあぁあ、誤解です、濡れ衣ですっ! 綺麗な背中だなとか、素敵だなとか、頸の流れもいいな、なんて思ってません! 本当ですっ!」


「全部言ってますやん……やばい、高評価すぎて顔がニヤけちゃう。にへへ」


「あ、やっ、違うんです!? つい口が滑って……って、ぁあぁあぁぁぁ…………ぷくぷくぷくぷくぷくぷく」


「また潜って誤魔化した」


 それこそ窒息してしまうのではないかというくらい、水中から泡が浮かんでくる。

 ……ふっ、むっつりが。自分から垂れ流してどうする。

 語るに落ちるとはまさにこのこと。人を日々散々変態扱いしておきながら、自分は人の裸こっそり見ているという事実。へぇ、ふぅん、


「そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな」


「ぷはっ……ちがっ……違くてっ!」


「……はぁ、自分は裸見られたくないとか言っておきながら、他人の体はじっと見るとか、ひどい子だなぁ……」


「う、うぅうっ……!」


「不公平じゃん。ならレーナちゃんの体も見せてよ。背中ならいいじゃん。どっちにしろ最初の日に全部みてるんだからさ。気にしなくていいよ、背中くらい。ノーカンだから。ノーカンノーカン」


「うっ、うぅう、ううううっ……!!」


 矢継ぎ早にまくし立てれば、レーナちゃんは目を回し始め、あわあわと唇も震わせる。

 バレていないと思っていた行動を言い当てられ、その上焦っているところに変な要求を重ねられたのだ。そりゃ焦るし、混乱もする。


「……み、みせるべきです、か」


 ほらほら揺らいできた揺らいできた。

 この子もこの子でなんだかんだ私のこと好いてくれてるからね。基本、お願いされると弱いんだ。

 全く、私みたいな変態女に捕まって可哀想に。まぁ、絶対逃がさないんだけども。


「うん。不平は許されないぞ。身体を晒せ美少女」


「なら……み、みせ……わた…………ぁぅ」


「えっ……ちょ……?」


 だんだん呂律が怪しくなっていって、やがて言い切らないうちにレーナちゃんの体勢が崩れた。

 まるで頭がおもりになったように、お湯の中に前から倒れこみそうになって。って、危ない浴槽に頭ぶつけるっ!!

 私は慌てて体を支えにかかった。……よ、良かった。レーナちゃん無事……って、安心するんじゃなくて!


「ちょっ、レーナちゃんっ!どうしたのっ、大丈……ぶ……」


 彼女の顔を覗き込む。

 瞼は閉じていて、まるで寝ているような状態。

 つまり、意識がなくて。


「な、なんでっ……レーナちゃんっ、き、気絶してるの……?」


「––––」


「反応ない……狸寝入りするような子じゃないし…………え」


 動かぬ彼女の様子に、変化が生まれた。

 端正な顔の一点から、たらりと一つ、赤い縦線が引かれ始めたのだ。


「はな、ぢ?」





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