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15:草むしり

ご主人様が暴れるせいで、すぐ話の本題から脱線する。

 流れる時間には抗えない。

 人は誰しも歳をとるし、経ていく早さは皆平等だ。

 しかし近頃の私には、それが何処まで本当なのかわからなくなっていた。

 季節はまた一つ過ぎていく。

 あれほど暑かった夏は、かき氷を作ったりご主人様の怪我の休養に当てたりで、なんだかんだあっという間に終わってしまった。

 残滓のような申し訳程度の太陽の熱に、ひゅるりと吹き付ける冷たい風。

 春に夏にと力強く緑を誇示していた木々にも心なしか、元気がない。

 そうした変化とともに、初めての秋が、訪れようとしていた。


****


「最近、涼しくなって来たよね」


 衣替えして長袖のシャツを着ることが増えて来たご主人様は、ふと窓の外を眺めながら言った。

 温かい緑茶に温かいココア。苦味に甘味。両極端な飲料が、テーブルには置かれていた。口に含むと、ポカポカと身に染みて暖まる。

 涼しさを感じるというのには同意したいところなので、私は首肯する。


「はい、そうですね」


「曇り空も増えてきた気がするよね」


「洗濯物が乾きづらいのが困りものだったりします」


 家事の妨げになる天候は、結構考えものだ。もう少し主婦や給仕に優しい天気になって欲しいと、強く思う。


「外に出ても、全然汗かかなくなってきたし」


 それはそうと、先程からご主人様は涼しい顔でやたらと外の過ごしやすさをアピールしてくる。

 また変なことを考えているのではあるまいか。


「……あの、ご主人様? 正直何を仰りたいのか、わかりかねます」


「何が言いたいかって? よくぞ聞いてくれたっ!」


 待ってましたと言わんばかりに彼女は椅子から立ち上がる。今回は私の反応を待っていたらしい。ちょっと面倒くさいな。

 

「庭の草むしり、一緒にやろっ!」


「……はい?」


 無邪気に破顔して、主張した。少しどきっとする。

 この人は本当に、突拍子が無い。急に突飛なことを口走るし、急に愛嬌のあるその瞳を細めて笑うのだ。

 ずーずーと緑茶を飲み干して、私は二つの意味でため息を吐いた。


****



 この人の気まぐれにはもう慣れた。然程驚きもしない。

 荒きった庭の有様。私はご主人様による散髪の度、雑草に侵されたままの花壇を見て、どうにかしなければとは思っていた。彼女もどうやら同じように考えていたらしい。

 しかし、梅雨時は雨が多く、風邪を引いてご主人様に迷惑をかけるわけにはいかないので手をつけられず断念。

 夏は猛暑で、日光にめっぽう弱いエルフの病的な白肌では長時間の外作業に向かず、断念。

 奴隷生活で多少鍛えられはしたものの、エルフは割と繊細な種族なのだ。中途半端にその特徴を受け継ぐ私もまた、一度熱を出せばニ、三週間は体温が下がらない。本当に嫌になる。

 そんなわけで、なんだかんだと理由をつけて今日までずるずる引き伸ばしてきたのだった。

 

「レーナちゃんっ!」


「はい」


 場所は変わって敷地内庭。辺り一面は草の海に沈み、人類未踏破の魔境と化していた。何が生息しているかわからない。昆虫が沢山いるかもしれない。芋虫は苦手だ。

 内心面白半分にそんなことを考えている辺り、ご主人様に似てきているのかもしれない。ちょっと複雑だ。


「麦わら帽子!」


「被ってます」


「レンタルオーバーオール!」


「着てます」


「軍手!」


「着けてます」


「ハサミ!」


「あります」


「鎌!」


「ここに」


「ダガーナイフ!」


「いりません」


「ちぇっ」


 必要なものを物置なりなんなりと屋敷中からかき集めて、手には軍手をはめ込んだ。

 服装はいつものエプロンドレスのままという訳にはいかない。するとご主人様は朝食後すぐに村まで全速力で走って行ってしまって、作業着としてオーバーオールを二着借りてきた。農家さんありがとうございます。

 髪の毛は今までご主人様の好みで伸ばしていたけれど、邪魔になるからと今日は三つ編みのおさげにしてもらった。少し髪を触る手つきが艶めかしかったのは気にしないことにした。

 その上から麦わら帽子を装着。付いているピンクのリボンが可愛らしかったから頰が緩んだ。

 頭上は曇天。衣類を干すには向かないが、外で作業するにはもってこいの天候だ。ご主人様の言う『わあかほりっく』とやらの血がたぎる。仕事中毒という意味らしい、良い誉め言葉だ。

 密かに燃え上がっていると、ご主人様は目を細めて言った。


「……ほどほどにね」


「? なんのことだかわかりませんが、全力で綺麗にしますねっ!」


「違う、そうじゃない……」


 何をほどほどにね、なのかはわからないが全力で雑草を刈ろう。

 決意していると、ご主人様が頭に手をやって唸っているのが見えた。頭が痛いのだろうか。



****



「まずは、まともに歩ける隙間を確保します」


「私はこういうのの経験ほぼ無いから全面的にやり方はお任せします」


「はい! 責任者というわけですねっ! 柄にもなく燃えてきましたっ!」


「ほんと労働への熱意が凄いなぁ」


 いつも髪を切る場所は割と背の低い草が多く、歩く邪魔にはならないので後回し。背が高いものを刈っていく。そうして目に見える障害を取り除く事で、達成感を生み出し、やる気を維持するのだ。


「ん、しょ……うんしょ……」


 深く根を張っていているものは抜かなければいけない。必然、力が必要だ。鈍ってしまっているこの体では、すぐに、疲労が溜まっていく。だいぶ涼しいのに汗が流れる。

 すると隣から視線を感じた。

 気になってそちらを見ると、だらけきった表情で私を見るご主人様(怠け者)がいた。


「かわいい」


「い、言ってないで動いて下さいっ」


 つい、反射的に砂を投げてしまった。


「目に砂がぁっ!?」


 見えない、何も見えないぃ……なんて言いながらご主人様は腕を振り回す。可哀想だけれど働かない罰という事にしよう。働かない者にはそれ相応の扱いを受けてもらうのだ。


「私がこの草むしりの責任者になったからには、怠けることは許しません」


「あ、あのレーナちゃん、キャラが違」


「うるさいです。口ではなく体を動いて下さい。また目に砂を入れてほしいんですか」


「は、働くから投げないで下さい!」


 私が冗談を言うと、ご主人様は畏怖を抱いた顔で手当たり次第に草を抜き始めた。労働の大切さを分かってくれたらしい、理解があって何よりだ。




****


 

 なんということか、荒きった魔境だった庭は、三時間程度にしてその有り様を変貌させた。

 雑草の生い茂っていた辺りは、いたるところの土が盛り上がっていて、力任せに根を引き抜かれたことがわかる。十中八九ご主人様だ。

 それを汗一つかかずに涼しい顔でやってのけるのだから、彼女の身体能力の異様さが浮き彫りになったように思える。

 背が低く、根も浅い雑草は私の担当だった。草達の命を奪うのは少し罪悪感があるけれど、着実に綺麗になっていく辺り一面を見れば、気分は晴れていった。


 大雑把ながらも綺麗になった庭を眺めて、私は琥珀色の瞳を丸くする。


「やっぱりすごいです……私もご主人様のような身体能力が欲しくなります!」


 そうすれば家事の効率が上がる。一日のうちにもっと沢山の仕事ができる。

 私が言うと、ご主人様は苦笑した。この人はどこか自分の力を卑下している節がある。


「レーナちゃんには私みたいなゴリラにはなってほしくないな。もっと仕事が抱え込んじゃいそうだし」


「ごりら?」


「力が強くて、か弱さよりも逞しさのがはるかに(まさ)った動物かな」


「そんな……ご主人様は、か、可愛らしい方です……!」


 どもってしまったけれど本心だ。悪ふざけはよくするし、私を虐める時もあるけれど、私は彼女の無防備な面だってそれなりに知っている。

 現にご主人様は私の言葉に照れたのか、ほんのり頰を赤くして指で掻いている。ほら、可愛い。


「そんなこと、ないと思うよ……?」


「ご主人様は可愛いですっ! 私の言葉だけでは信憑性は皆無ですが、とにかく可愛いんですっ!」


「必死なレーナちゃんかわいい。そこまで言うならそういうことにしよっか。レーナちゃんは、今の可愛さのままでいてね」


 そのままでいてね〜なんて、麦わら帽子を取り払って頭を撫でてくる。なんだかそのまま成長するなと言われているようで複雑だ。せめてもう少しは身長を伸ばしたい。いつまでもご主人様を見上げていては首が疲れてしまう。隣で顔を見合わせられるくらい大きくなれればいいのに。

 羨ましげにご主人様を上目遣いに見ると、不意に彼女は私の背後へ回り込んだ。


「わ、わっ……!?」


 すると私の体は浮かび上がり、すぐに抱っこされているのだと気づいた。


「レーナちゃんって軽いね。体の中には羽毛しか入ってなかったりして」


 息遣いがつむじに当たり、ビクッと体が反応して変な気分になる。


「きゅっ、急になんですか……!? は、離してくださいっ……なんだか情けないですしっ」


 女の子に軽々持ち上げられてしまうなんて情けない。私も女ではあるのだが。

 すると、ご主人様はわざとらしく笑った。


「そうなの? 珍しく上目遣いで物欲しげに私のこと見るから、てっきり抱っこしてほしいのかなーって」


 無邪気に言っているように見えるけど、瞳の奥に変な熱がある。私で遊ぼうとしている証だ。


「そ、そそそんなわけないじゃないですかっ! 私は子供ですかっ、いいから下ろしてください!」


「えー、私もっとレーナちゃんの甘い匂い嗅ぎたいしなぁ」


 甘えるように耳元で囁かれて、脳が溶けてふにゃふにゃになるかと思った。


「下ろしてくださいぃ……」


「だぁめ」


「うぅ……」


 主人に抱っこされて、つむじに顔を埋められて、匂いを嗅がれる。ぜったい汗臭いのに……。


「ひうっ!?」


 不意につむじを何かが滑ったような感覚があった。ゾクゾクと背筋が痺れ、吃驚して変な声が零れる。


「あ、ごめん」


「な、何したんですかっ!?」


「つむじ舐めちゃった。てへっ」


「な、舐めっ……!?」


 舐めるって……舌が、私のつむじに、当たって……!?


「あ、あぅあ……!」


「ちょっとしょっぱかったけど、甘かった」


「あぁあぁうあああぁぁぅぁぁぁあっっ!!!」


 この人の味覚おかしいよ……!!


 これから抜いたり刈ったりした草の山を纏めなければいけないのに、そんなことも忘れて私たちはじゃれ合っていた。

 一体いつになったら、私は彼女の揶揄いに耐性がつくのだろうか。

『嫌よ嫌よも好きのうち』って言います。





ブックマーク50件越え、総合評価200越え、ありがとうございます。モチベーションに繋がります。不束な拙作ですが、今後とも見守っていただけると幸いです。

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