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A1:孤高少女と一般高校生少女

総合評価400越えありがとうございます。ブックマーク&各評価101揃いありがとうございます(現時点)


なんとなく初期に書いたものです。完全な蛇足……というか無駄話ですし、もしかしたら消すかもしれません。

「あ"ぁ"ー……」


 雲ひとつない快晴。

 風などほぼ吹かない真夏日。

 照りつける太陽。

 ––––暑い、暑すぎる。

 視線を上げて前を向くことすら億劫だ。自然、下ばかり見る楽な姿勢で、私は学校への道を進む。それでも額に汗を浮かべずにはいられない。時折それが足元へ垂れるのが見えて、あぁ干からびそう、なんて考える。

 私の名前は橘純夏、十五歳。この春めでたく高校入学を遂げ、JKとやらになりました。

 高校に入って初めてやってきた夏はとても気温が高い。体の水分は蒸発し、ふとした時に視界がぼやけかかって、その度に無くなりかけのスポーツドリンクを呷って生き長らえるというループ現象が巻き起こるのだ。比較的近場の学校だけれど、到着までの徒歩十数分がとても長く感じる。

 頑張れ、頑張れ私、教室内にはクーラーがあるぞ、と自分を鼓舞しながら、私はまた一歩と歩いて行った。



****


 私が一年B組の教室に入ると、真っ先に駆け寄ってきてくれた存在が約三名あった。

 その中でも大きく前に出たサイドテールの女の子––––みーちゃんは、マイペースに距離を詰めてくる。


「みか、おはよー」


「おぅ……みーちゃんはろー……たえちゃんもはろーはろー……」


「純夏ちゃんおは……って、汗だくで意識朦朧!? 大丈夫!?」


 私をあわあわと心配してくれたのは一本結びで清楚な雰囲気のたえちゃんだ。なんか、名前も清楚っぽい気がする。それは違うか。


「たえちゃんは心配性だなぁ……大丈夫大丈夫。あ、

野上さんも、はろー……」


「……ん」


 私に野上さん、と呼ばれた和風美人な黒髪長髪の女の子は、挨拶に対してコクリと小さく頷いた。無口でクールな人なのである。ファンが一定数いるらしい。

 これが我らがレギュラーメンバー。愛すべき三人組にして、親友の皆様である。


「純夏ちゃんは徒歩通学だもんね。外、歩きだと風も無くてすごい暑そう」


「ほんとほんと外すんごい暑いよ。大雨の一つでも降ればまた違うんだけどね」


「みかもチャリ通にすればいいのにー。歩きでこの暑さはヤバイでしょ」


「……ん」


 野上さんも同調して頷く。滅多にしゃべんないんだよなぁ、この人。いやー、ミステリアスミステリアス。

 先程から度々呼ばれる『みか』という名は私の愛称だ。『純夏(すみか)』だから、前半を端折って『みか』。かなり短絡的ではあるが、自分的にも気に入っているので何も言わない。

 それはそうと、この私に対してチャリ通なんて言葉を投げかけるとは聞き捨てならん。


「私が自転車乗れないの、知ってるくせに何をおっしゃるサイドテールちゃんよ」


「ぷふふーっ、こーこーせーにもなって自転車乗れないなんて、ほんとみかは成長しないな!」


 小馬鹿にするようにみーちゃんが笑った。いつも通りの馴れ合いなのだが、この時ばかりは私もカチンときた。


「ほっとけ胸にばっか栄養いったバカのくせに」


「んだとぉ!? 中途半端な膨らみより、振り切れた方が魅力的なんですぅ! それにバカと天才は紙一重っていうじゃん? 私は天才なんだよーだ!」


「うっせうっせ。みーちゃんが天才なら私は神ですよーだ」


「……中途半端な乳のくせに」


「なんだと雌牛」


「あ? 暴言がすぎるぞ」


「あ? 揶揄ってきたのはそっちだぞ」


「ストーップ! 二人とも落ち着いて!」


 たえちゃんが慌てて間に入る。

 バチバチと走っていた敵意はそこで霧散した。


「……ん」


 咎めるような顔で、静かに野上さんも首肯するので、私たちはひとまず冷静に、溜飲を下げたように振る舞った。

 いつか決着はつけるぞ、このデカ乳女め。

 そうして私は席に鞄を置き、皆がそこを集合地点とする。続いて誰からとも無く駄弁り始めるのが通例だ。すぐに笑い声が上がる。

 その時の私は、


「……」


 こちらを躊躇いがちに見つめる、羨望の視線に気付かずにいた。




****



「おまーらぁ、もぉすぐ夏休みだけどなぁ、事故ったりするんじゃねえぞぉ。怪我したら超いてぇし、何よりめんどーなのはおまーらの事後処理する周りの人達なんだかんなぁー。人様にめぇわくかけんなよー」


 夏の長期休暇を目前として、授業数は減り、午前中には学校が終わる日ばかりになってきた。

 担任はだるそうにここ最近で定型文と化した台詞を紡ぐ。自分自身の被害は元より、相手や周りが被る不利益も考えろというわけだ。はしゃぎ切った高校生には全くもって意味をなさないありがたーいお話である。

 終業式にもこんな話聞かされるんだろなぁ、やだなぁ。誰か校長先生のこと暗殺してくれないかなぁ。そうすれば長話も無くなるのに。

 そんな不謹慎極まりない思考も、この平和な日本だからこそ冗談交じりに行えるものだ。実際にあのキラキラ頭のご老人が亡くなったりしたら、多少なり心を痛める人が大半だろう。

 漠然とそんなことを考えながらぼーっとしていると、無関心な教え子たちの態度にため息を吐く担任の姿が目に入り、その直後に日直の号令がかかる。


「きりーつ、れー」


『さいならー』


 さて、今日は暑いし誰とも遊ぶ約束はしていない。とっとと帰ってクーラーで涼みながら妹と戯れよう、とくるりと教室の後ろを振り返ると、


「……あれは」


 銀髪であまり背の高くない女の子が、鞄を持って後ろの扉から足早に出て行くのが見えた。

 彼女の名は葉月麗奈さん。異国人とのハーフの子で、彫りの深い顔立ちと銀色の腰の少し上にまでかかる髪が美しい。とてつもない美貌の持ち主だが、不思議と愛らしさも同居した雰囲気を放つ。

 その余りに卓越した容姿とあまり他者との交流を好まないという性格から、皆が近寄りがたさを感じており、どうにも話しかけづらいのだという。孤高の存在というわけだ、親しい友人がいるという話も聞かない。

 普段放課後教室で見かけないと思ったら、こんな早くに帰っていたのか。

 なんとなく気になったが、私とは住む世界の違う人種だ、関わり合いになるのは烏滸がましい気がする。

 そんな私みたいな考えを持つ人たちが、彼女を独りにしているのかもしれないなと、なんとなく自嘲っぽく思考してみたけどすぐやめた。

 

「ま、いいや」


 待ってろクーラー、今帰るぞ。

 獲物を追うチーターの如く、私は疾走した。

 てぃーちゃーに見つかって注意されたのはここだけの話である。


****


「これ、絶対朝より暑くなってるよ……」


 今年の夏は、各地で気温が観測史上最高を更新しているという、規格外の猛暑が続いている。コンクリートの上に生肉を放ったら、そのまま焼肉になるんじゃないかと妄想しちゃうレベルだ。勿体無いから現実ではやらないけどさ。

 ひゅーっ、ひゅーひゅーっ。

 今朝と違うのは、校内の自販機で飲み物を新たに二本補充したこと。

 喉が乾けばすぐにでも水分補給できるため、熱中症の心配もなく、口笛を吹く余裕すら持って下校していた。

 ひゅーひゅーひゅーっ、ひゅひゅーひゅーっ。

 そして、るんるんと通学路を闊歩し、ふと横の抜け道に目をやった時のことだった。


「……は?」


 人が、倒れていた。

 

「え!? だっ、大丈夫ですかっ!?」


 抜け道とは言っても日陰ではない。がんがん日差しを受けて、コンクリートがキラキラ輝いている錯覚すらあった。

 そんな場所で横になっていたら、下手すると死んでしまうのではなかろうか。

 もしかしなくても熱中症だ。すぐに駆け寄ると、その人物はまだ意識を保っていた。

 さらに言えば、見覚えのある(・・・・・・)女の子(・・・)だった。


「はっ……葉月さんっ!?」


 葉月麗奈。

 銀髪と琥珀色の瞳が特徴的な、件の絶世の美少女だった。


「ぇ……たち……ば、なさん……?」


 こんな綺麗な子に名前を覚えてもらえてるなんて、と場違いに気が高揚するが、すぐに振り払って、私は顔色の良くない彼女に尋ねた。


「そうだよっ……! 熱中症!? 大丈夫!?」


「う、うぅ……のど……かわきました……」


「喉? 飲み物が必要なのっ……?」


「……おかね、ある、ので……とりだして、かってきてくれると、たすかり、ます……」


 たどたどしく、何を言っているのか正直よくわからなかった。

 けれども、何か水分を欲しているのはわかった。

 頭がぐるぐると回る。

 葉月麗奈といえば、私の学校で知らない人のいない有名人。私なんかとは住む場所も生きる世界も全く違くて、関わり合いになんてなれるはずもない存在。

 ––––でも。

 住む世界が違うから? 神々しくて近寄りがたいから? それが何さ? そんなのは危機的状況じゃ何の意味を成さない。今の葉月さんは孤高でもなんでもない、ただ苦しんでる女の子だ。御託を並べてる暇があったら私は彼女を助けるために体を動かすべきなんじゃないのか。

 普段の関係性なんて考慮せず、そのときの私はただこの子を助けなきゃいけないという思いに突き動かされていた。だって、変に躊躇って大事に至ったら後味悪いじゃ済まないから。

 鞄のチャックを開ける。勿論私のだ。中にはスポーツドリンクが二本。片方は私が少し飲んだもの。もう片方はまだ未開封のもの。後者を迷わず取り出し、蓋を回してカチリと開けた。

 ひんやりとした水滴がペットボトルの表面を濡らし、同時に内包する液体の冷たさを物語っている。

 それを葉月さんの目の前に差し出すと、僅かに彼女は琥珀色の瞳を見開いた。


「え……お、おかね……もって……ます……いただく、わけ、には……」


「いいから、はい」


「……でも」


「人の好意は受け取らなきゃ、相手にも失礼だよ?」


「っ……」


 渋ってばかりだった彼女の瞳が、少し震えたように思えた。

 どうやらこの子は、情に訴えかけるように説得されると弱いらしい。今まで通り暮らしていたらこの先ずっと知り得なかっただろう彼女の為人が少し垣間見えて、不思議な気分になった。

 そっか。葉月さんだって、ぜんぜん普通の女の子なんだよね。

 無言でその手にボトルを握らせると、背中に腕を回して上体を起こしてやる。軽いな、ちゃんと食べてるのかな。


「あ、あの……」


「体、支えといたげるから飲んで」


「……ありがとう、ございます」


 観念したようで、葉月さんはボトルに口をつけた。

 最初は躊躇いがちに、けれど私が催促するにつれ、こきゅこきゅと喉の上下する速度は上がり、気づけば500mlの半分は飲み干してしまう。うん、いい飲みっぷりだ。

 直後それに気づいた葉月さんは、顔を真っ青にした。


「あっ……ご、ごめんなさいっ! お飲み物、半分も飲んじゃいましたっ……」


 涙目になっているのがなんだか可愛い。人を虐める趣味は無いけれど、この子の泣き顔はもっと見て見たい気がした。我ながら性格が悪い。

 そしてそれ以上に、泣いてこれなら、笑ってる顔はもっと可愛いんだろうなぁ、なんて考えて。


「全然いいよ。全部飲んじゃいなよ。なんなら、私が口つけた奴だけど、もう一本もいる?」


「口をつけた……? か、かんせつキスってことですかっ!? いいですっ、結構です!」


 少しだけ元気が出てきたのか、口調のたどたどしさは無くなりつつある。


「えー、なんかそんな強く拒絶されると傷つくなぁ」


「えっ!? あっ、あ、あ……ごめんなさい、そんなつもりはっ……」


「冗談だよ」


「ふぇっ!? そんなぁっ」


 情けない顔になる。そんな様すら、葉月さんがやると絵になる。だいぶ元気になって来たかな、熱中症もそこまで進行していなかったのかもしれない。

 評判からは想像もつかないくらい純粋な子だった。こんなに柔らかな雰囲気なら仲のいい友達の一人や二人クラスにいそうなものだけどなと思いながら、半泣きになって私を見上げる葉月さんに微笑みかけた。

 ……あらら、赤くなっちゃった。可愛いな。


****


 

 後になって思えばすぐに救急車を呼ぶなりして対処するべきだったのだろうが、私がなんとかしなければと必死になっていて、思いつきもしなかった。

 葉月さんの家は、学校の最寄駅から一つずれて隣の駅の近くらしい。一応は元気になったように見えるが、一人で帰すのは心配なのでひとまずウチにお呼びして少し休憩してもらうことにした。

 現在、件の銀髪美少女は、我が聡明なる妹の萌香と共にリビングで数冊の漫画本を読み漁っている。外の絶大なる暑さもあって久しく友人を自宅に招いていなかったからか、妹は久々の私のお客さんである綺麗な女の子に夢中なようだった。


「わぁっ、『こ◯ものおもちゃ』に『ベ◯サ◯ユの◯ら』ですか? 私、これ好きです」


 葉月さんも、楽しんでいるようで何よりである。

 ちょっと古い漫画の話をしてるな。確か、そのセレクトは妹もお気に入りのやつだ。感性が似ているのか? どうやら可愛い女の子は惹かれ合うらしい。


「あ、わたしもそれ大好き! ふふんっ、おねーちゃん気が合いますなぁ」


 妹が無い胸を張る。まだ六歳で小学校上がりたての癖に、言動といいちょっとオマセさんだ。誰に似たのやら。

 それに対して葉月さんは照れた様子だ。


「そ、そうでしょうか。……嬉しい、です」


 なんでこの子、こんなに純情なんだろう。こっちが恥ずかしくなる。


「みかねぇ、この人可愛い!」


 おおう、我が妹。それには全力で同意するよ。


「だよね、なんか誘拐でもされそうな危なっかしさを感じる」


「げんざいしんこーけい? で、みかねえがゆーかいしてるようなものでしょ。連れ込んでるじゃん」


「あはは、確かに。でもちゃんとおうちに連絡したし合意だよ合意。というか現在進行形と誘拐なんて難しい言葉どこで覚えたの? 天才マイシスター」


「わたしは『ませがき』なので、なんでも知ってるのだ!」


「なんと……お主、マセガキの意味わかってるのかい?」


「わかんない!」


「おー、私の妹は素直で今日も可愛いなぁ。流石マセガキ」


「ませがきませがき!」


 頭撫でたげるーと両手を広げると、マセガキ(愛しい妹)はキャッキャと笑ってこちらへ駆け寄ってきた。まだまだ無邪気で可愛いもんだ。後、一応マセガキって暴言だからね、シスター?

 姉妹でじゃれ合っているのを遠目に眺めた葉月さんは、優しげに目を細めていた。天使か妖精かな?


「あ、そうだ。さっき電話出た人って葉月さんのお母さんだよね? すごい優しそうな声だった」


 声だけしか知らないけど優しそうなお母さんだった。葉月さんが天使だとすれば、差し詰め女神だろうか。


「あ……はい、多分母です。連絡していただいてありがとうございます。私、体が強くなくて、こういう体調不良結構あるんです。だから、母も心配性になってしまって……」


「……そうなんだ。なら、お母さんに送り迎えとかしてもらわないの?」


「あんまりに頼り過ぎても、悪いですし」


 そういうものなんだろうか。私なら、こんなに可愛い娘、過保護なくらい見守ってたくなるけど。


「ですから、母の故郷から、高校に入るに合わせて父の実家があるこちらに来たのも、日本の自然溢れる空気が綺麗だからなんです」


「ここ割と田舎だかんねぇ」


「田舎、かはわかりませんが……環境が体に合っていると言いますか……でも、結局今日倒れちゃいました。駅まで然程離れていないから大丈夫だろう、とたかをくくって。……橘さんが通りがかってくださらなかったら、私どうなっていたか……」


「私、大したことできてないよ?」


「そ、そんなことないです。橘さんはすごく、よくしてくださいました。対して親しくもない、それどころか交流もない私にあんなにも優しくしてくれて……どうしてこんなに親切なんだろうって、最初は変に疑ってしまったくらいで……純粋にご厚意だとわかった時、すごく、嬉しかったんです」


 まるで恋する乙女が愛の告白をするように顔を紅潮させながら、葉月さんは言った。この子とお付き合いできる男は幸せ者だなぁ、こんなに可愛いんだもん。

 まぁ、倒れたところにただのクラスメイトが馴れ馴れしく寄ってきたら、警戒もするよね。

 そこで彼女の言葉は途切れ、リビングには萌香が漫画のページをめくる音だけが響いた。

 そのうち、また葉月さんは口を開いた。


「––––母が来るまでもう少し、話をしていてもいいですか? 橘さんに、聞いて欲しくて」


 ほんと、聴いていると気持ちの良くなるような美声だ。

 どうやらとても真面目な話なようで、


「わたし、二階あがってるね」


 萌香も空気を読んでか手を止めて自分の部屋へ行ってしまった。去り時を知っているクレバーな幼女である。


「ん、私でよければ聞くよ。あんまり重たい話だと、不謹慎な反応しちゃうかもだから、その時は勘弁ね」


 私は萌香の座っていたソファに腰掛けた。葉月さんはフローリングに直で座っていたので、隣を叩いて座るように催促する。

 し、失礼します、と何故か頰を赤らめて隣に腰掛けた葉月さん。

 そして、彼女はポツリポツリと話し始めた。


「私、小学校の頃まではこちら(日本)にいて、中学時代は母の故郷で過ごしました。それというのも、私がいじめられたのが原因なんですけど」


「い、いじめ……?」


 狼狽えたのは、別にいじめというワード自体にじゃない。いじめ自体は、古今東西世界中どこにでもある万国共通な悪意の権化だ。

 私が吃驚したのは、こんな心優しい女の子が、過去にいじめを受けたという事実だった。


「はい。やっぱり私、こんな見た目ですから。最初は好奇心からだったのかもしれないですけど次第に髪を引っ張られたり、目の色髪の色なんかをバカにされるようになりました。担任の先生も、それを"子供のじゃれあい"だと黙認するような人で……日本に戻ってきてまた当時のことを思い出して、怖くなるんです。また、虐められるんじゃ、って。母の故郷では、皆優しかったので余計に」


 怖い、か。

 それは、もしかすると日本での交友関係にも響いているのかもしれない。

 だから、クラスメイトともロクに交流せず、HR(ホームルーム)が終わった途端に足早に帰ってしまうのではないか。

 また、いじめられてしまうのではないかと無意識化で考えて。


「怖いっていうのは、私も?」


 気になって、己を指差し問うた。

 私だって、純日本人だ。いじめっ子の、恐怖の対象になり得ないだろうか。

 ブンブンと手を振って、葉月さんは否定してくれる。


「優しくしてくれた人を怖がるなんて、流石にそこまで見境なくはないです。……母は、高校入学を目安にして、こちらでまた暮らさないかと言いました。正直まだ怖かったのですが、いつまでもそんな些細なことから逃げていたら、進めないと思って」


「葉月さんは強いんだね」


「そんなことないです。現に今日まで高校生活の中で業務連絡以外の目的で誰かと話したことはありませんし、友達だってできませんでした。こんな卑屈な考えだから、できないんだってわかってますけど……」


 どんどん言葉は勢いを失い、最後にはしょぼんとしてしまう。そんな彼女を元気付けたくて、私は口を開いた。


「じゃあ、私は葉月さん––––ううん、麗奈ちゃんの日本の友達第一号ってわけだ」


 家に呼んだ。漫画の話もした。沢山お喋りした。

 胸の内を打ち明けてもくれたし、仲良くなれてる自覚はある。

 それならもう、私たちの関係って友達の範疇だよね。


「ふぇ?」


 しかし葉月さんは何かを聞き間違えたような顔で短くを声を漏らしていた。え、もしかして、そう思ってたの私だけ? それ、普通にショック……。


「え、私って友達だと思われてない感じ? え、あ、ごめん……思い上がりました……」


 今回ばかりは調子のいいことを言う気力も湧かなかった。ダメだ、心にヒビが入った。

 自意識過剰でお調子者だっていう自覚はあるんだ……あぁ、恥ずかしい、穴があったら入って埋められたい……。


「わっ、待ってくださいっ! 違うんですっ!」


 直後、葉月さんは必死の形相で弁明を始めた。


「私なんかが何の断りもなく友達だなんて思い上がるのは烏滸がましい気がして……あぁああっ、あの! 橘さんは私の友達になって下さるんですかっ?」


 ……あぁ、なんだ、そう言う話ね。

 私が今ので傷ついたように、葉月さんも普通に傷つく。その痛みが嫌で、予防線を張ってたんだ。


「……友達ってさ、誰かに頼まれてなるんじゃなくて、自然にいつの間にかなってるものなんだと思う。だから麗奈ちゃんが嫌じゃないんなら、もう私たちは友達だよね」


 私のことが嫌いじゃなければ、友達になりたいなと思う。

 葉月さん改め、麗奈ちゃんと。


「––––わたしもわたしも! れいなおねーちゃんと友達になりたい!」


 そこで、何故か我が妹がリビングの扉の隙間から入ってきた。

 どうやら読書に飽きて部屋から戻ってきたらしい。肝心なところは聞かずに、友達のくだりだけ耳にした様子だ。美味しいところだけ取りやがって。……そんなところも憎めないし可愛いと感じてしまう私は心底シスコン。


「あっ……ありがとうございますっ……一気に、こんな……二人も、友達ができるなんてっ、私幸せ者ですっ……!」


 若干涙ぐみながら、麗奈ちゃんは言った。


「おねーちゃん顔真っ赤ぁ」


「大袈裟だなぁ、麗奈ちゃんは」


「大袈裟なんかじゃっ……す、純夏さんはちょっとドライなところがあると思います!」


「ん? 純夏さん?」


 さっきまで、『橘さん』呼びだったよね。

 私が首をかしげると、麗奈ちゃんは不安そうに、潤んだ目のまま私の顔を見上げてきた。


「そ、そういう呼び方は嫌ですか?」


 くぅ、媚びた様子がない上目遣いって可愛いなぁ。


「いや。なんだかむず痒くてさ」


「同感です。こういうのはちょっと、呼ぶのも呼ばれるのも恥ずかしいです」


「あはは」


 軽く笑って、私は麗奈ちゃんに向き直る。

 察した麗奈ちゃんも、私へと向き直った。


「じゃあ、改めてこれからよろしくね。麗奈ちゃん」


「はい、純夏さん……! えへへっ」


 次の瞬間、初めて見た彼女の屈託無い笑顔は、同性でもドキリとしてしまうものがあり、ぎゅっと私の心を鷲掴みにしたのだった。



****



 次の日の朝のことだ。


「純夏さんっ、おはようございますっ……!」


 席に着いてお気楽三人衆と駄弁っていた私の元へ、麗奈ちゃんがやって来た。

 教室内の人々は揃ってギョッとしている。何で葉月さんが橘に話しかけてるんだ? なんて不審に思う声もあった。

 そんな中で麗奈ちゃんがスカートの裾を掴んで僅かに震えているのは、返事が返されない不安に晒されているからか。

 安心させてあげたくて、私は彼女へ笑い返した。


「おはよ、麗奈ちゃん!」


「! はいっ……!」







 ある蒸し暑い夏の日以来、葉月麗奈の張り詰めたような孤高の空気感は、綺麗さっぱり霧散したと言う。

 その理由は橘純夏にあると、もっぱらの噂だった。

ナンバリングのA1のAはAnotherの頭文字です。

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