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22:くしゃみとちょっぴり冬が好きになった日

10,000PV超えました。いつも読んでくださりありがとうございます。

「雪だー! 雪降ってる!」


 そんなご主人様の声に誘導され、窓の外を見れば空から白いものが降り注いでいた。

 初雪だ。それも、降り注ぐ一つ一つが大粒である。


「積もるかなぁ、積もるかなぁ」


「庭の花たちが心配です。雪に潰されたりしないでしょうか」


 去年の秋からの付き合いとはいえ、それなりの愛着が湧いている植物たちなのだ。早ければ春には咲き始めるので、それまでに散らしてしまっては可哀想だ。


「あっ、そっかぁ。花壇の防雪しといた方がいいのか」


 そういえばとばかりにご主人様は手を叩いた。

 一瞬、その手が輝いた気がする。


「ほい、作業終了」


「へ? なにかしたんですか?」


「施錠魔法。初めて会った日、レーナちゃんのこと浴室に閉じ込めたでしょ? あれを応用して、花壇を障壁で外の世界から外して『施錠』した」


「へぇ……ご主人様は色々な魔法を覚えているのですね」


 浴室のことをまた持ち出したのには絶対反応してやらない。いつまでも私だけ恥ずかしがってるみたいで面白くないじゃないか。早くこの羞恥心を克服しなければ。


「まぁ、聞き齧りの出来損ないだからかなり燃費悪いし普通に生活する上では殆ど使わないようなやつばっかりだけど。今の『施錠』だってここから直接見えない箇所に広範囲で使ったわけだからね。今日一日魔力は練れないかなぁ」


 どうせ練ろうともしないけどね、とご主人様は暖炉の前に戻っていった。定位置でぐーたらモードである。

 正直魔法のことは彼女と違って聞き齧ったこともないから理解できなくてさっぱりだけど、家事の効率化を図れるかもしれないから後で詳しく聞いてみよう。

 それはそれとして、

 

「あの、ご主人様?」


「ふぁぁ……ぁ。うん?」


 欠伸して、暖炉の前で布団に包まって丸くなっているご主人様へ、私は声をかけた。


「花壇を守ってくださってありがとうございます」


「そりゃ、レーナちゃんが毎日大切に水あげしてるからね……見捨てられないよ……どういたしまし……ふぁぁ」


 心地よい暖炉の熱気に当てられ、ふにゃふにゃと顔を眠気に崩されたご主人様は、だらけたような声で答えた。

 植物は正直者で、心を込めて水をやればやるだけそれに応えるように生き生きとしてくれる。

 彼らはもう私にとってかけがえのない存在であり、それを保護してくれた彼女には何か報いるべきだと思った。


「あの、御礼と言っては何ですが、その……雪が積もったら、雪合戦、一緒にやりませんか?」


「!」


 ガバリと、ご主人様は眠気が吹っ飛んだように上体を上げた。

 去年の晩冬、彼女は雪が積もったなら私と雪合戦がしたいと言った。私もまた、それに対して『少しだけなら』と、了承した。

 少し前の約束事だし彼女は忘れているかもしれないけれど。


「レーナちゃん! レーナちゃん!」


「はい?」


「覚えててくれたんだ……レーナちゃん、だいすき!」


 どうやら、忘れずにいたのは私だけではないらしい。約束を取り付けたのは彼女自身なのだから、当然かもしれないが。

 時間が経とうと、相手と同じ記憶を共有できている。

 なかなかどうして、それは嬉しいことだった。


****


「よかった……みんな無事だ」


 ホッと胸を撫で下ろし、私は花壇の前にしゃがみ込んだ。

 不可視の膜のようなもの––––施錠魔法の応用とやらで生み出した障壁だろうか––––にすっぽり覆われている花壇の中で、植物たちは生き生きとした様子でピンと体を伸ばしている。そこだけ不自然に雪が積もっていないのは、やはり魔法の影響下にあるからだろう。

 ご主人様の言葉を信用していなかったわけではないが、実際に確認できて安心した。


「レーナちゃーん! 雪合戦の前に雪だるまつーくろ!」


 あれから天候は悪化し、ただでさえ粒の大きかった雪は激しさを増して地面へと降り注いだ。早めの施錠魔法が功を奏して植物たちは埋もれずに済んだわけだ。

 一晩過ぎての今日。大雪は止んだが、かなりの高さまで降り積もってしまった。屋根から時たま落ちる積雪は、雪崩の勢いである。

 狂乱のご主人様は大はしゃぎで白い地面に体を倒したり、足跡を残したりしていた。見ているだけで体が冷え込む。


「……あ」


 不意にその存在に気づいた。

 ––––私が作った、手袋。

 よく目立つ首元の白いマフラーは元より、ご主人様の手にはまった赤い毛糸のそれは、以前私が編んで、彼女へ贈ったものだった。

 ちゃんと両方(マフラーも手袋も)、使ってくれてるんだ。


「ふふふ」


「? 急に笑ったりしてどうしたのさ?」


「なんでもありません」


 あなたが私の作ったものを大切にしてくれるのが、すごく嬉しいだけ。

 直接言う必要は、無い気がした。


****



「なんでもありません」


 私を見て意味深に笑ったレーナちゃんだったが、理由を話してくれる様子ではなかったので追求はしなかった。

 それにしても、レーナちゃんは今日も可愛い。

 冬の衣替えの時期に念の為買い揃えておいた防寒装備たちが今日は役に立った。彼女はいつものエプロンドレスではなくセーターと内側がモコモコのズボンを着込んで、その上にコートを羽織っている。

 手袋は白、首元は赤いマフラー。耳当てと、頭には肌に合うような真っ白なニット帽。ここは外とはいえこの屋敷に来る客などいないので、麻袋は着けていない。

 差し詰め、レーナちゃん冬仕様(うぃんたーばーじょん)だ。可愛い、ぜひともおしくらまんじゅうと称して抱きしめたい。

 でも、これだけ着込んでも他種族の血が混じった彼女は寒いというのだから、あまり庭に長居はさせず、無理もさせないようにしなければいけない。

 やりたいことは、さっさとやってしまおう。


「はぁ……はぁ……雪だるまって、どれくらいの大きさがいいのでしょうか……はぁ」


 運動不足が祟ってか、息を切らしながら––––長時間毎日労働してるのに体力が無いって不思議だ––––レーナちゃんはせっせと雪玉を転がしていた。

 辛そうだけど、口元が僅かに緩んでいるので彼女も存外楽しんでいるのだろう。


「うーん。あんまり大きくなくていいし、レーナちゃんサイズ?」


「どうせ私の背は小さいですよ……くしゅんっ」


 くしゃみしてる。


「怒らないで。そのままのちっちゃいレーナちゃんでいいんだから」


「叩きますよ」


「いつからそんな凶暴に!?」


 身長について揶揄い過ぎたか。そろそろ自重したほうがいいのかもしれない。

 私のことポカポカ叩くレーナちゃんかぁ……うん、絶対可愛い。なら叩かれてもよし。

 でも、暴力なんて振るおうとする子じゃなかったのにな。私が歪めちゃったのか? ……なんだろそれ、すごく興奮する。

 脳裏でどうしようもない変態的なことを考えながら、私はだいぶ膨らみを増してきた雪玉の転がし作業に精を出した。

 

****


「できたぁー!」

 

 朝早くから始めたのが良かったのか、雪だるまは大きいのが一つ、ついでにカマクラだってできた。なのにまだまだ雪はある。すばらしい、すばらしい……。


「うぅ……さむい、です……」


「ごめん、待たせたね。お餅焼こっか」


「はい……できることなら温かいものが食べたいです……」


「レーナちゃんたっての希望だ、すぐに取り掛かろう」


「ありがとうございます……」


 滅多に欲しいものを強請らない子だから、いざ強請られた時は全身全霊をかけて応えたい。決して好感度アップとか考えてるわけではないので悪しからず。

 流石地球の文化が微妙に紛れ込んだ世界と言うべきか、何故かいろんなものが仕舞われている物置––––22世紀のロボットの袋みたい––––の中には、七輪モドキとでも言うべき謎の物体が置いてあった。

 暖炉の火を少し拝借し、上部が僅かに広い円筒形のそれ(七輪?)をカマクラ内部にセット。段々と内部に熱が籠っていく。


「ふぁぁ……なみだがでそうです」


 手袋を外し、七輪に手を近づけながら心底感動したような声でレーナちゃんは言った。


「ごめんね、寒がってるのに放置するみたいになっちゃって」


「いえ……ご主人様の、屋敷へ戻れというご忠告を無視して作業を見ていたいと言ったのは私なので……」


 レーナちゃんは冬が嫌いらしい。

 何かどうしようもない事情でもない限り冬場は外に出たくないので、雪遊びなんてしたこともなかった。だから、初めて雪だるまを作れて内心興奮していたし、カマクラ造りにも興味があった。らしい。


「……ご主人様のお気持ち、今ならわかる気がします……」


「へぇ?」


「さむい中で暖かいものに触れるととても心地が良いです。ご主人様の言っていた冬場のお布団が好きだという話は、こういうことを言っていたのですね」


「ふぅむ。ついにレーナちゃんもその域に達したか。……でも、もう無理しちゃダメだからね。寒かったら屋敷に入りなさい」


「はい、すみません…………今日は少しだけ、冬が好きになれた気がしました」


 くしゅん、とまた彼女は強く呼気を吐いた。

 その拍子にちょこんと鼻水が出ていたけれど、


「あっ、み、みないでください……」


 やっぱりレーナちゃんは可愛い。


22.5


「おもち美味しいねぇ」


「はい、もちもちしてます」


「ダジャレか!」


「?」


「……あっ、いや。なんでもないっす……」


「??」


 カマクラの断熱効果に包まれてぬくぬくしながら、私たちは七輪モドキで焼いたお餅を頬張っていた。


「なんか今日は雪合戦するのも面倒くさくなってきちゃったねぇ……明日も仕事休もうかなぁ……そうすれば雪合戦できる」


「……はむはむ……ふぁい、それもいいかも知れませんね、はむはむ」


「……」


 一応返事をしてくれるが、レーナちゃんの意識はお餅に向いていて、どう考えても私の話を聞いてくれているようには見えなかった。食べ物相手に嫉妬しそう。

 普段見ないくらいがっついている。アッツアツなのに……よっぽど寒かったのだろう。やはり悪いことをした。


「そんなに急いで食べると喉詰まらせちゃうよ」


 純粋な心配半分、こちらを見て欲しい気持ち半分で注意した。


「ちゃんと噛んでいるので大丈夫ですっ」


 『もしゃもしゃ』という擬音が聞こえてきそうなくらい頰を膨らましたリス顔で、レーナちゃんは答える。


「ふふっ、リスみたい。ホントに可愛いなぁ……私も二つ目食べよ。もぐもぐ……ふぐっ!?」


「ご、ご主人様!?」


 詰まらせかけた。

 


–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––


雪合戦やれよ。

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