28:あなたに出会えてよかった
エピローグのようなものだったりします。
泣いて泣いて吐き出し続けて。
全ての吐露を終えた頃、ご主人様はいつものご主人様に戻っていた。
「もう、大丈夫」
その瞳を染めるのは寂しさだろうか、悲しさだろうか。
表情筋の角度だけは怖いくらいに元通りで、けれど目だけが悲壮に濡れている。
「私にできることは、ありますか」
ご主人様に問うた。何でもしてあげたかったけれど、その『何でも』の内の何が最適なのかがわからなかった。
なら、彼女は言う。
「側にいてね」
望まれたのは、そのたった一つだけで。
「……はい」
日の沈みかけた世界の片隅で、私は強くご主人様を抱きしめた。
存在を強く刻みつけるように。
ずっとずっと、側にいると。
****
「……綺麗だねぇ」
「そうですね……」
そよ風が吹いた。とても気持ちがいい。
視界上部で陽の光を浴びた髪が輝いてそよぐ。
そこは屋敷の庭であり、強いて言うなら花壇の前だった。
屋敷を囲うように設置された花壇。おそらく、上空から見れるのなら長方形の成しているだろうか。
中でも玄関に程近い一角に、四種類の花々が植えられている。
足元には敷物が敷かれ、置かれるバスケットには手料理がぎっしりと詰まっている。
それらは全て、眼前で懸命に背伸びする小さく美しい生命を鑑賞するため、用意された品々だった。
「咲きましたね」
「うん、咲いたね。秋からだよね?」
「はい。あっという間でした」
主語のない会話だけれど、互いに互いの言わんとすることは理解している。
「レーナちゃん一生懸命水やりしてたもんね。可愛い女の子にお世話されて、きっとこの子たちも嬉しかったと思うよ」
「……可愛いとか、そういうのは関係ない、です」
「照れてる。かぁわいいっ!」
「……やめてください……」
なんでこんな過ごしやすい天気の日に、顔が熱くする羽目になるのか。
そもそも私の座る位置もどうかと思うのだ。
ご主人様に抱かれ、膝の上に乗せられ、そして時折愛でるように頭を撫でられる。
「あの、そろそろ下ろしてもらえませんか」
「やー、もうちょっとだけ……ね? どうせ誰も見てないんだし恥ずかしがることないよ」
「……そうですけど」
誰にも見られていないのは確かだけれど、野外でこういった体勢になっているのは、色々と抵抗があった。
こういう気持ちも、いずれは慣れて無くなっていくのだろうかと考えると、なんだか寂しい気がした。
親しさの裏には、初々しさの消失が密接に絡んでくる。余所余所しさと図々しさが両立しないのと同じく、慣れは感覚を鈍らせる蜜であり、毒なのだ。
「……春が終われば、夏が来るね」
話題に脈絡がないのが常。もう、そんなことにも慣れてしまった。
「……それは、そうでしょうね」
「夏の後は秋で、秋から冬になるね」
「そうですね」
「冬から、春になって、それでもう一周しちゃう。一年って、本当にあっという間」
「……本当に、そうですね」
私は心から同意した。
ここでの暮らしは快適だったというのに、奴隷時代よりよっぽど濃ゆく、時間の流れが早かった。仕事量も苦痛も、奴隷時代よりよっぽど少ないというのに。
充実していたかどうかは兎も角、あの頃の一年も濃密ではあったのだ。なのに、今では辛かった記憶が薄れ始めてすらいる。頭が幸せな記憶に埋め尽くされていくのだ。
そもそもこの屋敷に来てから苦痛というほど辛い事態にも直面していない。一日中労働して、休日は時たまご主人様とじゃれ合っているだけで良いなんて、幸せ過ぎる。
ほぼ毎日何かしらの変化があって、大抵はご主人様がその元凶で、それを甘んじて受け入れる私がいて。
『楽しい』のだ。真っ当に生きられることが、どうしようもなく。
本当に、あっという間だった。
「……今日が、ご主人様と出会った日、ですね」
何気なく口にする。
去年のこの日、奴隷商人の元で、私たちは出会ったんだ。
きっと、それは彼女だって意識していることのはず。
だからこそ咲いた花を鑑賞しよう、なんて、騒がしい彼女には少々似合わないようなことを言い出したのだと思う。
正直、すぐに暴れ出すのではないかと思っていたが、いつにも増して静かな雰囲気でいる彼女を窺えば、杞憂だったとわかる。
ようは、落ち着いて話をするためのお膳立てだった、ということだろう。
「うん。それで、レーナちゃんが生まれた日でもあるね」
「……どういう意味ですか?」
私は緩められた腕の拘束を解いて、ご主人様に向き直った。
私は今年度で、十六歳になった。が、正確な誕生日は不明である。両親に教えてもらったことがないからだ。
今や彼らと共に暮らしていただろう土地の名前さえ思い出せない有様。誕生月すら、調べる術はない。
私は私の生まれた日を、生涯誰にも祝ってもらえないはずで。そんなことは、あり得ないはずで。
私が首を傾げると、ご主人様はぷっくりと頰を膨らました。
「むぅ、忘れちゃったの? 今日は、あなたがレーナちゃんになった日でもあるんだよ」
「ぁ」
まるで、欠落していたピースが嵌まったように、考えが及んだ。
––––忘れるわけが、ない。
『商品番号07』
『立場を変えた私は新たに何か別の名称がほしいです。ご主人様に、名付けていただきたいです』
『––––レーナ!』
『あなたの名前はレーナ! レーナちゃんでどう?』
––––そうなのだ。
元々、私は自分の名前を知らなくて。両親にも化け物としか呼ばれたことがなくて。
ご主人様に名付けられた昨年のこの日、私はレーナになったのだ。
「あなたの誕生日は、わからないから祝ってあげられない。でもね、今日まで私と暮らしてきたレーナちゃんの誕生日なら、祝えるからさ」
「……っ」
「ハッピーバースデー、レーナちゃん。私と出会ってくれて、ありがとう」
ご主人様は静かに、微笑んだ。
大人びていて、儚げで、けれどその瞳には確かな『熱』があって。
普段は愛嬌ばかりが先立って見られるその顔立ちに、美麗さが色濃く混ざり込んでいる。鼓動が速くなった。
私が虚を突かれていると、ぷふっと台無しに笑う彼女がいた。
「私がこんな笑い方するの、変かな?」
「いえ、そんなこと……」
すごく似合っていた。もう一度見てみたいと思った。
「私、器用じゃないからさ。誕生日のサプライズって言っても、こんなちっぽけな事しかできない。驚いてくれたみたいで、良かった」
「……それは、そんなこじ付けるみたいに誕生日を祝われたら、驚きます」
「嫌な気分になったかな?」
私がどう答えるかなんて九割がた分かっているだろうに、それでも若干の不安さを残した彼女の顔が眼前にある。
だから私は、残りの約一割のちっぽけな不安を消しとばすべく、声を発した。
「いいえ……すごく、嬉しいです。ご主人様大好きですっ」
ありがとう。いつもいつも、振り回してくれて。
ご主人様と私は、思えば翻弄して、翻弄され続けた関係だった。
突飛な言動に励まされ、おちょくられ、いじめられ、想われて、そして愛されて。
そんなことを繰り返していたら、気づけば彼女と私は恋仲にまで関係性を発展させていて、季節だって一周してしまっていた。
私にとって、彼女の言葉は根本的に救いなのだ。毎日与えられる救いが、今日に至るまでの私を形作っている。
「……レーナちゃんは、自分の表情と言葉が私に与える影響を、もうちょい考えた方がいい」
「?」
急に顔を朱くして鼻を押さえるご主人様だったけれど、何故そんな挙動に走るのか、私にはわからなかった。
****
鼻血出るかと思った。
世界中のどんな美しい存在と比べたって圧勝するだろう大輪の花のごとき笑顔。
少し前までなら、決して口にはしてくれなかっただろう『大好きです』の言葉。
レーナちゃんは、可愛すぎる。
「……レーナちゃんは、自分の表情と言葉が私に与える影響を、もうちょい考えた方がいい」
「?」
こてんと首を傾げる彼女の姿が、この時ばかりは少し憎らしかった。それを補って余りあるくらい可愛いけど。
そもそも、レーナちゃんは卑怯なのだ。
無自覚だからこそ輝く魅力というものは確かに存在する。けれども、彼女は自分を卑下しすぎている。多少は改善の兆しが見えるにしても、だ。
街中で遭遇すれば百人に百人が振り返り、誘拐を試みようとするレベルの愛らしさ(当社比)を持っているくせに、それを自覚していないから、犯罪的なまでに映える。
同じ家で暮らしているこちらとしては、たまったものではない。もしここが日本で、尚且つレーナちゃんを素顔のまま外出先で野放しにしてしまったなら、一瞬で下心に塗れた輩の食い物にされてしまうだろう。
心配過ぎて過保護になりそうだ。幸い村にはレーナちゃんに情欲塗れの視線を向けるものはいない––––顔は隠しているし、体つきもまぁ、ちっちゃいから異性を惹きつけるものでもない––––から、何とか余裕ぶっていられるけれど。
もし彼女に危害を加えようとする奴が現れたら、そいつを粛正してその後は二人きりで暮らせるような場所に移り住む。買い物も全部私一人でする。
レーナちゃんには、いつまでもいつまでも、私一人を見ていて欲しいから。
奪おうとする存在は、絶対に許さない。
こんな気持ち、重いかな? でも別に重たくたっていいじゃないか。愛情は、重みがあってこそ深みが増すってものだろう。
少なくとも、私はそう思うから。
「誕生日プレゼント、何か欲しいものないかな」
「な、何かくださるんですかっ?」
ここまで来て何故驚く。まぁ、『誕生祝いの贈り物なんて貰ったことがない』とか、そういうオチなんだろうけど。
「当たり前でしょ。手編みのマフラーと手袋に敵うようなものはあげられないけど、私が渡せるものなら、何でも」
レーナちゃんが望むなら、やれることはなんだってする。もっとフカフカのベッドが欲しいとかなら、王都まで行ってお姫様が使うような天蓋付きの最高級品を買ってくるし、大きい部屋が欲しいって言うなら、彼女のためだけの別荘を建てるくらいの気概は見せるつもりだ。もしくは、屋敷の権利を委譲して、私が別の建物に住む。
「じゃあ……恋人らしいことがしたいです」
けれど、レーナちゃんの要求は一切の物欲が絡まないものだった。
「恋人らしい?」
「はい」
「て、天蓋付きのベッドは? 別荘は? 宝石が沢山付いたネックレスとかは……? お金で買えるものなら、なんだってあげるよ……?」
「き、金額の嵩むものなんて要りませんよっ! ……形あるものは、何一つ要りません。だから、どうか––––」
「……」
「今まで一度もしてくれなかったですし、その……唇で、とか」
赤い顔で私をチラチラ見ながら、言った。
白肌の彼女は、感情の変化ですぐに頰を真っ赤にしてしまうから対比的にわかりやすい、なんて、益体のないことを考えてみる。
「……キスって、こと?」
「あ、ぁあぁあっ、いえ! やっぱりいいですっ、汚いですよね、ごめんなさいぃっ!」
「何で急にネガティブ……」
レーナちゃんが汚いなんてこと、ないのに。
顔を抑えてしゃがみ込んでしまった銀髪の女の子の肩に、私はぽんっと手を置いた。
「……する?」
「ふぇ……いいんですか」
「ん」
そもそも、私に度胸が無かっただけだったりする。
レーナちゃんにぐいぐい推し寄っているようで、私も恋愛初心者だ。
元の世界で彼氏なんていたことはないッ! それに、例え彼氏がいたとしても同性との恋愛に役立つことはあまり学べなかったろうッ! つまり圧倒的に経験が足りてないッ! ぺーぺーッ! トーシロッ!
まぁ、まどろっこしいことはそれぐらいにして。
単純な話、ヘタれたのだ。
だって、いきなり唇とか無理だよ?
ふっくらしてて、瑞々しい薄桃色の聖域。私なんかが踏み込むのは烏滸がましく思えてしまうその潔白さ。
恋愛漫画の主人公とかどうやってあんなキラキラした顔でキスしてんの? 現実はそう上手くいかないんだよ。馬鹿じゃねえの。
「……なんか、散々旋毛とかほっぺにはしてるのに、今更だよね、たはは」
掠れたような笑い声が零れると、しゅんとした彼女は小さな声で答える。
「……だから、私なんかに本当はキスしたくないかなぁって」
「いやそれだけは絶対決してありえないからレーナちゃんが落ち込む必要はない」
「は、はぁ……」
ずっと一緒にいよう、なんて言葉は、想いを通わせてから何度も互いに紡いでいる。
唇以外なら、色んな箇所にキスした。
ここまで積み重ねたのだ、きっといけるだろう。……いけるよな?
弱音は吐くな、私とてレーナちゃんとちゅーしたいんだ……!
「……め、目をっ……瞑って下さいませんこと?」
……開幕で爆死したよ。
何が『ませんこと』だよ、あんた誰だよ。……私だよ。
「……ふふっ」
案の定、同じく緊張した様子だったはずのレーナちゃんに笑われてしまう。
「な、なんで笑うのさ!」
「あ……ごめんなさい、ご主人様の口調がおかしくてつい」
「むぅ……」
抗議するように唸ってみると、なんだか先程までの追い立てるような緊張感は薄れていた。
レーナちゃんの清い笑みが、緊張を緩和してくれたのだろうか。そのまま浄化されそう。
今ならいける––––そんな気がした。
「目、瞑って」
声音に真剣味が帯びる。
それを察した彼女も、潔く目を閉じた。
「……はい」
「体勢、ちょっと低くした方がいい?」
「私が、ご主人様に合わせます」
「そっか」
そのまま逡巡するように何事か会話を交わして、その時が来た。
「いくよ」
「……はいっ」
雛鳥みたいに与えられるのを待っている最愛の女の子。
あぁ、なんて可愛いんだろう。
「んへへ……地球も含めた全部の世界で、レーナちゃんは一番かわいいよ……」
懸命に顎を私へ向けながら待って来れている愛しい存在へと、私は顔を近づけた。
****
湿った感触が唇にあって。
唇に、唇が当たっているとわかる。
それはつまり、私は現在進行形でご主人様とキスをしているということで––––。
「っぁ……」
温かい。
触れ合っているのは唇の、それも僅かな箇所だというのに、その熱は、今まで彼女に与えられてきたものの中で、もっとも熱く、私の心を焦がした。
心臓が燃えるようだ。拍動の間隔は常軌を逸した速度になる。全身を駆け巡る血液は、この焼けるような劣情も共に送り届け、体験したことのない甘美な刺激に、ゾクゾクと肌が震える。
初めてだ、こんなの、知らない。
こんなの、癖になる……。
隣り合った手と手を合わせ、指を絡めてきゅっと繋ぐ。腕からも恋人の体温が流れ込んで来て、多幸感に溺れてしまいそうだった。
最初のうち、鼻で呼吸することをすっかり忘れていた私は、窒息しかけた。なんとかなけなしの理性で息を確保する術を思い出すと、また没頭する。
そんな状態が一分は続いたのではないかと思う。
そっと熱が逃げていく感覚があって、私はふと我に返った。
目を開ければ、恍惚とした様子で頰を染めたご主人様の顔が近い。
「っふ……へへ、かぁいい。もっと、もっといっぱい……もういっかいしたい」
「んっ……」
再度唇同士がぶつかる。正常な思考が根こそぎ奪われて、体から力が抜けていく。
目を瞑る暇はなかった。だから、間近に迫った愛らしい顔立ちに、視界を占領される。
あぁ、やっぱりご主人様は可愛いな、だとか。
程よく焼けた肌が、健康的で魅力的だな、だとか。
そんなことを呆然と考えていると、今度は然程時間もかからずに行為が終わった。
先に口を開いたのはまたしてもご主人様だった。
「……へへ、ほっぺとかにはしたことあるけど、唇には、私ファーストキスだ」
はにかみ笑いを浮かべている。
半ば放心状態の私は、まともな言葉を発することができなかった。
「レーナちゃんも、初めて?」
「あ……は、はい」
「やたっ。お互いに初めてだね」
ご主人様と、同じ。
それだけのことで、胸が熱に満たされる。頰は緩む。表情筋が役目を放棄する。
「……ふふふん」
「可愛い」
「なっ……ご主人様だって可愛いですっ」
「レーナちゃんのが可愛い」
「ご主人様ですっ」
「レーナちゃん」
「ご主––––」
そんなやり取りがどれだけ続いたろう。終わる気配は一向になく、ひとまず私が形の上で降参した。
「……料理、もう冷たくなってます。早く食べましょう」
火照った肉体をどうにかしたくて、話題をすり替える。
ご主人様もなんとなくそれを察したようで、乗っかってくれた。
「そだね。まぁ、別に冷たくたって美味しいから私は気にしないけど」
「その言葉だけで私はもうお腹いっぱいかもしれません」
ふふふっとどちらともなく笑った。
ご主人様の表情に、もうあの日の悲哀感はない。
きっと心の奥底にはまだ残っているそれを、私は完全に消し去りたいとは思わない。
それは彼女が元いた世界で生きてきた証に帰結するものであり、彼女が大切な人たちと紡いだ思い出にも等しいものだから。
「––––ご主人様、今どんな気持ちですか?」
私は、こんな風に訪ねたことがなかった。
今まで、何度も何度も私はご主人様に対して、幸福感を感じた時、幸せだと伝えた。
じゃあ、ご主人様は? その時、ご主人様も幸せだったのか?
態度だけじゃ伝えきれないもの、伝わりきらないものがある。だから、私はそれを追求したかった。
「ん。すっごい幸せ!」
よかった。
気づいていないでしょうけど、私はあなたの癖を、一つ知っているんです。
笑う時、目を細めれば、あなたは心から笑っている。
見開いたまま、相手を見つめていれば、それは愛想笑いか冷笑た。
だから、私にはあなたが今笑っているとわかる。
私も幸せ、あなたも幸せ。
これ以上に幸福なことはない。
「……綺麗ですね」
「そうだね……」
花壇に目線を合わせる。
ひらひらと蝶の舞うその場所は、元々何も植えられていなかった空間だ。
そこに種を落とし、育て、開花させる。
どこか、人の心に似ている気がした。
「そういえば、一つ一つの花言葉って、レーナちゃん把握してるの?」
「……」
「してないかぁ……」
咲いたら綺麗だと言われたから、無差別に買ったんだ。特に意味なんてない。
贈り物でも無ければ、花選びなんてそんなものじゃないだろうか。
「きっと、いい花言葉です」
「その心は?」
「こんなに綺麗なお花たちが、悪いものを運んでくるはずがありません」
「んん……それもそだねぇ」
根拠はない。ただなんとなく、こんなにも美しく視界を彩る命たちが、災いを呼び込んだりするようには見えなかったから。
白き離弁花、黒き円を紫の弁で包む花、中央に星形を付けた五弁の青き花。淡い青紫の舌状花が並ぶ野菊の一種。
思い思いに生を謳歌する花々が、蝶さえ魅了し、咲き誇る。
私は眺めた。
ご主人様も眺めた。
『……』
日が暮れて、何も見えなくなるまで、いつまでもいつまでも、そうしていた。
次章書くかもしれません。恋愛というより二人の生涯をメインとして。




