1:はじまり
はじめまして。
未熟ですが、楽しんで頂ければと思います。
よろしくお願いします。
私の名前はアステル・ラトフ・イルード。
赤みの強い紅茶色の髪に鮮やかな青い目を持つ。
年は30代半ば。中肉中背の冴えない男だ。
趣味は銀細工で、仕事は探索者。ランクはC+だ。専門は植物専門の[幻草師]と鉱石専門の[魔鉱師]で、他に遺跡などの古語解読を中心にした遺跡探索も請け負っている。
探索者とは、いわば“採集する者”だ。
依頼を受けてありとあらゆるものを採集する。だが、例えば植物にしても専門的な知識や扱いが必要なものもあり、採集と言っても非常に困難な場合がある。ゆえに、探索者には各分野の専門知識や技量が不可欠だ。
だから、探索者は自分の専門とする分野を持つ。
[幻草師]や[魔鉱師]、[魔獣師]、[水栽師]などの名称は資格の名称であり、探索者は自分の専門分野の“資格”を必要とする。尚、これらの資格は大半が一般でも取れるし、中には専門職として成り立つものもあるが、大半は非常にマイナーであり、個々では仕事として成り立たないものである。
ゆえに“探索者”ギルドが生まれたわけだ。
探索者はソロか、2~3人の少数で活動することが多い。私は基本的にソロだ。
ちなみに、冒険者という職業もある。
街の雑用から国を揺るがず英雄譚まで幅広く活躍する彼らは、一般的に思い浮かべる冒険者で間違っていない。
ソロや少人数もいるが、基本的にパーティを組み、戦士や剣士、格闘家などの前衛職と魔術師や治癒師などの後衛職からなる荒事のプロフェッショナルだ。彼らも“冒険者ギルド”に加入している正式な職業である。
私の探索者というものは、“収集”に特化した職業ではあるが、その活動の幅は広く、冒険者たちの活動と重なる部分が多い。
彼らにしてみれば“危険な魔物を排除する”依頼で来たとしても、探索者からすると“貴重な魔物の部位を収集する依頼の為に魔物を狩る”依頼として、意図せず同じ魔物を狙うということが、時々起こるのだ。
冒険者たちは誰かを護る依頼や助ける為の依頼として受けるが、探索者はまた別の“収集”目的の依頼の過程で似たようなことをする場合があったりする。
こういう経緯から冒険者が探索者をライバル視や敵意を抱くのは仕方がないことなのだ。さらに言えば、我々探索者は彼らと同じく“冒険の基本技能や知識”を持つ上に、それぞれの専門的な知識や技量を習得しており、レアな収集依頼が多いからか、収入も彼らより多く安定している。
まぁ、新人やランクの低い者は別だが、Dランク辺りになれば自分の専門分野や独自の収集場所を確立し始めるので安定した収入が得られるようになる。ゆえに、収入不安定な冒険者の大半が探索者をやっかんでも仕方がないのだ。
だが、探索者とて簡単になれるものではない。
“探索者ギルド”が、新人育成の為にどれだけ力を注いでいるかを冒険者は知らないのだ。
もちろん、探索者には誰でも登録できる。出来るが、登録時に、登録後半年間は半強制的に“学校”に通うことが義務付けられている。これにはいくらかの授業料も必要だが、半年後から無理のない分割支払いができるし、そう負担でもない。その後も各専門分野の有料講習や実習が行われたり、一定期間での資格取得試験があったりと、向上心さえあれば探索者としてやっていける支援制度は充実しているのだ。
ただ、誤解が無いように言っておくが、冒険者ギルドの支援制度とて悪くはないし、冒険者という職業が悪いと言っているわけでもない。
探索者は“収集”に特化し、より専門的に網羅した“冒険者”なのだ。全てを網羅し対応できる普通の冒険者と分野が異なるだけで、言い換えれば、探索者は基本的に自分の専門分野でしか対応できないのだ。
なので、探索者側としても、時々、幅広く対応できる冒険者が羨ましい場合がけっこうある。
特にソロの場合、冒険者の和気あいあいとしたパーティが羨ましくなるのだ。
大規模な遺跡探索の依頼の場合、護衛役の冒険者パーティが和気あいあいと野営の準備に取りかかる姿なぞを見ていると、自然と心がささくれ立つのは仕方がないことだ。
別に探索者だって、少人数であればパーティを組む者も多い。その場合は、専門分野がそれぞれ異なる者同士で、新人の頃から一緒にいたケースが大半である。
一人前になってからパーティを組むケースは稀だ。同じ分野なら自分の確立した“収集場所”を知られたくないだろうし、別分野の場合、収集依頼で分かれて行動する場合が多くなり、最終的に解散か自然消滅に陥るケースがあるからだ。
ゆえに、探索者はソロが多い。
まぁ、長く活動していると顔見知りから知人友人が多くなり、依頼によっては一時的なパーティを組んだりする場合や一緒に行動することもあるが、基本的にソローー“ぼっち”には変わりはない。
私が受けた仕事は、“迷いの白森”と呼ばれる森の奥で発見された遺跡の調査隊への参加である。
要は、大規模な遺跡探索だ。
古語ーー古代語の解読が出来る者は少ない。ある意味、“天恵能力”の一種だ。
中には独自の努力で習得した者もいるが、私の場合は、ありとあらゆる文字、言語の解読と会話が可能な[言語理解]というスキルを持つ。
ただし、筆記については除外されるので、私が書ける幾つもの言語文字は、私の努力の賜物だ。
こうした未知の遺跡探索では、一介の探索者でしかない私に依頼が来ることはあまりないのだが、私が拠点とする街に近いことからか、ギルド経由で指名依頼が来たのだ。
その遺跡は、一見、洞窟のような入り口だった。
だが、奥に進むと、途中から綺麗な石タイルが敷き詰められた通路に変わり、壁も美しいレリーフや埋め込まれた柱などの装飾が施されたものになった。天井は高く、剥き出し岩肌のままだが、華美ではない上品な装飾があちこちに施された通路は、奥に行くにつれて分岐が増えて、さながら迷路のようだった。
途中、広間に出ると、そこもまた美しい花々の咲き乱れる公園のような場所だったり、深い緑の森の中のような場所だったり、水路と低木の庭園のような場所だったりと、“遺跡”というイメージから想像もできない美しい風景が作り込まれていた。
石飾一つ上げても、繊細であり、いきいきとした美しい造形はまさに驚嘆に値するのだ。
「素晴らしい!」
同行の遺跡研究者が声を上げる。
「これほどの造形美は見たことがない!!いや、石飾だけではない。この植物、木々、水の流れ!全てが計算されて造り出された、一つの完成品だ!」
「一体、どんな種族が造った遺跡だ?こんな遺跡は初めてだよ」
「通路と広間に何か関係性があるんじゃないか?」
盛り上がる学者たち。
私は辿り着いた広間を見回した。
紅葉した木々が美しい、浅い森の中のような風景の広間だ。石タイルの床、あちこちに装飾された石の造形。何故か、どこか懐かしい気分にさせる光景が続いていた。
記憶には無いのに、妙に既視感を覚える。
「……………無いな」
私は、呟いた。
「何がだ?」
不意に声を掛けられる。
見れば、銀髪に赤い瞳の中性的な青年が、私のそばに立っていた。
一見やや長めの短髪に見えるが、襟首で髪を束ねて背中半ばまで流している。すらりと姿勢良く伸ばした身体は細身だが、鍛えられた者の体格だ。背は、私より少し高いだろうか。
私は175セトはあるのだが、その私より高いのだから女性にしては長身だろう。どう見ても貴公子のようにしか見えない。
そんな中性的な容姿ゆえか、男装の麗人は、表向きは“男性”として見られているらしい。そして、本人もそれを否定しない。
「初見で性別を見破られたのは、久々だよ」と、彼女は苦笑した。
確かに中性的で凛とした容姿は、優男的なイケメンで十分に通用するだろう。だが、よくよく見れば、体格に丸みがあるし、どこか柔らかい女性さがあるのだから、間違えることはないと思うのだが。
まぁ、彼女は“冒険者”だ。
最近では女性も多くなっているが、それでも荒事の多い職業だけあって、男性の方が有利な意識がある。特に、珍しいソロなら余計に危険が付きまとうだろう。
だから、性別を隠すのは悪い手段ではない。
私が素直にそう言えば、彼女は苦笑して、「ありがとう」と言った。