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第十一話 「カミラとのお約束!」

 周囲のお客さんはドン引きしているが、構わない。カミラが更生するかどうかの瀬戸際である。このチャンスを逃してなるものか。


 俺は、深々と頭を下げ続ける。


 すると貴婦人達は、根負けをしたのか、聖人について色々話をしてくれた。


 聖人の名は、ビトレイ・グ・シャモンサキ。御年五十歳、アメリカ出身の白人である。


 ビトレイは、もともとは不動産を経営するやり手の社長だったらしい。若くして成功し、全米にいくつものビルを建て、貸しビル業、ホテルを経営し億万長者になったとか。

 

 ビトレイ三十歳にして、年収十億以上を稼ぐ大富豪の仲間入りをしたのである。


 まさにアメリカンドリームそのものを歩んできたビトレイ。そこで気づいたんだって。自分は成功した、次に考えるのは、周りにいる恵まれない人達だと。特に、子供達を助けなければならないと固く決心をしたんだそうだ。

 

 ビトレイ四十歳、そこで天命を知る。慈善団体シュトライト教を設立。今までの資金を投げ打って、恵まれない人達に救いの手を差し延べているとか。

 

 いいねぇ~♪

 

 財を成し、社会的地位を築く。そこまでの富豪なら世にいくらでもいる。それこそ世界長者番付のランキング百に入っているような奴らだ。

 

 ただビトレイは、そこで終らなかった。

 

 周囲に目を向け、弱者を救おうと考えたのである。

 

 まさに聖人。

 

 そんな立派な人の尊い教えに触れれば、カミラの情操教育に役に立つだろう。人を食い物にしか見えないカミラに命の大切さ、慈愛の心が芽生えるかもしれない。


 もちろん、一朝一夕で変わるとは思わない。カミラの価値観は十年かけて形成されたものだ。それを変えるには相応の時間と努力が必要になるだろう。


 それでも、やってみる価値はある。


 ビトレイは、この町から数百キロ離れたクォーラルという街にいるとのこと。


 すぐに向かいたいが、まずはカミラに人として生きていくためのルールを覚えさせる。世間一般の常識を教えるのが先だ。

 

 クォーラル市は、比較的大きな街である。街が大きければ、人も多い。人が多ければ、その分、人とのかかわりが増えてくる。このままカミラに何も教えず街に入れば、どれだけ死傷者が出るかわからない。


 想像しただけで背筋が凍る。


 カミラが興味本位で通行人に話しかけ、相手が無視でもしようものなら――間違いなく首が飛ぶ。しかも、カミラにとってそれは悪気のない「遊び」でしかない。


 そんな惨劇を防ぐためにも、事前の教育は必須だった。


 わかりやすく丁寧に。カミラに人としての道を説く。


 テーブルに戻ると、カミラに向き直る。カミラは海老を手に取り、器用に皮を剥いて身を食べていた。その手つきは完璧で、どこから見ても上品な貴族令嬢だ。


 見た目だけは、本当に申し分ない。


「カミラ、話は変わるが、明日宿を引き払う」

「うん、わかった」


 カミラが素直に頷く。その表情に曇りはない。むしろ、新しい冒険への期待に満ちている。


「次の行先は、クォーラル市だ。比較的大きな街だから、カミラもきっとびっくりするぞ」

「本当! 楽しみ!」


 カミラの瞳がキラキラと輝く。その無邪気な笑顔を見ていると、胸が締め付けられる思いだった。


 この笑顔を守りたい。そして、この笑顔が他の誰かを傷つけることがないようにしたい。


「あぁ、楽しみにしていろ。ただし、街に入るに当たり守ってほしい決まりを教えるからな」

「は~い」


 カミラが左手を挙げて元気よく返答した。その仕草は本当に可愛らしく、他の客達も微笑ましそうに見ている。


 もしもこの客達がカミラの正体を知ったら、果たして同じ表情でいられるだろうか。


「よし、いい返事だぞ。まず、俺達は、殺し屋というさがを隠さなければならない」

「どうして?」


 頭をコテンと傾けて可愛らしい。その姿は、虫を殺さぬ可憐な少女そのものである。実際は、虫どころか人の首をチョンパーするほどのお転婆娘なのに。


 あぁ、中身も外見相応だったらどんなに良かったか。

 

 ……愚痴ってもしかたがない。決して感情的にならずに説明を続けよう。


「カミラ、俺達が殺し屋、ましてマキシマム家出身なんて言おうものなら、目立つ。自由に行動できなくなるぞ。カミラも自由にお外で行動したいだろ」

「自由……」


 カミラが呟く。その声には、新しい概念に触れた困惑が滲んでいた。


 そうか、カミラにとって「自由」という概念すら馴染みがないのかもしれない。実家では完全に管理された生活を送っていたからな。


「そうだ。自由だ。カミラが好きな時に好きな場所に行けなくなるってことだ」

「それはやだ」

「だろ。なら理解できるな?」

「うん、わかった。内緒にする」


 カミラが神妙に頷く。


「よし、いい子だ」

「えへへ」


 カミラが嬉しそうに笑う。その笑顔に、俺の心も少し軽くなった。


「でだ、ここからが重要だぞ。出身を隠すという事は、気軽に人を殺せなくなるってわけだ」

「えぇ、どうして~?」


 カミラは、あからさまに不満を表す。先ほどまでの素直な態度が一変し、明らかに機嫌を損ねている。

 

 予想どおりの反応だ。この山場でカミラが好き勝手に人を殺さないよう、ここは説得が必要である。


「カミラ、よく聞け。出身を隠すという事は、殺人許可証とっけんも隠すということだ。つまりなんの理由もなく人を殺したら、お尋ね者になる。警察に追いかけられたくはないだろ? せっかくお外にでたのに、そんな目にあいたくないよな?」

「ううん、鬼ごっこ楽しいよ。そんで、飽きたらべればいい!」


 カミラはあっけらかんと言う。


 これだから殺人鬼シリアルキラーは嫌なんだ。どんな会話をしても、最終的に殺しに結び付けようとする。

 

 落ち着け、落ち着くんだ。

 

 粘り強く説得しよう。


「カミラ、それじゃあきりがないだろ? そいつらは、いつまでも永遠におっかけてくるんだぞ」

「そうなの!? 楽しそう。ずっとずっとべられるんだね!」


 カミラは、目を輝かせて言う。


 うん、失敗だった。

 

 生命の尊厳、命の尊さを訴えても、今のカミラでは理解できないだろうから、自由に遊べなくなるぞって理論で押したのに。

 

 敵がいればいるほど喜ぶ。たくさん殺したい、そんな体質の者には、逆効果な説得であった。

 

 う~ん、であるならば……。


「カミラ、殺しよりもっともっと楽しいことを教えてやる」

「本当に!」


 カミラの瞳が再び輝く。今度は期待の光だ。


「あぁ、クォーラル市は大きな街だ。カミラの知らない楽しいものがたくさんたくさんあるぞ」


 遊園地、サーカス、動物園、祭り……。

 

 家に引きこもっているだけではわからない。外ならではのアトラクションだ。

 

 小さな子供なら誰しも大好きなもの。カミラだって、何か一つぐらい興味を引くものがあるはずだ。とにかく殺しより楽しいものがあると気づかせてやるのだ。


「遊園地っていうのがあってな、大きな観覧車や絶叫マシンがあるんだ。空中をぐるぐる回ったり、高いところから一気に落ちたり――」


 説明している途中で、カミラの表情が変わった。興味深そうに身を乗り出している。


「それって、訓練みたい!」


 カミラが手を叩いて喜ぶ。


 うん、確かに考えてみれば、遊園地のアトラクションはマキシマム家の訓練に似ているかもしれない。高所からの落下、回転による平衡感覚の訓練――。


 だが、重要なのは目的だ。


「そうだな、訓練に似ているかもしれない。でも、これは楽しむためのものなんだ。苦しむためじゃなく、笑うためのものなんだぞ」

「笑うため……」


 カミラが不思議そうに呟く。その表情には、理解しようとする意欲が見えた。


「そうだ。皆で一緒に笑って、楽しい時間を過ごすんだ。それが遊園地の本当の楽しさなんだよ」


 俺の説明に、カミラが少しずつ頷いている。完全に理解したわけではないだろうが、新しい概念を受け入れようとしているのがわかった。


「他にもな、サーカスっていうのもある。動物達が芸をしたり、人間が空中でアクロバットをしたり――」

「動物!」


 カミラが反応する。


「そうだ。でも、これは殺すためじゃない。一緒に楽しむためなんだ」

「殺さないで動物と遊ぶ……」


 カミラが首をかしげる。その表情は真剣そのものだった。


 カミラにとって、動物との関わりは「狩り」以外になかった。動物と戯れる、愛でる、そんな概念は存在しなかったのだ。


「そうだ。撫でたり、一緒に走ったり、芸を教えたり――色んな楽しみ方があるんだ」

「ふーん……」


 カミラが考え込む様子を見せる。新しい世界観に触れて、困惑しているのだろう。


 でも、拒絶はしていない。それだけでも十分だ。


「お兄ちゃん、早く街に行こう。僕、楽しみ!」

「そうだ。楽しみにしておけ。ただし、俺が言った決まりをきちんと守ること」

「うん♪」


 カミラが無邪気に笑う。その笑顔を見ていると、本当に普通の子供に見える。


「じゃあ、簡単な決まりから教える」

「は~い」


 カミラが背筋を伸ばして姿勢を正す。その真剣な態度に、俺は少しだけ期待を抱いた。


「まずは、お兄ちゃんとの約束第一条、俺の許可なく人をべてはいけない」

「わかった」


 カミラが素直に頷く。しかし、その返事は少し軽すぎるような気がした。


「本当にわかったのか?」

「うん」


 再び頷くカミラ。その表情に迷いはない。


「じゃあ復唱しろ」

「許可なく、べてはいけな~い」


 歌うような調子で復唱するカミラ。その口調からは、深刻さが全く感じられなかった。


 まるで童謡でも歌っているかのような軽やかさだ。これで本当に理解しているのだろうか。


「カミラ、これは大切な約束だ。もう一度、今度はもっと真剣に言ってみろ」

「許可なく、べては、いけません」


 今度は少し真面目な口調になった。とはいえ、まだ完全に理解しているようには見えない。


 カミラにとって、これは単なる「言葉の練習」でしかないのかもしれない。その重要性を心から理解させるには、まだまだ時間がかかりそうだ。


「よし。では第二条だ。人をべる前に、必ず相手が本当に悪い人かどうか確認すること」

「悪い人?」


 カミラが首をかしげる。その表情には、純粋な疑問が浮かんでいた。


「そうだ。世の中には、いい人と悪い人がいるんだ。いい人は殺しちゃだめ。悪い人だけを殺すんだ」

「でも、どうやって見分けるの?」


 カミラの質問は的確だった。確かに、善悪の判断は簡単ではない。大人でさえ迷うことがあるのに、十歳の子供にそれを求めるのは無理があるかもしれない。


「それは……うーん、難しい質問だな」


 俺自身、明確な答えを持っていなかった。この世界では賞金首という明確な基準があるが、それ以外の場合はどうすればいいのだろうか。


「例えば、昨日の女の子を覚えているか? あの子は何も悪いことをしていなかった。そういう人は絶対に殺しちゃだめなんだ」

「うん、あの子は悪くなかった」


 カミラが頷く。


「逆に、ボムズはどうだった?」

「ボムズは悪い人だった。あの子をいじめてたもん」

「そうだ。だから殺してもよかった。でも、その判断は難しいから、最初は俺がしてやる。慣れてきたら、カミラも自分で考えられるようになるさ」


 それから俺は、人として最低限守らなければいけないルールを細かく教えた。

 挨拶の仕方、食事のマナー、他人との適切な距離感、言葉遣い——。


 カミラは頷いてくれていたが、本当にわかってくれたのだろうか?


 と、とにかくだ。俺の許可なくべる事は厳禁だと約束させた。


 これでいきなり通行人を襲う事はないはずだが……。

 

 これからすれ違う通行人も桁違いに多くなる。不安は尽きそうにない。

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