6:月の名前
大樹に現れた“謎の文章”の手がかりを探すべく、2人で手分けして広場を探索すること、数刻。
「ん?」
たまたま見上げた水晶の大樹に何かが書かれているのを、私は見つけた。
エフィルドに手伝って貰いながら、大樹を改めて調べると、最初の文章はいつの間にか無くなっており、その代わりに大樹の幹の四方に言葉が現れていた。
いつの間に、こんな変化が起きていたのだろう。
私は、この数刻の無駄な行動におもわず溜息を吐いた。
「“東”、“南”、“西”、“北”か……」
「なに?」
「古代語………というか、神話語源に近い。方位を表す文字だ」
エフィルドの疑問に私は答える。
力ある言葉ではないが、神殿やそれに関連した遺跡などでよく使われる“神語”と呼ばれる文字だ。
ただ、この大樹に刻まれた文字は癖があり、一般的な“神語”とは異なり、かなり読みにくい。
私のような特殊スキル持ちでも解りにくいのだから、一般の専門家では解らないかもしれない。私が解ったのも、スキルの力と以前に“神話”を読む機会があり、方位の単語も知っていたからだ。
「方位?じゃあ、さっきのラトが読んだやつの“東西南北”ってこれのことかな?」
「おそらくは………」
私は頷いた。
古い月の呼び名には、属性、色、方位がある。それぞれ、その“月”そのものを表し、様々な面で重要視されてきたと言われている。
今でもそれが色濃く残るのは、東方の国々や南方の一部の国だ。独自の文化に吸収され、それぞれに形が変わっている部分があるが、共通点は多い。
私の故郷でも使われていたが、属性その他があるのを知ったのは、前に、地域による月の名前を研究している学者の依頼で、幾つかの地域の遺跡を巡ったことがきっかけだ。
学者は、本来の月の名前とそれに付属する事柄について纏めていた。それが興味深くて、一時期、独自で調べ上げた記憶がある。
「この感じだと各方位に該当する月の名前を言っていく、ということだろうか?」
「しかし、16月あるのだろう?ラト、全部を覚えているのかい?」
エフィルドの問いかけに私は「まさか」と苦笑した。
「月の名前なら覚えてるが、細かな属性やら色なんてうろ覚えだ。いや、ちょっと待て。……覚え書きを出す」
私は、“空間収納”からメモ帳を探し出す。
数年前のだから、鞄の中ではなくて“空間収納”の中に入れておいたはずだ。
だが、数冊ほど覚え書きのメモ帳が出てきて、問題の“月の名前”が書かれたものを見つけだすまでに少し時間がかかった。
「うわ、凄いな………」
床にメモ帳を広げる私を見て、エフィルドがなにやら感心したように呟く。
「ラト、学者になれるんじゃないか?
探索者が専門的なのは知っていたけど、ここまでとは思わなかったよ。植物の生態?鉱石の特性?時代ごとの遺跡?………相当な知識量だね」
「あまり見ないでくれ。貴重な資料もあるんだ」
パラパラとメモ帳を捲るエフィルドに私は注意した。
エフィルドは“冒険者だから問題はないが、同じ専門資格を持つ探索者なら垂涎の資料ばかりだ。万が一、盗まれたり、内容の情報が流出したら、私の探索者生命を脅かしかねない内容が多いのである。
「あ、あった………」
ようやく該当するメモ帳を見つけた私は、残りのメモ帳を“空間収納”に戻した。
「どんな感じなんだ?」
興味津々で覗き込んでくるエフィルドに、私は溜め息1つ、該当ページを見せる。
ちなみに、メモ帳に記載された16月は以下の通りだ。
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ラトのメモ帳より抜粋。古い時代の“16月の名前と属性”
[冬]
1月:[明夜月] 季節は冬(裏冬)
属性は空(風) 色は水色 方位は西
2月:[粉砂糖月] 季節は冬(裏冬)
属性は氷(水) 色は白 方位は北
***
[春]
3月:[薄布光月] 季節は春(表春)
属性は風 色は黄色 方位は東
4月:[華乱舞月] 季節は春(表春)
属性は花(大地) 色はピンク 方位は南
5月:[炎緑樹月] 季節は春(裏春)
属性は熱(火) 色は緑 方位は西
6月:[細銀雨月] 季節は春(裏春)
属性は水 色は白灰色 方位は北
***
[夏]
7月:[星海月] 季節は夏(表夏)
属性は星(風) 色は青 方位は東
8月:[天炎月] 季節は夏(表夏)
属性は火 色は赤 方位は南
9月:[深満月] 季節は夏(裏夏)
属性は草(大地)色は黄緑 方位は西
10月:[黒砂糖月] 季節は夏(裏夏)
属性は酒(水)色は琥珀 方位は北
***
[秋]
11月:[深夜遊月] 季節は秋(表秋)
属性は音(風) 色は紫 方位は西
12月:[彩染月] 季節は秋(表秋)
属性は色(火) 色はオレンジ 方位は南
13月:[薄霧雨月] 季節は秋(裏秋)
属性は霧(水) 色は濃灰色 方位は北
14月:[薄布闇月(眠月)] 季節は秋(裏秋)
属性は幻(大地) 色は赤茶 方位は東
***
[冬]
15月:[白衣月] 季節は冬(表冬)
属性は大地 色は黒 方位は東
16月:[祈光道月] 季節は冬(表冬)
属性は灯り(火) 色は薄黄 方位は南
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「へぇ、なんか凄いな…」
エフィルドが感心したように呟く。
「この“表春”とか“裏春”とかってなんだい?」
「ああ、これは1つの季節で4ヶ月あるだろう。長いから、前の2ヶ月を“表月”、後ろの2ヶ月を“裏月”と呼んで分けるんだ。占いとかには深く関係するらしいが、残念ながら、深い意味合いがあるのかまでは分からないな」
「なるほど。……確かに季節毎に方角があるから、それぞれの方角に当てはまる月を言えばいいのか」
「そうなるな」
私は頷いた。
私とエフィルドは、大樹の“東”と刻まれた前に移動して、その前に立った。
「東西南北だから、まずは東からだね」
「ちょうど、それぞれの方位に春夏秋冬が収まるはずだ」
メモ帳を見ながら、私は確認する。
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ラトメモ帳より。“方位”分けした各月
東:春 [薄布光月](3月)
夏 [星海月](7月)
秋 [薄布闇月](14月)
冬 [白衣月](15月)
西:春 [炎緑樹月](5月)
夏 [深満月](9月)
秋 [深夜遊月](11月)
冬 [明夜月](1月)
南:春 [乱華舞月](4月)
夏 [天炎月](8月)
秋 [彩染月](12月)
冬 [祈光道月](16月)
北:春 [細銀雨月](6月)
夏 [黒砂糖月](10月)
秋 [薄霧雨月](13月)
冬 [粉砂糖月](2月)
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「うーん、似たような名前があってややこしい」
「とりあえず、言ってみよう」
思わず、溜め息を吐く私の後ろから書き直したメモを覗き込んで、エフィルドが言った。
“東”の文字の前で、東に該当する月の名前を読み上げると、それが幹に刻まれていき淡い光を放つ
「次は西だ」
私とエフィルドは、“西”と刻まれた文字の前に移動して、同じように月の名前を読み上げる。
すると、名前が同じように幹に刻まれた。
“南”“北”と同じように移動して読み上げていき、全ての方角に全ての月を刻み込む。
「さて、どうなるのかな?」
エフィルドが楽しそうに言った。
全ての文字が発する光が強く輝きだして、水晶の大樹全体を光に染めてゆく。
眩しいほどの光が、大樹全体から放たれて、私の視界も真っ白になる。あまりの眩しさに目を開けていられない。
「ラト!」
グイッと引っ張られた。体が浮く浮遊感。
どうやら、エフィルドが万が一を考えて、私を抱き上げたようだ。確かにここでまた転移し、バラバラになるのは得策ではないだろう。
ーー………サマ、アルジサマ………。
ー………カナ……デ!
ーー……メ………ナサイ………ワ…………デ…………。
目を閉じた闇の奥で、何かが聞こえた。
チリリと、脳裏に何かが走る。
何か、忘れているものを思い出しそうな感覚に襲われる。とても大切なことを忘れている気がする。
ーー………ミツケタ……!
はっきりとした声にギクリとした。
だが、見えない何かが“それ”を弾き返したのを感じて、私は何故かホッとする。
「…………!」
誰かの声に意識がぐるりと回った。
世界が入れ替わる。
「ラト!」
呼ばれてはっとした。
目を開けば、エフィルドに抱き上げられたまま、目の前には光の大樹と化した水晶の大樹があった。
大樹全体が光っているが、周囲に変化はない。
………なんだったんだ?
私は、奇妙な感覚に周囲を見回した。
何かあった気がするが思い出せない。いや、現状で何かあれば、エフィルドにも分かるはずだ。
エフィルドに変化はないから、私の気のせいだろうか?
「ラト、文字がある」
エフィルドに言われて見上げれば、大樹の幹に新しい文字が浮かび上がり、その下が奇妙に歪んでいた。
「あれは、たぶん転移の“門”だろう。前に似たようなものをみたことがある」
エフィルドが言った。
「とりあえず、文字だな」
エフィルドが抱き上げてくれているので、私はそのまま読み上げる。
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16の月の名前には、16の妖精姫の名前がある。
妖精姫は、王に逆らった罪で各地に封じられたが、輪廻の輪に落ちた王を見つけ出し、復活させることが出来るのも妖精姫たちである。
何故なら、彼女たちは王の愛娘である。
時間が無い。
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「時間がない?」
また、奇妙な終わり方だ。
「転移のヒントは書いてないのか?」
「いや、その下にまだある」
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真の月の名前を知る者よ。
陰月の迷宮を逆さに進み、陽月の迷宮をまっすぐ辿れ。
祈りの道に至れば、次の遺跡への証を手にすることができるであろう。
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「あ、ヒントだ」
「この遺跡の脱出方法じゃないな……」
エフィルドは目を輝かせ、私は落胆する。
ひょっとして攻略しないと出られないのだろうか?途中棄権があってもよくないか?
いくら、遺跡探索も専門分野とはいえ、私は攻略組ではなく、あくまで古語解読専門なのだ。
「まぁまぁ、攻略してしまえば、出口も見つかるさ。大丈夫。私が君を護るよ」
「……………あー、うん………」
キラキラと甘い笑顔で言うエフィルドに、私は虚ろな半眼で応じた。
どうやらエフィルドは、攻略が好みのようだ。私の脳裏に、ふとある言葉が浮かんだが否定しておく。
本人のやる気に水をさすわけにはいかない。そもそも私は、探索者であるが非戦闘員なのだ。この状況では、エフィルドに守って貰わなければならない立場である。
目の前の謎が解かれ、行き先が見えたからかもしれない。
エフィルドは、俄然とやる気に満ち溢れていた。
実に頼もしい、と言うべきなのだろうか?
「じゃあ、次のステージに行こうか!」
キラキラとした笑顔が近い。
いい加減、降ろして貰いたいのだが、エフィルドに「転移ではぐれる可能性もあるから、このまま我慢してほしい」と却下される。もっともな意見ではあるが、釈然としないのは何故だろう?
まぁ、絵的には、美少女と美青年で問題はないと言えなくはないがな、エド、いいのか?
……中身はおっさんなんだぞ?むしろ、私がつらいわっ!
美青年に抱き上げられる美少女って、誰得になるんだ?
「…………エド、やっぱり降ろしてくれ」
「却下!」
エフィルドに抱き上げられたまま、何度目かの溜め息を吐く私とは対照的に、何故か、さらにテンションの上がるエフィルドは、意気揚々と大樹に出来た“門”を潜ったのだった。