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10:ニルフィン族

 「む、むぐっ………うまっ!……うぅ、おいじい………!おいじいでずぅ~………」


 ボタボタと涙を流しながら、口に料理をほうばる男は、何度も「美味しい」と言う。

 “空間収納”から出した料理を片っ端から平らげる。本当に一体いつから食べてないのか、男は私の出す料理に何度も感激して食べていた。

 一応、胃への負担を考えてリゾットや煮込み系を中心に出したのだが、あっという間に無くなってしまった。

 ずず…とスープを一気に飲み干して、男ははぁと深い満足のため息を吐いた。

 まだ、物足りなさそうな顔をしているが、世の中には“腹八分目”という言葉がある。


 「なるほど、確かに何事も“ほどほど”が一番です」


 真面目くさって頷く男。

 私は、無言で“空間収納”を確認する。

 時間の経過のない“空間収納”にはかなりの料理が入っていたはずだが、その大部分が無くなっている。その量を考えたら、目の前の男が“腹八分目”を頷くのは間違っている気がしてならない。


 「いやはや、ありがとうございました。100年ぶりくらいにマトモな料理をご馳走になりました」


 深々と私に頭を下げる男。


 「ひ、百年ぶり?」


 男の食欲に、感心を通り越しドン引きした様子のエフィルドが呟く。

 なにかの比喩か、冗談かと思えたらいいのだが、残念ながら否定できない。


 それより、食料だ。

 保存していた料理は残り少ない。まだ、食材はあるので調理すれば暫くは凌げるだろう。だが、早い所、この遺跡から脱出しなければいけないのは、確実だ。


 「ら、ラト。食料は大丈夫か?」


 男の食べっぷりに同じ懸念を抱いたらしいエフィルドがこっそりと聞いてくる。子供になり、食べる量が減った私と違い、男性並みに食べるエフィルドにとって、食料の有無は気になるところだろう。


 「調理をすれば……なんとか…」

 「……………調理?料理?…………私は無理だな」


 キリッと真面目な顔つきでエフィルドは断言した。


 「なにせ、台所立ち入り禁止された身だからな。私が料理をすると破壊兵器しか生まれないとか言われてな。食べる専門だ」

 「料理ですか。………僕も出来ません。お湯を沸かすくらいは出来るんですが、何故か、得体の知れないモノになるそうで………」


 サラッと会話に入ってくる男。

 私は、溜め息を吐いた。


 ……………期待はしていなかった。期待はしていなかったけどさ!

 予想通りなのが辛い。


 「とりあえず、次々は身嗜みだな」と、私は意識を切り替えて、男を見た。


 相変わらず、浮浪者以上にみすぼらしい。いや、汚いというべきか、無精というべきか。

 先に身嗜みを整えさせたかったが、私もお腹が空いていたし食を優先させた。

 幸い、ちょうど水場もある。


 「むぅ、……ラト、話題を変えたな……」


 何故か、エフィルドがむくれる。


 ………話題をすり替えた?

 いやいや、だってもう、どうしようもないでしょ?!

 まだ、一応、料理も残っているし、なんとかなるだろうと思いたい。


 私はエフィルドを無視すると、じっと男を見つめた。


 「いやいや、そこまでお世話になるのは……」と、男はなにやら焦って首を振る。

 「あんた、遭難者だろ?放っておく訳にはいかない。そうなると、どのみち、ここから外に出るまでは一緒に行動することになるんだ。そんな格好でいられたら、こちらも困る」

 「え?……外に出られるんですか?」


 男は、驚いたように目を丸くした。

 「多分な」と、私は頷いた。


 この“迷宮”から脱出できなければ、私もエフィルドも“遭難”する形になるんだが、まぁ、なんとなく大丈夫な気がする。

 一応、私にも最終的な“奥の手”はあるのだか、正直使いたくはない。使わざる得ない場合は、躊躇するつもりはないが。

 それに言ったとおり、彼は“遭難者”だ。

 探索者としても、冒険者としても、“遭難者”を放置しておけるわけにはいかない。


 「いやいや、しかし、やはり、僕のような者にそこまでしていただくのは………」

 「じゃあ、どうするんだ?」


  エフィルドが男を見た。

 子供が無邪気に聞いたかのように、邪気の無い顔だ。多分、普通に疑問に思ったのだろう。


 「それは………、え~と、………」


 男は、視線をさまよわせた。


 「………強制的にそこに放り込まれて、丸洗いされるのと、自分から身嗜みを整えるの、どっちがいい?」


 私は、ぼそりと呟くように言った。


 「う、………えーと、はい。分かりました……」


 ジトッとした視線を男に向ければ、男はなにやら悩んだ末にがっくりと肩を落とした。

 

 ……遠慮するのは、自分の姿を見てから言え!!


 私は、問答無用とばかりに男に石鹸やタオルなどを押し付けて、水場に向かわせた。

 男は、噴水で晒し者になるのは嫌だったらしく、茂みになっている水路に移動していく。


 「彼の着替えはどうするんだ?」

 「私のでなんとか我慢してもらおう」

 「なんなら、私の方が良くないか?下着は無理だが、服は普通に男物だし」


 エフィルドか提案する。

 男は痩せているが、すらりと背が高い。エフィルドよりもやや高いので、目測で180セトちょいというところだろうか。

 そうなると、確かに元175セトの私より178セトのエフィルドの服の方がいいだろう。


 ………なんだろう。この微妙な敗北感は。


 「………わかった。下着は私の予備を出すから、服はエドが出してくれ」

 「うん。確か、間違ってサイズが大きすぎた服があったはずだから……」


 何やらごそごそするエフィルド。

 やけに身軽だとは思っていたが、身に付けていたヒップバッグがどうやら“魔法鞄(アイテムボックス)”らしい。

 “空間収納”よりも容量や機能は低いが、それでも高価なアイテムだ。金貨数枚はするだろう。

 流石は、高ランクの冒険者だ。


 その後、数回、男にダメ出しをして何度も洗わせ、身体の汚れを落とさせた。さらに、髪を整えさせ、髭も剃る。

 そうこうして身嗜みを整えさせた男は、まさにニルフィン族だった。


 「あれ?………耳……」


 ようやく、エフィルドが気付いたようだ。

 私も改めて男を見た。

 何度も水浴びをさせ、ややぐったりした様子の男は、まるで別人のようだった。


 長い髪は淡い金色に輝き、青を基調にした瞳は青に緑に黄色、銀と不思議な色合いを見せている。透けるような白い肌に、繊細な宝石細工のような美貌は、どこか中性的だ。髭をさっぱりと無くした顔立ちは、意外にも若く神経質そうにも見える。

 人外の神秘的な空気を纏う男は、どこから見ても近寄りがたい美を体現しているようだった。

 痩せ過ぎているのを差し引いても、美形である。


 白い立襟の胴着に裾の長い明るい緑のチェニック、灰色のズボン。上に羽織る白地に刺繍の鮮やかな外套は、私が出したものだ。足はショートブーツ。

 寄せ集めとはいえ、なかなかに様になっている。

 男は、長い髪は両サイドを後ろに纏めていた。

 あの“粗大ゴミ”から一転、瑞々しい若木を思わせる神秘的な美貌の青年姿になり、その変わりようはまるで詐欺もいいところだろう。



 「二、ニルフィン族?!初めて見たよ!」


 驚きながらも、目をキラキラさせるエフィルド。


 「はぁ……、久々に疲れました……」

 「100年の垢を落としたからな。外に出るのに、アレだと、誰にも相手にして貰えないぞ?

 浮浪者の方がまだ、小綺麗だ」


 げっそりする男に、私は溜め息を吐いきながら言った。


 「この姿だと、何故か騒がれるんですよ。なら、無精な姿のほうが楽なんです」

 「だが、あれはやりすぎだ。いくらなんでも“限度”がある。なんなら、耳を隠して、髪と目の色を少し地味に変えればいい。騒がれる度合いが少なくなる」

 「それでも無くならない、と………」

 「それは仕方が無いだろう。諦めろ。後は、地味なローブでも買ってフードでも被っておけ。地味な魔術師と間違われるはずだ」

 「………なるほど」


 男は、ぽんっと手を叩いた。

 ……どちらにせよ、美形である以上、どうやっても騒がれるだろうが。

 私は、そう想ったが口を噤んだ。

 下手な事を言って、あの浮浪者のような姿に戻られたらたまったものではないからだ。



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