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13:趣味と料理

「レーナちゃんて、私が仕事でいなくて家事も終わって暇な時、いつも何してたの?」


 久方ぶりに包帯を外した腕を存分に動かせる。当たり前のことが再びできるようになった喜びに浸りながら、私は隣から送られてくる皿の水滴を布巾で拭った。

 かれこれ休養は一週間が経過し、私の体は無事完治……と言いたいところだが、結局腕にはほんのり痕が残ってしまった。余程深い傷だったらしい。

 残りの一週間は屋敷で気ままに過ごすことにしている。

 私が何気なく問うたのに対し、レーナちゃんは手元の食器に目線を落としたまま答えた。


「ご主人様の帰りをお待ちしていました」


「あー……」


 こういうところが、レーナちゃんは本当に融通が利かないと思う。良く言えば天然っぽい。微妙にズレた返答だ。


「いやそうではなくてですね。具体的に何をしていたのかなーって」


「ご主人様のことを考えていました。そうすると、いつも不思議と夕方になっています。ふふっ、おかしな話ですよね」


「ごふっ……」


 まさかの不意打ちである。しかも、本人に照れた様子はまるでない。どうやら無自覚なようだ。本当にただ当たり前のこととして考えている様子である。


「じゃあ、別に趣味とかは見つけられてないのか……」


 趣味や楽しみのない人生は些かそれらがある人生に比べて彩りに欠けると、私は十七年と数ヶ月という短い人生の中で生意気にも結論付けている。楽しいことが沢山あれば人生も必然楽しくなる。実に単純な考えだ。なお、私の趣味は可愛い銀髪白肌少女を愛でることである。


「趣味、ですか?」


 言いながら、最後の皿を手渡される。これで洗い物は終わり。私が受け取ると、レーナちゃんはポケットから出したタオルで手を拭った。そして居間の方へと歩を進めていく。


「うん。レーナちゃんて、どちらかというと自分の意思で何かするとか少ない性格だったりしない?」


 今はだいぶ改善されたが、ここへやって来た当初は、意思決定を他人に委ね過ぎる節があったように思う。

 水分を払拭された食器類は戸棚へ片付けて、私が来るのを律儀に立ったまま待っていたレーナちゃんと共に、テーブルに着く。


「そうですね……奴隷に自由意志は必要ありませんでしたし。むしろ、自分から意思を極力削いで生きてきた節すらありますね。主人の前では感情にセーブをかけたりもしていました。いつしかそれが自然体になって、違和感も無くなりましたけど」


「ナチュラルに過酷な過去を晒してくる……」


 とはいえ、最近のレーナちゃんはそんな過去を語る様すら安らかで落ち着いている。あくまで昔は昔、今は今というように、囚われることなく、むしろ受け入れているようだ。


「それで私の性格と趣味に、一体何の関係が?」


「いや、ただ単にね、趣味とか好きなことすれば、心の余裕も出てきて思考の幅だって広がって行くんじゃないかと思ってさ。やっぱり同じ家でこれからも暮らしていく以上、互いの意思は尊重しなきゃだしねぇ。で、どう? 何か、好きなことってある? 空いた時間にできるような」


「ご主人様のお側にいられることが……その、私には一番好ましいです……」


 照れたように顔を伏せて、耳まで真っ赤にしながら言った。自爆するなら言わないで。


「ストーップ!! ちょっと今日の君は恥ずかしいこと言い過ぎですよ? 私が悶え死にしますっ! 私に直接関係しないことで一つお願いします!」


 顔を赤らめるな、チラチラ私を見ながら俯くな。甘いため息を吐くな。なんでそんなに可愛いんだよ、髪の毛ワシャワシャしちゃうぞ。

 照れはしても多少耐性が付いてきたようで、すぐに復帰して彼女は顎に手を当てて考え始めた。


「だとすると……料理、でしょうか……えぇと、作るのもそうですが、喜んで食べてくださる方がいると、献立を考えるのも楽しいです」


 この場合の喜んで食べる人って私のことだろうから、私に関係してるっちゃしてる気がするけど、まあいいよね、楽しんでるみたいだし。


「うんうん。それで?」


「掃除も楽しいです。特に、朝から晩まで頭を動かさずに一心不乱に箒を降り続けると、いつの間にか辺り一面綺麗になっていて、かなりの達成感にやる気も増し増しです。次の日もやりたくなります。そして気づけば三日ほどで屋敷がピカピカになっていました」


 う、うん……?

 料理はまだわかる。だが、掃除に関しては明確な労働ではないだろうか? 趣味になり得るのだろうか。

 ……いやいや、確かに綺麗好きな人なら、掃除が趣味で生きがいだったりするだろう。別に普通だな、うん。きっとレーナちゃんは綺麗好きなのだ。

 誰に弁明しようとしているのか自分でもわからないが、彼女はまだ続きがありそうな顔をしているので、後を促す。


「……そ、それで?」


「洗濯も素晴らしいと思います。しつこい汚れもそうですが、しばらく格闘して全ての洗濯物が綺麗になると、心も体も洗い流されたような気分になって晴れやかです。そこから、ありとあらゆる屋敷中の汚れを洗い落とすべく駆け回りたくなります」


「あの……なんかもう、いいです」


「え?」


「レーナちゃんが日々を楽しんでることは……もう、十分に伝わりました」


 そういえばこの子、仕事大好き人間だった。体動かしてないと落ち着かないタイプだった。勝手に労働の中に楽しみを見出しているのだろう。


「ご主人様? あの、どうされたんですか……?」


 気遣わしげに瞳を覗き込んで来るレーナちゃんに対して、私は苦々しく口を開いた。


「……このワーカホリックめ」


「へ?」


 無自覚な仕事中毒者は結構厄介そうだと、私は思った。


****


 昼食を終えて、食器洗いもして、軽く談笑すればあっという間にオヤツの時間はやってくる。

 今日は無難に村で売っているクッキーを食べている。明日はまた別にレーナちゃんが作ってくれるらしいから、勝手に期待が高まっていく。


「ふぅ……美味しいです……」


 クッキーを齧りつつ、心底リラックスした様子で椅子の背もたれに寄りかかっている彼女は、近頃疲れが溜まっているように見える。

 そこで、レーナちゃんの労働環境を顧みた。

 料理に洗い物に洗濯に掃除に……と、先程言っていたものや今日こなしていたものを上げるだけでも、中々ヘヴィーだ。

 『主婦に休みはない』などというフレーズは日本で何度か聞いたことがあるが、確かにその通りであると思う。少なくとも、レーナちゃんに関しては私が休みの日でもせっせと家事を欠かさない。この大きな屋敷を相手に、たった一人で本当によく動いてくれている。

 しかしいくら仕事中毒気味な彼女でも、この数ヶ月––––具体的には初春から夏にかけてのほぼ半年––––働き詰めでは、いつか体調を崩してしまうのではと心配になる。

 そこで私は、


「レーナちゃん。私に料理教えて!」


 そう、強く訴えかける。


「な、なんでですか、藪から棒に」


「いや別に。いつもレーナちゃんに任せてばっかりだから、私だってたまには代わりに夕ご飯とか作れるようになりたいなって」


 もしかしたら少しは喜んでくれるかもしれない、と軽く考えていた私は、次の瞬間の彼女の傷付いたような眼差しに吃驚した。


「そんな理由で……い、いやですっ!」


「へ? な、なんで?」


 やけにキンと響く声で、レーナちゃんは強く拒否した。

こんな風に感情的に嫌がられたことなど今まで殆どない。ここまで強い拒絶だと、逆にその理由が知りたくなってしまうというもの。

 訳を尋ねようとしたら、勝手に彼女が語り始めた。


「ご主人様がすぐに上達してしまったら……いえ、私から料理を取ったら、存在意義が一つ無くなります。私の申し訳程度の価値を奪わないで下さい……」


 いや大袈裟過ぎる気がするんだけども。


「いやいやそんな悲観的な……レーナちゃんの価値は絶対料理上手なところだけじゃないよ、だから涙目にならないでよ」


 どちらかというと今は家事スキルの方がおまけになっていたりする。彼女の真価はその愛らしさであるのだ。この子の笑顔さえあれば、私はまずい飯だろうと十杯はお代わりできる。


「で、でもっ……捨てられたくないです……私から料理を奪わないで下さい……お願いします……」


 日本の会社員なら土下座でもしそうな雰囲気だ。日本の会社の中なんてドラマ以外で見たことないけど。

 実は、こんな風に懇願するレーナちゃんの姿を見ると、嬉しくなったりする。

 だって、この屋敷から追い出されたくないから私の仕事を取らないでと言われているのだ。だいぶこの場所が気に入ってもらえているらしい、嬉しくないはずがない。


「もう……私はレーナちゃんのこと大好きなんだから、捨てないってば」


「……でも、時々不安になります。ご主人様は、無条件な優しさを私に与えてくださいます。それに対して私は何も返せていません。いつか愛想を尽かされてしまうのではないかと、つい考えてしまいます」


「むしろ血まみれになって帰ってきたり四六時中べったりくっついたりして、私の方が嫌われるんじゃないかってポイント多いけどね」


「ご主人様を嫌うはずないです」


「じゃあ私もレーナちゃんのこと嫌うはずないよね。はい、これ真理」


「ぁ……」


 ぽかんと口を開けてしまったレーナちゃんにもうこれ以上余計なことは考えさせないよう、畳み掛ける。


「じゃー料理の件はこうしよう。私がレシピ見てまず勝手に作るから、そこから改善点とかレーナちゃんに教えてもらって、少しずつ腕を上げていく……どう?」


「……料理の腕でご主人様に追い抜かれてしまったとしても、見捨てないでいただけますか」


 もはやしつこいな。


「大丈夫、その心配は絶対杞憂だから。そんなことで捨てたりしないし、第一、レーナちゃんに料理で勝てる人間は少なくともこの辺境にはいない。後、自力じゃ生涯かけても上達しないと悟った私の料理の腕前を舐めるなよ?」


「……ふふっ、変な冗談ですね」


「冗談言ったつもりないんだよなぁ」


 偽らざる事実であり、女子力のない私の絶対なるコンプレックスである。

 冗談で済むなら、一年もの間酒場の料理をぼったくり金額で頬張っていないとも。

 まあレーナちゃんが笑ってくれたので、ひとまずは冗談ということで良しとしようか。

 どうせすぐに理解する。


****


「なんですか……これ」


「チャーハンです」


「あっ、あー! ちゃ、チャーハン! チャーハンですねっ、そ、そうだと思いましたっ! 確かに、芳ばしいお焦げの匂いがっ……!」


「わかってるから気休めは要らん」


「あぅ……すみません」


 テーブル上に置かれた大皿。

 そこには、もはや地球人が作り出したとは思えないような……むしろこの料理こそ真の異世界料理なのではないかと錯覚する、山盛りの真っ黒な謎の物体があった。無論、橘純夏ちゃん特製丸焦げチャーハンである。


「ご主人様、失礼かもしれないのですが、きちんとレシピ通りに作りましたか……?」


「……」


「ご主人、様……?」


「途中でパニックになって、もうどんな手順踏んだか覚えてない」


 同じ料理を作ったはずなのに、前回と百八十度も味が違う、なんてことも前にあった。はははっ、よくある話である。


「あっ……」


 全てを察したように、レーナちゃんは短く声を漏らした。言ったでしょ、気休めは要らないんだ。


「で、でもっ……悪いのは見た目と匂いだけかもしれないです……!」


 往生際悪く、スプーンで味見しようとするレーナちゃん。

 幼き子を諭すように、私はにこやかに言った。


「現実を見ようね、レーナちゃん」


「本人がそう言っちゃうんですかっ!?」


 いや、そもそもこの見た目で美味しいわけないからね。

 ていうか、チャーハンって火を使う料理なわけだから少しミスするだけで大失敗でしょ? そんなの頭真っ白になりますよ。

 『少しのミスで大失敗』に関してはモンスター討伐に通ずるものがある気はするが、料理と狩りでは訳が違う。日常の中での繊細な作業と、非日常の中での殺戮作業ではまるで別物。言ってしまえば、スイッチが入っていないから今の私は年相応の娘っ子なのだ。普通に怖いものには怯えるし、焦って冷静さを欠くことだってある。そして甘いお菓子には目がない。正真正銘、普通の元女子高生なのだ。


「……上達、させられるかわからないです」


 黒い吐瀉物めいたそれを口に含んで顔色を悪くしながら、レーナちゃんは苦しそうに言った。


「おそらく不可能に等しいね」


「が、頑張りましょう。きっと……きっと上達できるはずです」


「オー」


 その後何度も料理を作った。

 レーナちゃんが私の腕を掴むなりして無理やり正しい手順を踏ませようとしても、パニックに陥ってる上、持ち前の馬鹿力で暴れてしまったようで(錯乱して良く覚えていない)チャーハンは失敗。断念。

 ならば生モノを使って極力火の使わない料理を上達させようとしても、冒険者として培われた技術と感覚で、包丁をつかんだ途端、半自動的に食材を切り刻んでミンチにしてしまう人型ミキサーになってしまうため、ロクな料理にならない。断念。

 何ヶ月も洗脳するように料理の練習だけをすれば克服できるかもしれないが、それでは生活がままならなくなる。お金がなくなる。そこで私の心は折れた。

 あえなく、料理トレーニングは中止になった。

 なお、美味しい料理が作れるという存在意義(本人がそう思い込んでるだけ)を奪われずに済んだレーナちゃんは、心底ホッとした様子で嬉しそうに夕食を作っていた。


 人の失敗を見て喜ぶとは、いい性格してるじゃないか。

疲れて見えたのは、無論ご主人様が大怪我負ったことから来る心労です。多分すぐ回復します、仕事中毒予備軍ですから。

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