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20:冬の日々

ナンバリングの上ではこれが20話。毎度毎度、読んでくださる方々ありがとうございます。

 凍えない冬を過ごすのは、果たしていつ以来だろう。

 私は冬が四季の中で一番嫌いだった。

 奴隷時代、凍死の危険性とは常に隣り合わせだった。

 この辺りの気候は一年を通して比較的暖かではあるものの、寒いものは寒く、冷えるものは冷える。

 一年で一番辛い時期を、嫌悪するようになるのは至極当たり前のこと。むしろ、平民でも冬より暖かい季節を好む者が大多数だろう。


「ん……れぇなちゃん……きょうも、かぁいい……」


「ご主人様はそればかりですね……」


 暖炉に焼べられている薪がチリチリと音を立てる中、二人用のソファは、今日も今日とて満員だった。

 隣で私と同じ膝掛けを共有しながら寝息を立てるご主人様は、この頃いつも同じ寝言を呟く。全く、夢の中の私は何度彼女の目の前に登場すれば気がすむというのだろう。


「まってぇ……れぇなちゃんまってぇ……」


 どうやら今は追いかけっこの最中らしい。

 逃げる私の表情から、捕まった際の表情、状態、嬉々として私を抱きしめるご主人様の姿、までがありありと想像できて、胸の奥がチクリと痛んだ。

 ……ご主人様は、本物の私だけを見ていればいいのに。


「……?」


 今、自分が妙なことを考えていた気がした。

 少し思考を辿ってみる。

 夢の中で、夢の中の私と戯れているだろうご主人様の姿を想像して……胸が、痛んで。……ちょっぴり、羨ましく思って。

 一つの可能性が、脳裏をよぎった。


「ま、まさか……ね」


 あり得ない。

 それではまるで……夢の中の自分自身に嫉妬しているようではないか。


「っ……あぅ……」


 かぁーっと頰が熱くなるのを感じた。

 まさか、まさかまさかまさか、そんなまさか。

 いやいやいやと、首を激しく振って、私は悶えた。

 嫉妬? なんで? 意味がわからない。夢の中の相手とは言え、自分自身に嫉妬? まさかいやいやそんなバカな……。


「そんなわけない……好きかどうかも、ぜんぜん、わかってないのにっ……」


「……何がわかってないって?」


 私が隣で悶えた振動でソファが揺れてしまったからか、彼女はパチリと目を開けていた。


「っ、ひぃっ……!?」


 思わず、短く悲鳴が漏れる。


「どしたの、会いたくない人が化けて出てきたみたいな顔して」


「ご、ご主人様に、目覚めて欲しくなかったから、ですよっ……!」


「永眠しろと!?」


「えっ!? あ、あ、ち、違います! 今のなしです! 忘れて下さい!」


 一瞬で涙目になってしまったご主人様に弁明し、なんとか事なきを得る。


「もう……まあ、なんでもないなら良いけどさ。起きた途端に死ねって言われたようなものだったから……ちょっと、いや正直かなり傷ついた。実際ちょっと涙出た」


 おろろろ、と泣き真似をして戯けて見せる彼女だったが、その瞳は若干本当に潤っている。

 そのせいで見え透いた道化だったのが、余計に罪悪感を刺激した。


「ご、ごめんなさい」


「いいよ」


「いいんですか!?」


 やけに物分かりが良いというかなんというか……対価に抱きしめさせろとか言ってきそうなものだったのだが。いや、期待しているわけではなく。


「その代わり今日一日私と一緒にいなきゃダメね」


「……はぁ」


「ちょっとぉっ! なんで溜息つくのさ!」


 そんなことだろうと思った。いや、期待していたわけではなく。

 露骨に顔をしかめてみせた私に、ご主人様は脅すような明るい笑みを向けた。


「嫌なら私泣くから」


 初撃にして、決定打だった。


「うぅ……はい。わかり、ました……」


「ぃやったぁっー! ふぅーーっ!!」


 本当は家事だってやりたかった。けれど、ご主人様の泣く姿など、見たくなかった。

 誕生日、初めて涙を流す彼女を見た。幸いあれは嬉し泣きだったけれど、それでも息は詰まったし、すぐに対処できない自分が歯痒かった。

 ……対処できないのなら、せめてもう泣かせちゃいけない。

 嬉し涙ならまだしも、哀しさで泣かせるのだけは、絶対。

 それが私の中に生まれた新たな弱み。それを突かれると、大抵のことは嫌でも受け入れてしまうのだった。


「今日もいっしょ! 明日もいっしょ! やったー!」


「明日もなんですか!?」


「当たり前でしょ」


「……もぅ。本当に仕方のない人ですね……」


 だがまぁ、全部が全部いやいやというわけでもないのがまた、厄介だった。



 曇り空の増えたこの頃。天気とは無関係に、洗濯物は増える一方だった。


****


「私ね、冬って大好きなんだ」


 何の前触れもなく、ご主人様はそう切り出した。

 冬が大嫌いな私とは真逆の意見だったので、少し興味が湧いた。


「それはまた……どうしてですか?」


「お布団って、夏にかけても暑苦しいだけでしょ」


「それは、はい」


「でもさ、冬にかけるとあら不思議、ぬくぬくあったかい楽園に変わるんだよ。布団の暖かさの有り難みがわかるから、冬ってけっこう好き。あっ、でもでもレーナちゃんのことはもっと好きだよ?」


「け、結局そこに行き着くんですか。強引な話題転換ですね……自重してほしいです」


「やだ! えへへ、今日は一日夜までイチャイチャしようね」


「今日『も』の間違いではないでしょうか……ふぅ」


 ゴクリと一息お茶を口に含めど、にひにひとしたご主人様の表情は揺るがない。

 ご主人様は、一週間ほど前から休暇を取っていた。

 冒険者ギルドに所属している所謂組織加入型冒険者であるところの彼女には、有給休暇というものが存在する。

 それは、討伐任務を何日か休んでも、一定額の御給金が出るという契約の休暇日だった。

 夏に大量発生したオーガをほぼ独力で倒したり、去年には突然変異の巨体ゴブリンを単独討伐したりと、何かと功績を挙げているらしい彼女は、その休暇の日数が特例としてとても多いと聞く。

 結果として十一の月の中旬に差し掛かったばかりの今日この頃、ご主人様は仕事もせずに一日中暖炉の前でゴロゴロするようになってしまった。


「一日くらい家事も何もしなくたって大丈夫だよー。いつもレーナちゃん頑張ってるんだから、一日くらい、さ。……ね?」


「ね、じゃないですよ。聞くなら拒否権を下さい……というか昨日も同じこと言ってましたよ、その前の日もっ! 何日家事やらせないつもりなんですか!」


 誰のせいで洗濯物が溜まっていると思ってるんだ。螺旋階段の手すり磨きなんて、大好きなのに一週間近くできないんだぞ。


「はて、なんのことだか。ソファから動かないってことは、今日も私と一緒にいてくれるってことだよね!」


 動かないじゃなくて、動けないんだ。ご主人様の力が強すぎて身動ぎ一つできない。逃げられない。


「ご主人様ぁ……」


 私の形だけの非難の声(・・・・・・・・)には耳を貸さず、ご主人様は私を引き寄せて頰と頰を擦り合わせてきた。気持ちよ……くはない、全然ない。

 彼女だってわかっているのだ、私が心から嫌がっているわけではないということを。

 ご主人様はなんだかんだで弁えている人だ。私が思い切り抵抗したら、解放してくれるだろう。

 しかし、それができないのは、


「私だって少なからず、嬉しいから……」


「んー? 何か言った?」


 絶対聞こえる距離だろうに、ご主人様はワザとらしく首を傾げた。


「……なんでも、ないです」


 私だって応えたい。でも中途半端はダメだ。

 ヘタれたように思考を反芻する私を、知ったか知らずかご主人様は頰を染めて抱き寄せた。

 それがどうしようもなく可愛らしくて、トクンと胸が疼いた。

 どっちつかずな自分も、今文字通り目と鼻の先にいる彼女の動作も。

 何もかもがもどかしくて、私は一旦思考を停止した。


****


 本格的に季節は冬へと変わり、早朝は庭の地面に霜柱が出来ていることもある。

 もうすぐ雪が降るかもな、なんて言いながらご主人様は外の曇り空に目をやった。

 

「積もったらさ、雪合戦一緒にしようね!」


「冬のお外は地獄です……出来れば外出は避けたいです……考えただけで寒気が……」


「……そっか。まぁ、無理強いはしないよ」


 ご主人様は肩を竦めて何でもないように言ったが、僅かに表情が暗くなったのを私は見逃さなかった。伊達に半年と数ヶ月毎朝毎晩顔を合わせてはいない。

 元奴隷であるところの私にとって、冬がどれほど酷なものであるかはご主人様も知るところだ。

 罪悪感が込み上げた。べつに私が悪いことをしたわけではないのだろうけれど、きっと彼女の冬の楽しみの一つを奪ってしまったのだろう。


「ちょっとだけ……なら、いいですよ?」


 気づけばそう口に出していた。

 やっぱり冬は大嫌いだ。寒いし、死にかけるし、散々な目に合ってきた。

 だから、ちょっとだけ。過去を持ち出して彼女の今の楽しみを奪い取るだなんて、間違っていると思ったから。

 可哀想だから思わず根負けしまったわけではない。本当だ。


「! ほ、ほんと? いいの?」


 あぁ、もう。そんな嬉しそうに顔を綻ばせているところを見てしまったら、やっぱりダメなんてとてもじゃないが言えそうにない。

 この魅力的な表情が見られただけでも、寒風の苦痛を我慢する価値は十二分にある。


「ちょ、ちょっとだけですからね?」


「うん! ありがとレーナちゃんっ」


 ご主人様が飛び込んでくる。私はそれを冷静に対処し、何とか受け止めた。

 慣れとは恐ろしいもので、彼女の体感距離がとても近くなった昨今では、これが日常茶飯事。僅かな動きの変化で彼女の次の求愛行動が予測できるようになってしまった。


「むっ、レーナちゃん慣れてきた」


「毎日毎日飛び込んで来られたら嫌でも慣れちゃいますよ……」


「い、嫌なの……?」


 演技だか素だかわからないけど、不安そうに私を見るのはやめて。

 本当に……ご主人様は私の罪悪感を擽るのが得意な人だ。

 弱いところへ、的確に攻め入ってくる。

 遠ざけられないし、何よりそんなご主人様も可愛いから、だから––––。


「嫌じゃないです、けど」


「うん、よかった……えへへぇ、すりすり」


 私を抱っこして彼女はそのまま頬擦りに移る。これも日常茶飯事。もう慣れてしまった。

 けれど、慣れることと照れなくなることはイコールではなくて。

 今も心臓がバクバク鳴っていて、きっとそれはご主人様にも聞こえている。


「心臓の音、すごいね。照れてる?」


 持ち上げたまま私の胸元に耳を当てた後、ご主人様は悪戯っぽい眼差しを寄越した。


「っ……ぁうぅぅ……」


 ほら、バレてる。

 こういうところの詰めが甘いから、私は彼女にやり込められてしまうのだ。


「本当……レーナちゃんって雪の妖精みたいだね」


 床に降ろされた後、耳元で囁くように言われ、おどおどしてしまう。


「よ、妖精族のことですか?」


「わ、他種族の中には妖精族っていうのもいるんだ」


 別の世界出身であるところのご主人様は、下手をすると私以上に王国やこの世界のことに疎かったりする。逆にニホンの話をさせるとキリがないくらいなので、二つの世界のことを知っているご主人様の方が相対的には物知りだ。


「かなり少数ですが。森の奥深くの湖なんかに住んでいると聞きます。もしかしたら、ご主人様は出会うことがあるかもしれませんね」


 ご主人様は、私の話をよく聞いてくれる。相槌交じりのその態度に、話し手であるところの私の気分は良くなる一方だ。これが所謂聞き上手というやつなのかもしれない。……抱きしめたままっていうのは、いただけないけど。

 一通り話し終えると、ご主人様は教えてくれてありがとう、と律儀に感謝を告げてきた。

 そのまま、まぁでも、と付け加えて、


「私が言ったのはあくまで比喩っていうか例えっていうか……ほら、レーナちゃんって可愛いじゃん?」


「そっ、そこの同意を求められても複雑なのですが……反応に困ります、し」


「そういう初心な反応するところなんか特にね。私がイメージする雪の妖精は、真っ白で、小さくて、そして可愛くて……ほら、レーナちゃんがぴったりなの。あ、でも今はお顔が真っ赤っかだね。ふふっ、妖精っぽくないなぁ」


 でも可愛い、可愛いよぉっ、とご主人様はわたしを瞬間的に強く抱きしめた。いつもより力が加わっていて、背骨が折れるかと思った。

 

「がはっ……せ、背骨、折れ、まひゅ……」


「ハッ!? ご、ごめん。……でもっ! レーナちゃんが可愛いのがいけないんだからね!」


「結局、行き着くところはそこなんです、ね……」


 話の展開がこの上なく短絡的だ。


「当たり前よ! レーナちゃんはプリティーでキュート、それジョーシキ!」


「自重してください……」



 時の流れは緩やかで、けれどあっという間だ。


「本当……どんどん好きになっていくなぁ……」


 確実なペースで私の心はその感情を明らかにしていくけれど、まだまだ自覚するには届かない。


「レーナちゃん、私のこと早く好きになって」


 そうこうするうち、また時は流れ。

 今年は終わり、来年が訪れようとしていた。

↓ガバガバ冒険者設定です。二人の絡みがメイン

 なので目くじらを立てないで頂けると幸いで

 す。

 別に知る必要のない豆設定なので、興味のない

 方はブラウザバックをどうぞ。


ギルド所属の冒険者は所謂社畜。ギルドと関係が密接な筋から回されてくる依頼をこなすことに特化している。活躍度に応じて休暇日が与えられ、その日数のうちなら依頼をこなさなくとも一定額お金が入ってくる。


無所属でフリーの冒険者は、自分で好きに依頼を受けるけど、その代わり依頼の度に手数料がかかるし、依頼をしない日は勿論お金が入ってこない。


目立たないけど安定した収入はギルド加入がおすすめ。


荒稼ぎをするならフリーのままがオススメだけど、下手に怪我をして動けなくなると一気にお金が手に入らなくなる。

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