1:奴隷少女と一般冒険者少女
短編にしようとしたらネタが纏まらなくなり、仕方なく連載に切り出した。
大きな屋敷は裕福の象徴。
古くも貫禄のあるそれは、先を歩く少女の持ち家であるという。
呆然と立ち尽くしていた私に気づいた彼女は、振り返って小首を傾げた。
「疲れた? ごめんね、もうすぐだからね」
「あっ……いえ……だいじょうぶ、です」
「そっか。中に入ったら休もうね」
もう一息だよ、と私の手を掴んで引いてくれる彼女は、やはりこんな屋敷に住んでいる富裕層の人間とは思えないほど、親しみ深い笑みを浮かべていた。
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銀貨1枚。
その金額に、どれだけの価値があるだろうか。
酒場に行けばエールをジョッキ二杯か三杯分かくらいは頼めるだろう。或いは、一日の内の一食分を賄えるか否か、と言った程度の額か。
ここまで価値を下げられた奴隷は私くらいなものだと奴隷商が言っていたが、なんと滑稽なことだろう。
自嘲げに笑みを浮かべてみるが、虚しいだけだった。
とにかくそんな、生命に掛けるにはあまりに少ない金銭のやりとりで、私はご主人様に買われたのだった。
「今日からよろしくね」
彼女は意味のわからないことを口にした。
私の主になったのは、人の良さそうな少女だった。
今や私に対して所有物としてありとあらゆる命令を行使できる権利を有した彼女は、自宅に私を連れ帰って開口一番にまず『今日からよろしく』と、まるで奴隷が己と対等な立場であるかのように、そう言ったのだ。
「念の為質問。あなたは家事って、できるのかな」
一々訊ねてこないで、いっそ命令すればいいのに。
彼女は私の主人。何度も言うように、無理矢理にでも言うことを聞かせることだって、やろうと思えばできるのだ。
私の首に、鉄の輪っかが嵌められている限りは。
「……はい、一通りは」
買われた奴隷には、主人の名が彫られた首輪が嵌められる。
強制力の強い魔法の術式が込められていて、主の命令に逆らえなくなるのだ。
「じゃあ、ちょっと……」
そうして早速仕事は始まるらしい。
これからきっと酷使されるに違いないのだ。
「あ、まずは首輪取っちゃおうか。お風呂にも入れてあげなきゃね」
手を叩きながら、思い出したようにご主人様は言った。
「……はい?」
首輪を……取る?
え? え? なにそれどういうこと?
「えぇと……『私はあなたを解放します。自由を取り戻す権利を、あなたは有した』……だっけ」
「え? ……あっ」
それは、首輪の魔力を無力化する呪文だった。
困惑する私は置き去りに、ガチャリ、と鍵が開いたような音が首元からした。
反射的にそこへ手を伸ばして触れる。……ない。首輪が、どこにもない。
「と、取れてる……」
煩わしかった冷たい金属の感触が肌にない。
見れば魔法の解けた首輪は綺麗サッパリ消滅していて、
「ごめんね。邪魔だったね。あなたを買う時、契約上商人さんの前で首輪を嵌めるのが原則だったから……首が動かしづらいとか、ない?」
「え? あ、それは、別に、なんとも」
軽く混乱している私は、しどろもどろになって思うように返事ができない。
「そっか、よかった」
それでも、問題ないということは伝わったらしく、彼女はホッと安心したように息を吐いて、あろう事か私の頭を撫で始めた。
「よしよし、ホントに可愛いなぁ」
どういうことだろう。ご主人様の行動の意味がわからない。