表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/79

18:あるばいと

修正しても大して変わっていない件について。ちょっと心折れます。駄文なのはいつものことですけどね。

 ここは辺境の村。のどかで平和な、王国の果て。

 街には及ばなくともそれなりに施設が整っている。

 隣国への旅行者が通過地点として立ち寄るなどするため、夏や冬など特定の時期になると人の出入りが活発になるから必然設備も充実してくるものだ。もっとも、それでも街の活気には敵わない。

 今は夏でも冬でもなく秋。喧騒とは無縁な程よい静けさと、本来の住民である村人たちが、売り買いや挨拶などの小さなやり取りを重ねている。中には日の沈む頃合いまで畑の中にいる者もいた。

 そんな中で、八百屋前の空気はどこか異質というか不思議というか。

 麻袋を被った琥珀色の瞳の店員めがけ、通りを歩む人々が次々に挨拶を投げかけているのだ。

 律儀にその全てへ返答する店員は、その怪しげな風貌に似合わず一挙手一投足全てが真剣で、微笑ましさすら垣間見える。

 思わず構いたくなるような雰囲気を、その一帯に醸し出していた。

 まぁ、十中八九正体はレーナである。


「すみませんっ! ここやおやさんですかっ!」


 そんな八百屋へ、一人の幼い少女がやって来た。

 四、五歳児だろうか。大きな瞳に緊張の色を滲ませて、声を張り上げ店員を呼ぶ。


「あっ、いらっしゃいませ。八百屋さんで合っていますよ」


 レーナが表へ出ると、少女は露骨に安堵した様子を見せた。


「あれ? やっぱりソフィちゃんです。今日はお使いですか?」


「そだよ、おつかいだよ! ふしんしゃさんは……あ、ママにちがうっていわれたんだった。えとえと……れぇな、おねぇさん……?」


「はい、本名はレーナです。まだ十五の未熟者では有りますが、お姉さん、で合ってると思いますよ」


 レーナはしゃがみ込んで少女––––ソフィに目線を合わせ、丁寧に応対するとニコリと微笑んだ。愛想笑いではあるが、無垢な子供へ向けるものとして、いくらか常時より温かみが増していた。

 レーナの名はもう村中の人間が知っている。純夏が大声で毎度毎度呼ぶので、嫌でも記憶に残ってしまうのだ。

 れぇなおねぇさん、という名前を言い当てることができて、少女はどこか自慢げだった。


「やったぁ。ソフィね、ちゃんとおなまえおぼえたんだよ! いつまでもしつれーだからやめなさいって、ママいったの!」


 少女にとって、レーナは優しいお姉さんのような存在だった。

 最初こそ、見た目が不気味で近寄りがたかったが、ソフィのグループがわいわい遊んでいるのをベンチから見つめる目が、とても優しいものに見えて、ソフィは気になって自分から話しかけたのだ。


『なんでみてるのー?』


『あっ、すみません。ご迷惑でしたか? 楽しそうだったので、つい』


『たのしいよ! いっしょにあそぶ?』


『え、でも』


『いこー!』


 そうして気づけば歳の離れた友達になっていた。以来、買い物時に会うことがあれば、レーナは挨拶するように心がけていた。


「そうなんですか、ソフィちゃんはすごいですね」


 レーナがご褒美とばかりに頭を撫でると、ソフィは目を細めて受け入れた。

 少し頰が嬉しそうに緩んでいて、もしかしたら自分もご主人様に撫でられている時こうなっているかもしれない、とレーナは無意識に表情筋を引き締めていた。


「えへへぇ。でも、なんでれぇなおねぇさんがやおやさんにいるの?」


「ここでお仕事してるんですよ」


「へぇ〜、そうなんだ! えらいね! ……あっ、それなら……はい、これ!」


 ソフィは一枚の紙切れを店員であるレーナに手渡す。

 箇条書きで記されているのは野菜の名前と個数。

 そこから察するに、


「これは……お買い物リスト、でしょうか」


「ママがこれみせればてつだってもらえるっていってたの。まほうのおてがみなんだって!」


「そうなんですね」


 ソフィにおつかい体験させて、一人での買い物に慣れさせようと親が画策したのだろう。しかし、魔法のお手紙とは言い得て妙だ。確かにこれ一つで、店員に意図することが伝わるのだから魔法のようではある。

 そこからのレーナの行動は速かった。

 ソフィに逐一野菜の名称を教え、あくまで手助けのみ、野菜をリスト通り選ぶのは全てソフィの手に委ねた。


「はい、どうぞ。一応ご確認ください、お客さま。お間違いございませんか?」


 紙袋の中にはぎっしりと、ソフィがその手で選んだ野菜が詰まっている。

 レーナが紙袋の口をソフィにも見える位置で傾け、軽く中身を覗かせると、ソフィは無邪気に笑って頷いた。


「だいじょうぶですっ! ありがとれぇなおねぇさん!」


「どういたしまして」


 ソフィは『自分の力で頼まれた物を選ぶことが出来た!』という達成感に浸り、ほぉ〜すごい、と手渡された紙袋の中を興味深々な様子でしげしげと眺めている。

 かわいいな、とレーナは心中で呟いた。


「また来て下さいね」


「うん! またね、ばいばい!」


 買い物が終われば、もうその場にいる理由はない。

 うんしょうんしょと大事そうに袋を抱くソフィの背中は、どんどん遠ざかっていく。

 やや離れた辺りでちらりと何気ない様子でソフィがこちらを振り返ったところで、


「ありがとうございましたっ」


 レーナは、深々と頭を下げた。



****





「今日もお疲れ様、レーナさん」


「お疲れさまです……」


 朝から昼、または昼から夕方。それが私の八百屋で働く時間だった。

 接客業は、普段屋敷からあまり出ない私には下手な家事より疲れるものがある。その日の夕方はもうこれ以上ないくらいへとへとになっていた。

 麻袋越しでも疲弊が見えてしまうだろう私に、八百屋の奥さんは笑いかける。

 そして、一つの紙袋を手渡した。


「これは……? 私、野菜は買っていませんが」


 中には大小様々な野菜が入っていた。


「形が悪くて売り物にならない野菜。味自体は新鮮な野菜そのものだから。持ってって」


「わぁ、ありがとうございます」


 ただで野菜が手に入るのは素直に嬉しい。

 なんだか悪いような気がしないでもないが、ここは貰っておくべきと判断する。

 人の好意を素直に受け取れる程度には、私も成長できているのかもしれない。


「本当に、この村の方々は優しい方ばかりです」


 素顔を見せない私に、こんなにも良くしてくれる。


「大したことじゃないんだけどねぇ。人が人に何かをしてあげたいって思うのは、普通のことじゃないかね」


「そういう考えを当たり前にできること自体が、とても尊いことだと私は思うんです」


 施しだって無償じゃない。相手に対して、自分の時間なり、物資なり、手間なり。何かしらの消費を経て、親切は成立する。

 だからこそ、誰かのために何かをできるというのは、尊いことなのだ。


「レーナさんを見てるとね、心配になるよ。時々迷子になってしまったみたいに、人との接し方がわからなくなってる節があるみたいだから」


「……そんなに私って、わかりやすいですか?」


 確かに、人の好意の意味を深読みしすぎてしまう癖がある。

 そうなると決まって、今その相手が何を考えているのか読めなくなり、不安がこみ上げる。


「ええ。顔が見えない分、仕草とかでどんなことを考えてるのか判断しなくちゃいけないから。動きを見てるだけでも、可愛い女の子だなって、伝わってくる」


「ご主人様も言いますけど、私なんて全く可愛げありませんよ」


 私が可愛い女の子であるという可能性は、びしりと否定しておく。

 奥さんは、全く信じていない様子だったが。


「まぁ、本人には気づけない魅力っていうのもあるからね」


 だからもっと胸を張りなさい、と肩を叩かれる。

 ご主人様にも、奥さんにも、助言されてばかりだ。もっと私は役に立たなければいけないのに。


「そういうところ」


 ジッと、目を覗き込まれる。


「へ?」


 何から何まで読まれているようで、少し恐ろしかった。


「今、揺れてる感じだった。迷子みたいな、見てる側が不安になる顔。何を気にしているのかはわからないけれど、気負いすぎるのは体にも心にも毒だよ。ほら、肩の力抜いて」


「私って、そんなにわかりやすいんでしょうか……!?」


「ええ、とっても。根が素直なんだろうね」


 そう言って、奥さんは私の顔の方へと片手を上げようとしたが、腰を悪くしているからか、顔をしかめて途中でやめてしまった。

 一体、何をしようとしていたのだろう。


「もう、私も年だねぇ。若い子の頭を撫でることも、満足にできないよ」


 そう呟く奥さんの顔はどこか寂しげだったが、それはきっと年老いた者特有の表情で、何かを諦めてしまったかのようで、私にはその胸の内を察することができなかった。


「……奥さんは、まだまだお若いですよ」


「十五歳の女の子に言われても、嫌味か何かにしか聞こえないねぇ……」


 奥さんは苦笑した。

 あぁ、ここで何かご主人様のように気の利いたことでも言えたらいいのに。

 けれど私は口を達者に動かす方でもないし、何も思いつかない。

 ならば、と私はそこで西の空を見上げる。太陽は、まだ沈んでいない。

 ご主人様が屋敷へ戻るまで、猶予がある。


「……あの、奥さん」


「なぁに?」


「……頭、撫でてもらえませんか」


 奥さんは一瞬硬直して、ふふふと吹き出した。

 何か間違えてしまったのだろうか。


「ありがとう、レーナさん」


 けれど、しゃがみ込む私の頭を撫でる彼女の声は、とても満足げだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ