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1─4 決裂

「まあ! このお肉と野菜をパンで挟んだ料理は何でしょう!? それにこのしゅわしゅわと泡立つ黒い水も美味しいです!」


 出てきた料理を片端から食べていく僧侶。絵面的に言えば堕落した僧侶に見えるが、これで教会中枢に席を置く重役であるのだから驚きだ。私は肉と野菜を食べながら僧侶を観察する。


 身に着けている修道服が肌にぴったりと張り付いて体のラインがはっきりとわかる。僧侶としてはどうかと思うが、大変男受けの良い体をしている。よく言えば豊満な体だ。ばっちりと出るとこ出て締まるとこは締まっている。ストレートの長髪はガラスのように透き通る銀色、穏やかな垂れ目に浮かぶ水色の双眸、僧侶というより天使に近いのかもしれない。

 気になることはそこそこあった料理はこの細身のどこに入っているのだろうかということだ。


「この良さがわかるとは大した人間だ! 遠慮はいらんぞ、どんどん食えばよい!」


「支払いは誰がするのかな、ははは…………」


 私と並んで座るマオも負けないくらい食べているので合計が気になるところだ。

 財布の中身を気にしつつ、できるだけさりげなく僧侶に話しかける。


「お連れの方とかはいらっしゃらないんですか……えっと……」


「あ、申し遅れました。私はアナ・テレーズ・フェリスでございます。あなた方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「我はマオだ! 本来は気軽に名前を呼ぶことは許さんが、貴様には特別にマオ様と呼ぶことを許可しよう!」


 意外なことにマオはアナのことを気に入ったようだ。神に仕える僧侶には嫌悪感しか抱かないと思っていたのだが、人によるのだろうか。饒舌になっている時のマオは俺様理論を喋るだけなのでうっかり変なことを喋らないので助かるのだが。


 私は名前を考える。本当の名前を言えるはずがない。勇者一行の目的が私であるなら僧侶にも私の名前くらい伝わっているだろう、おいそれと教える訳にはいかない。マオとアンが天然の会話を繰り広げているので適当に流してしまえるのではないかと思ったが、アンの方はちらちらとこちらに目配せしているので不可能だろう。

 仕方なく私はレジーナの店で使っていた名前を教えることにした。本名も大切だが、レジーナから貰った名前も私の本当の名前といえる。


「ジュリアン・タルボットです。それで、お連れの方などは?」


「ええと……今日は別行動をしているので居場所はわからないのです。正直に申し上げますと一人で出歩くことが初めてでございまして、自分でもここまで迷子になりやすいとは思っておりませんでした」


 考え無しという訳ではないようだ、最初言い淀んでいたのは勇者のことを話すかどうか悩んだのだろう。勇者の仲間だと言って周りがどういう反応をするか経験で知っているようだ。私としてもアンが自分から勇者の仲間だと言わないでくれた方が助かる、主にマオのいる場所では絶対避けてもらいたい。


 さてどうしたものか。一番手っ取り早い方法は勇者のいる場所までの道を教えることだが、再びアンが道に迷子になって右往左往している姿が易々と想像できる。教会の箱入り娘を一人で歩かせるとは勇者は酷いやつだ。

 アンが勇者の名前を出していないことは助かるが、出していないことで案内することもできない。一緒に探すとなれば勇者と対面することになり非常にまずい。

 一人うんうんと並んでいると思わぬところから助け舟が入ってきた。


「僧侶というのは人間の悩みを説き解すものであるはず、主よここは人間にも相談してみるというのはどうだ?」


 いや、助け舟などではなかった。私はマオに静かにするように宥める。これで私の許可なく喋りだすことはないだろう。


「悩みでございますか? 私でよければお力になります! 懺悔というものをやってみたかったのですよ!」


「懺悔ってほどのことでもないんだけどね……私を探している友人と会うかどうか悩んでてね」


 本当のことだが全ては言わない。昨日聞いた会話を思い出すとうかつに全てを話して勘付かれる可能性がある。


「会えない理由があるのですか?」


「ちょっと気まずくてね……できれば会わないでいたいんだけど、結構真剣に探してて困っちゃって、ははは。諦めそうにもないやつでねー」


「そういう人でしたら私にも心当たりがございます。恋は盲目と言いますが実際に盲目になれる人は心からいてのことを愛しておいでなのでしょうね。理由は存じませんが、勇気をだして会ってみるというのはどうでしょう? 実は気に病むことのほどではなかったりすることの方が多いのですよ」


 マオのことがなければ会いに行ってたかもしれない。

 すっぱりと過去のことを清算して当てのない旅に身を投じていただろう。それも悪くないと思っている自分がいる。けれどそんなもしもの話は結局起こらなかった。

 きっとこれが運命なのだ。


「それでも会うわけにはいかないです」


「そうでございますか」


 すんなりとアンは引き下がってくれた。というより悩みを聞いて助言するところまでは力を貸すが、決めるのはあくまで私だと言っているようだ。

 と、不意にアンはふふっと笑い声を漏らした。笑いどころはなかったように思うが、アンの笑いのツボにハマったのかもしれない。


「ごめんなさい。ふふ、あなたを見ていると私の仲間のことを思い出してしまって。リーダーとあなたはよく似てます。悩んでおられるのに答えは決めておられて、人の話を聞かれるのに最初の考えは譲らなくて、一度決めたことはどんなことがあっても貫く決意をしておいでで……、きっと気が合うことだろうと考えておりました」


「はは、私にも昔自分に似た人が近くにいたけど、気は合わなかったよ。お互い頑固だからずっと平行線になっちゃうんだ」


 幼馴染のことを思い浮かべながら私は言った。何の遊びをするかで喧嘩していたものだ。最終的には"どちらも折れて"別の遊びを二人でするのだけど、たまにどちらも折れずに一日が終わることもあった。そういえば片方だけが折れたことはなかったな。


「それでも一緒におられたということは、お互いに必要だったということですよ。ふふ、必要なときは必ず求められる、本当に似ておられますね」


「その子とはずっと一緒でしたから。アンさんのリーダーとは噛み合わないよー。……さて、私達はもうそろそろ行こうかと思いますが、どうしますか?」


 私達が座っている席は窓際の席で唯一店に繋がる通りが見える位置にある。

 窓の外に大きめの黒いとんがり帽子を見て、店を離れようと思った。


「あら、どうしましょう。私はもう帰ろうと思っているのですが、道がわからないのですよ」


「それでしたら大丈夫です。アンさんの知り合いに優秀な魔法使いがおられるのではありませんか?」


 知っていることを知らない風に話すのは意外と難しいものだ。

 アンの驚いた顔にあえて驚いた顔で返し、私は窓の外を指差した。そこに立っているのは黒のとんがり帽子を深く被った女は私達のいる二階の窓を少し前からずっと見ている。見ているのが私かアンかは知らないが。


「さっきからずっとアンさんのことを見てますから、きっと知り合いなんじゃないですか?」


「まあ! ……確かに私の仲間でございます。きっと私を迎えにきてくださったのですね」


「なら案内しなくてもいいかな? さ、少し待ってたようなので早く行ってください」


「ありがとうございますジュリアンさん、それとマオ様も」


「うむ! さらばだ人間!」


 アンは金貨一枚おいて席を立った。正直どれだけ食べても金貨一枚ではお釣りがくるのだが、やはり世間というものをよく知らないのだ。

 窓の外で魔法使いとアンが再会し、私に手を振っているので顔を見られないように手を振り返す。しばらく魔法使いにお説教をされた後、二人は並んで歩いていった。


「面白い人間だったな。主は何か参考にできたか?」


「うーん、まあまあってとこかな。決意が固まったってくらい」


「上々だ。さて主よ、次はどこに連れて行ってくれるのだ? 我はまだまだいろんなものを見て回りたいぞ!」


 思案する。マオの腹が異次元に繋がっているのではないかということも、次の店をどこにするのかということも。そしてアンやマリーのことも考える。勇者の仲間二人と交流した、魔法使いにまで交流ができてしまえばきっとその後は勇者だ。

 魔法使いについては一番行動が予測しやすいので会うことはないだろうが、やはり気をつけておかねば。


 勘定を済ませて店をでる。予想通り金貨一枚ではお釣りが大変なことになりそうだったので、自分の銀貨で支払いをした。

 大通りに近寄らないようにだけ気を付けて小道を歩く。


「マオに会ったから私は勇者に会わないって決めたけど、マオと会ってなかったら私はどうしたんだろう」


 決意を固めたことで気が緩んだのか、思いもしないことを考えあまつさえ口にだした。

 何気ない疑問だったので私は漏らしてしまったことを気にしていない。


「主は勇者のことが本当に気になるようだな」


 だからマオの声が少し低いことについても気にすることはなかった。マオの低い声を聞いたのは出会った時ぐらいだなと暢気に考える。


「主は、我と出会ったことを後悔しておるのか?」


「後悔なんてしてないよー。でももしもの話って好きでさ、考えてると楽しくなっちゃって」


「では、我と会わない場合主はどうする? 勇者に会っておったか?」


「うーん、そうだなー……」


 何度も考えたが、再度深く考え込んだ。

 マオと出会っていないもしもの話を。


 出会っても出会わなくても旅は続けていたはずだ。勇者のことを聞くためにこの街に来たのだから出会っていなくてもこの街に来るはず、関所で勇者のことを聞いてどう思うだろう。マオがいないのだから避けようとは思わない、けれど会おうとも思わないかもしれない。なら遠くから見てみようってなるかな。食べるときに勇者とすれ違うかどうかは運次第だけど、あの店にはよく行くのですれ違うだろう。夜の修業は日課だからマリーと出会うことは確実だ。アンとは出会わないだろう。私は勇者を眺めようとするはずだから大通りから外れた場所にいるアンとは出会わない。ならきっと悩み続けるはずだ。

 結果は悩み続けて、結局会うかどうかわからない。私らしい中途半端な答え、生産性のない愚かな生き方。


「きっと……出会うことはないだろうなぁ……。どっちつかずのまま、選択なんてできなかったと思うよ」


「ならば我を見つけていたとすればどうだ」


 マオを見つけてそれを無視していたら。それはあり得ない未来だけど、さっきと同じように考えてみる。


 私はきっと一度は無視してもマオを助けようと思うだろう。なら、私がとる行動は一つだ。


「勇者と会ってたかなー。それでマオと引き合わせて、和解できるように尽力したと思うよ」


「そうか……」


 マオの足が止まる。同時に繋いでいた手も解かれた。


「主が我を魔王として見ていないことは知っていた。万死に値するが、主が我にマオと名を与えたことで主は我を見ていると思い許せていたが…………」


 すぐにマオの手を取ろうと思った。今すぐにでも掴み取らなければマオがどこかへ行ってしまう。そんな気がした。

 しかし、私の手がマオの手を掴むことはできなかった。

 マオの目が敵意を含み私を射抜いていた。憐憫を含む目に戸惑いを隠せず、伸ばした腕は私とマオの中間、マオが手を伸ばせば届く距離で止まってしまった。


「"貴様"は我を見てなどいない。貴様が見ているものは、ただ可哀想な子供であって我ではない。侮るなよ人間風情が! 貴様など見たくもない! 我の前から消えろ、二度と我に近寄るな!」


「マ、マオ? どうしちゃ────」


「────マオと呼ぶな! 我は魔王であるぞ! 人間如きにつけられた名前など必要ない!」


 マオが憤怒の形相で私を睨む。その体からうっすらと黒い靄が出ている。

 黒い靄の正体は瘴気だ。魔族が好む空気、魔物が生まれる場所とも言われている。それが視覚で捉えられる程濃い。人間では耐えられない程の瘴気がマオの体から漏れ出している。


 瘴気は広がることなくマオに纏わりつき黒い球体に変化、次の瞬間には霧散してしマオごとどこかへ消失してしまった。


「マ、オ……」


 あまりにも突然の出来事で私の思考は止まっていた。思考が真っ白になる状況を、まさか体験できるとは思いもしなかった。そんなどうでもいいことを考えるくらいの混乱は、勇者一行を離れた時にもならなかった。

 ああ、きっとそれは、マオが私にとって勇者よりも大切な存在になっていたからだろう。気付くのが遅すぎた。


 とりあえず、今はマオを見つけないと。

 思いたちすぐに走りだそうとした。片足はもう前に出ていた。次の足ももう振り上げている。

 二の足を踏む時に、それは起こった。


 最初に届いたのは大地を揺らすほどの振動、目の前で大きな建物が倒壊して起こったものだ。

 次に届いたのは倒壊による爆音と土埃、離れていても聞こえるほど大きい音だった。

 少し間を開けて最後に届いたのは街の人々の声、恐怖で叫んでいる。ただし、恐怖しているのは建物が倒壊したからではない。注視すべきは倒壊を生んだ原因だ。


 倒壊によって生まれた土煙から顔を出している竜の姿に人々は恐怖し叫んでいる。


「な、に……?」


 魔王が討伐されたといっても魔物が完全に消えたわけではない。けれどこれほど大きな魔物は最近どこにも確認されていない。まして竜など勇者が見逃している筈がない。

 マオが心配だ。一刻も早く見つけ出さなければいけない。


 いけない、のだけれど────、


「馬鹿っ! 違うでしょ! 今はマオのとこに行かなくちゃいけないのに! どうして竜の方に向かってるんだよ!」


 街の皆が困っている。ここにはお世話になった人も多い、竜が暴れでもしたらその人達も大変な目に合う。それを見過ごすことなんて私にできるはずがない。

 勇者一行が何とかしてくれるはず、いくらそう思っても私の足は止まってくれない。竜を相手に無事に済むとは思えないが、やるしかない。


 だがおかしい。竜が出現したのだから、自然と竜から離れるように人は動くはず。にも関わらず人に流れがばらばらだ、動きづらい。

 耐えかねた私は建物の隙間を壁蹴りで上る。一度できるかなと思い挑戦して、できるまで挑戦したことがある。おかげですぐにできるようになったが、使う機会がほとんどなかった。

 建物の屋上に到達することで景色は広がった。似たような高さの建物が多いので自然と外壁が見えるほどにはいい景色だった。非常時でなければ感動していたのかもしれない。

 心動かされたという意味においては同じかもしれないが、今私の気持ちを一言で表すと、絶望という言葉がぴったりとあてはまる。


 最初目にした竜だけではなかった。見えたのは最初の竜を含み四体の竜、一体にはもれなく人型の魔族が乗っている。竜が乗せるものはその竜が認めたものだけ、つまり厄介さの二倍増しということだ。


「一体どこから!? 飛んできたとしてもいきなり現れるようなことなんてあるはずないのに!」


 竜一体だけでも手を焼き最悪負けるかもしれないというのに、それが四体もいる。

 足は動く。最初に目を付けた一体に向かっている。そうだ、悩んでいる余裕はない。できるかできないかではなくやらなければならない、一体ずつでも確実に仕留めていくしか方法はないのだ。


 屋上を飛び移り接敵する。近付くほど、体に電気が走りぬけるような感覚がある。

 魔力だ。それもかなり覚えのあるもの。


「雷よ、我が導きに従い邪悪な竜を討ち滅ぼせ!」


 GAAAAAAAAAAA────ッッッ!!


 迸る雷撃が襲い掛かり、竜の咆哮が轟く。

 巨大な竜にダメージを与えられる程の魔法を使えるものはごく僅か、そしてこれは勇者一行の魔法使いの仕業だ。魔法使いが一人で竜の相手をしている。

 竜は巨体に似合わず俊敏に動く。前足を使ったひっかきで地面を抉り、翼を震わせれば砂塵が小石と共に舞い上がる。口から炎を噴き出し、尾を振れば建物を薙ぎ払う。まぎれもなく生物としての格が違う。

 竜を前に一歩も引かずに対峙している魔法使いも大概人間とは別のものなのかもしれない。


 と、遠目で確認しつつ、勇者一行が別れて行動していることが分かった。おそらく一人一体で対応しているのだろう。僧侶がどうやって竜と対峙しているのか気にはなるが、今は考えない。

 まずは魔法使いに手を貸して目の前の一体を確実に討伐する。


「助太刀しますっ!」


 剣は無い。突然のことだったので戻る暇もなかった。

 私は構わずに竜の下に滑りこみ、ズドンと足で大地を掴み拳を振り上げる。肉を潰す独特の感覚に嫌悪感を覚えながらも食い込ませ、一歩で距離を取り魔法使いのすぐ近くに着地する。


「馬鹿っ! 早く逃げなさいよ! 私だってそういつまでも持たないわよ!」


 一歩も引かずに対峙しているというのはそのままの意味だ。一歩も前に進むことができていない。

 当然のことだ。魔法使いというものは本来、前衛がいてこそ栄える後衛の鏡なのだから。敵に強力な一撃を与えることが役目なのだ。前衛がいなければ強力な魔法は使えず、簡易な魔法しか使えない。いくら簡易の魔法でも強力な魔法使いといえども竜相手では牽制がやっとだろう。


「大丈夫、少しはお役に立てる思いますよ! それに魔王を倒した魔法使いのことを信頼してますから! 前衛は任せて、強力なのをお願いします!」


「なっ! ちょっ! 待ちなさ────ッッ!」


 魔法使いの言葉を無視して竜に飛び込む。すぐに身体強化のバフが体を巡った。魔法使いは攻撃魔法が有名だが、彼女の場合全ての魔法に精通している。僧侶の方がより強力なバフを使えるので普段は使わないだけだ。

 納得はしていないだろうが、今は気持ちだけ受け取っておく。


 竜は私のことを完全に敵として捉えている。


 GAAAAAAAAAAA────ッッッ!


 強靭な前足が襲い掛かる。私は構わず飛び込み、爪の間の僅かな隙間を潜り抜ける。風圧で体が壁に当たったような感覚に襲われつつも、壁をぶちやぶり着地し返す腕が来る前に腕を伝って駆け上る。

 途中から私を振り落そうと竜が無理な動きをし始めたので拳をめり込ませて無理やり肉を掴んで凌ぐが、それがさらに動きを活発化させているようだ。


 構うものか。

 私は竜の頭までよじ登り、竜鱗を数枚剥ぎ取り離脱する。体は自動で動いているようなものだ。竜を相手にするのは想定済み、武器が無い場合のことも考えている。


 マオ……早く会いに行かなくちゃっ!


 命がけの場で考える必要のないことが思考に巡る。頭と体が別々の生き物なのではないかと思えるほど、思考と行動が乖離しきっている。

 竜を殴打し、攻撃を躱し、また殴ってまた躱す。終わりのない攻防を繰り返し、繰り返し続ける。


「そこのあんた! 準備はできたわ! 助かったわ、ありがと! 巻き込まれたくなかったらさっさと離れてなさい!」


 魔法使いの準備ができたようだ。頭上に竜をまるごと包み込める巨大な雷の球が迸っている。

 私は一っ跳びに竜から距離を置く。


「くらいなさい! 雷ノ鉄槌ッ!!」


 極光と音を超越した振動が視覚と聴覚を奪い去る。

 これほどの魔法を使える人間は勇者一行の魔法使いをおいて他にいない。逆にこれほどの魔法が使えるからこそ勇者一行の魔法使いとして魔王を討伐することができたのだ。


 光が霧消した後には黒焦げになり絶命した竜が残されていた。一撃で葬ることができるとは大したものだ。

 私は魔法使いの元に駆け寄ることもなく、次の獲物に向けて走りだす。とにかく今は時間が惜しい、おそらく残りの三体も勇者一行に任せればすぐに片が付くだろうが、見つけてしまったのだから最後まで付き合うことにする。

 まだ残りの三体は生きて暴れまわっているようだ。


「たぶん魔法使いはアンのところにいく。勇者はできれば最後に回したい、なら私は戦士のところへ……マリー!」


 僧侶と戦士がどこにいるかわからない。一体目で当たりが引ければいいのだが……勇者はわかりやすく、一番の強敵のところに行っているはずだ。


 広い街だが、それでも屋上を跳んで走ればかなりの時間が短縮できる。一番近くにいた竜の相手をしていたのはマリーだ。

 運がいい。私はマオのことを想い自虐的に思考した。


 マリーは巨大な剣を振るい既に翼を切り落としていたが、それによって竜が暴走しているのか防戦一方になっている。というより身体強化しているとはいえ生身で竜の一撃を受け止めているというのは人として有り得るのかと疑問しかない。

 攻撃力も絶大だが、防御面も化物染みている。


「マリー! 手を貸すよ!」


「お前は……! 助かるが、できれば魔法使いの方に手助けしてやってくれ! あいつは一対一には向かんのだ!」


「大丈夫! 魔法使いの方は片付きましたから! たぶん僧侶と合流したと思います! フンッ!」


 竜の前足を受け止めるマリーの横を通り抜け、静止させられた前足に拳をめり込ませる。だが、分厚く引き締まった脂肪に阻まれて骨にまで衝撃がいかない。一流の拳法家なら衝撃を内部に届かせることもできるだろうが、私のこれは見てくれだけ真似た三流のものだ。打つものを選ぶなどできるわけがない。

 打った後はすぐにマリーの後ろまで下がる。マリーが竜の一撃に耐える余裕があるのは明白だ、私にはその力がないので頼らせてもらう。


「そうか。お前はそういう顔をしていたのだな、見せられないのも道理というわけか。理由は後で聞くとしよう。────剣はどうした?」


「突然のことで持ってませんでした。私、格闘もできますので」


 マリーは私のことに気が付いたようだ。魔法使いの時は煙に巻けたのだが、戦士は余裕がある分観察できたのだろう。それに何かを察してくれたようでもある、終わったらすぐに逃げよう。

 そんな思考を回していると、目の前に剣が放られた。


「使え。今回は遠慮の必要はない。存分に力を振るうがいい」


 よく見るとマリーの持つ大剣が少しだけ薄くなっている。あれは何本もの剣を重ねているようだ。用途に合わせて使っているのだろう。そのうちの一本を私に投げたのだ。

 受け取ると真剣の重みが手に伝わってくる。この剣なら多少無理な使い方をしても折れることはないだろう。

 驚くべきことは一本でこれほどの重みがある剣を複数重ねた大剣を軽々と振り回しているマリーについてだ。相変わらず馬鹿げた腕力を持っている。


「うん。遠慮なくいかせてもらうよ。早く終わらせて私には会わなきゃいけない人がいるんだから!」


「では手早く済ませるとしよう」


 GAAAAAAAAAAA────ッッッ!!


 竜が咆える。何度も攻撃を防ぐマリーに苛立ったのか、ちょこまかと動く私が煩わしかったのか不明だが理性を飛ばしているというのであれば好都合だ。知性のある竜より知性のない獣の方がやりやすい。


 竜の突進を躱し両前足を切り付ける。

 私は戦士が付けたであろう傷に沿うように剣を滑らせ、マリーの方は衝撃的なことに前足を完全に受け止めていた。竜の重量に引き摺られて地面に二重線を引きながらも完全に止めきった。


 シュッ! ────シュシュシュッ!


 すかさず接敵して切り開かれた傷にさらに剣を突き立てていく。私の力では竜の堅い鱗を引き抜くなら兎も角斬るのは手間だが、すでに切り開かれているなら箇所をなぞるだけならば苦では無い。細かい作業は得意な方だ。

 すでに噴き出した竜の血で地面が赤く染まっているが、それでも倒れないのはさすが竜といったところだろうか。私としてはマリーの方を称賛したいが、いかなる敵であっても敬意を払うものだ。


 竜の動きが鈍る。すでに死に体である。


「天晴。よくぞここまで粘りを見せた。褒美だ、私が楽に逝かせてやる」


 跳躍したマリーが竜の首を目掛けて剣を振りかぶる。

 何をするか想像することはできた。が、現実味がなく見つめることしかできない。


「────ハッ!!」


 ズッ……ブシャアアアアッ!!


 ズンッと竜の首が落ちた。恐るべきことにマリーは一太刀で竜の首を切り落としてしまった。分厚い脂肪も堅い鱗もあるはずの骨も、全て強引に力だけで切断した。

 竜の動きが鈍らなければできなかったのだろうが、それをおいても圧倒的な力。技の入る余地もない。

 頭を無くした竜の巨体はしばらく血を噴き出し、やがて血に伏した。


 私は今の気持ちを言葉にすることはできなかった。

 代わりに借りていた剣を地面に突き立て、音もなくこの場を去ることにする。

 マリーを確認すると、私のことを横目に見て引き留めるようなことも背を押すようなことも、何も言わずにただ見送っていた。


 次の目標は、そう考える私に更なる事件が起こるのは、次の目標にたどり着く前のことだった。


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