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34:マンネリズム

ブックマークに評価にありがとうございます。

 夏は暑くて何より長い。

 刻一刻と日付だけは経っていき、果たしてこの灼熱の季節が終わりを迎える日はやってくるのだろうかと、弱った頭で考えることもある。勿論秋は自ずとやってくるのだが。


 私たちは、相変わらずだ。

 最近あったことといえば、ご主人様が『夏休みが欲しい』などと言って長期休暇をギルドに申請しに行ったら建物にいた人たちに泣きつかれたとかなんとか。

 ご主人様は些か異常な存在だ。違う世界から来たという経歴は勿論のこと、身体能力も、魔力も、人間を半ば越えた域に––––なんでもこちらにやってきた際に急に肉体が強化されたらしい––––達している。そんな彼女は、先日から魔道書で魔法の勉強を始めて、実用化できるようになったものは実際に仕事で活用しているのだという。

 結果として、獲物の討伐効率がすこぶる上がったらしく、冒険者ギルドの期待の星になっていた。

 しかし、本人は既に現状に満足していて、貯金もあるからと仕事は休みがち。そんな中でとうとう長期休暇までとられてしまっては、折角の戦力なのに勿体ない、というのがギルドの考えらしいのだが、


「うぇぁ……あっつぅ」


 平日の昼間から床に寝そべっている黒髪の少女の姿を見てとれば、彼らの説得はご主人様の心に響かなかったのだとわかる。


「あぁ……くそぅ。あつぃ、あつぃよレーナちゃん……私を冷やしてぇっ」



「無茶言わないで下さい……夏なんですから、仕方ないですよ」


 おおよそ女性が出してはならない呻き声を上げながら、私に助けを求めるご主人様。

 心苦しいが、この季節に体を冷やせるものなんてそうそうない。


「村に氷でも買いに行きますか?」


 保管した冬場の氷を売っているお店が、去年同様あるはず。

 しかし、彼女は気乗りしないらしい。


「やだっ、そとはもっとあついもんっ。絶対去年より今年のが暑いしっ!」


「えぇ……」


 駄々っ子みたいで微笑ましい、と思いつつ半分呆れながら、私は提案を続ける。


「じゃあ、どうしようもないですよ……井戸水でも飲みますか?」


「一回沸かさないとダメじゃん! そんなの手間だよぉ」


「それもダメなんですか……」


 本当にどうしようもないじゃないか。


「……ふと、思ったんだけども」


「なんですか?」


「私たちのやり取りってさぁ、マンネリ化してきてるよね」


「まんねり、ですか……?」


 『まんねり』––––また、私の知らない言葉。

 たまに、こうして私たちの言葉が通じない時がある。おそらくだが、ニホンにしかない言語なのだろう。

 こういう時、言葉の壁というか……距離感を感じて、少し寂しくなってしまう。

 

「えっと、どういう意味の言葉なんですか?」


「あ、こっちには無い言葉なのね。マンネリズムって言って、代わり映えしないって意味の言葉、かな。略してマンネリ」


「あぁ……」


 思い当たる節がある私は、納得の声を漏らした。


「私が無茶振り入れて、それにレーナちゃんが賛同するなり提案するなりしてさ……なんか、ワンパターンだよ」


「それは……はい。でも、ご主人様が話題を作ってくださるので。飽きませんし、私は好きですよ?」


 本心だ。彼女の話は面白おかしく、聞いていて飽きない。

 ただまぁ、なんの前触れもない無茶振りなんかは、困ってしまうけれど。


「私もレーナちゃんだいすき!」


「今はそういう話じゃないです」


「夏なのにこの子は冷たいっ!」


 別に冷たくはしていない。ご主人様に熱意がありすぎるから私が空気を冷やしているだけだ。……あ、それが冷たくするってことなのかな。よくわからない。


「でも、いつもと違う流れって人生を有意義に過ごす上で大切じゃない?」


「一理あるような気はします、けど」


「そこで! たまには趣向を変えて、私たちの立場を入れ替えて見てはどうでしょ!」


「立場ですか?」


 また、代わりに家事をしようなんて言い出すのではないだろうか。

 いつぞやかの仲違い(喧嘩)を私が思い浮かべていると、ご主人様は物凄い勢いで首を横に振った。


「ち、違う違う! もう家事やりたいなんて言わないからっ。立場って言っても、あくまで、限定的!」


 私は首を傾げる。


「たとえば、呼び名を入れ替えてみるとかね」


「呼び名……ご主人様を、別の名で呼ぶということでしょうか」


「いえす。私がレーナちゃんのこと改まった名前で呼んで、逆にレーナちゃんは私のことくだけた感じに呼ぶ、みたいな」


 そこで、彼女は少し溜めをつくって、


「気分を変えれば、夏にも何かしらの突破口を見出せるかもしれん!」


 そう、ビシィっと言い放った。


「また、よくわからない理論です……」


 けれど、よくわからないけれども、そうして自信たっぷりに言葉を紡ぐ彼女の姿が、私はとてもとても、大好きだった。



****



 私はカーペットの上に座りこんでいて、ご主人様は寝そべっている。

 おかしな点があるとすれば、彼女の枕にしているものが、私の膝というところだった。


 首を下へ傾ける。

 見えるのは、ニコニコとした満足げな彼女の顔立ちで。


「ねえねえご主人様(レーナちゃん)。今日もかわいいねっ」


 ご主人様は、私のことをご主人様と呼んだ。


「なんだか……違和感がすごいです」


 膝を貸していることも、自分が敬称で呼ばれることも、その敬称と全くそぐわない口調で話すご主人様も。

 普段なら、私が彼女の膝の上に乗せられるなりしているところだ。

 この時点で、かなりマンネリ? とやらからは抜け出していると思うのだけれど。


「じゃあ、ご主人様(レーナちゃん)もはい。私のこと呼んでみなさい」


「ご主人様」


「はいダメですやり直し。ちゃん付けで、ほら」


「ご主人様ちゃん」


「ちっがーう! ちゃんは良いとして『ご主人様』の部分を変えてって言ってるんだよぅ!」


「む、難しいです……」


 こういう無茶振りは嫌いではないけれど、今回のは少し難しかった。


「……敬称を無くして……くだけた感じに……くだけた感じに……」


 物心ついた頃からの『教育』で、私は大抵の人を敬称無しには呼べなくなってしまっている。むしろ、そちらの方が自然体というような状態で。

 母様、父様、ご主人様、(なにがし)様……人を呼ぶときはそれらだけで、ほぼ完結してきたように思える。例外として、ソフィちゃんらがいるが、でもそれだけ。


「……どうお呼びするのが、よろしいでしょうか」


「んーん。すみかちゃんでも、みかちゃんでも、黒髪女でも。お好きなようにどーぞ」


「じゃあ……えっと、えぇと……」


 同世代の友達として出会えていたらこう呼べていたのかな、だとか、そんな妄想(もしも)を抱きながら私は口を開けて、


「––––す」


 その名を口にした。


「すみかさんっ……」


「はい。純夏ですよーっと!」


 ご主人様は、元気よく返事をしてくれた。


「すみかさんっ……」


 なんだか嬉しい気分になって、私はその響きをもう一度口にする。

 スミカ・タチバナ。彼女の名前の、その一部。


「うんっ、純夏だよ」


「すみかさん……」


 可愛いような、綺麗なような音。

 その名前の持ち主であるご主人様が、今まで以上に魅力的な人物に思えた。


「すみかさん……すみかさん……!」


「お、おう。そんなに繰り返さなくてもいいんだぞ? ……というか、毎日顔合わせてるのに、初めて私の名前、呼んでくれたよね」


「すみ––––あ……本当、ですね」


「今まで何にも言ってこなかったけど……私のこと、なんでまだご主人様なんて呼ぶの? ただ、癖が残ってるからってだけじゃ、無いんだよね?」


 ごもっともな質問だと思った。

 私は彼女の奴隷では無い。首輪を失ったあの日から、もう私を縛るものは何も無くなった。

 本来なら、彼女をご主人様と呼ぶ意味も必要も、ないはず。

 だけど––––、


「ご主人様は、ご主人様ですからっ」


「なにそれ理由になってないよぅ」


「この世で一番、奴隷だろうと何だろうと立場関係なく、その名で呼びたくなるほどに、尊敬している人だということです」


 奴隷時代の癖だって、未だ私の内面の節々に残っている。

 それらはきっと、この先も完全には取り払えないものたちばかりだ。それに関しては、もう完全に折り合いをつけた気でいる。それも含めて、ご主人様は愛してくれるから。

 私自身が、受け入れないでどうするというんだ。

 そして私はこの先も、ご主人様をご主人様と呼び続けるだろう。

 けれど、彼女の本名を呼んでみたかった気持ちもあったのかもしれない。今だって、なんだかすごく胸の中がポカポカする。夏だというのに、心地よい熱だった。

 

「ふへへ、照れる……でも私、そんな尊敬されるようなことしてる? 仕事休みまくってたりとか、最近は割とダメ人間っぽいこと沢山してると思うんだけど」


 苦笑しながら、ご主人様は自虐する。


「自覚あったんですね……」


「レーナちゃんの懐の深さに甘えてたら、自然と」


「厳しく律されるのがお好きなのでしょうか」


「ワタシハヤサシイレーナチャンガイチバンスキダナー」


「ふふっ、冗談ですよ」


 でも、甘えるということは、頼りにしてくれているということだ。

 その点では、悪い気は全くしない。


「ご主人様がたとえまったく働かなくなってしまっても、最悪私が養いますから安心してください」


「流石にカジテツにはならないよ!? 一応は大黒柱としてっ、レーナちゃんのことは私が一生食べさせていくからっ」


「ふふ……はい。頼りにしてますね」


「頼りにされます。……でも、今日のところは甘えてたいかな。だめ?」


「そうやって明日もお休みするおつもりですか?」


「……ノーコメント」


「仕方のないご主人様ですね……」


 なんだかんだ言って、私はご主人様に対して必要以上に厳しく接することができない。

 私も毎日甘やかされてばかりでどんどん堕落していってしまいそうになるから、人の事は言えないなと、膝に擦り寄ってくる彼女の頭を、そっと撫でながら考えた。



****



 それから少しして、


「それで、ご主人様」


「なぁに」


「この暑さをどうにかする術は、見つかりそうですか?」


 なんだかひと段落つきそうになっていたところに悪いが、元はと言えばご主人様は夏を乗り切るための案を考えるため、今回のまんねり化防止計画(仮)を発令したのだ。そこの所はどうなっているのだろう。

 先程まで幸せそうにしていたのが嘘のように冷や汗をかきながらご主人様は私の顔を瞬き一つせず見上げている。

 それだけで、なんとなく察しがついた。


「あー……えっと、その、ね?」


「はい」


「実は……あれ、ただの口実でして」


「……はい」


「ただじゃれ合いたかっただけ、みたいなぁ……」


 ご主人様の目が泳いでいた。やっぱり、そんなことが目的だったか。

 でも、じゃれ合うだけなら、


「……最初から素直に言ってくださればいいのに」


 ご主人様とじゃれ合うのは素直に大好きだ。撫でられるのも……後、今回で撫でる側、愛でる側の幸福感も知ることができた。

 そして何より、


「こんなまどろっこしい話題まで取り出して……ご主人様らしくないです」


 普段の彼女なら、もっと直球でくるのに。


「だ、だって、なんか自分からレーナちゃんの膝の上に乗るのって、私のキャラじゃない気がするし。らしくないことって、恥ずかしいもん……」


「……喜んで枕とかにしそうですけど」


 自意識過剰とかではなく、ただこれまでの経験からして。


「なんか主観と客観が違う! とにかくっ、たまにはレーナちゃんに甘えてみたくなったの! 撫でて愛でるのもいいけど撫でられて愛でられるのも体験したかったの!」


「それだけなのに、随分な回り道です」


 夏を理由に話題を取り付け、呼び名を変え。

 彼女の羞恥のツボは、よくわからない。


「そもそも……普段から、私って割と虚勢張ってるし」


「知ってますよ。無理している時の表情とか、ご主人様は割とわかりやすい人です」


 距離感が近づくにつれ、それは顕著になっている。

 ご主人様のその心根は、年相応に脆い。


「バレバレみたいですね……まあだからさ、予想外のこととか来たら、すぐ崩れちゃうし、普段やらないこととか、そういうのちょっと怖い」


「それでも、甘えたかったんですか?」


「だって、レーナちゃんの体ってマシュマロみたいにすっごく柔らかいんだもん」


「……ふ、太ってませんからっ」


「そういうことではありませぬ。痩せてるのに膝とか腕とかふわふわしてるからさ……ずっと触ってたいくらいで。ザ・女の子って感じ」


「別に、私の体くらいならずっと触っていてくれても、いいんですけど」


 撫でてくれるなら、私も嬉しい。

 これこそまさしく、うぃんうぃん? というやつなのではないだろうか。


「ま、まじ?」


「ご主人様なら、いいです」


「やたっ!!!!!! ぐへへ、どこまでならセーフかなぁ‥‥‥お尻とかは触っちゃダメ??」


 喜んだと思ったら、次の瞬間下卑た笑みを浮かべる。

 ちょっと許容すると、すぐこの人は……。


「……変態なのは、あんまりダメです」


「ちぇ。………………まぁ、寝てる時にこっそり触ってるからいいんだけど」


 聞き捨てならないことが耳に入った。


「……そ、そんなことしてたんですかっ……?」


 最初はそれほど数も多くはなかった添い寝だけれど、今は頻繁に、多い時では毎晩。普段が二日に一度といったくらいのペースで行なっている。

 いつもいつも、先にウトウトし始める私を、ご主人様が優しく寝付かせてくれているのだが、


「あ、やべ。声出てた……」


 その様子を見るに、寝ている間に私の臀部を触ったというのは、事実らしい。

 流石に、少し腹が立った。


「……こっそり触るなんて最低です。ご主人様は最低な事をしました。もう添い寝は五日に一回くらいに減らします。それから、ご主人様が眠るまで私も眠りません」


「そんな殺生なっ!? やだっ、やだやだやだっ、せめて三日っ、しかもレーナちゃんの無防備な可愛い寝顔見られないなんて死んじゃう……体内から成分が枯渇するっ!!」


「こっそりおしりなんて触るからいけないんです……お願いされたら、もしかしたら触らせたかもしれないのに」


「え、ちょ、今後半なんて言ったのっ!? 聞こえなかったよぅっ!」


「この猛暑の解決策が見つかったじゃありませんか、と言ったんです。お一人で眠れば、きっと夜は涼しいですよ」


「そんな解決策やだよーっ!!」


 ふん、と私は鼻を鳴らして、涙目になった彼女の頭を膝から降ろした。

 合意もなしにそんなことするなんて最低だ。ちゃんと触りたいことを教えてくれれば、少しくらいなら良かったのに。


「見捨てないでー! ごめん! ごめんなさいっ! 今度から見るだけにするからっ。おしりも、お胸も!」


「……む、胸まで触ってたんですか」


「あ"」


「〜〜〜〜!! さ、最低ですっ! 変態ですっ! 金輪際同衾はしませんっっ!」


「そん、な…………」


 私が最後通告を突きつけると、ご主人様は白目を剥いて失神した。

 今回ばかりは許せない。意識がない時に勝手に、許可もなく、いけないことだと知った上で、なお実行するなんて。

 そんなの––––ご主人様しか満たされないじゃないか。

 私だって、一緒に幸せな気持ちになりたかったのに。


「…………触るなら、ちゃんと意識がある時にしてほしかったです……」


 誰も聞いていないのを承知の上で、私はそうポツリと呟いた。

お久しぶりです、少しずつ更新再開していきます。

今後ともぐっだぐだに矛盾だらけの荒削りでのんびりとやっていきますので、どうかよろしくお願いします。

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