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神ノ瀬高校 異世界科  作者: Mr.
第一章 生徒会選挙編
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二話 生徒会選挙

不定期更新

阿久津と前担任が他の先生たちと共に一階の職員室に向かったあと、残された生徒は暫く茫然としていた。窓を開け、外をきょろきょろと見回すもの、なぜか自分の荷物を確認し始めるもの、何となく友達と寄り添うもの、皆それぞれだが一様に、現状を把握できていなかった。当たり前だ。何がどうなったら外の景色が一瞬で変わるんだ。短時間でこの状況を理解して動き出せる人物がいたらそいつは超人だ。

俺? 俺は理解しようとなんかしてねーよ。周りの状況を理解しようなんざ生まれてから一回もしたことねえ。そんなことしなくたってだいたい何とかなってたしな。

相変わらず外をぼんやりと眺める俺。ところが超人はいたらしい。誰かが立ち上がったかと思うと他の生徒に声をかけ始めた。


「みんな一旦落ち着こ? 私もよくわかんないんだけど、今は先生を待つしかないと思う。とりあえずみんな自分の席について。ちゃんと全員いるよね?」


声の主は真優子だ。さすがだなと思いつつ、ちらと教室を見ると、皆てきぱきと自分の席に座り始めた。おいおい、真優子の影響力すげーな。なお俺は元から座っているから問題ない。

ほとんどの生徒が席に着く中、ただ一人、教室の端に立ったまま、天井を見上げて笑ってるやつがいた。あいつはたしか、と思い出そうとするが名前が出てこない。別にただのクラスメイトだし仲良くもなんともないから知らなくて当然だな。


「あは、あはは、あはははははははは! ついに! ついに僕にもこの機会がやってきたんだ!」

「えっと、稲垣創(いながきそう)くんだよね? こんなキャラだったっけ」


真優子の言葉で、俺はやっとこいつのことを思い出した。たしか稲垣創はアニメ研究部の部長だったはずだ。ああ、この神ノ瀬高校では三年が引退していなくても二年生が部長をやることになっている。稲垣はいわゆるメガネが本体のようなタイプで、いかにも――と言ったら失礼だが――オタクだ。ちなみに推薦ではなく俺や真優子と同じ一般で入っているため頭はいい。


「あはは、真優子さんは状況を理解していないんですか?」

「状況って……もしかして稲垣くんは今の状況がわかるの?」

「ええ、これは異世界転移です! まず間違いない!」


稲垣はメガネをくいと中指で上げると、胸を張って言った。たしかに転移したっぽいが、そんなにすぐ異世界ってわかるもんなのか? まだ森しか見てないんだぞ。俺の他にもそう思ったやつは多かったのか、教室のそこかしこから「異世界?」「どういうこと?」と声が上がった。そしてその声たちに答えるように、稲垣はちっちっちと指を振る。


「不思議に思うのも無理はありません。しかしこういう場合、僕たちは異世界に飛ばされたっていうのがテンプレなんです。どうやら今回は神様的存在はいなかったようですが……それでも大丈夫です」


テンプレとか神様的存在とかよくわからないことを言い始めた稲垣。皆が話についていけないまま、本人は早口でまくし立てる。たぶんだがそういうアニメや小説があるんだろ、俺はそのへんはよくわからねえが。


「見ててください」稲垣はそう言うと手を前にかざし、「ステータスオープン!」


予想外に大声を張り上げた稲垣に、他のクラスメイトは思わず黙り込んだ。覇気のある声には何か起こりそうな気がしたが一向に何かが起こる気配はない。少し苛ついた俺は冷たく言い放つ。


「で、何が起こんだよ?」

「ひぅっ! ちょ、ちょっと待ってください!」


俺の声に縮こまった稲垣は慌てて「あれぇ、このタイプじゃなかったのかなぁ」などと言いながら、色々とやり始めた。


「鑑定! 能力解放! おい、神様! 見てるんだろ? あれぇ」


何やら叫び始めたがまだ何も起こっていない。本人も疑問を持ち始めたのか、段々と声が大きくなるとともにいらついているのがわかる。


「くそ! どこでステータスを確認するんだ! ユニークスキルは!? チート魔法の習得は!? 勇者の称号はどこにあるんだよ!」


一向に変化はないが、稲垣は見えない何かに向かって訴え続けた。一頻り取り乱したと思ったら今度は生気を失い、死んだ魚のような目でぶつぶつと何やら呟き始めた。見かねた真優子が声を掛けようとしたが、それより先に教室の扉を開いた人物が稲垣を呼んだ。


「この教室から叫び声? のようなものが聴こえてきたんだけど、大丈夫かい?」


その人物は渡辺義彦(わたなべよしひこ)。神ノ瀬高校生徒会の生徒会長だ。眼鏡をかけたその見た目からは優しさがにじみ出ていて、みんなからの人望も信頼も厚い。三年生だ。


「会長、すみません。稲垣くんの様子が変なので生徒会室で話を聞いてくれませんか?」

「ああ……それが良さそうだね槐さん。てことで稲垣くん、一緒に来てもらえるかい。阿久津先生には僕の方から伝えておくよ。実はいま僕もけっこう動揺しているんだけどね。なるべく早くするように先生方に言っておくからもうしばらく待っていてくれ」


渡辺会長は皆にそう伝えると稲垣を連れて生徒会室へと戻っていった。

この学校の生徒会は他の学校よりも持つ権力が強い。学校の運営などの、普通の生徒会の行う仕事に加え、生徒間の揉め事の解決なども執り行っている。揉め事と言っても生徒会の管轄は話し合いで解決できる範囲のもので、それ以上――つまり暴力沙汰になると風紀委員が出てくる。生徒会がお巡りさんで風紀委員は軍隊のようなイメージだ。

生徒会長が去った教室は、騒ぐものが居なくなったため驚くほどの静けさを取り戻していた。

皆暇そうにケータイを取り出しては「あ、圏外だった……」と残念そうに呟き、再びポケットにしまっている。


そんなこんなで時間をつぶしていると、ようやく担任が職員会議から帰ってきた。


「えー皆さん、落ち着いてよく聞いてください。いつの間にか私たちは何処か知らない場所に来てしまっているようです。ケータイだけでなく無線も何もかも繋がらないため外部との連絡も取れていません。このままでは埒が明かないので、先生たちがちょっと学校の周りを調べに行ってきます。でもこれは遠足ではないので決してついてこないでください」


阿久津は皆にそう伝えると、真優子を呼び、何やら指示をしていた。途中までは頷きながら聞いていた真優子だったが、先生のある言葉を聞いた瞬間、顔を顰めた。

指示を終えた阿久津は再びどこかへ行ってしまった。


「えっと、みんなよく聞いてね。まず、今日は解散、もう学校は終わりだから寮に行って休んでって。昼ご飯はいつも通り寮の近くの第一食堂で。でもそれ以外で寮から出るの禁止。それでね……もし、今日の夕方五時になっても先生たちが帰ってこなかったら、その時は生徒会長に従ってほしいの。絶対に学校の外に行っちゃだめだからね」


真優子の発言だが、素直に寮へと戻ろうとする者はいない。暫く皆座ったままだったが、真優子が「ほんと、お願い」と言ったところで少しずつ寮に向かっていった。今は俺と真優子の二人で教室に残っている。


「大丈夫なのかよ」

「わかんない……先生たちも混乱してたみたい。でもきっと問題ないよね。ちょっと学校の外を見てくるだけだし、先生たちは大人なんだから」

「ま、そうだな。そろそろ俺らも寮に行こうぜ。女子寮の前まで送ってってやるよ」

「うん」


俺は心配そうにしている真優子を女子寮まで送ってから、男子寮の自分の部屋に戻った。

結局、その日最後まで先生は戻ってこなかった。調査に出かけた先生を捜索するためにまた別の先生が森へと出かけ、その先生を捜索するために……と次々に先生が森へと赴き、ついに誰一人戻ってくることは無かった。






***






生徒会室で僕――渡辺義彦は頭を抱えていた。今は夜の六時。他の生徒会役員はもう皆寮に帰らせた。


「先生たち、帰ってこないじゃないか……」


約束の時刻から一時間が経った。昼間からずっと待ち続けているが、帰ってくる気配はない。先生たちは僕に一任するって言ってたけど何をすればいいんだろう。

はぁ、とため息が漏れる。

とりあえず明日の朝までは待機だな。でも先生たちが帰ってこないってことは何かあったってことだろ? この森には何かいるのか? それとも一度入ったら抜け出せない迷いの森とか。気になるけど、まあ、この高校の敷地内にいるぶんには壁が守ってくれるからとりあえずは大丈夫だろう。

僕はそう結論付けた。多少楽観的過ぎるかもしれないけど、下手に動いて僕たちまで散り散りになってしまっては目も当てられない。

ちなみに壁とはこの神ノ瀬高校の周囲を一周しているもので、高さは三メートルほどある。これは元々治安の悪い神ノ瀬市で、不良たちが学校に乗り込んできて問題を起こさないようにするためのもので、外から見たら刑務所のような印象を受ける。当時は過剰じゃないかと僕も思ったけど、現状これほど心強いものはない。

今後の方針は決まった、って言っても先延ばしにしてるだけだけど、とりあえず皆に伝えなきゃいけない。僕は誰もいなくなった校舎を歩き放送室へと向かった。放送先を寮に限定して――限定しないと外に放送が垂れ流されて危険だと判断した――スイッチを押す。


「えー、みなさん聞こえますか? 生徒会長の渡辺義彦です。先生たちはまだ帰ってきません。みなさんはそのまま寮で休んでいてください。明日の朝、九時から第一体育館で全校集会を行うので遅れないようにしてください。繰り返します。明日の朝、九時から第一体育館で全校集会を行うので遅れないようにしてください。それと、生徒会役員に事務連絡です。今夜は寮の見回りをお願いします。全員いることをしっかり確認してください。もし誰かが居なくなっていた場合は直ぐに僕に連絡を。以上です」


そこまで放送してスイッチを切った。生徒会役員のみんなには申し訳ないけど、みんなの前でこうやって伝えることで多少は牽制になると思ったんだ。

僕は早速寮へと向かって生徒会役員と落ち合い、見回りを始めた。


翌朝、事件は起こった。


最初に見つけたのは僕だ。役員で交替しながら一晩中見回りをした後、眠い頭を無理やり起こして校舎に向かった。たぶん朝の六時ごろだったと思う。一晩中戻ってこなかった先生たちの安否が気になって、寮から校舎へ行く途中に正門に立ち寄った。外に出るつもりはなかったから門の鉄格子の隙間からちょっと外側を覗いた。


「え、う、うわ! く、首だ!」


校門のすぐ外にずらりと並んだそれを見て僕は素っ頓狂な声で叫んだ。

そこには、先生たちの生首が整然と並べられていた。顔は死んだ瞬間のままだろう。悲痛な叫び声が今にも聞こえてきそうな顔をしている。


「と、とりあえず役員会議だ……!」


僕は震える脚で他の役員を集めて生徒会室へと向かった。


「――ってわけなんだけど、とりあえずパニックを避けるために他の生徒には知られない方がいい。正門付近は立ち入り禁止にしよう。で、これはどういうことだと思う?」

「何者かの威嚇行為ではないでしょうか」


僕の話にそう提案してきたのは、副会長の鷺沼麗華(さぎぬまれいか)。僕と同じ三年生だ。彼女は大和撫子を体現したような人物で、容姿端麗なのだけど、表情が動かないから何を考えているのかわからず、怖い。ただそういうのが好みだというファンも学校内に一定数いる。


「つまり、先生たちはこの森に住む何者かのテリトリーに入ってしまったから報復を受けたということかい?」

「はい。私はこの森には野蛮な民族が暮らしていると推測します。それと、先生たちはそれほど遠くへ行ってないことを考えると、既に私たちはその人たちのテリトリーに入っている可能性が高いです。早急に手を打つべきでしょう」

「なるほど……みんなはどう思う?」


僕が他の役員に訊ねると、みんな無言で頷いた。麗華と同じ考えなんだろう。


「となると、必要なのは武力か。とりあえず風紀委員に見回りに行ってもらうとして、うーん、こんなのはどうかな?」


僕がある案を掲げる。


「面白いですね、私たちより適任でしょう。理に適ってます」

「麗華は賛成、と。他のみんなも賛成でいいよね? よし、じゃあ全校集会で早速話してみよう」


こうして会議を終え、僕達は第一体育館へと向かった。





***






俺――鬼灯涼夜は真優子やクラスメイトと共に体育館で全校集会が始まるのを待っていた。


「はぁー、ねっむ。もう少し寝させてくれよ。ったくこんな朝早くから集会なんか開くなよ」

「よくこんな状況でぐっすり眠れたね。異世界に転移したっていうよくわかんない状況だし、先生も帰ってきてないのに緊張感ゼロ。尊敬するよ」

「さんきゅー」

「皮肉を言ったはずなんだけどなあ……あ、生徒会長が出てきたよ」


真優子が指さした先。体育館の壇上に生徒会長が現れた。マイクを持ってゆっくりと壇上を歩き、中央まで来ると、みんなが静かになるのを待ってから話し始めた。


「おはようございます。生徒会長の渡辺義彦です。昨晩はよく……って眠れるわけないよね。僕も寝不足です。さて、今日皆さんに集まって貰ったのは今後の方針を伝えるためです。まずひとつ、高校の周りに広がっている森には風紀委員たちを派遣しました。先生たちが帰ってこないことから相当危険な場所だと思います。皆さんは絶対に近寄らないでください。次に、今日の正午から生徒会選挙をします」


生徒会選挙。その言葉を聞いて、聴衆がざわつく。例年生徒会選挙は六月に行っている。今日はまだ四月の初め。一年生に関してはまだ入学して二日目だ。

異例すぎる。


「今回の生徒会選挙は特別な方法で執り行います。まず全校生徒に出馬していただきます」


全校生徒が出馬? 何を考えてやがる。そうしたら誰が投票するんだよ。


「疑問を持つ人もいると思うけど、最後まで聞いてほしい。まず、僕たちが今回の選挙に求めているのは、強い人間だ。強いって言うのは喧嘩が強い人から頭がいい人まで色々だ。これからこの高校はそういう人たちが引っ張っていくべきだと僕は思っている。僕たちはみんなが思っているよりも遥かに危険な状況にある。早急に対処しなければ死人が出るかもしれない」


死人、という単語に体育館中から驚きの声が上がる。生徒会長の口調が敬語じゃなくなったのは、それだけ真剣な証拠だろうな。


「理解するのは後でもいい。今はとりあえず僕を信じてほしい。というわけで選挙の説明に入ります。選挙では皆さんに『布取りゲーム』をやってもらいます。ルールは簡単。まず僕たちから皆さんに布を一枚渡します。皆さんはその布を必ず体のどこかに携帯して、お互いに奪い合うだけです。勝負の方法は問いません。力ずくで奪ってもいいし、話し合いで解決してもいいです。ただ一つ、負けた人は勝った人に持っている布全てを渡してください。布が〇枚になった人はそこで終了。取り返すのは禁止です。これを残りの人数が五人になるまで行ってもらいます。ここまでで質問がある人はいますか?」


生徒会長が問いかけるが、手を挙げる者はいない。みんな状況を理解するのに必死なようだ。

ああ、一応俺から一つ確認しとくか。

俺が手を挙げると、生徒会役員の人間がマイクを持ってきた。


「その力ずくっていうのは何してもいいのか?」

「もちろんです。ただ、流石に人が死ぬような凶器を使ったり、そうでなくても大怪我をさせるような真似は控えてください」

「わかった」


生徒会長の答えに、俺はニヤリと笑った。その不気味な笑みを見た周りの生徒から小さな悲鳴が聞こえる。


「その他に質問はありますか?」


生徒会長が再び訊ねたが、その後質問は出なかった。


「それではこれから選挙に使う布を配ります。配られた人から解散して構いません。正午までに布の取り合いは禁止。行動可能範囲は学校の敷地内全てです。くれぐれも学校の外には出ないようにしてください。僕からは以上です」


会長はそう言うと、深くお辞儀をしてから壇上を後にした。生徒会役員から布を配られた生徒から続々と体育館を去っていく。俺と真優子も布を受け取り、とりあえず屋上へと向かった。


「布取りゲーム、ね。涼夜にはピッタリじゃん」

「ああ、合法的に喧嘩できるなんてこんなに嬉しいことはねえな」

「とりあえず涼夜と喧嘩とかしたくないから、私とは戦わないでね」

「もちろんだ。ってか、協力しなくてもいいのか? 俺と一緒にいりゃ安全だと思うんだが」

「いいの。私だって正々堂々とやりたいし、今回の選挙は腕力だけが全てじゃないってとこを見せてあげるよ」

「了解だ。そんじゃ、頑張れよ」

「うん。涼夜も……って、涼夜は心配なさそうだね。むしろ楽しそうだし。じゃあね」

「おう」


真優子は俺に別れを告げて、階段を降りていった。俺は空を眺めながら時間を潰す。


遠くで放送が聴こえる気がする。俺は目を開けた。どうやら屋上で横になっているうちに眠ってしまっていたらしい。時刻は正午丁度。先程聴こえた放送は選挙開始の合図だったらしい。俺は伸びをすると屋上から学校を一望し、行く場所のあたりをつけるとゆっくりと階段を下りていく。


「ひさびさの喧嘩だな。楽しみで仕方ねえ」

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