2:探索
彼女ーーエフィルド・マートニーは、Aランクのソロの剣士として、有名な冒険者だ。
その甘く凛とした容姿に、一般人を含めて女性ファンが多く、活躍した冒険譚もまるで英雄のようだ。現に、彼女はソロで狂った竜を退治した“ドラゴンスレイヤー”の称号を持つ猛者だ。
そんな彼女が、何故、この遺跡調査に参加しているかといえば、参加してる学者の一部が国のお抱えであり、その護衛役として声が掛かったらしい。
「まぁ、護衛役は私1人ではないからね」
彼女は笑みを浮かべて、言った。
「それはそうだが………。わざわざ、私の所に来なくてもよくないか?」
「冒険者と言っても、私は“ぼっち”だからね。彼らの中に入る勇気はないのさ。それなら、同じ“ぼっち”と一緒にいるほうがいい」
「私は探索者だが?」
「探索者だからこそ、興味深い。それに、冒険者で探索者ギルドに登録している者も実はけっこういるんだよ。ライバル視しているのは、一部の“やっかみ”さ」
確かに、逆パターンもあるから否定できない。
私の友人なんぞは同じ探索者だが、「暴れたりない」とかで冒険者登録して、魔物退治やら盗賊退治やらでストレス発散と暴れまくっているからな。
「それに、君の美しい髪色と鮮やかな青は目立つんだよ。つい、見惚れてしまう。
綺麗なものを間近で見たいと思うのは、人間の素直な欲求だろう?」
にっこりと、だが甘く口説くようにそう言うエフィルドに、私はぞわぞわした。
いや、彼女は美人である。美人に口説かれていると思えば……………うん、無理だ。
なんだろう?
あまり良い気分にはならない。何故か、身の危険を感じてしまうんだが。
「それより!………この遺跡はおかしい」
私は強引に話題を変えた。
「“文字”がない。どんな遺跡にも、何かを示す言葉があるはずなのになにもない。目的が分からないというのは、危険だ」
「ふん。………そういうものかい?私は遺跡探索は専門じゃないからわからないな」
「この遺跡は“綺麗すぎる”んだ。まるで、自分たち意外の誰かがこの遺跡に入ることを前提にして作っている感じじゃないか?」
「つまり、生活の為の施設とかでも、迷宮でもない。だが、外部者に入って何かをしてもらう別の“目的”があると?」
彼女は、顎に指を当てて考え込む。
青い胴着と白いズボンにブーツ。身にまとう華美ではない銀色の部分鎧に革ベルト。深い青の外套を羽織り立つ姿は様になっており、格好いい。
「言葉はない。なら、他で示しているのか………」
「他?」
「例えば、ここまでの道程を見るなら、“広間”とかかな?」
エフィルドの指摘に、私ははっとした。
花々が咲き乱れる広間。
燃え上がるような緑の木々の森の広間。
長雨をイメージするような白と水の広間。
鮮やかな紅葉をイメージする広間。
それらに、私は思い当たるものがある。
「………これは、“月”か」
「月?」
「1月から16月まで一年の“月”をイメージしているのかもしれない。
最初の広間は、“4月”、次は“5月”、水の広間は“6月”、この広間は“12月”だろう」
「うん?………まぁ、言われると当てはまるかな?
一応、お爺ちゃんたちに助言しておこうか」
エフィルドはそう言うと、私の元から去った。
“お爺ちゃん”というのは、あの学者たちのことだろうか。確かにご年配が多いが、お爺ちゃん呼ばわりとは、一体どんな関係なんだろう?
しかし、私は、彼女の助言でもこの意見は通らないだろうと見る。何故なら、この国では月のイメージが異なるからだ。
この広間のイメージは、古に使われていた“月の名前”に由来する。
いまでもそれが使われている地域は、古くから続く東方地域の国々や一部の西や南の地域で、この国を含めた西の新興国では、数字による呼び方しかないし、イメージも違う。
私の出身は西域だが、東方地域よりのせいか、古い月の名前も併用していた。遺跡や古語関連で勉強し、地域の神話や伝承、マイナーな分野なども知っていたから分かったことも大きい。
「この地域で、古い月の名前を表す遺跡か。そうなると、かなり古い遺跡になるだろうな」
新興国というが、西域の国々が形になったのが今から500年から300年前だ。その前の数百年は戦乱の時代であり、それこそ千年前にあったという大陸統一王国の時代にまで遡る可能性すらあるだろう。
「道理で、国が介入してくるわけだ」
エフィルドや国お抱えの学者たちが参加しているのだ。表向きではないが、国が関わってきているのは確実だ。古い時代の方が文明的に発達していたらしく、その遺産には価値がある。
いわゆる“喪われた技術”というやつだ。
今回も、それ狙いの可能性を求めているのだろう。まぁ、学者たちは純粋な学術目的なのだろうが、後ろ盾が俗物すぎるのはよくあることだ。
おそらく、国としては古代の遺跡としてなんらかの“利益”を求めるのだろうが、この遺跡にそんなものがあるのだろうか?
なんとなく、直感的に私は“無い”と判断する。
逆に、触れてはならないものという予感がするのだ。こんな“対話”する気の無い、一方的なメッセージを残すだけの遺跡は、正直、関わりたくない。
「また、厄介な依頼になったもんだ」
私は溜め息を吐いた。
遺跡調査隊は、学者、研究者とその助手合わせて10名ほどいる。さらに護衛役の冒険者パーティが2組とソロ、ペアが5名、さらに遺跡探索に詳しい探索者や荷物持ち諸々なを含めると全員で30名近い大所帯だ。
エフィルド経由の広間=各月を表しているという発想は保留にされ、先に進むことになった。
迷路のような通路にも、途中の広間にも罠などはなく、目立つ仕掛けやら謎掛けもない。魔物や獣といった敵対生物にも遭遇しない。
途中に通った3つの広間は、やはり“月”のイメージを形にしたような美しい景色の広間だった。
再び、通路に戻り、ずいぶん長く歩いたと思ったら、それまでの整備されたものとは違う剥き出しの岩肌の広い空間に出た。
「これは………、なんと!」
「地下湖だ!」
目の前に広がる深い地下湖に周囲がどよめく。
どうやらそこから先に道はなく、完全に行き止まりのようだった。
出てきた通路の近くで早々に野営をする事にして、荷物持ちや冒険者が動く中、学者たちは固まって今後の方針を話し合っていたようだ。
この野営を拠点に通路を逆行し、まだ、通っていない通路の探索をすることになった。
寝る時間にはまだ遠いので、私も参加することにした。
「往復で3時間の範囲で頼む。本格的な調査は、明日からだ」
「気になる文字やものがあったら、触れずに記録だけして報告してくれ。今の段階ではなにもないが、警戒は怠らないでくれ!」
冒険者パーティの1組、冒険者ペア2組にそれぞれ学者や助手が加わった3組が探索組のようだ。
残りは野営の護衛と待機組だろう。
「アステル。どうせ行くのだろう?」
楽しそうにエフィルドが近寄ってきた。
「護衛は?」
「お爺ちゃんたちには許可貰ってきたよ。君は、探索者だけど今回は“学者”寄りの認識なんだ。貴重な[言語理解]保持者だからね。
でも気になっているんだろう?」
「…………まぁ」
私が歩き出せば、エフィルドは隣に来て歩調を合わせる。通路に戻り、最後の広間までの道を歩く。
「で、どうするんだい?」
「[夜明月]………1月の広間を探す」
私は言った。
おそらく、ここには16の月の広間があるはずだ。ならば、迷路のような通路を抜けて、1月から順に広間を通るべきだと考えるのが普通だろう。
「1月ね。つまり、月の順に広間を辿るのが正解?」
「おそらくは………」
「なるほどなぁ。でも、お爺ちゃんたちも皆、広間が“月”を表してるなんて分からなかったよ」
「今の暦とは違うものだからな。昔と比べれば季節も浅い」
「アステルは博識だな。どこで学んだんだい?」
エフィルドの感心した言葉に私はふと固まった。
……どこで学んだ?
古の月の名前については、出身地の影響で知っていたし独自に勉強もした。四季の移り変わりも、月の名前から推測できる。
だが、私は何故知っているのだろう?
“昔”と比べて、この地域の季節がはっきりとしていないなんて、まるで昔のこの地域を知っているかのような……………。
私が、この国を拠点にしたのは10年ほど前だ。
その前に西域中央に来た事なんて無い。
ーーークスクスクス…………。
誰かが笑う声がした。
私の脳裏に知らない少女たちの影が過ぎる。
「アステル?!」
<ミィツケタ!アルジサマ……>
エフィルドのなにやら焦った声と知らない誰かの声が聞こえた気がした。
視界がぐるりと反転する。そこで、私の意識はぷつりと途切れた。