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22/79

21:年越し

更新が滞ったのは執筆が進まなかったわけではなく、ただリアルで少し忙しかったのと変な短編書いたせいです。すみません。

今回は少し長めです。

「えーと。これより、年越しの準備に入りたいと思いまーす」


 朝食の皿を台所へ持って行ってから、ご主人様は宣言した。


「へ? なんですか、それ」


「年越し。年を越すのの準備。今日は大晦日で、今日が終われば明日から来年だよ? 今年も一年お疲れ様でした、来年もよろしくって感じに、日付が変わる瞬間をお蕎麦食べながら待つの。そして、いざ日付が変われば叫ぶ! ハッピィニュゥイヤァァァァっ!!」


「は、はっぴにゅう……? ま、またニホンの奇妙な儀式ですか」


「レーナちゃん私の故郷のこと結構ネタにするよね」


「ネタというか……ご主人様のお国は、少々おかしな文化が散見しているように思えるので」


 おしくらまんじゅう然り、そして年越し然り。

 おしくらまんじゅうはまだ寒さを互いの体温で凌ぐという点で理にかなっているように思えるが、何故まんじゅうという名称が付いているのか意味がわからない。『おしくらまんじゅう、押されて泣くな、おしくらまんじゅう』という謎の呪文もセットで唱えなければならない。年越しとやらの、蕎麦を食べる意図も、『ハッピィニュゥイヤァァァァっ!!』という叫び声も意味不明だ。年の終わりの度に数多くの人々が『ハッピィニュゥイヤァァァァ』などと叫んでいる光景を目にするのかと思うと、中々どうして、思想や価値観の違う国家なのだろうなと考えさせられる。


「それは全面的に私の説明力不足ですはい……日本、結構いい国なんですよホントですよ? ……でもでもっ、私からしたらこの国の美醜感覚のがかなりおかしい。レーナちゃんみたいな美少女が化け物呼ばわりされる国なんて、一回全部ぶっ壊して建て直してやりたいくらい」


「ご主人様目が怖いです。本気で国家への反逆を企てようとしている風にしか見えないのでやめてください」


「ふへへ、じょーだん」


 そうは言うけれど実際本気なのかもしれなかった。冗談ばかり言うご主人様だけれど、彼女の目が笑っていないときはどんなに荒唐無稽だろうと本心を嘯いていることが多い。

 この人は、一歩間違えたら本当に王都を滅ぼしに行きかねない。国を沈めるまでは流石に無理でも数百人規模の軍隊一つくらいは崩壊させられるだろう。

 

「とりあえず、お国のことはいいから今は年越しだぜ。一緒に夜更かししよう」


 結局一度何か言い出したら止まらない止められない人物であるところのご主人様だ。なんだかんだと結局私は年越し準備をすることになり、今年最後にして来年最初の夜更かしが幕を開けるのだった。




****



「んっ……しょ。んっ……」


 今夜は眠らずに日付をまたぐらしい。

 ならばご主人様は絶対何か食べたがるだろうからと、蕎麦の他にいくつか簡単に料理を作ろうと思った。


「あの人、また自分でしか取れないような場所に置いて……」


 恨み言を漏らしながら、私は指の先までピンと張って、腕を伸ばす。


「んー! んーっ!!」


 現在の私は背伸びして、棚の上の醤油瓶を取ろうと躍起になっていた。

 ちびっ子な私にはこの屋敷の背が高い家具たちは些か相性が悪い。高いところの掃除をする時なんかはハシゴなりを物置から持って来るのだが、わざわざ醤油一つのためにそこまでするのは気が引けた。

 結局どんなに頑張ってもジャンプしても掴めなくて、爪先もぷるぷる震えてくる。仕方なくハシゴを取りに行こうかと考え始めたら、


「どれ? 取ったげる」


「……ふぇ?」


 背後からの人影で、視界が若干暗くなった。

 振り返ると、声と影の主はやはり髪の毛の湿った風呂上がりのご主人様で、どうやら私の代わりに棚の上のものを取ってくれるつもりらしかった。


「醤油瓶です」


「わかったぁ、任せて」


「っ!? ひ、ぅ……」


 棚の上に手を伸ばすのなら、当然棚に近づかなければいけないわけで。

 棚との間に挟まれるようにしてご主人様と密着した私は、間近に迫った彼女の体付きの良さに、ドギマギするとともに嫉妬した。

 ち、ちかいっ……しかもスタイル良い。羨ましい。後、お日様みたいないい匂いが……!


「……よっと。はい、これだよねっ」


 ご主人様は、醤油瓶をあっという間に手に取った。

 代わりに目当ての物を取ってくれただけなのに、彼女の姿が何故かとても頼もしく見えた。ドキリとする。


「……ぁ」


 なんてことない、ただ醤油瓶を代わりに取ってくれただけじゃないか。なんでこんなにかっこよく見えるんだ。


「……どしたの? これじゃなかった?」


「……え?」


 その言葉で、ご主人様が醤油瓶を差し出した体勢のまま私を待っていてくれていることに気づいた。


「え……へぁっ!? い、いえっ、ありがとうございます! これです! 嬉しいです! ご主人様素敵です!」


「んん……? 変なレーナちゃんだね。てか私がこんな高い位置に戻したから取れなかったんだよね、ごめんね。次から気をつけるから」


 自分より遥かに背の高い存在というのは、どうにも苦手だ。無条件に威圧感を感じるから。

 でもご主人様は平気。身長差が男の人ほど離れていないからというのもあるだろうけれど。怖いどころかむしろカッコよく見えてしまったのはきっと気の所為だけれど。


「あ、そうそう。おふろ上がったから次入ってね」


 濡れた己の髪の毛を数本摘んで、彼女は言った。


「はい。最初に調理の準備だけして、そしたら頂きますね」


 最初に入浴は済ませて置いて、それから年越しをする。蕎麦を食べたり叫んだり。奇妙な儀式だと思うけれど、ご主人様と一緒ならばきっと楽しい。


「……」


「……」


「……えっと、ご主人様? 何か?」


 そこで話は終わりかと思ってご主人様が台所を出て行くのをつっ立ってボーっと待っていると、何故か私のことを真剣な表情でまじまじと眺め始めた。……なんだよ、なんだか恥ずかしいから見ないでよ。


「……改めて見てみると、というかなんというかやっぱりレーナちゃんてちっちゃいよね」


 ふんにゃりと表情を崩して、ご主人様はそう指摘した。

 グサリと、心に針が突き刺さったような錯覚に陥る。


「っ……人が、気にしていることを……」


 そりゃ私だって大きくなりたいさ。それというのもご主人様が私の身長をネタに揶揄ってくることがあるという理由からで、私が初めて未来に対して強く願ったことだった。

 どうか、揶揄われないくらいグラマラスな体型になれますように、と。


「いやいや、悪い意味で言ってるわけじゃないんだけどね……なんだろ、胸に大事そうに抱いてる醤油瓶がおっきく見えるようなサイズ感がやっぱり最高だなっていうか。小人みたいで可愛い」


 にへにへしながら少し変態チックなことを口走っている自覚が、この人にはあるんだろうか。


「馬鹿にしたいんならそう仰ってもらって構いませんよ」


「……レーナちゃん怒ってる?」


「怒ってません」


 私とて好きでこの体型になったわけではない。いわば、きっと、絶対、奴隷時代の劣悪な生活環境が原因でこんなチンチクリンになってしまったのだ、そうに違いない。身長も、他の部分も。

 記憶の奥底に追いやられていた実母の胸元もまた、心許ないささやかな膨らみだったことを何故か今この瞬間思い出したが、きっと希望はある。まだ私は成長期だ。


「自分で言っていて悲しくはなりますが、私みたいな体型の女を最高と形容するなんて、ご主人様には幼女趣味の傾向があるんじゃないかと思います。自分で言っていて悲しくはなりますが」


「レーナちゃん以外のちっちゃい子には別にときめかないから、ロリコンじゃなくてレーナ・コンプレックスだね! レナコンだね!」


「意味不明です」


 ダメだこの人、完全に頭をやられてしまっている。

 そう、内心では彼女を酷く言うけれど、実際のところの私の表情は、嬉しそうに頰が緩んでなんとも気持ちの悪いものになっていた。


「レーナちゃんにやけてる」


「にやけてません」

 

 お世辞でなく本心から容姿を評価されて、嬉しくないはずはない。

 それでも、喜ぶ表情を隠したくなってしまうのは、


「んー? なんで顔逸らすのー? にやけてないんなら見せてよー」


「……イヤです」


 ただちょっと、素直になれないだけだった。

 『ちっちゃい子』なんて言われてるのに喜んでいる自分が、少し恨めしい。


****


「ご主人様、開けていただけないでしょうか。両手が塞がっていてドアノブを引けないんです」


 階段を上がって一番手前の扉の前に立ちながら、私は声高に部屋の主へ話しかけた。


「ん? お料理持ってるの?」


「お夜食は体に良くないので少なめですが」


「それでもいい! ありがとーう! 今開けんね!」


 ドタドタと騒がしい音が近づいてきて、目の前の扉が開いた。

 出てきたのは、ワンピースのような白い寝間着を着たご主人様だった。

 なお、私が持っている寝間着は子供っぽいものばかりで––––ご主人様がそういうものばかり選ぶ。断じて私の趣味ではない。本当だ––––現在も前に大きなピンクウサギの絵が付いた、上下セットの長袖長ズボンパジャマを身に纏っていた。


「いらっしゃーい、今日は寝かせないよ」


「明日になったら眠るので心配ご無用です」


「ちぇっ」


 どうぞどうぞと親しい友人でも招くように部屋の中を指差すので、それに従ってお邪魔する。

 ベッドには水色カバーの布団、大きな窓には白いカーテン。木製の家具一式と、部屋の雰囲気にミスマッチな、壁に掛けられた長剣。

 家具や日用品だけ見れば落ち着いた雰囲気の女性部屋。視界の端に入り込む長剣も含めば、どこか異質な冒険者の部屋。

 広さは私の寝室とほぼ同等。ここが、ご主人様の私室である。

 前もって敷いてあった布の上にお盆を置き、私はどこに座るべきかと視線を巡らせた。

 すると、ご主人様はベッドに飛び込み、パンパンと自分の隣を叩いた。


「ベッド、ベッドのとこ来て! 隣に座って、日付が変わったらそのまま一緒に寝ようっ」


「その前に歯磨きしなくちゃダメですよ」


「はーい。言われなくてもわかってるよお母さん」


「手のかかりそうな娘ですね」


 軽口の応酬で程よく笑いがこみ上げるので、そろって吹き出した。

 ふふ、あははとひとしきり笑って、


「……私たちさ、仲良くなれてるのかな」


 ご主人様は、どこかしんみりとして言った。


「仲良くの定義にもよります。少なくとも、陰険ではありませんし毎日笑い合えてもいます」


「じゃ、レーナちゃんは私のこと好き?」


「好ましくは思っていますよ」


「恋愛的には?」


「何とも言えません」


「手厳しいなぁ」


 たははと力無く笑うご主人様。少し心が痛かった。

 彼女に告白されて二ヶ月以上が経つ。今日で今年も終わりだし、もうすぐこの屋敷にやって来て一年が経つわけだ。過ぎてみればあっという間だったように思える。

 未だ私は自分の真意が掴めずにいて、ご主人様を待たせてばかり。少なくとも彼女の想いは嫌ではなくて、応えたいとも思っていて。けれど、流されるままなのは何か違う気がした。

 ままならなくて、本当にもどかしくて。


「……月が、綺麗だね」


「ここから窓の外は良く見えませんが……?」


「やっぱり伝わないか。えっと、今のはアイラブユー、つまり『愛してる』を別の言い方で表現した言葉なんだけど……」


「あ、あいしてる……」


 あまりに直球な物言いで、カーッと顔が熱くなる。

 慌てて両手で隠すが、「耳そういえばいっつも隠せてないよ」とご主人様に指摘され、鏡越しに長く尖ったそれも真っ赤に僅かに震えていることに気づいた。

 まさか今まで、顔を赤くするたび耳まで赤くなっていたのか……? だとしたら、今までずっと照れていたのを隠せてなかったということ……?


「ぅ……あ、ぅぇ、ぁ……!」


「可愛い」


 その可能性が限りなく高いことを悟り、悶えそうになる。何で今まで教えてくれなかったんだ。


「すぐ教えたら折角可愛いのに隠しちゃうじゃん。そんなのやだもん」


「心読まないでください!」


「伊達に一年毎日顔合わせてないよーだ。大好きな子の考えてることの一つや二つお見通しなんだよ」


 開き直ったのか何なのかご主人様はもう私への気持ちを偽らない。そのせいで年がら年中ベッタリになってしまったし、心臓にも悪いしで散々だ。でも嫌ではない。それが『愛している』ということなのだろうか。全くわからない。


「『愛』って、何なんでしょうね」


 ふと、口をついてでたのはそんな疑問。

 それには、二つの世界の知識を持った彼女でさえ、すぐには返答できないようで、


「うーん……実際のところ、私もよくわかってないからな。一重に『愛』って言っても色んな『愛』があるし。自己愛しかり兄弟愛姉妹愛しかり夫婦愛しかり恋愛感情しかり」


「私は、愛というものがよくわかりません」


 結局のところ、愛情を与えられて育たなかった私には、それを受け取る耐性ができていないということだ。

 理解こそすれ、共感はできない。


「全て知識の上で知り得た情報です。客観の事実であり、主観の感情ではありません。家族から愛を与えられた記憶はありませんし、むしろ憎悪や嫌悪や罵倒と言った負の感情を数多く貰いました」


「うん」


「当たり前の感情が自分の中から抜け落ちているように思えて、それが原因でご主人様への想いの形がわからないのではないかと思って、切なくなります」


「そっか」


 そうかそうかと頷いて、ご主人様はベッドの下から何やら酒瓶のようなものを取り出した。

 ラベルにGold Aleと書かれたそれは、その道に詳しくない私でも一目で高級品だとわかった。

 瓶ことには触れず、彼女は口を開く。


「私はこの世界の暮らしに換算してもかなり裕福に育てられた人間だから。両親に愛されたように妹のことも当たり前に愛してた。正直レーナちゃんの境遇は私には想像もつかないよ。言葉で言い表せないくらい辛かったんだろうし、それには同情も共感しちゃいけないんだろうなって思ってる」


「そういうことを言っていただけるだけで、私はもう満足です」


「そう? そうかそうか……まぁ、もうすぐ日付も変わるしさ。ひとまず今年までの色んなこと忘れて、明日になったら私はしたいことがあるわけですよ」


 そうして彼女は、酒瓶を指で軽く弾いた。カツンと、イイ音が鳴る。にししっと悪戯っぽく笑った。

 ご主人様の『したいこと』とは、もしかしなくても飲酒のことだろうか。

 この国では、十五歳からもう飲酒が認められている。ご主人様は勿論、私だってもうお酒を飲むことはできるのだ。少し絵面が犯罪的に見えるチンチクリンではあるけれど。

 ちょうどいい機会だと思って、私は先程から気になっていることを訊ねた。


「そういえばそのお酒、どこで買ったんですか? 凄く高価なものに見えますが」


「ギルド支部長にお祝いで貰った。来年もよろしくって意味と、去年と今年の功績を称えてだって」


「……それにしたって、かなりの高級品に見えるのですが」


「……そうだよね!? むしろお祝いどころか『来年以降も功績残さないと許さねえぞ』的な脅しの意を感じたんだけど気のせいかな!? 返されても受け取らないとか言われたし!」


「ご、ご愁傷様です」


 ワイワイガヤガヤ、その後も私たちは話したり、食べたりと年を越す瞬間を待った。

 去年の今頃の私は何をしていただろうと少し考えるが、直後にご主人様に優しく抱きしめられ、温かな幸福感に思考は流されていった。

 過去を振り返る必要なんてない。私には今と未来がある。

 ご主人様がいれば、もうそれで十分じゃないか。

 なんだか頭の芯がふわふわし始めて、そのまま彼女の温もりの中に溶けていくようだった。


「おいー! レーナちゃん寝ちゃダメ!」


「……ふへ?」


 間抜けな声が出た。


****


「年越し十分前であります。カウントダウン前に今年の振り返りと、簡単な来年の抱負を語るですよ、レーナちゃん」


 変な口調になった。ちょっと可愛い。


「振り返りと、抱負ですか……?」


「そうでござる」


「えっと……」


 重くなってきた瞼を意志力で何とか持ち上げながら、私は記憶を探っていく。

 そうしてすぐにたどり着いたその記憶は、私の日々を塗り替えた忘れがたきもの。


「えっと、まず、私の心に一番深く残っているのは、ご主人様に買っていただけた時のことです」


 文字通り私の人生が変わった時のこと。


「ほう。私が一目惚れした時だね」


 そういう言い方は一々照れちゃうからやめて。

 聞こえなかったことにして、僅かに熱くなった頰も無視して続けた。


「い、今のままで良いのかと、ご主人様は訊ねられました。その当時は、それ以上の生活のことなど、殆ど知らなかったので、今より上があるのなら、純粋にそこへ行ってみたいと思いました」


「うんうん」


 相槌がどこか嬉しそうだ。もしかしたらご主人様も今年を振り返るなら真っ先にこれを思い出すのかもしれない。

 何となく私もまた嬉しくて、口がよく回り出す。


「結果として、私はこの場所に来ることができました。毎日優しくて笑顔の素敵なご主人様と、私と。本当に、日々が輝いています」


 過去のことを思い返す時の心境も今は安らかで。苦しかったけど、今の私を直接虐げるものじゃない。あくまで酷い記憶だというだけのこと。

 過去と現在を同一視しなくなったのは、その『現在』が過去と比べるのも烏滸がましいほど輝いているからだ。

 そこで言葉を切り、私は僅かにはにかみ笑いを浮かべた。


「え、っと……振り返りはそれだけ?」


 なんだか残念そうなご主人様だ。もっと話を聞きたかったらしい。

 でもこれ以上は駄目だ。私の羞恥心が後になって焼き切れる可能性がある。


「はい、振り返りはこれだけです。あまり際限なく語ってしまうと、ご主人様の良い所ばかりを長々と話してしまいそうなので、これくらいにしておきます」


「ごはっ……!?」


 すると突然、ご主人様は血を吐いたようなジェスチャーをした。

 顔はなんとも言えないふにゃふにゃとした表情で、少し悶えている。

 何か話そうとしているので、落ち着くまで少し待った。


「いっ……いや、あのさ? レーナちゃんもレーナちゃんで自覚なく私のこと落とそうとしてるからね? 私、もっと好きになっちゃいそうになるんだけど」


「ふぇ? な、何のことですか?」


 いや私、事実しか言ってないんだけども。


「この鈍感美少女め! もういいっ、次、来年の抱負を言いなさい!」


「ご主人様のお側にずっと居られたらと思います。えへへ……捨てられないように来年も家事、頑張りますよっ」


 両拳を握り込んで、強く宣言した。


「ごはっ……もう、だめ……尊い……死ぬ……」


 ご主人様は蹲って、そのまま五分くらい動かなかった。


「……っはっ!? やばい、私抱負も何も言ってない! あと2分しかないよぅ!」


 何やらアホっぽいことを言いながら、彼女は来年になる2分前に正気に戻った。

 なんだか色々動きが忙しい人だが、そんなところも嫌いじゃない。


「私はレーナちゃん大好きです! 毎日顔合わせてるのに慣れません! めちゃんこかぁいいです。好きです、めっちゃ好きです。心臓ばくばく言います。早く両想いになりたいです。早くレーナちゃんに振り向いて欲しいです。あぁ、レーナちゃん可愛い可愛い可愛い可愛い」


「それ抱負でも振り返りでも無いですよね」


 なんだか狂気を感じた。


「来年もレーナちゃんを愛でるって抱負であり、今までを振り返ってもレーナちゃんが可愛いことばっかり先に出てくるからさ、そういう意味で、抱負でも振り返りでもあるんよ」


「そこまで考察できないです。圧縮言語ですか、私にそんな考察力を求めないで下さい」


「わかってもらえないからこそ、燃えるものもあるんだよ。ぐへへ」


「変態みたいな笑い方です」


 そうこうするうち年の変わり目1分前。ご主人様はまさかの1分で抱負と振り返りを終わらせてしまった。


「……今年とも、もうお別れだねぇ」


「そう、ですね」


 何かが無くなるわけでもないのに、妙な切なさだ。これはきっと理屈の通った理由の切なさでなく、心が意味もなく震えているだけ。

 今のところは、そう解釈した。


「来年も、仲良くしてね?」


「はい。こちらこそ、今年の良い関係のままで、お願いしますね」


「……それ遠回しにお前の告白は無かった事にするぞって意味で言ってる?」


「ふぁっ!? 違いますよっ、陰険になりたくないという意味で、他意はありませんよっ!」


「たははっ。うん、知ってた」


 相手が純粋だと揶揄い甲斐があるよね、とご主人様は言った。

 どうやら私は揶揄われたらしい。いつものことなのに、今日は少し腹が立った。

 だから、言ってやった。この人に一番言ってはならないことを。


「……そうやって意地悪ばかりするご主人様なんて、嫌いになっちゃいますよ」


「やだぁっーーーー!! ごめんなさい私が悪かったもうしばらく揶揄わないからぁっ! 見捨てないでぇ〜〜〜!!! 嫌いに、ならないでよぅ……ぐすん」


 啜り泣き始めてしまった。流石に言い過ぎただろうか。罪悪感がこみ上げる。

 この人は……まったく、私のことをどれほど好きでいてくれているのか。


「人に意地悪するとその分自分に返ってくるんですよ」


「うん……きらわないでぇ……」


「嘘ですから。嫌いにはなりませんから。顔上げて、一緒に年越ししましょう?」


「うん……れぇなちゃん、やさしいよぅ」


 これでちょっとは反省して欲しい。

 涙を拭ったご主人様はすぐに元気を取り戻した。現金な人だ。

 そして、年越しまで後二十秒を切る。


「カウントダウン。18、17、16、15っ、14」


「え、え、なんですかっ!?」


 突然数字を数え始めたご主人様。年越しをするんじゃないのか。


「年越しを越すまでの時計の秒針を数えるの! レーナちゃんご一緒に!」


「は、はいっ」


 どうやら年越しの儀式にもう入っているらしい。私は大急ぎで彼女の声に合わせた。

 

『9、8、7、6、5、4、3……』


「っふぁっやっ!?」


 急に、ご主人様が目にも留まらぬ速さで私を持ち上げた。えぇっ、なんでっ!?


「2、1……0っ!! ハァッピィニュゥイヤァァァァ!!!!」


「え、え? きゃぁぁぁっ!?」


 生まれて初めて女の子みたいな悲鳴を出した。なぜかと言えば、ご主人様が私を天井近くまで放り投げたからだ。


「しんねんおめでとーう!!」


「ふゃぁぁぁあっ!!」


 そのまま胴上げの感覚で、ご主人様は私を投げては受け止め、投げては受け止めとしばらく繰り返した。


「ふぁぁ……! ふぃぁぁぁっ!」


 とにかく、酔った。そして誓った。

 この女、後で絶対とっちめる。


****


「……なんであんなことしたんですか。うぷっ」


 若干の吐き気を催しながら、私はご主人様の正面に座った。

 悪びれた様子もなく、彼女はへらへらと笑った。


「いやねぇ? 新年迎えた瞬間にジャンプすると、来年が今年になった瞬間地球の上にいないことになるんだよ。面白いよねぇ、ははは」


 笑い事じゃないよ。


「は、はぁ……? チキュウ……?」


「あ、そっか。ここ地球じゃないんだっけか。じゃあ、王国にいないってことになる! それってかっこよくない?」


「だからって投げる必要無かったです!」


「私がレーナちゃんのこと投げたかったんだよ!」


「開き直ったっ!?」

 

 ふざけるな、せっかく食べたもの吐きそうになったんだぞ。

 まだ言い足りなかったのに、ご主人様は話題を挿げ替えてしまった。


「まぁまぁ、新年早々怒ってたら気分悪いじゃん。さっき見せたお酒、一緒に飲もうぜい」


「話題転換ですか……まぁ、いいです。気分が悪いのには同意するので。それで、ご主人様は飲酒の経験がおありなんですか?」


「ない☆」


「私も無いです。アルコールに強いかどうかもわかりませんし……最悪二人とも酔いつぶれてしまいそうで怖いです」


「大丈夫! 一杯だけ、一杯だけだから!」


「そ、そうですか……?」


 ゴクリと、唾を飲んだ。

 正直、好奇心はないわけじゃない。むしろ大有りだ。どんな味がするのか飲んでみたい。身長がちびっ子な分、態度で大人感を出してみるもいいかもしれない。ならば、お酒を飲めるのが最低条件だろう。

 結局なんやかんや理由をつけて、


「ご主人様が、そこまで仰るのなら……」


「そうだぞ娘。欲望には忠実に、だ」


 私は、人生で初めてお酒を飲むことにした。

 グラスを持ってきて、彼女の分を注いだ後、私の方にも注いで。

 

「いただきまーす」


「……いただきます」


 カツンと、軽めにグラスをぶつけ合わせる。乾杯だ。

 そのままコクリと呷って、喉が熱くなって。気分が高揚して。



 ––––その後のことはよく覚えていない。

 なんとなく、楽しい時間を過ごしたと思う。

レーナ

身長:142cm 体重:羽のように軽い

多分殆ど大きくならないまま成長期終わる。身長も他のところも。


純夏

身長:163cm 体重:割と筋肉あって重たい

既にわりと大きい。


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