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5.水晶の大樹

 「さて、これからどうしようか?」


 言いながらも、天井まで伸びる水晶の大樹を前に立つエフィルド。

 私のその横に立ち、見事なまでの造形を見上げる。

 やはり、真っ先に疑うのはこの大樹だろう。

 一応、広場に通じる通路は調べたが、私の通ってきた道以外の通路は見つけられなかったのだ。そうなると、エフィルドのようにどこかから転移してくる方法になるようだ。

 転移術は、“喪われた魔術(ロスト・マジック)”の一つで、今では古い遺跡や歴史のある国の主要施設などに残るのみと言われている。

 ここも一応、未知の遺跡と推測すれば、転移術での行き来というのも可能性は高い。なにより、今優先すべきは、この広間、いや、この遺跡からの脱出だろう。


 「やっぱり、これが怪しいな」

 「私が、水晶の木に触れて飛ばされてきたことからも関係性はありそうだね」


 エフィルドは、水晶の大樹を観察するように見上げた。

 どっしりとした柱は、まさに木の幹のようにゴツゴツしており、薄い青い色合いは美しく、よく見れば内部の水の流れが透けて見える。

 見上げた枝は細かく無数に分かれて、天井付近で幾つもの淡い輝きが静かに踊っているようだ。


 「まずは触れてみるか」

 「……は?」


 エフィルドは私をひょいと抱き上げると、ぴたりと大樹の幹に手を触れた。

 あまりの突飛な行動に、私が止める暇も無い。


 「ふむ。何も起きないな」と、首を傾げるエフィルド。


 「いきなり、何をするんだ?!」

 「まぁまぁ…」


 唖然とした私が我に返り、じたばたと暴れると、エフィルドは素直に私を下に降ろした。一応、バラバラになるわけにはいかないという判断だったようだが、あまりにも無謀すぎる。

 私は、若干、不安がよぎった。

 とりあえず、仕切り直して、2人で大樹の周りをぐるりと回ってみることにする。


 「エフィルド、何か見つけたか?」

 「“エド”でいいよ。アステル」


 私の呼びかけに、エフィルドは返す。


 「友人たちは、私を“エド”と呼ぶ。エフィルドは、少し呼びにくいらしい」

 「じゃあ、私は……」

 「アステルじゃ、駄目かな?」

 「“ラト”で」


 私は速攻で言った。

 いや、そもそも私のファーストネームを、彼女はさらりと呼んでいるが許可した覚えは無い。私の場合は、それを踏まえて敢えて呼んでいるのだが、本人は気にしてないらしい。

 元々“アステル”だと可愛らしすぎて、男の私には合わないのだ。少年時代ならまだしも、むさい中年のおっさんには、激しく似合わない。ゆえに、古くからの知人友人は私を“ラト”と呼ぶのだ。正直、こちらの方が違和感が無い。

 正直、そう呼ばれるのがむず痒く、抵抗感がある。


 「アステルの方が今の見た目(すがた)に合ってると思うけど?可愛いし、ね」

 「いや、ラトと呼んでくれ…」

 「ふふ、照れなくてもいいのに。ね?アステル?」

 「ラトで!!」


 ……それが分かってるから言ってるんだっ!!

 急に、キラキラとイケメンスマイルを発揮して、こちらに甘い笑顔を向けてくるエフィルドに、私は断固として拒否した。普通の女性なら、見惚れるだろう笑顔と甘い声だが、生憎、こちらは中身は中年のおっさんである。効くわけがない。


 「…………分かったよ、“ラト”」


 冷やかな半眼の私に、エフィルドは、残念そうに肩を竦めた。

 なんでわざわざ甘い声で言わないといけないのか。まるで口説くかのような言い回しは、どうやら故意に“お願い”する場合のエフィルドの常套手段のようだ。

 

 ……なにこの子、恐ろしいわ……。


 私は、内心、冷や汗を垂らした。

 私は中身が男だし、エフィルドが女性と知っているから拒絶できるが、これが女性だったら、この口説くような甘い言い回しと流し目でもしたら、簡単に落ちそうである。


 ……いや、恐ろしい。マジに怖い。

 しかも、意図的にやるとか、どこのモテ男だ?


 私は密かに戦慄を隠せなかった。


 「あ、ラト。あそこに何か書いてある」


 ふと見上げたエフィルドが、私を促した。

 見れば、エフィルドよりも高い位置の幹になにやら文字が刻まれているのが見える。だが、高すぎ照何が書かされているかが分からない。


 「………むぅ……」


 元の姿なら簡単に読めただろう高さに、私はおもわず唸った。


 「エド、抱っこ」


 屈辱ではあるが、見えないのでは仕方がない。ここは、背の高いエフィルドに抱き上げて貰おう。

 腕を差し出せば、エフィルドが何かを堪えるように顔を横に背けていた。

 私は、その様子に首を傾げる。


 「エド?」

 「あ、うん。そうだね。ちょっと待って………くれ。今抱き上げるからさ」


 なにやら動揺するエフィルドは、今度はちゃんと私を抱き上げた。私は体を伸ばして、幹に刻まれた言葉を見る。


 「これは、随分珍しい古代文字だな」


 おもわず、眉を寄せて呟く。


 「珍しいのかい?」

 「古代文字というか、神殿に保存されている“神託”の文字(ことば)に近い。どうにか読めるが、難しい………」


 “神託文字”も特例で解読依頼があり、一度だけ引き受けたことがある。

 それが最初で最後だ。

 見て読むだけでもかなり消耗するのに、直訳だと意味が不明で、現代語に訳さなくてはならなくて苦労した記憶がある。しかも、神殿側が報酬を出し渋って揉めた嫌な依頼だった。

 ギルドには、依頼が来ても二度とやらないと宣言したくらいだ。

 あぁ、嫌な思い出だ。


 「ラト、大丈夫かい?」

 「……あぁ、大丈夫」


 私は過去を振り払い、目の前の文字に集中した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 全ての生命を司る御方。

 生命に宿る輝き。湧き上がる欲求と揺れ動く感情を支配する尊き主よ。

 16の月日が巡る。

 世界もまた陰陽を持ち揺れ動く。

 廻る廻る生命の輪。

 回る回る季節の輪。

 これらを定める為に、主は生命の輪に落ちた。

 四季の女神は、16の月に主に仕えた16の妖精姫を封じた。

 16の妖精姫は16の月の化身であり、主はそれを命じたが、妖精姫たちは主に逆らった。

 結果として、世界も妖精姫も神々も全ての生き物も主を失い、全ては色褪せた。

 主よ。尊き御方よ。

 汝の魂が真なる記憶を有するならば、彼女たちの名前を刻め。

 東西南北、巡る月の名前を答えよ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 「………つまり、16の月の“名前”を答えればいいのかな?」


 ぐったりと消耗した私を抱きかかえたまま、エフィルドは首をひねる。

 

 ……いや、“読む”だけでも疲れる言語は嫌いだ。


 文字というか、言葉そのものが一種の強い力なのだ。意識を集中しないとこっちが持っていかれそうになるわ、下手をすると言葉の力が暴走する可能性もあるわで、細心の注意が必要なのだ。

 要は爆弾に触れているようなものだ。

 半端なく疲れる。


 「……そうだな」

 「月の名前?1月2月………では駄目なのかい?」

 「“名前”じゃない、だろ?」


 やはりエフィルドは分からないらしい。

 まぁ、西域のこの辺りでは使われてないのだから、仕方がない。いわゆる“失われた文化(ロスト・カルチャー)”だ。

 長い戦乱の時代が続いた土地の弊害だろう。

 しかし、この古代文字といい、マイナーな謎掛けといい、この遺跡はやはり相当古いもののようだ。

 今まで見つからなかったのが不思議なくらいである。


 「なんか神話みたいだね。四季の女神とか妖精姫とか…。出てくる“主”は神様のことかな?」

 「さぁ、どうだろう……」


 私は答えながらも、考えを巡らす。



 四季は、(ラヴィア)(エア)(オルタム)(ウィヴィン)

 暦は、一巡(一週間)は6日、一月は5巡、一季節は4月で四季あり、一年は16月+6日。

 これは、広大なこの大陸(せかい)共通の暦だ。

 ちなみに、1日は24時間である。

 ただ、月の呼び方が数字のみで表す地域と独特な名称で呼ぶ地域がある。

 前者は、この西域を中心とした土地でいずれも長く戦乱が続いた歴史がある。後者は、内乱はあるものの、古くから続く国があったりする地域だ。

 ぶっちゃければ、エフィルドが言うのが正解なのだ。

 彼女は知らないからこそ、簡潔に答えを導き出す。だが、知らないからこそ、答えられない。


 「また、“16月”の“名前”か……」


 私は、飛ばされる前に歩いた迷路の広場を思い出す。あそこもまた、“月の名前”を暗示させる造りだった。

 どうやらこの遺跡は、“月の名前”に拘っているようだ。


 「うーん……。ねぇ、ラト。“東西南北、巡る月の名前を答えよ”ってあるけど、これ、答え方だよな?」

 「西域では無くなったが、古来からある月名称には、それぞれの月が司る方位や色、属性などがあるんだ。方位は季節毎、つまり、春の東西南北、夏の東西南北というふうに季節で各方位を司る月がある」

 「へぇ、なんか凄いな」

 「方位も属性も色も、その“月”を表す関係性が深いものだ。だから、衣服や様々なものに用いることができ、季節感が出る。季節感がでれば、その時期特有のイベントや楽しみにも深みが出るだろう?」

 「なるほどなぁ……。東方の祭りは色鮮やかで楽しいって聞くけど、そういう意味があったのか」


 私の説明に感心するエフィルド。

 いや、この国の迎春祭や収穫祭だって、なかなか凄い盛り上がりがあって楽しいぞ?

 酔っ払った守護竜なんて、この国の祭りじゃないと滅多に見れないからな。


 「………っと、悪いエド。そろそろ降ろしてくれ」


 だいぶ回復したので、いつまでも抱き上げられていると悪いと思った私が言うと、何故か「えー……」と残念そうな声が返ってきた。

 ………何故だ?!


 「いいから降ろしてくれ。それと、もう一度この広場を調べよう。“東西南北、巡る月の名前を答えろ”ということは、別の変化が出てるはずだ」

 「…………はぁ、わかったよ」


 至極、残念そうにエフィルドは、私を地面に降ろした。

 私は、固い地面の感触に内心ホッとする。

 なにせ、中身は成人男性なのだ。女性に抱き上げられるなんて複雑な心境なのだ。

 非常事態だからこそ、敢えて我慢しているが、精神的にはかなりキツい。分かって欲しい。


 「じゃあ、手分けして調べるか?」

 「………わかった」


 なにやら不満げなエフィルドは、私の言葉に頷いた。一体何が不満なのかが、分からない。

 女性心はまったく分からない。

 うん。仕方がない。ここは見ぬ振りをしよう。

 私は密かに溜め息を吐いた。


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