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14:他者から見た二人

三人称一元視点で今回は文章書いて見ました。一人称より自分に合っている気がしました。

 あまり整備されていない道を進む若い男がいた。

 高く見積もってもせいぜいが二十代後半ほどだろうか。整った髭が特徴的で、理性的な顔付きの青年だ。

 服装は、ネクタイをつけた白いシャツの上に灰色の外套を羽織っている。夏場にこんな野暮ったい格好をしているのは、彼の趣味だろうか。


「今日は……一段と暑いな」


 汗をハンカチで拭いながら、彼は水筒の水を含んだ。

 青年––––ハーリー・ヒーリルは医師である。

 王国最果ての西の大地ウェース––––通称『辺境』随一の治癒術師で、その有能さ故、村の人々に重宝されていた。

 そんな彼は今、最果ての村のそのまた端にある、小さな丘の上の屋敷へ向かっている。

 経過観察が目的である。少し前、その屋敷には全身を傷だらけにした少女がいて、涙目で村まで走って来た麻袋の人物に連れられ、急遽診断したのだ。

 幸い少女は治癒魔法を習得しており、ハーリーの出る幕はなかった。即治療可能な代わりに強引に体を修復する回復魔法より、あくまで体の治癒能力を活性化させるに留まる治癒魔法の方が、患者の負担は少ないのだ。


「さて」


 思い返す内、屋敷の門前に辿り着く。渋みを感じる煉瓦作りの塀で囲まれた屋敷を外と繋ぐ、唯一の出入り口。

 潜って玄関まで行けば、これまた荘厳な玄関だ。扉は元はさぞ偉大な樹木だったのだろう。加工されてなお、威厳を失わない様に感嘆のため息が出る。

 こんな古めかしくも厳かな屋敷に住んでいるのが、あの少女たち二人だけだと言うのだから、なんとも奇妙な話である。

 しかし不躾な勘繰りは時として触れてはならないものに触れることに繋がる。その辺り、この青年は弁えていた。

 コンコンコン、と扉を躊躇せず叩く。


「はーい」


 少し置いて、鈴を転がしたような美声がハーリーの鼓膜を震わす。麻袋の人物だ。声質と服装からして、女性であることはわかっている。


「どちらさまですか……あっ、お医者さま。こんにちは……何か御用でしょうか」


 扉を開けて顔を出したのはやはり麻袋を頭に被った、宝石のような琥珀色の瞳と白黒のエプロンドレスが特徴的な人物だった。

 ハーリーは、それに対して営業的な笑みを浮かべる。


「こんにちは、本日は経過観察に来ました。その後、彼女の容体はいかがでしょうか」


 ああ、と麻袋の人物は声を上げる。


「はい、おかげさまでっ」


「そうですか、では」


 今お忙しくなければ念の為様子を、と繋ごうとして、屋敷内から響く元気な声がそれを遮った。


「レーナちゃーん、お客さん誰だったー?」


 投げかけられたのは眼前の彼女に対してだろう。どうやら名前はレーナ、と言うらしい。


「ご主人様、お医者さまです」


「あっ、命の恩人の。待っててもらっていいか聞いてー、大丈夫そうならすぐ行くー!」


 声の主は、言わずともがな怪我人の少女だ。実際に声を聞いて、体調に問題は無さそうだとホッとする。


「あの、今聞いた通りなのですが。お時間、よろしいですか?」


 レーナがやや苦笑まじりに言う。大声で会話したりして少し失礼だ、とでも思ったのかもしれない。

 仲睦まじいのはいいことだ、別に咎める気にはならないと実は所帯持ちなハーリーは考える。


「はい。元々、そのつもりで来ましたので」


「そうですか、ありがとうございます。宜しければ、玄関でとは言わず、お入り下さい」


「……はい、ではお言葉に甘えてお邪魔します」


 礼をして、ハーリーは革靴を脱ぐべく屈んだ。



****



「こんにちは。初めまして……は、おかしいですかね?」


 客室のテーブルに着いて、口を切ったのは怪我人の少女––––スミカ・タチバナと言うらしい––––だった。

 スミカの黒髪は王国において珍しく、その彫りの浅い愛らしさを持った顔立ちも、この国にはないものだった。

 美少女、その言葉がしっくりくる容姿だ。まぁ、自分の家内には到底敵わないのだが、とハーリーは内心惚気づく。


「いえ、当時のタチバナさんは意識がありませんでしたし、その認識でも間違いでは。……僕は、ハーリー・ヒーリルと申します」


「どうもご丁寧に」


 そうしてスミカは笑みを送った。愛想笑いだろうが、中々綺麗なものである。


「ヒーリルさんは、私の傷の経過観察に来たんですよね」


「はい。中々深い傷がありましたので。傷痕が残ってしまう可能性もありましたし」


「あー……」


 ハーリーの言葉に、スミカはやや居心地悪そうにしていた。どうやら、何か引っかかるものがあったらしい。


「……傷痕、残ったんですか?」


 うぐっ、とスミカは狼狽えた。図星だ。


「……まぁ、はい。すみません……」


「僕に謝るものでもないのですが……女性の体の傷は、その後の人生に響くものでもあるでしょう。今後、もしも治癒魔法を使う機会があろうと、気をつけて下さいね」


「ごめんなさい……気をつけます……」


 こうも下手に出られると、些かやりづらい。たかをくくって治癒魔法を乱用し、無理やり完治させたのだろうが、反省しているのが目に見えたのでもうそれ以上は何も言えなかった。


「ですがまぁ、薄く痕が残った程度ならば、軟膏を使えば消えないこともないかと」


「本当ですかっ!」


 そこで身を乗り出して反応したのは、今まで何も言わずに黙って話を聞いていたレーナだった。自分の過剰な反応にすぐ気がついたらしく、すぐ羞恥に震えたように縮こまる。


「す、すみません……」


「いえ。タチバナさんは、レーナさんに大変思われているのですね」


 少なくとも本人以上に傷を重く捉えている。

 ハーリーの指摘には、何故かスミカが首肯で答えた。


「あ、やっぱりそう見えますよね? レーナちゃーん、私もレーナちゃんのこと大切に思ってるからね……!」


 感動したように黒瞳をキラキラ輝かせながら、スミカは隣に座るレーナを抱き寄せた。

当事者であるレーナは、バタバタと腕を動かして慌てている。


「わ、わっ……!?人前ですよっ、抱きつかないで下さい……!」


「人前じゃ無ければいいんだなぁ?」


「そう言う意味じゃぁっ……!」


 甘えるようにレーナを弄るスミカと、抵抗はするものの満更でもない様子のレーナ。

 このやり取りを見れば、この二人が只ならぬ仲であることは明白だった。


「ははは……本当に仲がよろしいようで」


 表向きは笑ってみせるが、内心ハーリーは砂糖を吐きそうな気持ちになっていた。他人のじゃれ合いを見せられるのが、こんなにもツライものだとは思わなかった。これからは、知り合いに家内の話をする時は少しだけ自重しよう、と心に決める。


「では、タチバナさんの体調も良好そうなので、僕はこれで。あぁ、軟膏は念の為持って来ていましたので、どうぞ」


 言いながら、ハーリーは持ってきた肩掛けタイプの鞄から、軟膏の入った瓶を取り出す。この、患者一人一人に対応した用意周到さこそが、彼が周囲に重宝される所以の一つである。


「わぁ、ありがとうございます。いくらですか」


「然程工程に手間がかかるでもありませんし、何より家内が作ってくれたものです。代金は要りませんよ」


 ハーリーの妻は薬剤師である。幼馴染の関係であり、相思相愛であり、仕事柄関わりも深かった彼らが婚礼を上げることなど、村人たちにははなから分かりきっていることだった。


「でもそれは、流石に悪いんじゃ」


「その代わり、今後医師の手が必要な際は、どうぞこのハーリー・ヒーリルをご贔屓に。これはあくまで人脈維持の手法ですよ」


「……そこまで、言われるのなら……」


 有り難く頂きます、とスミカは破顔した。今度は本心から笑っているように思えた。

 こんな風に交換条件らしく持ちかければ、大抵の患者は受け取ってくれる。家内が元々この方針に同意して作ってくれたものであるし、人脈を広げて維持する目的も一応はあるのだ。


「では、僕は今度こそこれで」


「はいっ、ありがとうございましたっ」


 レーナが晴れやかな調子で言った。やはりスミカ自身以上に、スミカの傷を気にしていたのだろう。重荷を下ろせた気分になり、自然ハーリーの気分も晴れやかになる。

 患者の家族なり、本人なり。体が完治すると、皆一様に心から感謝を告げていく。この充実感、達成感があるから、どんなに辛い思いをしようとこの仕事はやめられないのだ。


「先生、ありがとうございました。……それにしても、レーナちゃんは本当に、私のこと心配してくれてるんだね」


「だって……私はご主人様がいないと生きていける気がしません。すごく心配なんです。大切、ですから……」


「かわいい」


「〜〜〜!!」


「で、では。お大事に」


 若干ハーリーが声を震わせながら、椅子から立ち上がる。

 それをレーナは見送ろうとしたが、またもスミカの胸の中にしまい込まれてしまい、立ち上がれない。


「あ、は、はいっ、ありがとうござい……ふにゃぁっ」


「今は私だけを見てくれなきゃやだよ」


「か、勘弁してくださいっ……」


 そのままイチャイチャし始めた二人を背に、ハーリーは沈鬱な表情で一人屋敷を去る。

 同性同士のじゃれ合いとしては些か度が過ぎている気がしたが、きっと気のせいだ。深入りしてはいけない、不躾な勘繰りは不幸を呼ぶ。


「はぁ……」


 回復魔法を限界まで行使した時以上に、精神的に疲れた気がする。

 ハーリーはフラフラしながら、屋敷の敷地を抜けた。


「僕も……たまにはアイツのこと甘やかしてみようかなぁ」


 今も薬の調合中だろう最愛の女性を心中労いながら、ハーリーは来た道を戻っていった。

 今日はまだ、八百屋の奥さんのぎっくり腰の具合を視に行くのが残っている。しっかりしなければ、と頰を叩いた彼は、もうすっかり理性的な医師の顔に戻っていた。

ハーリー・ヒーリル


妻と息子(四歳児)がいる。愛妻家。最近の悩みは息子がやたら反抗的な態度を取ること。

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