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6/11

6:月の名前

 大樹に現れた“謎の文章”の手がかりを探すべく、2人で手分けして広場を探索すること、数刻。


 「ん?」


 たまたま見上げた水晶の大樹に何かが書かれているのを、私は見つけた。

 エフィルドに手伝って貰いながら、大樹を改めて調べると、最初の文章はいつの間にか無くなっており、その代わりに大樹の幹の四方に言葉が現れていた。

 いつの間に、こんな変化が起きていたのだろう。

 私は、この数刻の無駄な行動におもわず溜息を吐いた。


 「“(イート)”、“(サヴィス)”、“西(ウェスタ)”、“(ノーザン)”か……」

 「なに?」

 「古代語………というか、神話語源に近い。方位を表す文字だ」


 エフィルドの疑問に私は答える。

 力ある言葉ではないが、神殿やそれに関連した遺跡などでよく使われる“神語”と呼ばれる文字だ。

 ただ、この大樹に刻まれた文字は癖があり、一般的な“神語”とは異なり、かなり読みにくい。

 私のような特殊スキル持ちでも解りにくいのだから、一般の専門家では解らないかもしれない。私が解ったのも、スキルの力と以前に“神話”を読む機会があり、方位の単語も知っていたからだ。


 「方位?じゃあ、さっきのラトが読んだやつの“東西南北”ってこれのことかな?」

 「おそらくは………」


 私は頷いた。

 古い月の呼び名には、属性、色、方位がある。それぞれ、その“月”そのものを表し、様々な面で重要視されてきたと言われている。

 今でもそれが色濃く残るのは、東方の国々や南方の一部の国だ。独自の文化に吸収され、それぞれに形が変わっている部分があるが、共通点は多い。

 私の故郷でも使われていたが、属性その他があるのを知ったのは、前に、地域による月の名前を研究している学者の依頼で、幾つかの地域の遺跡を巡ったことがきっかけだ。

 学者は、本来の月の名前とそれに付属する事柄について纏めていた。それが興味深くて、一時期、独自で調べ上げた記憶がある。


 「この感じだと各方位に該当する月の名前を言っていく、ということだろうか?」

 「しかし、16月あるのだろう?ラト、全部を覚えているのかい?」


 エフィルドの問いかけに私は「まさか」と苦笑した。


 「月の名前なら覚えてるが、細かな属性やら色なんてうろ覚えだ。いや、ちょっと待て。……覚え書き(メモ帳)を出す」


 私は、“空間収納”からメモ帳を探し出す。

 数年前のだから、鞄の中ではなくて“空間収納”の中に入れておいたはずだ。

 だが、数冊ほど覚え書きのメモ帳が出てきて、問題の“月の名前”が書かれたものを見つけだすまでに少し時間がかかった。


 「うわ、凄いな………」

 床にメモ帳を広げる私を見て、エフィルドがなにやら感心したように呟く。


 「ラト、学者になれるんじゃないか?

 探索者が専門的なのは知っていたけど、ここまでとは思わなかったよ。植物の生態?鉱石の特性?時代ごとの遺跡?………相当な知識量だね」

 「あまり見ないでくれ。貴重な資料もあるんだ」


 パラパラとメモ帳を捲るエフィルドに私は注意した。

 エフィルドは“冒険者だから問題はないが、同じ専門資格を持つ探索者なら垂涎の資料(ネタ)ばかりだ。万が一、盗まれたり、内容の情報が流出したら、私の探索者生命を脅かしかねない内容が多いのである。


 「あ、あった………」


 ようやく該当するメモ帳を見つけた私は、残りのメモ帳を“空間収納”に戻した。

 「どんな感じなんだ?」

 興味津々で覗き込んでくるエフィルドに、私は溜め息1つ、該当ページを見せる。

 ちなみに、メモ帳に記載された16月は以下の通りだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ラトのメモ帳より抜粋。古い時代の“16月の名前と属性”

 

 [冬]

 1月:[明夜月(ヨルアケ)] 季節は冬(裏冬)

 属性は空(風) 色は水色 方位は西


 2月:[粉砂糖月(フェコル)] 季節は冬(裏冬)

 属性は氷(水) 色は白 方位は北


***


 [春]

 3月:[薄布光月(ウストリ)] 季節は春(表春)

 属性は風 色は黄色 方位は東


 4月:[華乱舞月(サフィーナ)] 季節は春(表春)

 属性は花(大地) 色はピンク 方位は南


 5月:[炎緑樹月(ポルタナ)] 季節は春(裏春)

 属性は熱(火) 色は緑 方位は西


 6月:[細銀雨月(シルフェルス)] 季節は春(裏春)

 属性は水 色は白灰色 方位は北


***


 [夏]

 7月:[星海月(マリューカ)] 季節は夏(表夏)

 属性は星(風) 色は青 方位は東


 8月:[天炎月(エンジュ)] 季節は夏(表夏)

 属性は火 色は赤 方位は南


 9月:[深満月(グラシアルナ)] 季節は夏(裏夏)

 属性は草(大地)色は黄緑 方位は西


 10月:[黒砂糖月(ノノコル)] 季節は夏(裏夏)

 属性は酒(水)色は琥珀 方位は北


***


 [秋]

 11月:[深夜遊月(ノスタルジ)] 季節は秋(表秋)

 属性は音(風) 色は紫 方位は西


 12月:[彩染月(リフカラフル)] 季節は秋(表秋)

 属性は色(火) 色はオレンジ 方位は南


 13月:[薄霧雨月(ミストレム)] 季節は秋(裏秋)

 属性は霧(水) 色は濃灰色 方位は北


 14月:[薄布闇月(ユクトリ)(眠月)] 季節は秋(裏秋)

 属性は幻(大地) 色は赤茶 方位は東


***


 [冬]

 15月:[白衣月(クロスウィア)] 季節は冬(表冬)

 属性は大地 色は黒 方位は東


 16月:[祈光道月(グロウロナド)] 季節は冬(表冬)

 属性は灯り(火) 色は薄黄 方位は南


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 「へぇ、なんか凄いな…」


 エフィルドが感心したように呟く。


 「この“表春”とか“裏春”とかってなんだい?」

 「ああ、これは1つの季節で4ヶ月あるだろう。長いから、前の2ヶ月を“表月”、後ろの2ヶ月を“裏月”と呼んで分けるんだ。占いとかには深く関係するらしいが、残念ながら、深い意味合いがあるのかまでは分からないな」

 「なるほど。……確かに季節毎に方角があるから、それぞれの方角に当てはまる月を言えばいいのか」

 「そうなるな」


 私は頷いた。

 私とエフィルドは、大樹の“東”と刻まれた前に移動して、その前に立った。


 「東西南北だから、まずは東からだね」

 「ちょうど、それぞれの方位に春夏秋冬が収まるはずだ」


 メモ帳を見ながら、私は確認する。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ラトメモ帳より。“方位”分けした各月


 東:春 [薄布光月(ウストリ)](3月)

   夏 [星海月(マリューカ)](7月)

   秋 [薄布闇月(ユクトリ)](14月)

   冬 [白衣月(クロスウィア)](15月)


 西:春 [炎緑樹月(ポルタナ)](5月)

   夏 [深満月(グラシアルナ)](9月)

   秋 [深夜遊月(ノスタルジ)](11月)

   冬 [明夜月(ヨルアケ)](1月)


 南:春 [乱華舞月(サフィーナ)](4月)

   夏 [天炎月(エンジュ)](8月)

   秋 [彩染月(リフカラフル)](12月)

   冬 [祈光道月(グロウロナド)](16月)


 北:春 [細銀雨月(シルフェルス)](6月)

   夏 [黒砂糖月(ノノコル)](10月)

   秋 [薄霧雨月(ミストレム)](13月)

   冬 [粉砂糖月(フェコル)](2月)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 「うーん、似たような名前があってややこしい」

 「とりあえず、言ってみよう」


 思わず、溜め息を吐く私の後ろから書き直したメモを覗き込んで、エフィルドが言った。

 “東”の文字の前で、東に該当する月の名前を読み上げると、それが幹に刻まれていき淡い光を放つ


 「次は西だ」


 私とエフィルドは、“西”と刻まれた文字の前に移動して、同じように月の名前を読み上げる。

 すると、名前が同じように幹に刻まれた。

 “南”“北”と同じように移動して読み上げていき、全ての方角に全ての月を刻み込む。


 「さて、どうなるのかな?」


 エフィルドが楽しそうに言った。

 全ての文字が発する光が強く輝きだして、水晶の大樹全体を光に染めてゆく。

 眩しいほどの光が、大樹全体から放たれて、私の視界も真っ白になる。あまりの眩しさに目を開けていられない。


 「ラト!」


 グイッと引っ張られた。体が浮く浮遊感。

 どうやら、エフィルドが万が一を考えて、私を抱き上げたようだ。確かにここでまた転移し、バラバラになるのは得策ではないだろう。




 ーー………サマ、アルジサマ………。


 ー………カナ……デ!


 ーー……メ………ナサイ………ワ…………デ…………。




 目を閉じた闇の奥で、何かが聞こえた。

 チリリと、脳裏に何かが走る。

 何か、忘れているものを思い出しそうな感覚に襲われる。とても大切なことを忘れている気がする。

 

 ーー………ミツケタ……!


 はっきりとした声にギクリとした。

 だが、見えない何かが“それ”を弾き返したのを感じて、私は何故かホッとする。


 「…………!」

 誰かの声に意識がぐるりと回った。

 世界が入れ替わる。


 「ラト!」

 呼ばれてはっとした。

 目を開けば、エフィルドに抱き上げられたまま、目の前には光の大樹と化した水晶の大樹があった。

大樹全体が光っているが、周囲に変化はない。


 ………なんだったんだ?


 私は、奇妙な感覚に周囲を見回した。

 何かあった気がするが思い出せない。いや、現状で何かあれば、エフィルドにも分かるはずだ。

 エフィルドに変化はないから、私の気のせいだろうか?


 「ラト、文字がある」


 エフィルドに言われて見上げれば、大樹の幹に新しい文字が浮かび上がり、その下が奇妙に歪んでいた。


 「あれは、たぶん転移の“門”だろう。前に似たようなものをみたことがある」


 エフィルドが言った。


 「とりあえず、文字だな」


 エフィルドが抱き上げてくれているので、私はそのまま読み上げる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 16の月の名前には、16の妖精姫の名前がある。

 妖精姫は、王に逆らった罪で各地に封じられたが、輪廻の輪に落ちた王を見つけ出し、復活させることが出来るのも妖精姫たちである。

 何故なら、彼女たちは王の愛娘である。

 時間が無い。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 「時間がない?」


 また、奇妙な終わり方だ。


 「転移のヒントは書いてないのか?」

 「いや、その下にまだある」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 真の月の名前を知る者よ。

 陰月の迷宮を逆さに進み、陽月の迷宮をまっすぐ辿れ。

 祈りの道に至れば、次の遺跡への証を手にすることができるであろう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 「あ、ヒントだ」

 「この遺跡の脱出方法じゃないな……」


 エフィルドは目を輝かせ、私は落胆する。

 ひょっとして攻略しないと出られないのだろうか?途中棄権があってもよくないか?

 いくら、遺跡探索も専門分野とはいえ、私は攻略組ではなく、あくまで古語解読専門なのだ。


 「まぁまぁ、攻略してしまえば、出口も見つかるさ。大丈夫。私が君を護るよ」

 「……………あー、うん………」


 キラキラと甘い笑顔で言うエフィルドに、私は虚ろな半眼で応じた。

 どうやらエフィルドは、攻略が好みのようだ。私の脳裏に、ふとある言葉が浮かんだが否定しておく。

 本人のやる気に水をさすわけにはいかない。そもそも私は、探索者であるが非戦闘員なのだ。この状況では、エフィルドに守って貰わなければならない立場である。

 

 目の前の謎が解かれ、行き先が見えたからかもしれない。

 エフィルドは、俄然とやる気に満ち溢れていた。

 実に頼もしい、と言うべきなのだろうか?


 「じゃあ、次のステージに行こうか!」


 キラキラとした笑顔が近い。

 いい加減、降ろして貰いたいのだが、エフィルドに「転移ではぐれる可能性もあるから、このまま我慢してほしい」と却下される。もっともな意見ではあるが、釈然としないのは何故だろう?

 まぁ、絵的には、美少女と美青年で問題はないと言えなくはないがな、エド、いいのか?

 ……中身はおっさんなんだぞ?むしろ、私がつらいわっ!

 美青年(男装女)に抱き上げられる美少女(おっさん)って、誰得になるんだ?


 「…………エド、やっぱり降ろしてくれ」

 「却下!」


 エフィルドに抱き上げられたまま、何度目かの溜め息を吐く私とは対照的に、何故か、さらにテンションの上がるエフィルドは、意気揚々と大樹に出来た“門”を潜ったのだった。

 

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