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第十九話 「カミラに友達を作ろう(後編)」

 ふ~昨日は散々だった。


 あれから自然破壊を繰り返しながら組み手をさんざんやってのけた。カミラの荒ぶる血を抑えるために、どれだけ骨を折ったか。


 思い出すだけでも疲労が蘇る。生首事件の後、カミラのテンションは最高潮に達していた。「教会って楽しい!」という彼女の言葉が脳裏に蘇り、俺は頭痛を感じずにはいられない。


 やっぱりカミラは一人にしておけない。たえず俺の監視下に置いておかないと。


 じぃ――っとカミラを見る。


 カミラは、部屋の窓から子供達が遊んでいる様子をぼんやりと眺めていた。足をプラプラと動かし、手持ち無沙汰の様子だ。その横顔には、微かな憂いの色が浮かんでいる。


 少し落ち込んでいるようにも見える。


 ふむ、少し小言を言い過ぎたかもしれない。


 昨日俺は、組み手の後、命の尊さについて改めてカミラに説教したのである。そんなやり取りを延々と続け、お兄ちゃんとのお約束も第二十条まで項目を増やした。


 組み手の最中はあんなに楽しそうだったのに、説教したらふてくされた。全てカミラの将来のため、成長を願っての事だけど、カミラ自身は今の現状を窮屈に思っているのかもしれない。


 そう考えると、胸が痛む。俺だって、カミラには笑顔でいて欲しい。だが、このまま放置するわけにもいかないのだ。


「カミラ、ほらお手玉を教えてやるぞ」


 手鞠遊びだけじゃつまらないだろう。お手玉を教える。


「お手玉?」

「そうだ。昔から女の子に人気の遊びなんだぞ」


 カミラに小さな布袋を数個渡した。中には小豆が入っており、適度な重さがある。


「こうやって空中に投げて、落ちてくるのをキャッチするんだ」


 三つのお手玉を使って、簡単なジャグリングを披露した。小さな布袋が規則正しい弧を描いて宙を舞い、リズミカルに俺の手のひらに戻ってくる。空中で交差する軌道が美しい模様を描いていた。


 カミラの目が少し輝いた。


「へー、面白いかも。僕にもできるかな?」

「もちろんだ。ただし人に投げつけちゃダメだぞ」

「えー、つまらないなぁ。人に当てる方が面白そうなのに」


 カミラの価値観では、お手玉は投擲武器の一種として認識されているらしい。これは想定外だった。


「カミラ、お手玉は武器じゃないんだ。芸術なんだよ」

「芸術?」

「そう。美しい軌道を描いて、リズムよく操る。それが楽しいんだ」

「うん、やってみる」


 カミラは小さなお手玉を手に取り、俺の真似をして投げ上げた。


 ポンッ、ポンッ。


 お手玉は綺麗な弧を描いて宙を舞い、正確にカミラの手のひらに戻ってくる。三つ、四つ、五つ……。当然のように完璧だった。


 しばらく続けていたカミラだが、やがて手を止めた。


「うーん……」


 カミラが首を傾げる。表情は最初の期待から段々と困惑に変わっていく。


「お兄ちゃん、これって……簡単すぎない?」

「え?」

「だって、全然難しくないよ。もっとすごいことができると思ったのに」


 カミラはお手玉をじっと見つめている。彼女にとっては、あまりに簡単すぎて拍子抜けしてしまったようだ。


「他に何かないの? もっと……こう、ドキドキするような」


 やはりカミラには刺激が足りないようだ。マキシマム家で育った彼女にとって、このレベルの技術では退屈に感じるのだろう。そして「ドキドキする」というのは、恐らく危険な遊びを意味している。


 少しは興味を示してくれたようだが、このまま部屋に籠っていたら、陰気さが増すだけだろう。外の空気でも吸って気分転換するか。


「カミラ、お外に出かけようか」

「うん」


 カミラが俺の手を握ってトコトコとついてくる。


 うんうん、こうしていると本当に可愛い妹だよ。


 部屋を出て、教会の敷地にある公園へと足を運んだ。カミラが窓から見ていた景色だね。


 中庭は想像以上に広く、芝生の向こうには大きな樫の木が枝を広げている。その木陰にはベンチが設置されており、読書をする信徒の姿も見える。


 子供達が元気に遊びまわっている。


 子供達の男女比率はほぼ半々。教会に住んでいる孤児達だけでなく、近隣住民の子達もいる。年齢層は小学校低学年ぐらいだ。カミラと同年代が多い。


 彼らは鬼ごっこをしたり、縄跳びをしたり、砂遊びをしたりと、実に自由に過ごしている。その光景は、俺が思い描く「普通の子供時代」そのものだった。


 同じ年頃の子供達が珍しいのだろう。カミラは、きょろきょろとせわしなく目を動かしている。その瞳には純粋な好奇心が宿っていた。


「カミラ、あの子達と一緒に遊びたいか?」

「うん」


 カミラはコクリと頷く。


 遊びたいのに遊べない。


 俺が昨日大人しくしてろと説教したからだ。


 興味深げに彼らを見ているのに、行動できない。


 寂しそうなカミラの横顔。


 それは、転校したての子供が友達の輪に入れず、放課後一人でいるシーンに酷似していた。


 やばい。俺は妹にそんな顔をさせるために家出させたわけではない。


 ……そうだな。監視していれば、カミラの暴走を防げる。


 俺がいれば、カミラは気兼ねなく子供達と遊べる。ここの子供達と遊んで仲良くなれば、カミラに友達、ひいては親友ができるかもしれない。それに例え友達になれなくても、カミラが同年代の子供達と遊ぶ事に意義があるのだ。


 それでこそ、人として生きているよ。


 だ、大丈夫。俺が監視しているから。


「カミラ、俺とのお約束は覚えているか?」

「えっと、なんだっけ?」


 カミラが不思議そうに顔を傾ける。


 くっ、昨日の事なのに。もう忘れたか。


 これがカミラの現実だった。命の重要性について長々と説教しても、一日経てば忘れてしまう。まるで金魚のような記憶力である。


「思い出せ。お兄ちゃんとのお約束第一条だ」

「第一条?」

「そうだ。なんだった?」

「うんとね、子供は絶対にべない」

「よし、よく覚えてたな。えらいぞ」


 そう言って、カミラの頭を撫でる。


 そう、叱ってばかりではいけない。褒める時は褒めないとね。これも重要な教育方針だ。


「じゃあ、二条、三条も覚えているな。復唱してみなさい」

「は~い♪ 子供は、べない。壊さない。(壊して)遊ばない」

「オッケイ、いいぞ。遊んで来い!」

「わーい、入れてぇ~」


 カミラが元気よく子供達の輪に入っていく。


 子供達は、突然現れた見知らぬ子に少し驚いた様子だ。だが、それも一瞬のこと。カミラが同じ歳くらいの少女だとわかると、皆の緊張が解かれた。


 そして、女子の集団から一人女の子が歩み寄ってきた。おさげをした可愛い少女である。


 よし、第一村人――でなく子供がカミラを発見。接触してきたぞ。


「ねぇ、あなたお名前は?」

「カミラだよ」

「カミラちゃんね。私リリー、一緒に遊ぼう」

「うん」


 おさげの少女リリーはカミラの手を取ると、皆の輪にカミラを引っ張っていく。


 いいね、いいね♪


 他の子供達もカミラを見て、笑顔で迎え入れる。


「わぁ、可愛い子!」

「髪の毛きれい~」

「どこから来たの?」


 子供達が口々にカミラに話しかける。その反応は概ね好意的だった。


 カミラは目を見張る美少女だ。おかしな言動をせず、普通にしていれば人気者になるのはたやすい。


 案ずるより生むが易し。


 意外にやれているじゃないか!


 手を繋がれて引っ張られた時も、されるがままについていっている。


 うん、ちゃんと手加減も覚えているぞ。


 感心、感心とひとり頷く。


 俺もカミラに続いて子供達の輪に入ってもよかったけど、年が離れすぎている。俺が参加することで、彼らのコミュニティに不協和音が出てはまずい。


 子供の世界は意外にシビアだ。大人の介入を嫌がる傾向もある。ここは一歩下がって見守るのが賢明だろう。


 彼らにカミラの兄だと軽く自己紹介だけしておき、俺は一歩引いた形でカミラを見守る。




 ★☆★☆★☆




 カミラは俺が教えた手鞠を披露していた。リズムよく手鞠を弾ませる。


「上手だね」

「どうやってるの?」


 子供達が興味深そうに近づいてくる。手鞠遊び自体は知っているが、カミラほど上手にできる子はここにはいないようだ。


「お兄ちゃんが教えてくれたの♪」

「おいらにも教えて!」


 イガグリ坊主の男の子が手を上げる。カミラが手鞠を渡すと、男の子は恐る恐る地面に打ち付けた。


 ポン、ポン……。


「あれ? うまくいかないや」


 手鞠は数回弾んだものの、すぐに転がってしまった。リズムよく弾み続けるカミラとは大違いだ。


「手鞠遊びって難しいのね」


 リリーがしみじみと呟く。


「えっ、難しいの? じゃあ、お手玉はどうかな♪ これも教えてもらったの~」


 カミラが無邪気に別の遊びを提案する。彼女にとってはどちらも兄に教わった普通の遊びに過ぎない。


 お手玉七個が高速で空中を回っていく。


 その瞬間、子供達の空気が一変した。


「うわあああ!」

「すっげー!」

「魔法みたい!」

「どうやったらそんなにうまくできるの?」

「教えて教えて!」

「本当に上手ね! 私なんて三つでも落としちゃうのに」


 リリーが感嘆の声を上げる。


 よし、掴みはオッケーだ。美少女でかつ、こんな超人的なパフォーマンスができる子が人気にならないわけがない。子供達は目を輝かせてカミラに次々と声援を送っている。


 それから……。


 カミラは新参者にもかかわらず、ずいぶん打ち解けてきた。


 皆がカミラを気にかけ、カミラに話しかける。


 カミラが皆の輪の中心にいる。ここの子供達が基本優しいってのもあるだろうけど、このポジションを得たのはカミラ自身の魅力のおかげだ。


 あのカミラが!


 生首を掴んでは興奮してたカミラが!

 軍隊を見ては突撃してたあのカミラが!


 普通に子供達と遊んでいるよ!


 その光景を目にした瞬間、俺の胸に熱いものがこみ上げてきた。


 カミラが——俺の大切な妹が——ついに普通の子供として笑っている。


 殺しや暴力とは無縁の、純粋で無垢な笑顔。それは俺が何度夢見ても叶わなかった光景だった。


「お兄ちゃん見て見て。鬼ごっこって楽しいね!」


 カミラがこちらに手を振る。その頬は紅潮している。まさに子供らしい、健康的な表情だった。


 俺の目頭が熱くなる。


 ダメだ、ダメだ。ここで泣いちゃダメだ。


 でも、嬉しくて、嬉しくて——


「あの子、すごく楽しそう」


 隣に立っていた中年の信徒が優しく微笑みかけてきた。


「ええ、まあ……」


 俺は慌てて袖で目元を拭う。


「お兄さんでいらっしゃいますか? 妹さんを大切にされているのが分かります」

「そう……ですね」


 俺の声は少し震えていた。


 これだ。これが俺の望んでいた光景だった。


 カミラが本当の意味で「人間らしく」生きている瞬間。誰かを殺したり傷つけたりすることなく、純粋に楽しみを見つけている瞬間。


 涙がこぼれそうになるのを必死にこらえながら、俺は妹の姿を見つめ続けた。


 いかん、いかん。


 うるっと涙ぐんだ自分を叱咤する。


 油断してはだめだ。カミラの暴走を防げるのは俺だけだ。


 まだ初日である。


 カミラがいつお腹が空いて暴走するかわからない。


 柱に背をもたれ、腕組みをしながらも厳しい視線でカミラを監視する。マキシマム家で培った観察力を最大限に活用し、カミラの一挙手一投足を見逃さないよう細心の注意を払った。


 現在、カミラ達はブランコがある場所に移動し、そこで遊んでいた。


 少しばかり距離が離れたが、問題ない。俺の聴力はずば抜けている。ここにいても十分に会話を聞ける。脚力も桁違いだ。有事があれば、ロケット弾の如く駆けつけられる。


 耳を澄ます。

 目を凝らす。


 リアルタイムで子供達の様子が窺える。


 子供達は、新たにメンバーに入ったカミラのために、自己紹介をしていた。話題は尽きない。今は、自分達の家族の話をしているようだ。


「おいらの父ちゃんは、兵士だ。昔は、王宮にも勤めてたって。強くて筋肉モリモリなんだぜ」


 イガグリ坊主の少年が指で鼻の下をすすり、へへんと自慢する。


 次に眼鏡の少年が立ち上がった。


「僕の父さんは、学校の教師さ。いつも難しい本を読んでいる。なんでも知ってて、すごく頭いいんだ」


「私のお姉ちゃんは、看護師なの。怪我した人を治すお仕事してるのよ」


 順番に立ち上がり、子供達が自分の家族を紹介していく。


 兵士、教師、消防士、花屋……。


 普通だね。

 それがいい。それだからこそよいのだ。


 平凡で、健全で、そして何より安全な職業ばかりだ。仮にこの場で殺し屋なんてのたまえば、ドン引きもいいとこである。


「じゃあカミラちゃん家は?」


 おさげの少女リリーが質問してきた。


 大丈夫か?


 馬鹿正直に話して、伝説の殺し屋マキシマム家だとばれたら大騒ぎになるぞ。


 身を乗り出し、いつでも割って入れるよう準備した。


「うんとね、うんとね、パパとママとお兄ちゃん、お祖父ちゃんがいてね~♪」

「うんうん、それでお父さんはどんなお仕事してるの?」


 いかん!


 かなりきわどい質問だ。


 大丈夫か?


 カミラには一応、俺達が殺し屋である事は、秘密にするように言い含めてはいるが……。


「……えぇとね、うーんと……依頼を受けて、お金をもらってるの~」


 よし、ちゃんと約束を覚えているな。それでよし。


「へーそれって、どんな依頼なの?」


 くっ。このおさげの子リリーちゃん、突っ込んでくるなぁ。


 いや、まぁ、確かにそれじゃどんな仕事をしているかわからないけどさ。


「えっとね、殺――」


 いかん!?


 カミラがNGワードを発しようとしていた。


 心臓が止まりそうになった。もしここで「殺し屋」という言葉が出たら、この平和な光景は一瞬で地獄に変わる。子供達の純真な笑顔が恐怖に変わり、カミラは再び孤独になってしまう。


 そんなことは絶対に許せない。


 すぐに止めに入らねば!


 大腿筋に力を溜め、爆発させた。稲妻の如くダッシュする。


 だが、その時——


「あ!? そうだった。それは、しゅひ義務だから教えられないの~」


 カミラが自分で軌道修正した。


 駆け出した足を急停止させる。つんのめりそうになるが、慌ててバランスを取った。

 心臓がドクドクと激しく鳴っている。冷や汗が背中を伝った。


 カミラの奴、俺の指示を覚えてた。


 うんうんやるじゃないか!


 カミラは、やればできる子。


 しかし、子供達はどう反応するだろうか。守秘義務なんて言葉を理解してくれるのか?


「あ~それ知ってる。確か法務官ってお仕事の人がそういうのやるんだよな」


 眼鏡の男の子が手を叩いた。


「そうそう、それだよ。すげー、カミラちゃんのお父さん頭いいんだ」


 イガグリ坊主も興奮気味に続ける。


「うん、僕のパパは、頭がよくてすごく強いんだよ♪」


 カミラが誇らしげに答える。それは演技でも嘘でもない、純粋な自慢だった。


「へ~頭いいだけじゃなく身体も鍛えているのか、文武両道だな」

「かっこいい〜」

「カミラちゃんのパパに会ってみたい」


 子供達の反応は想像以上に好意的だった。法務官という職業に対する憧れと尊敬の念が、彼らの言葉に込められている。


 俺は柱の陰で安堵のため息を吐いた。


 よっしゃああ! 乗り切った。


 いい感じに勘違いをしてくれた。


 嘘は言っていない。

 殺し屋にだって守秘義務はあるのだ。どう想像するかは人の勝手である。


 子供達は、カミラの父親が法務官の類だと思い純粋に賞賛した。法務官は、エリート連中が就職する中でも狭き門である。子供達もその辺の事情は知っているらしく、口々に褒め称える。


 カミラちゃんのお父さん頭いいんだって!


 まぁ、これも間違いではない。


 俺達の親父は、ただの脳筋ではない。頭は切れる。切れすぎるといってもいい。ありとあらゆる事象に精通している。


 それは森羅万象。


 人体の構造から弱点の見抜き方、古今東西の武器の仕組みと使用法、部隊の統括、戦術の組み立て、情報収集と分析、枚挙に暇ない。


 これだけ物事に精通している者は、世に五指といないだろう。


 俺達の親父すげぇ頭いい!


 それは大いに同意する。ただ、世間一般の常識と子育てにも精通して欲しかった。それだけが本当に悔やまれる。


まぁ、それでも今日のカミラを見ていると、少しずつだが確実に前進しているのが分かる。明日もまた、見守っていこう。

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