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26:魔王の皮肉なプレゼント

おかげさまで総合評価が300超えていました。いつもありがとうございます。

 どうやら私はご主人様が好きらしい。

 なんだかんだと引き延ばし、自分の真意がわからないなどとのたまっていた私だが、いざ心の蓋を開けてみれば、もう『わからない』などとは言っていられなかった。


 好きだ、大好きだ。

 抱きしめて欲しい、撫でてほしい。

 褒めてほしい、甘やかしてほしい。

 さまざまな欲求が、解き放たれていく。

 キッカケが日記と、ご主人様の寝間着の匂いを嗅いだことという余りに残念なものであったのは、正直彼女に申し訳ない。あんなにも、私に好きだと毎日囁いてくれていたのに。

 だから私は、今この瞬間は彼女のオモチャになろうと思う。なんとなく罪滅ぼしのような感覚だった。


「へへへ……抵抗しないで最初から身を委ねてくれるって嬉しいね。はぁ、好きぃ……」


 ––––私も好きです。


 撫でたり、抱きしめたり、匂いを嗅いだり、頬ずりしたり、何故か脇の下を刺激したり。

 やりたい放題されて、顔がくすぐったさに緩んでしまいそうだった。至近距離でそんな間抜けな顔晒したくないから、なんとか我慢する。


「んぁっ……ご主人様……くすぐったい、です」


 言外に、ちょっと手加減してくださいと伝えると、ご主人様はそれはもう眩しいくらいの笑顔で、白い歯を見せながら言ってのけた。


「知ってる。レーナちゃんのその我慢してる顔がそそるから、ワザと刺激してるの」


「……へ、へんたいっ……ぁっ……」


「私の日記読んだんだから、もう知ってるでしょ? 私、変態なんだよ。レーナちゃんが大好きな変態。でも第一さ、人の寝間着で興奮するようなムッツリちゃんには言われたくないよね」


「それをネタに一生イジられ続けるのがありありと想像できて悲しいです……」


「そうだね一生……一生かぁ。うん、ずっと一緒にいたいなぁ……」


「……はい。それは、本当に」


 ご主人様の言葉にそう応えることに、抵抗は無かった。

 本当に、私も心からそう思ったから。


「……うれしいっ。夢みたい」


 あぁ、喜んでるご主人様可愛いな……。

 好意が無自覚なのと自覚するのでは、こうまで心構えが違うのかと、自分で自分に感心してみる。もはや見える世界が一変したと言ってもいいくらいの変化だった。


「ま、それはそれとして」


「ふぇ?」


 緩めた顔を取り払って、ご主人様は厭らしく嗤った。

 ぞくりと、背筋に寒気が走る。


「……口では嫌がってるふりして、実は喜んでるんでしょ? 中でも私に撫でられるの、一番好きなんだもんね? その証拠に、全然抵抗しないもんね」


「ふぁ……」


 さらりといつも通り頭を撫でられただけなのに、気が緩んでふわふわ浮かぶような幸せな気分になってしまう。


「……そ、そんなことっ」


「じゃあやめる」


「ぇっ?」


 パッと、ご主人様は私を簡単に手放してしまった。

 胸中を支配していた多幸感が、薄れていく。


「そんな……なんで」


 意図せず声が悲壮感を帯びる。


「撫でられるの好きじゃないんでしょ? あんまり恋人さんの嫌がることはしたくないから」

 

 ね? とご主人様は白い歯を見せた。

 ……わかってるくせに、この人は。

 私に言わせたいんだ、やめないでって。


「……やめないで下さい」


「何を?」


「……抱きしめるのも、撫でるのも、やめないでください」


「もっと大きな声で」


「やだっ、やめないでっ! もっと撫でて下さいっ、抱きしめてくださいっ」


「……うん、よろしいっ。素直でいい子だね」


 離れていた彼女の体温が戻ってくる。体に片腕を回され抱きすくめられ、もう片方の手は、私の頭に。先程にも増した多幸感で心が温まっていく。

 ご褒美とばかりにわしゃわしゃ頭を撫で回される。でも髪が乱れないのは、ご主人様がちょうどいい具合に加減してくれているから。


「もっと撫でて下さい……褒めて、下さい……」


「頭撫でてるだけなのにこんなに顔を蕩けさせて……なんかいけないことしてるみたい。いい子いい子」


「ご主人様の撫で方が、優しくて、好きなんです……」


「撫で方だけ?」


「やさしいご主人様が、だいすきです……」


「えへへぇ♪」


 あぁ、このまま一生撫でていてほしい……。


 私のこれまで人生において、誰かに褒められることなど絶対にあり得なかった。やる事なす事いつも主人の怒りに触れていた。それが忠実に言うことを聞いて、遂行した後の理不尽なものでも、私は受け入れるしかなかった。


「褒めてくれる人がいるだけで、それだけで、幸せで幸せでたまりません……泣きそうになってしまいます」


 当たり前に自分を認めてくれる存在がいた人には決してわからない、些細なもので感じる多大な幸せ。

 私を膝の上に乗せて、優しく頭を撫で回してくれるご主人様。


「……これからは、もっと大きな幸せ沢山感じさせてあげるからね。頭撫でるくらいじゃ満足できなくなるんだから」


 そんなことされたら、益々ご主人様に心酔しちゃう。

 でも、そんな幸福を、味わってみたい。


「それは……とっても、すばらしいですね……」


 実の親もやってくれなかったようなことを、簡単にやってのける最愛の人。


「……すきです……だいすきぃ」


「好きのバーゲンセールだね。ふふ、レーナちゃん子猫みたい。今度ケモミミのカチューシャつけてみてよ。絶対似合う」


「けも……え? な、なんですか……?」


 思考がまとまらない。彼女の柔らかな掌の感覚を甘受することに意識の大部分が割かれ、その他がままならない。

 やがてもう、他のことなんてどうでもいいような気分になってくる。


「動物の耳を模した飾りが付いた、頭に付けるアクセサリー……かな」


「あく、せ、さり……」


「そうそう。今度もしお店で見つけたりしたら、着けてくれる?」


 なんの話をしているのか理解しようとするが、しかしそれで思考を働かそうとすると折角の撫でられ心地を思う存分堪能できなくなる。なら、別にどうでもいいか。

 私は、生返事をした。


「ふぁい、いいれすよ……」


「……よしっ! 言質とったぁ!」


 ご主人様が浮かれている。あぁ、なら今の返事は間違ってなかったんだ。

 そう、僅かに考え、彼女の愛情にもう一度思考停止して溺れようとした––––そんな時だった。


「––––どなたか、ご在宅だろうか」


 空気を裂くような、研ぎ澄まされたハスキーボイスだった。

 おそらくは玄関から発された声音であり、さほど大声を出したわけでもないだろうに鼓膜をきっちり振動するそれは、若々しい女性のものだった。

 その凛とした物言いに、今の自分が咎められているような錯覚を覚え、私は瞬時に冷静に戻ってしまった。

 

「……むぅ、こんな時にお客さん? せっかくレーナちゃんとイチャイチャしてたのに……かえれかえれ!」


 ご主人様は露骨に顔をしかめた。お客様には聞こえはしないだろうが、中々酷い物言いである。

 一気にトゲトゲとした雰囲気に切り替わってしまったご主人様を沈めるべく、私は珍しく彼女の頭を撫でてみた。


「私がきちんと応対します。できる限り早く戻りますので、機嫌を直してください」


 すると、ご主人様はあっさり機嫌を直して、ふんにゃりだらしなく頰を崩した。恋心って凄い。


「あ……うん、急に苛立ったりしてごめんね……?」


 待ってるから、とご主人様は私の体を離して、見送ってくれた。

 いつも見送るのは私なのに、不思議な気分だ。

 というか今思い出したけど、あの人仕事に戻らなくていいのかな。

 ……まぁ、今日くらいは家にいてくれたっていいよね。


****



「はい、どちら様でしょうか……」


 玄関を開けると、この辺りでは見かけたことのない女性が立っていた。

 気品を放つ白髪を後ろで一本に結んでおり、整った顔立ちに、獣の如き鋭い三白眼が当てはめられている。

 白に青いラインがいくつか入った、儀礼用の衣装と一目でわかる装い。首から提げた十字架のネックレス。そして私を見下さんばかりの、圧倒的高身長。

 辺境の人間ではないことは、明らかだった。

 僅かに、警戒心を抱く。

 二階で待っているご主人様を呼ぶべきかと、私が考えていると、


「これは……タチバナ殿には養い子がいたのか」


 鋭かった瞳を一変させて丸くした女性が、驚いたように言った。

 急に雰囲気が柔らかくなったので、私は思わず大声で返してしまう。


「わ、私は一応成人している十六歳です……!」


「なに……なんと、そうだったか。見た目で人の本質を見誤るとは、俺もまだまだのようだ」


 すまない、と目元を手で隠した。

 謝罪は受け取るが、とりあえず要件を教えてほしい。


「……あの、何かご用があるのですよね?」


「あぁ……申し遅れた。俺は、王都の教会から使者としてやってきた、クォラと言う者だ。一応、召喚術師を名乗らせてもらっている」


「王都の、召喚、術師……?」


 聞いたことのある名だった。そして、ほんの少し前に読んだ覚え(・・・・・)のある名称。

 まさか––––、


「……ご主人様から、まだ何か奪うおつもりですか」


 気づけば、自分でも驚くくらい暗い声が出ていた。


「……なんだ?」


「ご主人様に、消えない傷を与えたくせに、ご家族と引き離して独りにしたくせに、まだ何か利用しようと言うのですか。ご主人様は勇者ではないのでしょう、王国のために何かをする義務も必要性もないはずです。早々にお帰りください……!」


 初対面の人に対して、ここまでの憤りを覚えたのは初めてだ。

 だって、王都の召喚術師といえば、ご主人様をこちら側へ召喚した、その張本人の仲間ということじゃないか……!

 謂わば共感。日記を通してこちら側にやってきたばかりのご主人様の気持ちを知ってから、私の中で晴れない激情がグツグツと煮立っていた。

 もしかしたら、ご主人様にとって重要な要件なのかもしれないのに、彼女の意見も聞かず、私はクォラ様を睨みつけて追い返そうとしている。

 ……いいや、これでいいんだ。ご主人様を苦しめた奴らの仲間の顔を、見せる必要なんてない。見せちゃいけない、絶対に。

 これ以上、ご主人様を傷つけさせない。


「その、主人とやらはタチバナ殿の事で合っているだろうか」


「……そうです」


「そうか……召喚の儀式における失態は、司祭よりよく聞かされている。本当に申し訳ない。俺からも心より謝罪させてもらう。だが、今回こちらへ参ったのは、タチバナ殿にとって有益な話を手に入れたからなのだ」


「ご主人様に、とって?」


 信じるに値するだろうか。この状況においての判断材料は無いに等しい。


「……タチバナ殿は、ご在宅だろうか。どうか、話を聞いていただきたい」


「……」


「よろしく頼む。彼女にとって、大きな転機になるやもしれないのだ」


「……」


 あまりにクォラ様が真剣なものだから、私は根負けしてご主人様を呼んでしまった。



****



 掃除だけはきちんとしていたが、長らく使われていなかった客間のテーブルに着く。

 私とご主人様は並んで座って、その正面にクォラ様が向かう形だ。

 まず、ご主人様の隣に当たり前のように腰掛けている私を見て、クォラ様は眉をひそめた。


「彼女は……使用人なのだろう? 隅に置かないのか?」


「私の大切な家族で、恋人です。使用人でも奴隷でも召使でもありません。次にそんなこと言ったら許しませんよ」


「……失言した、申し訳ない」


 いや、私もご主人様のこと、『ご主人様』って呼んでるし。紛らわしいだろうから、クォラ様は悪く無いと思うのだけれど。


「レーナちゃんは、優しいね」


「……当たり前のように心を読まないでください」


 そんないつも通りなやり取りを経て、なんとか客間の空気は対話のできそうな柔らかさのあるものになってきた。

 ニコリと、ご主人様は冷たい目で笑う。テーブルの下で彼女の手が伸びてきたから、しっかりと握ってあげた。


「……司祭さん、まだお元気ですか?」


 司祭、とは件の召喚魔法の行使者だっただろうか。

 対するクォラ様は、少しも頰を緩めたりせず、至極真剣な表情で言葉を紡いだ。


「流石にあのご老体ではまともに『陣』を描くことすらままならなくなっているが、な。精神的には未だ現役の召喚術師に引けを取らない。あの方にとって、タチバナ殿や勇者殿を呼び出したあの召喚陣が、生涯最後の大魔法だったと言ってもいいだろう」


「……そうですか。結構大雑把な扱いだったとはいえ、このお屋敷くれた人ですし、冒険者っていう生きる道を提示してくれた恩人、って言ったら変ですけど、そういう人ですから。元気なら何よりです」


「……我ら召喚術師に憤りは、ないのだろうか」


「ないわけ無いじゃないですか。そりゃ、あのお爺さんのせいで私はこの世界に連れてこられたわけだし? お年寄りじゃなければ一発拳ぶち込んでやりたいですよ。……でも、この子に会えました。それだけで、独りだった最初の一年全部が無駄じゃなかったって胸張って言えますっ」


 一旦言葉の勢いを切って、ご主人様は私に目配せした。

 私に会えたのがこの人にとって大きな転機だったんだな……改めて痛感する。そして照れる。

 ほう、と息を吐くようにクォラ様は反応する。


「……なるほど。このエルフの少女が、タチバナ殿を変えた、と」


 ––––その時、空気が変わった。


「っ……!? ご、ご主人様?」


 怒気だ、おおよそ今までの人生で浴びせられたことがしたことがないほどの強い怒気が、大気を揺らしている。

 元凶はご主人様だ。形だけとはいえ笑っていた表情が、大きく歪んでいる。警戒の色が濃い、見たこともないような恐ろしい形相。

 ようやく、ご主人様は口を開く。


「……なんで見えてるんですか」


 氷点下の冷たい声音。私に問いかけてきた言葉ではないのに、体が震えてしまう。

 こんな風に話しかけられたら、私なら嫌われたと思って立ち直れなくなる。


「……レーナちゃん、麻袋被ってますよね(・・・・・・・・・)? なんで、エルフだってわかったんですか?」


「……あ」


『……なるほど。このエルフ(・・・・・)の少女が、タチバナ殿を変えた、と』

 確かにおかしい。私はクォラ様に、一度として尖った耳も、銀色の髪も見せていない。病的なまでに白い肌も、確かにエルフの特徴だが、人間の中にもこんな肌色の人種がいないわけでもない。だから、普通私がエルフ––––正確には先祖返りだが––––だとわかるわけがないのだ。



 『他種族は無条件に虐げていい』という思想に染まった王国民。

 クォラ様も王国民ならば、例に漏れず他種族を忌み嫌っているはず。

 ご主人様のこの異様ほど威圧感のある形相は、彼女を牽制して私を守ろうとしてくれているから……?

 そう解釈した途端、きゅぅっと胸が締め付けられるような感覚に見舞われる。

 そんなご主人様も、かっこよく思えてしまう。

 ふぅ……と、クォラ様はため息をつく。そして指摘してきた。


「その程度の雑な小細工では、全身を流れる魔力の質の差でわかる者にはわかってしまう。それこそ、幻惑系の魔法で欺きでもしない限りな。俺は以前獣人族の御仁に命を救われたことがある故、他種族差別の思想には染まっていない。今回の使いが俺であったから良いものを、ここが王都であったなら、とっくにレーナ殿は魔法使いたちの探知に掛かり、虐殺されているぞ」


「……うぇっ!? ほ、ほんとですか!?」


 その間抜けな声が、一瞬ご主人様の発した音だと分からなかった。

 気づけば、隣に座る黒髪の少女は、いつもの優しい雰囲気に戻っていた。


「あぁ。環境と幸運に恵まれているよ、タチバナ殿も、レーナ殿も」


 はは、と短く彼女は笑い声を上げる。

 彼女が気を緩めたのはその瞬間だけで、すぐに真面目な表情に戻った。


「……では、本題に入らせてもらおうか。先日、魔王討伐が無事になされたことを、貴殿らも知っているはずだ」


「まぁ、新聞で見ましたけど。それがどうかしたんですか?」


「……あまり気に留めていないようだな」


「だって私には関係のないことですし。そんな無駄なことに頭の容量割くくらいならもっとレーナちゃんのこと考えてたいです」


「……っ!?」


 急な惚気に、ドクンっ、と私の胸が高鳴った。

 そして彼女は握った手を更に強く絡めてくるので、それに反応してドクドクと心臓が暴れたように煩くなる。やめて、不意打ち本当にやめて……。

 心なしかクォラ様の眼差しが生暖かいものになった気がしたが、すぐに元に戻った。


「……魔王が、世に災厄を齎すため、負の魔力を蓄えていたことも、知っていよう」


 魔王とは、魔の王。魔物の王。化け物の長。頂きの災禍。様々な異名を持つ、最悪のモンスター。

 世界を闇に堕とし、手中に入れることを行動原理として動く存在であり、その一環として負の魔力をその身に溜め込んでいたという。

 負とはマイナス。健常な生物に害を与える概念だ。

 とは言っても、魔王が初めて観測されてから数十年経つらしいけど、これといって人々に危害は加わっていない。

 だから私は、魔王討伐なんて、なんでそこまで優先的に重要視するんだろうと疑問に思っていた。


「勇者2名に無事討伐された魔王の、溜め込んだ魔力はそのまま大陸全土に飛び散った。その結果、負の魔力が本来の––––我々人間が魔法を行使するのに消費する正の魔力と混ざり、各地で原理不明の現象を発生させた」


 負の魔力による現象。まさか、生命が生き絶えるとか、そういう……?

 恐ろしく、そして最悪の事態を想像した私を、クォラ様は裏切った。


空間が裂けたのだ(・・・・・・・・)。それにより、異世界とでも言うべき、異なる世界と繋がる空間の穴が生まれた。しかしその『穴』は人が通過できるほど大きくできてはいなかったため、有用ではなかった。その上、不安定な存在故、今も刻々と各地の『穴』は閉じていっていることだろう。じき、完全に異界との繋がりは途絶える」


「……」


「けれど、それとはまた別に、人が通過できるほどの大きさを持った『穴』––––いや、『門』が誕生した。何故だと思う?」


「……じれったいですね、知らないですよ」


「勇者の召喚魔法陣だ」


「なっ……」


「召喚系の魔法の中でも頂点に君臨する、かの大魔法の名残に、負の魔力が混ざり、その本質を変容させた。『召喚』から、その逆たる『送還』に、な」


 正直私にはさっぱり意味がわからないけれど、何か異例の事態が起きているということはわかる。

 気になるのは、ご主人様が難しい顔で黙り込んでしまったことだ。


「別世界同士を繋ぐ『送還魔法』……その名の通り、あるべき場所へと送り還される魔法と推測される。つまり、対象者は、異世界よりやって来たタチバナ殿と、勇者殿の三名のみ」


「あるべき場所へと、還る魔法……?」


 私がオウム返しすると、クォラ様は頷く。


「そうだ、レーナ殿。タチバナ殿が、生まれ育った世界へ帰還できる目処が立ったのだ」


「……へ」


 私は目を丸くした。

 ご主人様が、生まれ育った、世界?

 え、帰還できるって、え?

 それって……ご主人様は、ニホンに帰れるようになったってこと?

 それは……それはとても、良いことじゃないか!


「ご主人様ご主人様っ、良かったじゃないですかっ!」


 私は彼女の両の手を取り、ぶんぶん振り回した。


「レーナちゃん……?」


「ニホンに帰れるんですよ! ご家族に会えるんです! わぁっ、夢見たいですね……!」


 まずい、涙が出てきそうだ……よかった、よかった、本当に……!

 私が感激していると、ご主人様は、怪訝そうな顔をした。え、なんで?


「……レーナちゃん、意味わかって言ってる?」


 なんでだろう、ご主人様、すごく悲しそうだ。

 私は首をかしげる。なんで? ご主人様、嬉しくないの?


「ふぇ? え、ご主人様が、ニホンへ帰れるって、いう」


「帰れるだけ(・・)なんだよ。……魔法の本質が送還に変わっちゃったなら、こっちに戻ってくる手段がない……違いますか? クォラさん」


 ご主人様が力無く尋ねると、儀礼服の召喚術師はあっさり肯定した。


「……あぁ、その通りだタチバナ殿。その生涯をかけて限りなく召喚魔法の真理に近づいた司祭だからこそ、勇者の召喚魔法は行使できた。しかし、かのご老体はもはや魔法陣を描ける体ではない。一度あちらの世界へタチバナ殿を帰してしまえば、もう一度新たに召喚魔法を行使しない限り、もうこちらへ連れ戻す方法がないのだよ、レーナ殿」


「え……じゃ、じゃあ……?」


「……ニホンに帰ったら、レーナちゃんに会えなくなる」


「そ、んな……」


 目の前が真っ暗になったかのようだった。

 ご主人様に会えなくなる……?

 折角、心を通わせることができたのに……?

 私が俯くと、クォラ様は御構い無しにご主人様だけを見て、強い意志力を感じさせる瞳で、問うた。





「では問おう、タチバナ殿。貴殿は、元いた世界へ帰還することを、望むか?」

純夏は新聞を雰囲気で読んでます。だって文字殆ど読めないから。『魔王』とか、『勇者』とかそういう核心的なのは読める感じです。

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