1─5 前へ
竜の頭が中央付近の塔から突き出していた。新たな敵が現れたのかと思ったが様子がおかしい。
建物から突き出ている竜の頭、その頭に似合う巨体が見当たらない。塔の中にあるのではないかと思ったが違う。竜の頭が出ているところ以外壊れていない、すっぽりと埋まるほど小さいわけがない。重みで倒壊してもおかしくないはずなのだ。
逡巡する。あの竜のところに今すぐ向かうべきかどうか。
最初の四体の内、二体は既に始末している。残り二体。勇者一行が二人ずつに分かれてしまえばすぐに片がつくだろう。今頭だけの竜を見つけているのは私だけかもしれない。
僧侶と魔法使いがいるであろう竜に向けていた足を頭だけの竜に向けなおし、疾走する。
今の最優先はあの竜だと私の勘が告げていた。
あそこにマオがいる。理由は分からない、でもいるに違いない。
「マ、オ……! マオッ!」
名前を呼ぶ。
反応したのは頭だけの竜だ。竜は顔をこちらに向けて大きな口を広げた。その向こうに赤い光が灯る。
GAAAAAAAAAAA────ッッッ!
無意識に横に跳躍して隣の建物の屋上に乗り移った。
爆音と熱風が襲い掛かる。直前まで私の走っていた建物が溶け崩れていた。竜が噴くものは炎の球が一般的、どれだけ上位種であっても炎の河ができるくらいだろう。熱線を操る竜など聞いたことがない。
新種? 魔王が討伐されてもまだ魔物は進化しているとでもいうのだろうか?
竜の頭が次の熱線を吐き出すために口を開いた。
来ると考えるより先に足に力を溜める、見てから躱せる速さではない。
「きゃあ!」
声が聞こえたのは真下。逃げ遅れた人が頭を抱えている姿が見えた。
どこにいても行動の遅い人はいる。そういう人間が事件や事故に巻き込まれるというものだ。誰かが手を差し伸べてくれるのを待っていることが多い。
まったく、もう少し自分で頑張ってみようかとか思えないのだろうか。みんな避難しているから助けなんてくるはずがないというのに。
私は横に跳躍して屋上から降りる。直後にさっきと同じ爆音と熱風が襲い掛かり、一部を溶かされた建物が逃げ遅れた人に被さるように落ちてくる。身を固くして逃げるなどできないだろう。
まったく自分の性格には困ったものだ。
脇に人を抱えたまま距離をとる。困っている人を、窮地に陥っている人を、私が見捨てられるはずがない。
「立てる!? 正直今あなたを安全な場所まで連れていく時間がないの! ここからは自力で行って!」
着地と同時に立たせて背を押す。答えは聞かずにすぐに移動、今竜の頭が狙っているのは私だ。人を庇ったまま逃げ切れる自信はない。やれるかやれないかでいえば、それしかない状況ない状況では意地でもやり通すのだが。
とにかく、遠目に走って離れていく姿が見えただけでよしとしよう。幸い竜の口はまだ私の方に向けられている。
距離をとれば攻撃がなくなるような甘い射程はしていないだろう。それに少し高い位置にいる竜の頭からの熱線は直線的に私を狙う。その先に逃げた街の人々が線で結ばれるわけにはいかない。
前に走る。近付くにつれて熱線が光る間隔が短くなっていく。避けるだけで前に進めない状況になりつつある。もしかすると数分後には物量で溶かしきられてしまうかもしれない。
だが私が見ているのは目の前の竜だけではない。ずっと見ていた。最初に現れた竜達を、視界の端で倒れ落ちた竜のことをずっと見ていた。
「もう一体もいない。一番強そうだった何かを乗せた竜も全部、やっぱり……さすがだなあ……」
しみじみと思う。人としての能力が私とは桁違いだ。規格外の人間が四人も集まれば、魔王を討伐することだって不可能ではない。
捉え切れない私を腹に据えかねたのか、熱線が一時的に止まる。しかし攻撃をやめたわけではない。逆だ。確実に捉えられるように逃げることが不可能な攻撃を出そうとしている。
開いたままだった竜の口が閉じられ、歯と歯の間から眩い光と焔が漏れ出している。
アレは躱せない。直観的に判断したが為す術はない。建物に隠れたところで貫通し直撃する。それに隠れることはできない、あんなものが私以外のところに飛んだ場合のことを考えると、それだけは絶対にできない。
だから攻撃が止まっている間に距離をできるだけ詰める。避けることができないならできるだけ被害の拡がる可能性を排除する。幸い竜は私を追っていた。
口が開かれ、極大の熱線が飛んできた。近くにいたせいで回避は間に合わない。防御も不可。
時間が遅い、飛んでくる熱線も遅くなり、私の足も遅くなる。けれど思考だけは冴えたまま。一瞬後の自分の死を覚悟した。
「手を貸そう。案ずるな借りはすぐに返す、私の騎士道だ」
声は鮮明に響いた。
次いで私と熱線の間に入る影。光が強すぎて黒くしか見えないが、それでも手に待つ一人では扱えないほどの無骨な大剣を見れば分かってしまう。
マリー。エレオノーレ・ローズマリー・ローランド。勇者一行の戦士だ。
手に持った大剣を振りぬき、極大の熱線を叩き切った。力技もここまでいけば技術の一つといえるのかもしれない。
切られた熱線は地面と空に分かれて光の線を残して消えた。
「我が剣アスカロン、熱線になぞ遅れはとらん」
振り抜いた姿勢のまま、マリーは肩越しに私を見ている。
竜剣アスカロン。七つの聖剣を束ねる大剣、その特性はただ一つ。竜に対する絶対的な優位性。相手が竜であれば不可能すら可能に変えるほどの神器だ。
「これで私に顔を見せた借りを返すことができたな。残るは先の竜で手を貸したことだ」
マリーは残身を解き、肩に大剣を担ぎなおしながら言った。
「あの竜を倒すというより、あの塔へ行きたいようだな。それに手を貸すことで二つ目の借りを返させてもらおう」
「でも、あの竜を放ってなんて」
「案ずるな、もうすぐ私の仲間がくる。あの程度に遅れはとらん。それに悩んでいる暇はあるまい? 私は、"ここにもうすぐ勇者がくる"と言っておるのだぞ?」
マリーは私のことを知っている。勇者の探し人が私であるということを知っていながら、勇者と会わせないようにしようとしている。そこが不思議だ、マリーにそこまでされる覚えはない。
「……どうして?」
「短い間だったがお前のことは少しだけ知っているつもりだ。勇者と会う気はないのだろう? ならば勇者がいるにも関わらず逃げださなかった借りを返そう」
呆れるほどの堅物だ。そんなもの借りでもなんでもないだろうに。
しかし今はありがたかった。勇者に会うとしてもその前に会わなければならない人がいる。そのために手を借りよう。
「お願いします。私はどうしてもあの塔に行かなきゃいけないんです」
「心得た。お前は何も心配せず目標に向かって突き進め。私が道を切り開こう」
新たな敵が現れたことで竜の攻撃は戻っている。敵が増えたからというより、さっきの熱線で不可能なら近付けさせないようにしているといったところだろう。
マリーは自分に向かってきている熱線を切り落として前に進む。私はその後に続いた。
一撃。連続を主とした熱線は細く、マリーの剣を振るえば切られる前に消滅していた。
二撃。マリー一点に集中して向かう熱線を、七つに分解した剣ですべて切り払いその後元の大剣に戻った。
三撃。熱線を覚えているのか熱線が振るわれるだけで霧散し始める。
四撃、五撃、六撃────振るわれる毎に熱線の数が減っていく。数だけが多いので防ぐマリーがいればなんとかなると私は思っていた。だが違う、そんな考え自体がそもそもの間違いだ。
神剣アスカロン。竜に対する絶対的な優位性を誇るこの剣は対する竜の攻撃を記録し、攻撃そのものを弱体化させているようだ。なんと恐ろしい特性を秘めた剣だ。
マリーに道を拓いてもらい塔の前にたどり着いた。真下になるとさすがに攻撃できないのか、竜の攻撃は私達が走ってきた方向に向けられている。誰に対して攻撃しているのかは見えなくともわかる。
「行け。時間はあまりない。私達は必ず竜を倒し、ここにたどり着く。勇者と会いたくないのであれば、できるだけ早くこの場を去ることだ」
「マリー……ありがとう」
「構わん。……勇者はお前に会いたがっていた、これだけは伝えておく」
マリーは背を向けて仲間のところに向かい走っていった。
「知っているよ……そんなこと。だから会えないんだよ」
塔に入る。時計塔だった塔の内部は階段だらけだった。一段ずつなどまどろっこしい、何段とばしても時間がかかる。
私は階段を無視して壁を蹴って登っていく。塔という建物で内部は上に広いだけ、十分に壁蹴りできる幅しかないのだ。
最上階、時計の裏にあたる部分の手前で建物が分割されているので、階段におりそこから走って上の層に向かう。外から見ると竜の頭が生えている部分で、内部がどうなっているかわからないのだが、考えている余裕はない。構わず飛び込んだ。
考える余裕はないとはいえ、少しくらい想像した。竜の頭がどこについているか、どんな構造をしているのか。頭だけが巨大で体はものすごく小さかったりするのではないかとか、そんなことを想像していた。
現実は巨大な黒い靄から顔だけを飛び出し、体というものがそもそも存在していなかった。
驚きはあったが今はそんなことどうでもいい。私は黒い靄が一部細い線のようになって伸びていることを見つけてたどる。
「見つけたよ。マオ」
竜の顔を出している靄と繋がっていたのはやはりマオだった。膝を抱くような形で座って丸まっているマオの体が私の声に反応してビクリと震えた。
「……我の前に現れるなと言ったはずだぞ、人間が」
「それは無理だよ。困っている子を放っておけるわけないからね。マオだって私のそういうところよく知ってるでしょ?」
「マオと呼ぶな! 我は魔王! 貴様につけられた名前なぞ反吐がでる!」
「誰でも困っていたら私は助けたいと思うよ」
「嘘だ!! 戯けたことを抜かすなよ人間風情が! 殺すぞ!」
案の定、マオは聞く耳を持たず、私も自分の気持ちをどう伝えればいいか分からない。
結局沈黙を選んでしまう。あまり時間はないというのに。
「私が嫌い? 勇者が憎い? 世界が恨めしい?」
「全てだ! 我を必要としない全てが憎い!」
「私は、必要としてるよ?」
「貴様が必要としているのは我ではなく困っている人間だ! 我ではない! 我に干渉するな!」
マオの言うことは正しい。困っている人間を助けたいと思う私に必要なのは、困っている人間だ。ならやはりマオ自身を見ていないというのはどこから見ても正論なのだ。
でも、私は今、マオを取り戻したいと思っている。
だから、
「そうだね、その通りだよ。でも、間違ってる。私が今必要としているのはマオなんだから」
正直に言った。
「我でなくとも貴様は同じことをしていただろ!」
「うん、きっと同じことをする。でもそんなもしもの話はないよ。だって今困っているのはマオだから。私は他の誰でもない、誰も代わりになれないマオのためにきたんだ」
一歩ずつマオに近付く。濃い瘴気に体が不調を訴え始める。
息を吸うたび気力がガリガリと削られている。今朝のような魔力の流れているときのように肌に電気が這う、比ではないほど強く肌が焼けているようにも感じだ。全身に瘴気が回り体の自由も奪われ始めている。
構うものか。今はマオに近付くことが最優先だ。自分の体がどうなろうと知ったことではない。
「聞いてマオ。私はマオがいい。隣に立つならマオじゃなきゃダメ、なんだ。だからマオが嫌がっても、私はそこにいくよ」
濃密な瘴気に耐え切れなかった肌からには鬱血が浮かび、肺は瘴気をできるだけ取り込まないように浅く速くなる。心臓は鼓動を緩め、酸素が足りずに視界は明滅し始めた。もともと瘴気で暗い視界がさらに暗く狭く。
一瞬後には自分が死んでしまうのではないか、もしかしたら既に死んでいるのではないか、────マオに届けばどうでもいい。
マオは丸まったまま顔を上げない。
近付くほどに濃くなっていく瘴気が、こっちに来るなと言っているようだ。
「馬鹿だね、来るなって言われれば行くに決まってるよ」
会おうとする人には会わないのだから。会いたくないと思っている人には必ず会う。
一歩近付く。視界一杯にマオがいる。違う、視界が狭まりマオしか見えない。
さらに一歩踏み出す。感触はないが、マオが近付いているので進んでいる。
また一歩足を前へ出す。馬鹿め、私を近付けさせたくないなら、入れば即死の霧でもだしておけ。
続けて一歩足を振り出す。何を考えているんだ私は、これでも長く居続ければ死んでもおかしくない。
体力の限界だったが、それによるものではない。座っているマオに合わせたのだ。
「捕まえた。もう離さない」
両手を回してマオを抱きしめる。
びくりと震えたマオが私を見た。瞳が震えている。その目をしっかりと見て離さない。
「離せ!!」
「離さない」
離して欲しくば、その目をやめることだ。
「離せ……!」
「離さないよ」
離して欲しくば、自分の足で立ち上がることだ。
「は、なせ……」
「絶対に離さないよ」
離して欲しくば、震えている体を止めて私を押し返すことだ。
「…………」
「もう離れなくていいの?」
離して欲しくば、それをちゃんと自分の気持ちで伝えることだ。
言われたって離してあげないけれど。
小さな体を抱きしめる。どれくらい力を入れているのかわからない、だから思いっきり力をこめてやった。痛いと思われても構いやしない。
でも本当に力が入っているのだろうか、感覚がないとは厄介なものだ。
「そういえば……こうやって抱きしめたことは、なかったね……。小さいねぇ……マオは……」
瘴気が体を蝕んでいる。こんなに強い瘴気は初めてのことで、心の準備が全くできていない。できていたからといって行動に変化があるわけではないのだが。
「マーオ……マオマオマオ……マオちゃーん……マオー……」
「……マオと、呼ぶな……」
「マーオー、マオマオマオー、マーオ」
「煩い……」
「マオー、マオーサマー、マオマオマーオ」
「煩いぞ!」
「おぼ、えた……?」
腕を緩めてマオの顔を掴んで私の顔の正面に固定する。
「マオの名前だよ」
「……我は魔王だ……名前など……」
「マオの名前は、マオだよ。絶対忘れちゃダメだからね」
「何を言って……?」
マオの顔を持ち上げる。吊られて体も立ち上がらせる。
自分の足でマオがしっかりと立ちあがったことを確認し、手を放す。それから私は思いっきり息を吸い込んだ。瘴気が肺を満たして、内部から針を刺されたような刺激を覚える。
「マオッ! 私はマオが好きだッ! 勇者の仲間なんかより、マオの隣がいい! 私は……私は……」
「────ここか!!」
私とマオだけの空間に声が入り込んできた。聞き覚えのある、顔を見なくても誰か分かる声だ。今一番来てほしくない声だった。
誰もが窮地の時、いてほしいと願う時、ここぞという大事な時に必ず登場する人物だ。人々は彼のことを尊敬を込めて勇者と呼ぶ。
「────ッッ!」
勇者は濃密な瘴気と、その中にいる私を見つけて言葉を失っている。
当然だ。探している人がまさかこんなところに傷だらけでいるとは誰も思わない。
勇者に遅れて戦士、僧侶、魔法使いも到着した。
アンがすぐに瘴気を清めようとしたところをマリーが止めている。魔法使いは緊急の時に備えて魔力を溜めている。
「エリ……勇者……」
「お、お前……どうしてここに……!」
「近くに、いたからね。勇者はあの竜、倒したんだね」
今気付いたが頭だけの竜が消えている。顔を向けなければ気付けないことだった。
強敵であると思ったが、そういえばマリーがいる。一人でも解決できる力があるマリーがいれば簡単に倒すことができるに違い、一人一人規格外が四人も揃えば無敵に変わりない。
「あ、ああ……、それより! そこは危険だ今すぐ離れろ!」
「ごめんね、それはできないよ」
離れるわけがない。私はもう選択した。ここを離れる訳にはいかないのだ。勇者に言われればなおさら言う通りにするわけにはいかない。
さてどうしたものかと霞んでいく意識で考える。良い方法が思いつかない。
「あの竜……そいつがやったのか?」
考えている最中に勇者の声が邪魔だ。
「違う。違うよ。マオは何もやってない。もう何もさせない」
「どういうことだ!」
「逃げるよマオ。勇者、あとで、会いに行くね」
マオを脇で担いで壁をぶち破り、塔から飛び出る。人を浮かせられるほどの風を使うことはできない、塔の壁を掴み勢いを殺しながら降りていく。半ばまで降りると他の建物に乗り移り、一気に距離をとる。
後ろを確認しても追ってくる気配はない。代わりに私があけた塔の穴から光が漏れ出している。浄化の光、瘴気を霧消させる聖属性の光だ。アンの力だろう、あの場にあった瘴気を打ち消しているのだろう。
「どこか、休まないと」
マオから出ていた瘴気は出てこなくなっているが、さっきまで体を蝕んでいた瘴気が体に残っている。それに単純に体についた傷が体力をすり減らし、体の自由が制限されている。
「ここは一旦街の外まで行こう。そこで一日安静に……」
死ぬ思いで駆けて町の外へでる。誰もいない関所を抜けて外にでる。近くでは街にいた人が大勢集まっている、それを無視して人が少なくなる場所まで走る。
ようやく人がいない場所にたどり着いたとき、もう体力も限界で足もがくがくと震えていた。
マオを抱く腕の力を緩める。
「ここで、少し休憩しよう、ね……」
本当に疲れた。全身に力が入らない程疲れたのは久しぶりのことだ。旅を始めた当初は魔物も多く道中で逃げている毎日だった。安全な場所まで逃げ続けた後は指を動かすことも困難で、そこから逃げなければならないことも少なくなかった。
街を出て人もいない場所で倒れるなんて、本当にどうにかなってしまったんじゃないだろうか。
瞳だけを動かしてマオを見る。弱弱しい目があった。
まったくなんて目を、顔をしているのだ。マオに弱っている顔は似合わない、けれど伝えることも面倒だ。追々分からせてあげればいいか。
「主よ……」
相槌を打つのも面倒だ。そういえば、旅を続けていく内に忘れていたが私は極度の面倒くさがりだった。
でも主と呼ばれることが、涙を流すほど嬉しいことだとは。
「主は我といてくれるのか?」
「違うよ。私がマオといたいんだ」
「可哀想な子だからか?」
「そうかも。可哀想な子がマオでよかった」
「では、もし我と出会わなければ」
「もしもの話って好きじゃないんだよね。考えてると悲しくなっちゃって」
でも考えること自体を無意味だとは思わない。
「どんなことが、あっても、私はマオと出会って、一緒に旅をする。それで、絶対に、勇者と会わない」
マオと出会うことも、勇者と再会しないことも、きっとすべて運命だ。
「だからマオ、これからも、私を隣に、いさせてくれる?」
「…………当然だ。我の隣は主しかおらん」
「そっか、ありがとね」
これからもマオと一緒に旅をすることができる。問題の一つは解決した。
気を緩めてマオを見る。足を延ばして座る私に跨るマオ。瘴気を生み出してから変化がいくつか現れていた。
まず目につくのは両耳の上から生える本で見た魔物に酷似した禍々しい角、同じく背中に魔族のような翼も生えている。人間では本来持ちえないものだ。
人間だと思えば異常なのかもしれない。魔物だとすればおかしくないことなのだが、信じるにはあまりにもマオは非力すぎる。それゆえに魔王であるというマオの言葉をまだ信じることはできない。
今の私はマオの言うことを疑いたくはない。だから、マオに何か証明できることはないかを聞くことにした。
「今までなら信じて貰えぬだろうから教えていなかったが、今なら信じるだろう。魔王とは"魔物を生み出す魔物"のことだ。すべての魔物は魔王によって生み出され、それゆえに魔物は魔王に従い行動し魔王は頂点に据えられる」
目の前で魔物を生み出したところは見ていない。マオから溢れ出した瘴気が頭だけの竜と繋がっていることだけで判断を下すのは難しい。が、今なら私が信じると話してくれたマオが嬉しくて堪らなくて、マオが魔王かどうかはどうでもいいと思えてしまう。
「我は自分がいつ生まれたのかは知らない。だが最初から魔王がどのようなものか、勇者がどのようなものかは知っていたはずだ。故に魔物について我の知らぬことはない。我が知らぬのは我についてのみ……だ」
いつもの調子に戻りつつあるマオに嬉しく感じながら、最後の言葉は煮え切らない様子だ。
「マオは……自分のことを、知らないの?」
「魔王の特性として無尽蔵の魔力を持ち、生半可な傷では死なず、魔物と瘴気を生み出すことができる。今は魔王の特性のほぼ全てが失っているがな。だがそんなことはどうでもいい。問題は我の知識では魔王以外に魔物を生み出せるものはいないということにある」
「それの、どこが問題、なの……?」
「魔王もまた魔物だ。ならば我を生み出したのは誰だ。この世界には魔王よりも厄介なものがいると考えている。おそらくではあるが、女神はそのものを倒すために勇者を作りだしたのだ」
私はマオのことを信じている。マオが自分の他に勇者の敵がいると考えているなら、私も同じように考える。それが私にとってマオの隣にいるということだ。
勇者の敵、魔王のさらに先にいる敵。考えようもなかったことだ、勇者が魔王を討伐すれば世界は平和になると誰もが信じていた。あの勇者ですら魔王を倒したところで旅を終えたのだから、その敵の存在には気付かなかったのだ。
誰にも悟られることなく魔王を使い世界を支配しようとした敵を勇者は知らない。
「魔王がいなくなったら、その敵は動くかな?」
「いるかどうかも分からんものを推し量ることはできん。我を生み出したものは我より強いはず、現れた時に世界がどうなるか予想もできん」
「……旅の、邪魔、だね」
いるかどうかわからないものを考えることなんて馬鹿げている。でも私は今まで馬鹿げたことをして生きてきた。
いるかどうかも分からない人物から逃げて、あるかどうかも分からない状況を考えて、起こるかどうか分からない事柄を恐れて、旅を続けてきた。これからもずっと続けていく。邪魔になるものは排除してやる。
「マオ、私、ちょっとだけ行かないと。すぐに戻るから、待っててくれる?」
痛む体に鞭を打って立ち上がる。満身創痍になってようやくマオと旅が続けられることになったのに、後少しだけ動かないと。
横に立ったマオが心配そうに私を見上げている。
「勇者のところに行くのか?」
「そうだよ。……絶対、絶対帰るから、ここで待ってて。ついでに、荷物も取りにいかなきゃ、だし」
「……分かった。ここで待つ。必ず帰ってこい」
いつものマオだ。
私は頷き一つで返し、走り出す。戻るのだ、街へ。安全になり勝利の宴が始まろうとしている街の中へ。
駆けて、駆けて、駆けて。
宴の中心に向かってただ駆ける。途中で壊れた宿から自分の荷物を纏めて担ぎ、すぐに翻って中心へ。そこには必ず、人類の中心となる人間がいる。
「待ってた」
「待たせた、ね」
瓦礫の頂点で街の人々に囲まれて立つ勇者達が待っていた。
「話をしに、きたよ。一方的に。まだ勇者の話を、聞くときじゃないから」
勇者、戦士、僧侶、魔法使い。四人の偉大な英雄を前に、懐かしみを感じる。
私は自分の心を胸に秘め、目の前にいる勇者を見て宣言通り一方的に会話を始めた。
「勇者、私は今も大好きだよ」