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1─A 勇者と王女

「…………まだ婚儀をする訳にはいかぬと、そういうことであるな?」


 目的を達成なかったまま王都に帰還し王宮玉座の前で傅き頭を垂れた俺は、玉座に座り渋い顔をする王の声を黙して聞いていた。


 幼馴染が言った魔王ではない真の魔王について全てを信じたという訳ではないが、あいつがただ俺を突き放すために嘘をくとは思えない。火のないところに煙は立たぬという、何かしらの根拠があって俺に教えたに違いない。

 つまり真の魔王はいる。俺では片鱗も感じることはできない、告げられた今でも疑いはある。が、"あいつが言うなら"探してみる価値はある。それが人類を脅かす可能性を秘めるのであれば勇者は動かなくてはならない。それが使命だ。


「勇者よ、その情報に確たる証拠はあるのか? 嘘を申しているようには見えぬが、俄かに信じられぬ」


「確証はありません。しかし私としては危険な敵の陰が見える以上は捨て置くことはできません」


「うーむ……だが……」


 頭を垂れたままなので王の姿を見ることはできないが、頬杖をついて悩んでいる姿が目に浮かぶ。


 自分で言うのは恥ずかしいが、俺は魔王を倒した勇者だ。王国の最高戦力と言っても過言ではなく、勇者が再び旅立つということを避けたいはずだ。しかし、真の敵というのを探るにしても俺が魔王以上というのであれば俺を、勇者をだすしかない。

 どうすることが最善手であるかを必死に考えているのだろう。

 俺は決して王を嫌いではない。どちらと問われるまでもなく尊敬している。


「つい最近にも勇者の旅を認めたばかりであるし、そう何度も認めていてはな……それに王女はお前のことを大層好いておるのでな、このままでは一緒に付いていくと無茶をいいそうなのじゃ」


「それは……困ります。道中に危険があるかどうか分からず、王女をお連れすることはできません」


「分かっておる。…………敵の調査を仲間に任せる訳にはいかんのか? お前の仲間なら十分な働きをしてくれるように思うのだが」


 今この場にいるのは王と俺だけだ。仲間と衛士は扉の外で待機してもらっている。真の敵という話を他言してもよいものか悩んだからだ。

 仲間に任せるというのも手の内だと思ったが、俺の勘は仲間と離れることをできないと言っている。昔からこの手の勘は当たるものだった。

 しかし王に対して勘を口にはできない。


「考えは致しましたが、私の仲間はクセが強いものばかりでして。私なくして纏めることは困難かと」


「ううむ…………しばし考える。明日また来てくれ」


 そう言われて煌びやかな玉座の間を退出した。

 王にも考えることは色々とある。魔王への旅の際多くの援助を受けた恩がある、命に背くことはできるだけ避けたいところだ。が、最終手段として無言で去ることも考慮しておかねば。


 扉を開け外にでると衛士が軽く会釈をして中に入っていき、扉の正面に頼もしい仲間達がいた。


「で、どうするのだ」


 三人の仲間を代表して戦士が問いかけてきた。

 王宮に入るということで全員が正装をしている。……僧侶だけはいつもと変わらぬ修道服である。

 戦士は騎士としてぴっちりとした男物の服を着こなしていた。上は青、下は白。上着は大層なボタンがいくつもあり、左の胸にはいつ取得したのかもわからない勲章がいくつも付いている。厳つい顔をした騎士団長にも引けを取らない。一つ言いたいことがあるとすれば、なぜドレスではないのだ。

 魔法使いは薄い紫のドレスだ。面倒くさがりだが形式ばったことはキチンとこなす、魔法使いとはそういうものだと言っていたような気がする。ただ身長が低く、幼児体形なので世界全ての魔法を修めたと知らなければただの子供が背伸びしているようにしか見えない。つい頭を撫でそうになるのをぐっと堪えた。

 俺自身は勲章は一つも授かっていないが戦士と同じ騎士の服装をしている。騎士の服装をするのは少しばかり恥ずかしいのだが。御前に立つために我慢するしかない。


「王の決定待ちだな。とりあえず今後の方針を話し合おう。いつもの酒場に先に行っててくれ」


「ん? 一緒に行けばよいではないか」


 確かに戦士の言う通りなのであるが……王宮に来たということは寄らなくてはならない場所があるのだ。


「こらマリー! 勇者は王女様のところに行かなきゃダメなんだって! それにあたしも一旦帰るからね! ドレスで酒場とか恥ずかし過ぎて耐えられない!」


「あらあら、ドレス姿の魔法使い様も素敵でございますよ?」


「そういう問題じゃないの! あたしが嫌なの!」


 女が三人集まれば姦しいという。まさにその言葉は正しいものだと旅をしている時から実感している。ただ一人だけ女というより男に近い女が混じっているのだが、二人もいれば十分だ。

 とにかく俺は騒がしい三人に後で合流することを告げて、王宮内部を突き進む。何度も通ったというわけではないが、一度通った道くらいは記憶している。王女の部屋には何度か誘われていたので当然場所も把握している。

 王女は婚約者だ。ゆえに会えるとなると普通は足が速くなるものだ、普通なら。


 俺はできるだけ歩みを遅くする。至って平常心を装って、優雅に歩いているだけであるとでも言い訳をするようにゆっくりと。

 王女のことを嫌いなわけではない。好悪のどちらかと言われれば好ましい。加えて絶世の美女だ、女神の生まれ変わりではないかと思えるほど。

 ではどうして俺の足はゆっくりになるのか。その理由を考えたいと思う俺ではなかった。


 王女の部屋に着き、扉を叩く。返事がないことを期待していたが、俺が来ていることは既に知らされているだろうから可能性は皆無だろう。そして当然のように────


「勇者ですの? 勇者ですわね? 遠慮せずに入ってきてくださいまし」


 返事はあった。婚約者に向けたというより愛おしい恋人に向けているような甘く妖艶な声。まぎれもなく第一王女シャロン・ナタリー・グリーンのものだ。

 俺は覚悟を決めて部屋に踏み込んだ。


 部屋の中は豪華な装飾で彩られ眩さすら感じとれる。が、肝心のシャロン王女がどこにもいない。声は聞こえたのだから中にいるのは間違いないのだが、すぐに見つけられなかった。

 そう、俺はすぐにシャロン王女を見つけることができなかった。


「うふふ、ようやく戻ってきてくださいましたね」


 背後から扉の閉まる音と施錠の音。振り返ると閉められた扉の前にシャロン王女がいた。これ以上はないというほどの笑顔に戦慄してしまいそうだ。


「私は一秒でもあなたと離れたくありませんでしたのに、いつの間にか旅に出ていらっしゃって。かと思えばすぐに帰ってきてくださいました。なのに最初に会いに向かったのはお父様。私の元にすぐに来てくださると思っておりましたのに」


 ゆっくりと一歩ずつシャロン王女が近寄ってくる。務めて顔を見るようにした。


「シャロン王女、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


「ええ、構いませんわ。旅に出られる前は私に何も尋ねてこなかったあなたが、私に何を尋ねるのでしょうか? 是非ともお聞かせ願います」


 魔王より強い気迫を感じるが、それは錯覚だ。シャロン王女は愛に恋する乙女なのだ。


「ではシャロン王女」


「ああ、一つだけ条件がありますわ。私のことはシャーリーとお呼びくださいまし。私、あなたと二人きりで私の部屋で相手があなたである場合に限り、シャロン王女と呼ぶ者を許さないことにしておりますの。罰も考えておりますのよ?」


「────シャーリー」


 総毛立ち震えそうになる体をどうにか抑えてシャロン王女の愛称を口にする。俺の知る限りでは親族とお気に入りのメイドと俺以外には許していない。合計すると五人だけ。ちなみに最初は愛称で呼ぶことを抵抗し罰を受けた。罰の内容は────思い出したくもない。


「はい。ではお聞かせくださいまし」


「何故────服を着ておられないのですか?」


 俺が務めてシャーリーの顔を見ようとしたのは、王女が下着だけの姿であったからだ。見るだけで男を骨抜きにしそうな体を惜しげもなく見せびらかしている。

 しかしいくら顔を見ても視界の下に映る裸体は男の本能を刺激してくる。


「何故? 婚約者に私を余すことなく見ていただきたいということの、何がおかしいのでしょう?」


「婚前であります」


「私は構わないわ」


「私が構います」


 ようやく一歩後退することができた。恐怖で体が固まるなんて久しぶりすぎて対処の仕方は忘れてしまっていた。俺の一歩に対してシャーリーは二歩進んでいるのだが。


「そちらにはベッドしかありませんわよ。口とは裏腹に体は正直だということですの?」


「違います。どうか落ち着いてください」


「私は、落ち着いておりますわ」


 全然落ち着いているようには見えない。慌てているようにも見えないのが、というより慌てているのは俺の方だ。シャーリーと会ったらいつも慌ててしまう。

 全身全霊の愛がこれほど重たいものだと、いつも思い知らされる。


「行き止まりですわ」


 シャーリーに胸を押されて俺は背中から倒れた。柔らかい感触が背中に当たる。ここはベッドの上か。


「さあ、逃げ場はありませんわよ」


 シャーリーが仰向けの俺に馬乗りになり、そのままずいずいと足の方から這い寄ってくる。

 あらゆる財宝より美しい金色の髪を左右に垂らし迫る様は、見た目とは裏腹に悍ましい何かを見せつけられているかのようだ。


「あらあら? 美女にここまでされておいて何もなさらないのですか?」


「……では」


 覚悟を決めてシャーリーの小さな体を抱きしめる、体が密着してしどうにかなりそうだ。手が曝け出された背中の肌に触れ、あまりに滑らかな肌に動悸が激しくなる。

 しかしこれで手一杯である。旅に慣れたが女性の扱いについてはからっきしなのだ。


「女性の匂いが、しますわ。これはどなたのものでしょう。エレオノーレ様? メリエル様? アナ様?」


「そ、それは……」


「大丈夫です。分かっておりますわ。これはお仲間の匂いではありません。別のご婦人のものです。一体全体婚約者を放置しておいてどなたと密会されておりましたの?」


 魔王の一撃ですら耐え抜いた体でも、密着したシャーリーの動きだけでどうにかなってしまいそうである。これ以上の攻撃を、俺は知らない。

 だが密会などとは言われたくはない。俺の体に残る匂いはおそらく懐かしい幼馴染の、俺のいた村の匂いだ。


「幼馴染と再会したのです。匂いは彼女のものでしょう」


「やましいことはありませんでしたの? 彼女ということは女性なのでしょう?」


「何もありません。私にはシャーリーという婚約者がおりますので。他の女性に目移りなどできるはずもありません」


「ひゃうっ!」


 腕の中から可愛い声が聞こえた。そこでようやく俺は張りつめていた緊張を弛めることができた。


「お戯れはここまでにしてくださいますか?」


「…………そうですわね。あ、あなたの反応にも飽きてきたことですし」


 抱きしめていた腕をとくと彼女は上半身を起こし、俺の腹の上に跨る形になった。そこからも降りてほしいのだが、今しばらくの我慢だ。


「旅に出る前に私に相談してくださいませんでしたが、王宮にきて最初にきていただけませんでしたが! 私のことを思ってくださっているようなので許しましょう」


「ありがとうございます」


 許されたはずなのに腹の上から降りようする気配がない。


「あの……降りないのでしょうか?」


「また何か企んでいるようですので、それを話していただくまで逃がしません。一度目はありましたが二度目はありませんわよ」


 すでに何かしようということがばれている。いずればれることであるので問題はないが、仲間を待たせている手前迅速に脱出したいところだ。企みを話せば済むことであるが、また旅に出るなど今のシャーリーを前にして口が裂けても言えないことだ。


「もしかして私と結婚するのが嫌なのでしょうか? 私を無視して旅に出るというのは、私を避けているということなのでしょう? 私はあなたに必要とされていないのですね」


「それは違う!」


 自然に否定の言葉が出た。

 俺はシャーリーを愛している。旅に出たのも彼女との結婚を純粋に喜ぶためのものだ。確かに避けているが傍にいてほしいとは思っている。

 そして何より、必要とされていないなどと言わせるわけにはいかない。


「申し訳ありません。ですが、必要とされていないなど口にされてはいけません。誰に必要とされていないことがあっても私があなたを必要としています」


「ッッ! で、では企みについて話していただけるのですね?」


「それは、まだ話すことはできません」


 そうですか、とシャーリーが俯いてしまう。悪いことをしているとは思うが、また旅にでると言えば何を言い出すか分かったものではない。

 しかし顔を上げたシャーリーの表情は部屋に入り最初に見せた怖い笑顔だった。再び総毛立ちそうになる。


「これだけは使いたくありませんでしたが、あなたは私を二度シャロン王女と呼びましたわね」


 嫌な予感がする。というより嫌な予感しかしない。


「その分の罰を今受けるか、企みについて話すか、あなたには特別に選ぶ権利を与えるとしましょう」


「な────ッ! お、お戯れを……」


「私は、本気、ですわ」


 協調して言われ背筋が凍る。

 本気だ。シャーリーは本気で選択を迫っている。選択肢などあってないようなものだ。想像するのも恐ろしい罰は二度と受けたくない。


「……では教えましょう。ですが、先に約束していただきます。企みを聞いた後、私の頼みを一つだけ聞いてください」


「あなたと離れることになる頼み事は以外は聞き受けてあげますわ。さあ」


 諦めた俺は仕方なく話すことにした。


「また旅に出ようと思っております。新しい敵の話を得ましたので王国のため、討ち取りに行きます」


 企みを話した時のシャーリーの顔は悲痛を思わせるものだった。

 当然だろう。魔王討伐という危険な旅をしている最中も、シャーリーはこの王宮で俺の心配をし続けていたのだ。再び旅にでるということは、またかつての毎日に戻ることになる。


「それはあなたにしか……勇者にしかできないことですか? 騎士団を使えば済むことではありませんの?」


「私にしかできないことです。ですが魔王討伐よりは安全な旅になると思います」


 安全などシャーリーを不安にさせないための方便だ。敵を倒す旅が安全な旅であるはずがない。

 しかし、これを言うことでシャーリーが言い出しそうなことは予想できる。


「ならば私を連れていってくださいまし。あなたほどのお力があれば可能でしょう? もう不安を胸にあなたを待つのは耐えられません」


「王がお許しにはならないことです」


「構いません。あなたと一緒に行けるのであれば、王女の地位など惜しくありませんわ」


「ですが、それでは私が王に顔向けできません。そこで約束の頼みです。王宮にいてくださいというのは、離れることになるので聞き届けられませんね」


「当然ですわ。たとえ縛りつけられてもあなたを追う覚悟です」


「ではここに心を置いていきます。形の無いものですが、必ずシャーリーの元に帰るために確かにおいていきます」


 形の無いものをどうにかすることはできないだろう。

 そして心をここに置いていくということは、無論ここを離れるとすれば、それは。


「自ら私からお離れにならないでください」


「そ、そんな頼み事! 形の無いものでも私を縛ることなんて!」


「ですが私は既に置きました。シューリーが私についてくるというなら、あなたが私の心から離れたと解釈いたします」


「…………」


「それでも、付いてこられますか? 心が離れている間に誰かに目移りしてしまうかもしれませんよ」


 正直に言うと、効果ありとは思っていない。ついてくるという場合に備えていくつか策を用意する時間稼ぎのようなもの。

 だが、


「……わかりました。ですが、出立の前に必ず顔を見せにきてくださいまし。渡したいものがございますので」


 どうやら効果覿面であったようだ。シャーリーの気持ちを弄んでいるようで気が引けるが、危険な旅に同行させるよりは良い。


 話は纏まった。

 俺は片手で横にのけてあるシーツを掴みよせてシャリーに被せる。


「王女がいつまでもはしたない恰好をするものではありません。服を着ていてもシャーリーの美しさは変わらないのだから」


「そんな歯の浮いた言葉を私以外に使うことは許しませんわよ?」


 シーツに包まったシャーリーが俺の上から降りる。顔が赤いのは気のせいではないだろう。

 俺はベッドから降りると、部屋の扉に向かう。その前に、


「出立前には必ず顔を見せに参ります。愛していますよシャーリー」


 シャーリーを抱き寄せて額にキスをした。これぐらいは慣れておきたいものだ。

 力が抜けて崩れそうになるシャーリーの体を支え、ベッドに寝かせる。この王女様は普段これほど積極的ではなく、俺に密着している時点では破裂しそうなほど鼓動を強めていた。それを他言する俺ではない。

 今のキスで限界がきたのだろう。

 湯だった顔を隠すように寝るシャーリーの頭を数回撫でて部屋を後にした。


 与えられている部屋で服を着替えて街へ出る。田舎育ちの俺としては煌びやかな王宮より、自分と同じ庶民で溢れる街の方が落ち着く。

 人ごみを縫うようにして進み、通いなれた酒場に行きついた。そこそこ人気の酒場だ、昼間とはいえ活気はそこそこのものだ。奥に進みいつもの席を目指す。


「待たせたな」


「あっ勇者、遅かったじゃない」


 魔法使いが最初に反応を見せた。普段は真っ先に反応ことはないのだが、どうやら原因は既に卓上にある空のジョッキのようだ。魔法使いのところだけ他の倍はある。苦手な場所に行ってストレスでも溜まったのだろう。


「王女様との逢瀬は終えたのか?」


「ああ、滞りなく、な。先に飲み始めていてくれても良かったんだぞ?」


「話し合いの前に飲むことはできん。酔いは思考を鈍らせる。そのような状態でまともに話し合いなどできん」


「私は元々お酒は嗜みませんのでお構いなく」


「あたしは酔った方が意見だせるし、どうなったかは後で聞けばいいって考え」


 短いとは言えない旅を共にした仲間に囲まれていると旅をしている時をどうにも思い出すものだ。

 最初一人だけだった仲間も、二人増え一人減り一人増えた。誰もが頼もしい仲間である。


「では勇者、聞かせてくれ。何を企んでいる? 幼馴染との邂逅以降何かを悩んでいるように見えたが、それと関係のあることなのか?」


「ある。これから話すことは他言無用で頼む」


 勘の良い戦士に急かされて俺は話し始めた。といっても言うことは一つだ。それであらまし伝わることを理解しているからだ。


「真の敵がいるという情報を得た」


 確証のない情報だ。しかし、仲間は動揺を示すことなく聞いている。


「お前らは知らないだろうが、あいつは無意味な嘘をつくようなやつじゃない。だから俺はこの敵について調査するために旅にでようと思ってる」


「なるほど。王様の決定待ちとはそういうことであったか」


「勇者が何度も王国を離れるなんて許すはずないじゃん。結果は目に見えてると思うわ」


「旅は許可されない、そういうことでありますね」


 全員が王の決定が否であることを予見している。

 俺も仲間の考えと同じだ。しかし真の敵の有無を調べないまま放置しておくことなどできない。

 取るべき行動は限られている。


「もし旅が許可されなかった場合、俺は王命を無視してでも旅にでる。そこで皆に俺に付いてきてほしいって頼みたいんだけど……立場もあるだろうから付いてこれないなら先に聞いておきたいと思って」


 特に戦士は王国で最も権力のある貴族の娘だ。王命に背いてまで連れていくことはしたくない。敵の姿がはっきりと見えているのであれば、どうしても戦士のことだけは王に話していたことだ。敵が見えない今、無理強いをするわけにはいかない。


「真の敵……か。情報にどれほどの信憑性があるかは知らんが、勇者が言うのであれば即ちいるということだ。私はどんなことがあっても勇者と供に行く」


 思いに反して最初に返事をしたのは戦士だ。俺に対して絶対の信頼を置く言葉を添えて旅に付き合うと言ってくれた。


「私は別に立場なんてどうでもいいし、新しいことが見つかるかもって思えば勇者に付いていくに決まってるじゃん。そもそも司書長とか言われてるけど、好きで図書館に入り浸っていただけだし」


 暴露話をして魔法使いも旅に賛同してくれる。


「世界を見て回ることが私の勤めでございますので、また旅ができること嬉しく思うのです」


 僧侶は元々王国とは殆ど無縁のようなものだ。王国権力とは無関係な僧侶は最初から連れていく行く気まんまんであった。


「ありがとう。まだ王様がどんな決定をするかわからないけど、戦士僧侶魔法使いがいてくれると嬉しいよ」


「これまで旅を一緒にした仲じゃんか、今更ついていかないって選択はないって」


 魔法使いが言い、残りの二人が首肯する。


 これで頼もしい仲間が三人必ずついてくる。どれほど強大な敵であろうとも立ち向かうことができる。

 強大な敵であるかどうかは未だ分からないが戦力は十分に整えておくことに越したことはない、未知の敵と戦うことには慣れたものだ。


「とりあえず、是か非を決定されるまでは動けないんだよなー。明日には決めるって言ってたから、明日には答えはわかるけどよ……」


「我慢だな。しかし旅の準備を整えるには良い間だ。今のうちに済ませてしまおう」


「違うよ、勇者が気にしてるのはあの子のことよ。出発が遅れればそれだけ離れちゃうことになるからね」


 そうではないと言い切ることはできない。数日前に起こった竜の災害の後に出会った幼馴染に俺は二度目の告白を受けてしまった。

 あいつのことは好きだ。気持ちは今でも変わらない。しかし、今の俺にはあいつ以上に好きな女性(ヒト)がいる。あいつが返事を聞きたくないということは会えばわかることだ、それでも返事を聞かせにいかねばならない。俺が俺として示せすことのできるシャーリーへの誠意だ。


「旅の目的が増えるってだけだって、あいつを探すのはもうついでだついで!」


 恥ずかしくて否定はするが魔法使いと僧侶のいやらしい笑みは消えることはない。ここまでくると戦士の頭にハテナマークが付いてくることが可哀想に見えてくる。戦士が本当に女かどうか疑いたくなる。


 話はまとまった。たとえ王様がどのような結論を下したとしても旅に出る。

 明日は王様の選択を聞いて、シャーリーのところにいく。その後は何事もなかったように王都を出立する。

 以降は真の敵の正体を探りながら進むことになるが、何もわからない状態で当てずっぽうに旅を続けても無意味だ。となればもっとも敵の正体を掴める可能性がある場所を調べることになり、最初に目指す場所は一つだ。


「王都をでたらまずは魔王城に向かう。あそこは魔王が最初からいた場所だ、もしかすれば真の敵に関する手掛かりもあるかもしれない」


「確かに魔王はあたし達より世界に詳しそうだったし、何かあるかもしれないわね。でも遠いんだよねアソコ、入念に準備しなくちゃ」


「では私も市場に出ると致しましょう。二度目ともなれば慣れたものでございます」


「僧侶は方向音痴だからダメ! あたしと一緒に行くよ」


 魔法使いが張り切る僧侶を止めてくれる。

 あいつとの騒動の後に聞かされたことだが、市場を回ると言っていた僧侶は市場から離れた場所であいつと飯を食べていたらしい。大方迷子になり困っていた僧侶を見て放ってはおけなかったのだろう。顔を知られていないからと高を括ったに違いない。


 俺と幼馴染は馬が合わないと周囲に思われる程決定的な違いが多かった。

 けれど困っている人を見捨てられない等の勇者っぽいことにおいて共通していた。俺の影響を受けたのか、あるいは元からそうだったのかは知る由もないが幼馴染としては嬉しいものだ。


「では私は屋敷に戻り父上に話してこよう。勇者のお供であるなら快諾してくれることだろう。何しろ父は勇者に頭が上がらんのだからな!」


「俺が言えることでもないが、あんまりローランド卿に迷惑かけるんじゃないぞ」


「迷惑など、むしろ名誉とすら感じてほしいものだ。私の力を見込まれて旅のお供に選ばれたのだから」


「でもあんたの父さんこの前、娘が今以上に強くなったら結婚相手がいなくなるって嘆いてたわよ? あまりに悲壮感漂いすぎてあたしも声かけられなかったわ」


 酒が入り口が軽くなった魔法使いは戦士にも茶々を入れる。

 戦士が女らしく頬を赤くして魔法使いに何か言い返している。唯一女らしい姿が見える結婚関係の話に俺は入らない。入れないからでもあるのだが。


「じゃあ明日は俺一人で王様に会いに行くから、終わったらここに集合な。できるだけ早めに来るようにするけど、どれくらいかかるかわからないし気長に待っててくれ」


 全員から了承の言葉を聞き、ようやく酒に手をつける。

 それを掲げ、再開する旅に向けてグラスを打ち合わせた。


 新たな旅に、乾杯、と。

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