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レクイエム「鎮魂歌」---ナナミンに捧ぐ

作者: リョウ

 ポケモン、ゴジラ、ゴスロリ、ゾンビ、吸血鬼・・・白雪姫にPPAP・・・幾多の話し声、時々飛び交う怒号、あらゆる国の言語、DJポリスのマイク音、外国、日本の報道機関からインタビューを得意げに受けるパリピな若者達。あてどなくさまよう人の波。猥雑とカオスが混在する迷宮と化した夜。

 渋谷の街は百鬼夜行達による熱気と、それを冷ます秋風がビルの隙間を通り抜けてゆく温冷感覚が人々の五感を少しゆがめていたのかもしれない。

 僕、風間恭平は大学の仲間とそんな街にいた。

「渋谷はすごい事になってま~す~」

「君・・・・」

「はぁ?・・・」セルカで自撮りをしていた僕に1人の少女が声をかけてきた。

「・・・・えっ!!!!!ナ・ナナミン?????」僕の視界に、ナナミンが・・それも、ぐるぐるカーテン時のチェックのプリーツスカートにチェックのリボン。赤線の縁がついたグレーの制服。髪型はショート・・?

「・・・ナナミン。確認。ツールダウン、クラッキングOK・・・橋本奈々未。乃木坂46。1993年2月20日生まれ。163cm。うお座。北海道出身。血液型B。御三家・検定八福神・アンアン美脚選抜・眼鏡選抜。趣味、読書、バスケ。特技、嗅覚、けんだま・・・好物。人の不幸・・・・お前はこのおなごが好きなのか?」

 ナナミンは・・・いやいや、ナナミンにそっくりな少女は唐突な質問を僕に投げてよこした。

「いやいやいや、それはないない。どちかと言えばなぁちゃん推しだし」

「・・・なぁちゃん。確認。ツールダウン、クラッキングOK・・・西野七瀬。乃木坂46。1994年5月25日生まれ。159cm。双子座。血液型O型。趣味、漫画、妄想、モンハン・・・好物。引きこもり・・・成る程。自分に合わせて、内向的な内にドロドロな感情を秘めて、押し倒しやすいおなごの方が良いのだな。すまぬ。私の網膜のトレースはこのおなごしか映し出せなかったのだ。他意はないから許せ」

 目の前にいるフェイクナナミンは訳のわからぬ事を言いながら、「お主、私を乃木神社まで連れて行ってくれ」唖然としている僕の腕を掴むと告げた。

「時間が無い。早くしろ。あの者達が迫っておる」

「い、いや。僕も時間がないので・・・」これはきっと何かの勧誘?そうだ!そうに違いない。美少女を使った美人局・・・やばい薬、裏ビデオ・・・ところで仲間は?

 あたりを見渡すと一緒に来たはずの裕もマチの姿も見失っていた。

「早くしろ。一刻の猶予もない」

「ちょっ、ちょっと待ってください」僕は慌ててスマホで裕を呼び出した???「無駄だ。私の半径5mの範囲で量子ジャミングをかけた。あの者達の通信を邪魔する為に、そのスマホという通信器は使用不能だ」

「えーーーーーーーー!」周りを見渡すと慌てたようにスマホを覗きこむコスプレヤーが多数見られた。

「君、君は?いや、お前は何者だ?・・・・」

「危ない!」2,3歩後ずさった僕にF・ナナミンが飛びついてきた。

 少し柑橘系の入った甘酸っぱい香が僕の鼻孔に流れこみ、僕たちは車道に転がり出た。ポリスの高温の笛がピーーーと鳴り響くのが聞こえた。

 僕達をLEDの白いヘッドライトが照らしだす。

(何が????・・・・・終わった!思えば短い人生・・・・)

「目を開けろ!」

 F・ナナミンの声に僕は目を開けた。

「わっ!!!」多くの人々が眼下に広がる。線路脇、左下には王将の赤い看板と鳥金と書かれた看板が目に入った。

僕たちが転がっていたであろう車道には急停車した車のドライバーが不審そうに周りを見渡していた。

「僕は死んだのか?幽霊となってここから下を見ているのか?」

「そんな訳がないだろう。ここはビルの屋上だ。危なかったのだぞ。奴らのステルスを上手く避けれた」」

 確かに、10月にしては寒すぎる風が僕を現実に引き戻した。

「しかし、どうやって?・・・・本当にお前は何者だ?」

「飛んだ。しかし、今はそんな事を説明している時間はない・・・・・・来た!」

 マリオが3体!唐突、そう唐突としか言いようがない表現で屋上にそいつらが現れた。

「飛ぶぞ!」僕はF・ナナミンに腕を掴まれながら地上へと落下していった。後方ではコンクリートに何が当たる音が2,3発響いていた。(今度こそ駄目かもーーー)

     *******

 僕は生きていた。きっとこのF・ナナミンが何かをしたのであろう?ナイキ401エアクッション使用のインソールだけで衝撃を吸収できる筈がない。地上に降り立つと僕たちは雑踏の中に飛び込み、ビルとビルの隙間に身を潜ませた。

「デコイ・テクスチャセット。思考ロジック開始。アルゴリズム正常化・・・これでしばらくは誤魔化せよう・・・・」

「何をした?」

「デコイを設置した」

「何だそれは?」

「フェイクドール・・・偽物だ」

(いやいやいや。お前がそもそも偽物・・・)

「何か考えたか?」

「え!」

「お前の思考ロジックはほぼ解析済みだ。余計な事は考えるな。お前はただ私を乃木神社まで連れて行ってくれればよい」

 人混みに確かにナナミンが立っていた。

「・・・・おい!デコイ・ナナミンがナンパされてるぞ!あ!ルフィがスカートの中を盗撮している!」

「大丈夫だ。血液検査でもされない限りドールとばれはしない。自信作の1つだ。・・・そんなに盗撮している奴が羨ましいのか?」

「人の思考を読むな!」

「顔が赤い。脈拍、血圧上昇。大丈夫か?」

「わぁっ!」瞳を覗きこむように尋ねるF・ナナミンに、僕の血圧、脈拍はデンジャラスゾーンに跳ね上がった。

「しかし、何故僕なんだ?」

「え?」(コケテッシュに首を傾げるな!フェイクだと分かっていても・・・・にしても美しすぎる・・・・)

「今、いやらしい事でも考えたか?・・・・いや。良い。答えるな。ピンクだからだ」

「は?」

「だから、ピンクだからだ。お前の生体シグナル・・・オーラと表現した方が分かりやすいか?なかなかここまでピンクという人間は見た事がない」

「な、なんなだ?オーラ?ピンク?」

「ピンク=愛情深く、献身的なタイプ。詳しく説明すると、優柔ふだん。人に頼まれたら断れないタイプ。連帯保証人はほぼこのタイプがなる。誰にでもやさしい八方美人。気持が高揚すると甘えたがりの甘ちゃんでダメだしにはすぐ落ち込む・・・・」

「やめろ!もういい。それ以上聞きたくない」(そうさ、人には貸してばかり。頼まれれば嫌とは言えない。それがどうした!それでも・・・それでも・・・)

「そう、自己嫌悪に落ち込むな。その内良い事もあるだろう・・・」

(っていうか?落ち込ませたのはあなたなんですが!)「で、お前は、いや君は一体何者?まさか、ロボット、アンドロイド?未来からきたドラエもん???送ってくれと言われれば、それは送っていかなくもないですが、君の正体がわからない事には、母親からは知らない人についていってはいけませんと言われてるし」僕は一気にまくしたてた。

 たとえフェイクでもナナミンと一緒に居れるという欲望と未知なる不可解な現象から逃げたいという感情が僕の中でせめぎ合っていた。

「子供か!」F・ナナミンは絶妙の突っ込みを入れながら続けた。「そう、私は・・・ファントムモデル?エクトモデル?メンタルモデル?・・・式神。そう式神が一番近似しているかもしれぬ。一種の発光固定物質だと思ってもらってよい。そして、私達はそなた達によって生み出された物。この国の民達が常しえの昔から存在を信じる物」(わからない?僕にはこのF・ナナミンが何を言っているのが、わからない????)

「さぁー。私は自分が何者か教えた。お前は私を速やかに、迅速に乃木神社まで送る義務が生じた」

「そんな一方的に言われても・・・・それに、お前、お前って・・・僕にも名前があるんですけど」

「拗ねたのか?女、子供相手にむきになるな。名はなんという。名を呼ぶ事が望みなら、これからは名を呼んでやろう」

(・・・・・・・そん風に言われて、はい。恭平と呼んでください。などと言えるか!)

「恭平だな?」

「??????何故!知っている。心を本当に読めるのか?」

「そのショルダーバックのベルトの裏側に風間恭平と書いてあるぞ。パンツにも自分の名前を書いているタイプだな」F・ナナミンは平然と告げた。

「ちがーーーーう!名前は小学校までで、それ以降は母親に反抗して1度も書かせた事は無い」僕の頬は間違いなく真っ赤になっていた筈だ。

「苦しい言い訳だ。それよりも恭平どこに向かったら良い」(ナナミンに名前を呼ばれた・・ナナミンに・)

「名前を呼ばれた事がそんなに嬉しいか?」F・ナナミンがにやけ顔の僕に言った。

真顔に戻りながら、「分かった。僕が君を乃木神社まで送り届けよう。でも、もう1つだけ教えてくれ。君は何故狙われている?そして、君を狙っているの者達は誰なんだ?」F・ナナミンに僕は尋ねた。(不可解な事に巻き込まれる不安よりも、僕の軟弱な心は、例えFでもナナミンといる事を選んでしまった・・)

「それでは、1つではなく2つ、尋ねているぞ」(この、Fは口うるさい・・・本物が違う事を祈ろう)

「まぁー良い。あの者達はジャッジメント。我々を封じる者だ。我々がこの国に生まれいずる時と同じく誕生したと聞いている」

「我々?・・・君のような者がまだ居るのか?」

「居る。特に、今日はこの街に多くの物達を見た。我々は八百万やおよろずとも言われてきた。」

(No!!アンダスタンド!僕には理解不能だ・・・・そうだ!きっとこれは夢。そう僕は夢を見ているのだ。いつの間にか寝てしまった・・・・一度目を閉じて・・・ほら目を明ければ現実に・・・)

「わぁっ!」すぐ目の前にナナミンの瞳が迫っていた。

「どうした?」F・ナナミンが僕の瞳を覗き込んでいた。(・・・・これは間違いなく現実らしい・・・)

「ちょっと待て。少し、整理させてもらっていいか?」

「早くしろ。デコイがいつまで持つかわからない」

「はい。はい。まず、君はナナミンでここに存在している?決して幻では無い」

「触ってみろ。生体皮膚組織、体温、質感ともすべてトレース済みだ」F・ナナミンは僕の手のひらを無造作に自分の胸に押し当てた。「ひいいいえええええええーーー!!!」(人は思いがけない事に出会うと、思いがけない声が出るという事を、この時初めて知った。但し、決して不快な事ではない)

「突然、大きな声をだすな!びっくりするであろう」

(マシュマロが・・大福餅が・・温泉饅頭が・・・・)

「おい!それから!」

「あっ!」(F・ナナミンの声に、僕は桃源郷から無事帰還した。スミスのだみ声が脳裡に流れる・・」

「あっ!ではない。もう一度触りたいのか?」

「いや、いや、いや」(そうだ、今、猿のようにドーパミンを垂らし続けている場合ではないのだ)

「そうだ!誰かに追われているのであれば、警察に保護を頼むというのはどうだろうか?幸いな事に今日は200人以上のポリスがこの街に来ている」

「お前は馬鹿か?」僕の提案は案の定、秒殺で却下された。

 それはそうだ、自分は式神で、今マリオに襲われているので助けてください。と言った所で、頭の変な女か悪くすれば捕まって薬物検査をされるのがいいところだ。

「わぁーーー。これ乃木坂の制服ですよね。かわいい!!」

「写真撮っていいですかーーー」

 そうだ!僕はこの街に居るコスプレイヤー達が、今日、何のために来ているのかを忘れていた。

 勿論、自分の写真や他のコスプレイヤー達と撮った写真をSNSにアップする為に来ている。それ以外は何も考えてはいない筈だ。

 ゴスロリ+ゾンビメイクをした3人の女の子にF・ナナミンは声をかけられた。確かに、F・ナナミンもコスプレといえば言えなくもない。(本物と栗卒とはいえ、何せ、Fなのだから・・・・)

 何枚かの写真を撮って、F・ナナミンを中央に3人がⅤサインでセルカを向けた時、(勿論、FナナミンはⅤサインなどしない。ずーーーと無表情のままだ・・・・)

「わぁっ!!!消えた!」

「どこえ????」

 後方で若者の驚きのおおきな声が聞こえた。

「まずい!デコイが消された。行くぞ!」

 F・ナナミンは僕の手を取ると人波に分け入った。

 そして、ゴスロリ3人娘は唖然と僕たちを見送っていた。

 *******

 僕たちは今、神社の境内に居た。

 僕の目の前には50段程の階段が続き、見上げると、その先には赤い鳥居が見えた。

 あの後、人波を分けながら、忠犬ハチ公像を目指し、六本木通りに僕たちは出ようとしていた。

「来る!」

「え!?」振り返った僕の視界に、マリオの赤い帽子が3つ、人波を分けて迫ってくるのが見えた。

「飛ぶぞ!」

「え!また?」

 スタバの前に止めて会った、緑の警察車両のDJポリスの頭上を、F・ナナミンに引っ張られながら僕は飛び越えた。DJポリスはマイクに夢中で僕たちを気づく間もなかったようだ。

「油断するな!あやつらは整息の技を習得している」

「整息?」

「あやつらは、気配、体臭を消して近づく事が可能だ。おそらくここに居る人間達で、あやつらに気づいている者はごくわずかであろう。居るけど居ない。見えているようで見ていない」

「・・・・そのジャッジメントも式神の一種なのか?」

「人だ。道教の流れを汲む法力士と聞いている」

「・・・・忍者のような者か?」

「そのような者と思ってもらって良い。理解が早いな」(それは、あなたの存在に比べたら、全然、マリオ達の方が現実味がある・・・・人だし)

「人以外がこの世に存在しないと思っているのは、そなた達の傲慢だ」(わぁ!人の思考を読むな!)

 ハチ公前を抜け、六本木通りに入る手前で、突然F・ナナミンが「こっちだ!」と僕の手を取ってこの神社に飛び込んだ。

「ここは我々のセーフティーゾーンだ。ジャッジメントはここへは侵入出来ない」

 F・ナナミンは相変わらず無表情で説明した。

(ここのどこが?セーフティーゾーンなんだ?普通の神社の境内ではないか???石柱にも金王八幡宮って書いてあるし・・・・)

「信じなくてもよい。とにかく付いてこい」(だから、人の思考を読むな!)

 (後ろ姿もワンダフォーだ!)とか思いながら、僕はF・ナナミンの後から階段を上った。

 僕たちは階段を登り切ると赤い鳥居をくぐった。

「??????ん?」

「どうした?」

 赤い鳥居の先には森の小道が続いていた。(渋谷にこんな所が?)あの街の喧騒が嘘のような静けさがあたりを包み込んでいた。

 動く物は無い。鳥のさえずりも聞こえてこない。無音の森・・・この森からは生命力というもの感じる事が出来ない。息吹が聞こえてこないのである。

 しかし、空にはちゃんと白い雲と青空が広がっている。初夏を思わせる日差しが心地良い・・・(白い雲?青い空?初夏の日差し?????)

 そして、僕はここに風が無い事に気づいた。いや風ではなく、息は出来るのだが、空気の動きが無いのである。

 『時忘れの里』・・・僕の脳裏に、小さい頃、田舎の祖母から聞かされていた昔話しがよみがえった。僕の田舎は、長野の臼井という山の中にある小さな町だ。今昔だか雨月だか、いや霊異奇談とか言う昔話しだったかに出てくる恐ろしい話だ。

 天狗だか山の神様が作っているという家。入いった者は二度と出てこれないと言われている所。俗に言う神隠しの里。「もし、見つけても絶対に近づいてはいけない」と小さい頃から言われていた所。

「まさか!ここは時忘れの里ではないのか?」

 幼い頃の恐怖は大人になってからの恐怖とは比べようがないくらい大きいらしい、僕は「嫌だ!」叫びながら赤い鳥居へと走った。

 鳥居を出た筈の僕の目の前にF・ナナミンが立っていた。「?????今、出た筈・・・・・?」

「無駄だ。ここは時が凝縮し、空間が広がった場所。すなわち、空間が封鎖されておる。但し、あの者達も入ってはこれぬ」不思議そうな顔をしている僕に向かって、F・ナナミンは告げた。

 出れない事は分かったが、それでも嫌がる僕を、F・ナナミンは無理やり森の奥にある築地塀に囲まれた古民家風の家に連れ込んだ。

 引き戸の玄関を無造作に開けると「お邪魔します」と声をかけF・ナナミンは、大きな土間で靴を脱ぎ、廊下にあがった。

 僕もおいていかれまいと、慌てて靴をぬぎ後を追った。(返事もなければ、人の気配も無い。・・・でも絶対、何かがいるんだ?そして、きっと居間には・・・・)

「ぎゃっ!」居間を覗き込んだ僕は、想像通りの光景に思わず悲鳴をあげた。

「おいしそう・・・」F・ナナミンは僕の悲鳴などお構いなしに、居間に入っていった。

 その居間は10畳程であろうか?部屋の中央には囲炉裏があり、その上で鉄瓶が湯気を立てている。囲炉裏の周りには今、まさにこれから食事をする所であるかのように、2人分の汁物やご飯、漬物、煮物などが置いてあった。汁物やご飯からは白い湯気まで立っている。

 しかし、この食事を取ろうとしていた住人はどこに行った?いや、そもそもこの家に住人が居たのか?

 この光景はまさしく、僕が祖母から聞いた「時忘れの里」そのものであった。

「いただきます」藁で編んだ円座に座るとF・ナナミンは、当然のように箸をとった。「何をしている?恭平も早く座れ」

「え?」

「せっかく、我々に食事を用意してくださったのに失礼であろう」

(こいつは何を言っているのだ?この食事を食べたら僕達はここから帰れなくなる筈だ・・・)

「とにかく座れ」

 僕はF・ナナミンの言葉に不承不承ながら、隣に腰を下ろした。

「ここは本当にどこなんだ?」隣でご飯を口に運ぶ、F・ナナミンの横顔越しに外が見えた。開け放たれた障子戸の向こうにはどこまでも広がる緑の絨毯のような畑が広がっていた。

「これは、また。可愛い子犬が迷い込んで来たものじゃ!」

「わぁ!!!!」男性の声に正面を向いた僕は、驚きながら1m程後ろに飛んだ。(誰だ!)

 誰もいなかった僕達の正面に、80歳位に見える老人が座っていた。この老人は忽然と現れた。間違いなこの部屋に入る時にはいなかった・・・服装もおかしい?いや、正確に言えば、現代ではおかしい、と言えばいいのであろうか・・・上着は狩衣、ズボンは指貫、頭には烏帽子をかぶっている。そう、映画で見た陰陽師と同じ服装と思ってもらえば理解出来るであろう。(ここは平安時代か???)

「どこの子犬さんかな?」老人は僕の驚きなど無関心であるように、F・ナナミンに質問を続けた。

「乃木坂でございます」F・ナナミンはお辞儀をすると答えた。(!敬語かよ)

「ほっほっー。乃木さんの所の・・・・この街の騒ぎに誘われて出てきたのかな?」

「はい」

「一人かの?」

「はい。右は臆病な子なので・・・」

「はははは・・・そして、そなたは迷子になって、あやつらに追われてここへ来たのじゃな?」

「面目次第もございません」F・ナナミンは少し赤面しているように見えた。

「乃木の子犬よ。そなたを追っている者は2人じゃ」

「おぉー。東福和尚」

「えぇー?」今度は右斜めの席に突然、袈裟をしたお坊さんの老人が現れた。

「3人では?」

「何の。何の。今日はそなた以外にも、多くの化がこの街の賑わいに迷い込んでおる。三縁や日吉も来ておった。そなたばかりに人を割く事など出来ぬ筈じゃ」

「無事、帰れると良いな」陰陽師風の老人は微笑みながらF・ナナミンに言った。

「はい。この者に道案内を頼みましたゆえ・・・・」

「おぉー!ピンクじゃ」

「おぉー!ピンクじゃ。ピンクじゃ!」(ピンク、ピンクとこの爺共は!)

「良き、下僕を見つけた事じゃ」

(下、下僕?僕はいつから?何なんだ、この爺さん達?)

「おい。無礼な事を考えるな!」

(だから、人の思考を読むな!Fめ)

「この者が失礼な事を」F・ナナミンは2人に向かって深々と頭を下げた。

「良い、良い・・・・人間がここへ来るのも何百年ぶりの事」

「本当じゃ。本当じゃ。はははは」

「ピンクの下僕よ。そなたも遠慮せずに食べて良いのじゃぞ」

(誰がピンクの下僕だ(#^ω^)。僕には恭平という立派な名があるのだ・・・)と、言い返してやりたかったが、小心者の僕は「はい。それでは・・・」とか細く答えるのが精一杯であった。

 隣ではF・ナナミンが「早く、食え」とでも言いたげに、僕を睨んでいた。

  **********

 僕達は今、宮前坂から青山通りを表参道方面に向けてタクシーに乗っていた。六本木通りから向かうのが最短ではあるが、F・ナナミンを追っているジャッジメントとかいう奴等が待ち構えている可能性が高い。

少し、遠回りにはなるが、青山から迂回して乃木坂に出る作戦だ。もう時刻は深夜1時を回っている。この時間であれば、10分もかからず着く筈だ。

 それにしても、隣の座席で、天使のような寝顔を見せている此奴は・・・・あの後、とても食べる気になれない純和食?を無理やり食べさせられ、お茶を頂いた。味は、残念ながら一流料亭の味であった為、一口食べるなり、僕はむさぼるようにすべてを平らげてしまった。千尋の両親のように豚にならなかった事を神に感謝しよう。そして、食べ終わった頃にはあの2人の老人は僕の目の前から消えていた。消えた事に関しては、驚くよりも「やっぱりな・・・・」ほどの感想しか出てこない自分を、少し怖く感じていた。もうここまできたら、何が起こっても驚かない程、僕の理性は崩壊していたのかもしれない。

 そして、ジャッジメントはF・ナナミン達を見つけると、ステルスニードル(それは、忍者が使う苦無に似た武器らしい・・らしいというのも、ステルスの為僕には見えないのだから)で動きを止め、封印してしまうそうだ。「封印されるとどうなるのだ?」と、F・ナナミンに質問すると、「者から物に還るだけだ」とそっけなく答えただけだった。

 さらに、「迷子とか言ったけど、GPSとかグーグルマップとか使えないのか?乃木坂なら歩いても20分位で着くだろう?」と質問すると、「GPSとかグーグルとか、それは何だ?そんな事よりも私は眠くなった。少し寝る・・・」僕の質問をうるさそうに遮ると横になって、すぐに小さな寝息を立て始めた。

(何故?ジャミングやデコイなどという物を作り出せるのに、GPS機能が無い!アンビリバボー!)って・・今このF・ナナミンとここに居る事自体が、アンビリバボーだという事に僕は気づいて、考えるのをやめた。 

 どれくらい経ったのだろう?いつの間にか、僕も寝ていたらしい・・・隣を見ると、まるで丸まった猫、いや此奴は犬か?のような恰好でF・ナナミンは相変わらず軽い寝息を立てていた。(寝坊助の所は本物と一緒かよ!)

 スマホを確認すると、時刻は深夜1時になろうとしていた。(もっとも、この場所が、現実世界と同じ時間であればの話だが・・・・)

 僕は「まだ、寝たいーーー。起こすな恭平!」と、駄々をこねるF・ナナミンを揺り起こすと、この神社を後にした。(F・ナナミンが寝ている隙に逃げ出そうと思ったが、僕一人ではここから抜け出せないのだからしょうがない・・・本当に一緒に居たかった訳ではない。しょうがないのだから・・・)

「わぁ!」ここぞとばかりに、F・ナナミンの寝顔を(後で裕に自慢する為に・・・)撮っていた僕は、急停車したタクシーに思わず声を上げた。

「危ない運転だなぁー。ちょっと運転手さ・・・・・???・わぁっ!!!!!」僕は飛び上がる程の大声を上げた。

 僕の視界にマリオが2体映っていた。運転席と隣の助手席にそいつ等が居た。

 僕達を感情の無い視線で見つめている。

 タクシーを止めて乗車した時には、普通の運転手だった。間違いない。助手席にも誰もいなかった。(本当にこいつ等は人か?あの爺さん達やF・ナナミンと同じ物の怪の類じゃないのか?)

 運転手側のマリオが腕を振った。

「あっ!」

 隣で寝ているF・ナナミンの額と胸に「ドス、ドス」と、見えない何かが突き刺さる音がした。

「ナ、ナナミン!!!」僕は思わず叫だ。

 そいつ等は僕を無視するように、両手に印を結んで、何か呪文のような物を唱え始めた。

「カタシハヤ、エカセニクリニ、タメルサ・・・・?」

「こやつは?」

「偽物?」

「あちらか?」

「そのようだ。おい、ピンクの青年」

「えっ!」僕はビクっと肩を震わせながら、座席のシートいっぱいに身を引いた。

「そなた、あの化に、名前を付けたか?」

「え!いや、あの、その・・・」

「どうなのだ!」

「は、はい。ナ、ナナミンというアイドルに栗卒だったので、ナ、ナナミンと・・・・」(何だ?僕は何か間違いを犯したのか?名前が変なのか?橋本の方が良かったのか?いや、ナナミンと呼び捨てがまずかったのか?今からでもナナミンさんと訂正すれば、許してくれるのか?)

「どうりで、生まれたばかりにしては、素早いと思うたわ」

言霊(ことだまの力を得たか・・・」

「少し、やっかいじゃな」

「そのようじゃ」

「追うか?」

「うむ」

 2体のピエロは、訳の分からない会話を終えると、僕の事など最初から居ない人間であるかのように、挨拶もなしで車内から消えた。(別に挨拶などしてほしくはないのだが・・・)

 そう、まさしく僕の目には消えたように見えたのだ。

「何だったんだ。まったく・・・」僕は無傷だった安心感と、この異常な時間から解放された安堵感で、全身の筋肉が緩んだ状態のままシートにもたれた。

********

 そう、僕の隣に居たのはフェイクのフェイクだ。F・ナナミンが作ったデコイ。フェイクドール。

 あいつ等はF・ナナミンが僕と一緒に居る事を知っていた。人である僕には危害を加えないという、F・ナナミンの言葉を信じて、僕がおとりとなって、あいつ等を引き付ける作戦を立てた。

 しかし、まさか、こうも作戦が上手くいくとは・・・・

 少なくとも、10分位は時間を稼げた筈だ。

(もう、六本木の交差点辺りまでは行ったか?上手く戻れるといいのだが・・)僕の出会ったナナミンは、ナナミンではなかったが、いや、人ですらなかったが、そんな悪い化には見えなかった。少し、名残惜しい気持ちを持ちながら、僕は、青山通りを駅に向かって戻りながら考えていた。

 タクシーはどうしたか?って。申訳ないが、そこまで面倒を見る義務はない。デコイも消えた空車の誰も乗っていない無人のタクシーは、表参道交差点に放置プレイにしてやった。

 どうせ、警察かタクシー会社が上手く処理する筈だ。

 僕はこの夜の出来事をきっと忘れはしないだろう・・・・今もって、現実の出来事だったのか夢だったのか、上手く心は処理出来ていない。

 明日も午前から講義を入れてある。僕の心は現実へと確実に戻りつつあった。

 アパートは北沢にある。

 本当は下北に借りたかったが、家賃が1万違うのだ。しかし、大丈夫だ、女友達限定で、最寄駅は下北で通している。下北なら京王線も井之頭線も使える。急行までOKと、至れり尽くせりの駅だ。但し、アパートまでは早足で10分程かかる。女、子供の足だと倍は必要なのがちょっと残念なところではある。

(何とか、終電に間に合いそうだ・・・)スマホを確認しながら、僕は宮前坂を駅へと急いだ。

 坂の途中にある7-11の前で夜空を見上げる女性が、僕の視野に入った。

 空には上弦の月が青白い、ルナブルーの光を地面に降り注いでいた。

(そうか・・都会にも、空があるんだ・・・)ふっと思いながら、僕は彼女に近づいた。

(そうか・・あのF以外にも乃木坂のコスプレしている子が居るんだ。それも、わざわざグルグルカーテンの・・・・????乃木坂・・・グルグルカーテン?)

「恭平!」F・ナナミンが片手を上げながら無表情で僕に言った。

「な、な、なんで、お前がここに居る?」

「道に迷ったぞ」

「ありえない。絶対ありえない・・・どうしたら、一本道を六本木に向かって行ったらここに出れるんだ?」

「お前のアルゴリズムを探すのに少し手間取ったが、ピンクの光で見つけたのだ。私、偉いか?」

(いや、いや、いや、偉いとかそれ以前の問題だろう・・・で、どうする?この状況?)

「恭平。早く考えろ。あやつらが戻ってくる」

(だから、人の思考を勝手に読むな!)

 思案する僕の記憶に、あの神社のF・陰陽師風老人の言葉が浮かんだ。「とにかく、早く渋谷を離れよ。今日はこの街にジャジメントを集中させておるようじゃ。離れれば離れる程、危険はなくなる筈じゃ」

「行くぞ」僕はとにかく一刻も早くこの場所から離れようと、F・ナナミンの手を取ると、今来た道を引き返した。

(大通りは危ない・・・ちくしょう。こうなったら、絶対僕が此奴を乃木神社まで連れていく!)僕は渋谷青山通局の脇を抜けて、脇道へと入った。奥の階段を上がり、ウィメンズプラザの前で、スマホを取り出しながら、これからのルートを思案し始めた。

(どうする?まずはどこへ向かう?この時間だ・・やはり大通りは目立つ・・・タクシーもまずい・・脇道を探しながら・・・歩きが一番か・・・)

「おい。恭平。これは何だ?」

 F・ナナミンが僕の思案を遮るように質問してきた。

「はぁ?」顔を上げた僕の視線の先には、bitter sweetという看板とその下のショウーウインドーに飾られた、白やピンク、コバルトブルーのウエディングドレスが飾られていた。

「それは、結婚式用のウエディングドレスだ。お前には関係ない」

「そうか、私には関係ないのか・・・」F・ナナミンの声は少し寂しそうに聞こえた。

「良いなお前たちは、こんな綺麗なものを着れて」F・ナナミンはウエディングドレスを着たマネキンに話しかけて、食い入るようにドレスを眺めていた。

(な、なんだ?この罪悪感は?僕は何か悪い事を言ったか?こいつは人ではないのだ。こいつが誰と結婚式を挙げるというのだ?こいつの世界にも結婚などという認識があるのか?天狗か狐か狐狸妖怪の類とか?・・・確かに、ナナミンに栗卒のこいつが、このドレスを着たら・・・それはもうワンダフォー!!!なことは間違いないのだが・・・)・

「恭平。駄目だ。この物達は答えてくれぬ。まだ、者として生まれてはいないようだ。それに、この綺麗な物はトレースを完了したから、帰ったら右にみせびらかしてやろう。それで、ルートは決まったのか?」

(そうだった・・・少しでも罪悪感を感じた僕が馬鹿だった。食い入るように見つめていたのは、欲しいからではなく、きっとコピーを、こいつの言葉を借りればトレースしていたのだ。なにせ、ナナミンをそっくりそのままトレースしてしまった奴なのだから・・・・)

 僕は気を取り直し、まずは神宮球場を目指す事にした。裏道を抜けながら、青山通りさえ渡り切ればまず見つかる事はない筈だ。そして、外環東通りに出て乃木坂に向けて下る。

「まず、2時間という所か?」この時点で、僕は今日アパートに帰る事を断念した。そう、厄介事から手を引いてアパートに帰って1人寂しく寝る<F・ナナミンと一緒に夜の街をデートする。で、F・ナナミンを助ける事にした。下心は無い。あくまで、助けるのだ。

 とにかく、僕達は裏道を抜けながら走り出した。

 しばらくいくと目の前に光の塔が迫ってきた。(確か、セント・グレース大聖堂だ・・・)

「ここは何だ?」走り抜けようとする僕に、F・ナナミンは立ち止まって質問を浴びせた。

「他国の神の神殿!信者がミサをしたり、人々が結婚式を挙げる所だ・・・とにかく、お前には関係ない所だ。さぁー。早く行くぞ」

「結婚式・・・?少し待て」振り返った僕に声をかけると、F・ナナミンは鉄の門の正面に立った。

「バケットシーケンス・・プロトコル・ヘッダー変更。シークエンス確認。クラッキングOK・・」両開きの鉄の門が静かに開いた。

「え!」僕の驚きの声を無視するように、F・ナナミンは門内に入っていった。 

 大理石で出来た白い階段をF・ナナミンが上がってゆく。

 その先の樫の木で出来ている重厚な扉の前に立つと、「早く来い」振り返りながら僕に告げた。

「おい!何をしているんだ?」僕は頬に手を当てながら小声で呼びかけた。「不法侵入で捕まってしまうぞ」

「大丈夫だ。半径50m以内に生体シグナルは恭平以外に無い」

(いや、いや、いや、そういうことじゃないんだけど・・・・)僕が思っている内に、F・ナナミンは、重厚な樫の木で出来た扉も開けてしまい、(手は触れていない、扉が勝手に開いた!のだが、F・ナナミンと居る時は、不可解な出来事はすべて無かった事にする事に決めた・・・自我崩壊を防ぐためだ)大聖堂の中へと入っていった。

「おい!」僕は慌てて階段を上って、F・ナナミンを追いかけた。

「えっ!!!」大聖堂内に入った僕の視線の先には、木の参列者席が並び、その先のステンドグラスに囲まれた宣誓台の前にF・ナナミンは居た。

「先ほどのドレスはここで着る物であろう?」純白のウエディングドレスに身を包んだF・ナナミンが少し首を傾げながら、僕に尋ねた。ベールが床に広がり、両手にはアレンジメントブーケまで持っている。

(ナナミンーーーーーーーー!!!!!)僕の脳にmarry youのメロデイーが大音量で響いていた。(天使か?天使なのか?純白の天使がこの世に舞い降りてきたのか?・・・)

「何をしておる。殿方が隣に並ぶものではないのか?」

「あ!え!」(僕でいいのか?僕ごとき者が、ナナミンの隣に並んでいいのか?ユニクロのカシミヤクルーネックセーター1990円(値引き品)、ブルゾン4990円の僕でいいのか?・・・・)

「何をつまらぬ事を考えている。早く来い。ここで何か誓うのであろう?」

 (弟のように僕をぶちのめして下さい。一生あなたの下僕としてついていきます・・・)僕はパブロフの犬のようにナナミンの隣に並んだ。

「しゃ、写真を撮っても良いか?」

「何をそんなに興奮しておる?無駄になるとは思うが、恭平が撮りたいのであれば、好きにすればよい」

 僕はセルカで指が腱鞘炎になるほど、シャッターを押した。

 満面の笑みを浮かべる僕と無表情のナナミン・・・・無表情?・・・(そうだ、こいつはナナミンでは無かった・・・Fだフェイクだ・・・)僕は少し冷静さを取り戻し、今回も桃源郷から無事帰還出来たようだ。しかし、スミスの声は聞こえてこない。

「ナナミン。少し微笑んでくれないか?」(確かに、こいつはFかもしれないが、裕や他の連中は本物かどうかなど分かりはしない。僕の隣でウエディングドレスで微笑むナナミンを見たら、奴らきっと、今で言うなら、『おったまげー』状態になる筈だ)

「恭平。何をにやけておる?」

「え!」

「それに、微笑むとはどういうことだ?」

「いや、だから、こう、頬の広角を上げて・・・」

「こうか?」

「???・・・やめろ!やめろ!ナナミンのイメージが、イメージがWOW!」広角を上げたF・ナナミンの顔は単なる変顔にしか見えなかった。頬だけがピクピクと痙攣している。「不気味な顔を早くやめろ!」

「何を怒っておる?それよりも、写真の後は何をするのだ?」

「あっ!!!」F・ナナミンの質問に僕は結婚式のド定番を思いだした。

「何だ?」

「ち、ち、誓いのキスという物をこの場で100%のカップルが行う事になっている・・・」決していやらしい事を考えた訳ではない。質問されたから答えただけだ。ましてや、ナナミンにキスをするなど、僕の心にやましい事は1%も無い。

「却下だ」

「え!何故?」

「今、お主の身体はドーパミンで埋め尽くされておるぞ。人間の皮を被ったドーパミンなどという化は、私もはじめて見た。お主、案外希少種ではないのか?」

(こいつは!こいつは!こいつは!!)

「それで、お前達人間は、ここで何を誓うのだ?」少しテンションの下がった僕に、F・そうF・ナナミンは尋ねた。

「うーん。・・・・お互いに死が2人を分かち合うまで、共に歩んでゆく事かな?」

「そうか。人間達も1人では生きてゆけぬのだな。私も右が必要だ」

 右というのも何か変な名前だが、F・ナナミンの口からは度々、右という言葉を聞いた。おそらく、大切な人、いや、化仲間なのだろう?少し顎を上げてステンドグラスを見上げるF・ナナミンの横顔には、憂いが漂っているように僕には見えた。

「良し、行くぞ。目的は果たした」さばさばとした表情でF・ナナミンは告げた。

(すみませんでした。漂っていませんでした。此奴はただ単に、ウエディングドレスを着てみたかっただけだと思います)

*********

僕達がカーネルサンダースの待つ、神宮球場正面入り口にたどり着いたのは深夜4時半も過ぎた頃であった。

(ここまで3時間もかかってしまった・・・・)と、いうのも、此奴がヒルズでショーウインドーに飾ってあった、鞄や服に興味を抱き。「おい。入ったらアコムさんが駆けつけてくるぞ!」と言う僕の言葉に、「大丈夫だ。防犯システムさんには少しの間遊びに行ってもらった」とほざき、本館の青山エントランスのシャッターを開けて潜り込んでしまったのだ。

 アンテプリマのバックやトートに「可愛いいいー」と無表情ではしゃぎ(アンバランスで不気味だ・)、エミのレースアッププルオーバーやスタイリングのミニワンピを身に着けて「どうだ、似合うか?」などと1人で深夜のファッションショーを開演した。(何故、このタイミングで世の女性達が大好きなウインドーショピングに、突然目覚めた?)

「恭平。楽しかったな」

(楽しくない。全然、楽しくない・・・)

「今度は右と共に行きたいものだ」

 僕はF・ナナミンの言葉を無視して、乾いた喉を潤す為に自動販売機に100円玉を投入した。

 ガチャンという音と共に、コーヒー缶が下の出口から出てきた。

「今入れた物は何だ?」

「これは、お金という物だ。人間の世界では、命の次に大切な物ともいえる」僕はF・ナナミンにも同じ物を買ってやりながら答えた。

「それなら、見た事があるぞ。私の所の賽銭箱に山ほど入っている筈だ。・・・・そうか!それがあれば、好きな時に好きなだけ飲み物を飲む事が出来るのだな。恭平。良い事を教えてくれた」

(いや、いや、いや。それは賽銭ドロボーと違うのか?・・・まぁー物の怪のやる事だから、僕が教えなかった事にしておこう)

 そのあと僕達は縁石に腰を下ろしながら、ホットコーヒーを飲んだ。

 10月といえ、明日からは11月。さすがに、深夜には気温も下がる。

「そう言えば、北海道はもう初雪が降ったそうだな?こっちに来てから雪も見てないよなぁー」ブルゾンの襟を絞めながら、僕はF・ナナミンに尋ねた。

「北海道?雪?」

(忘れていたーーーー!此奴はナナミンではないのだ。Fだったぁぁぁ)

「雪・・・確認。ツールダウン。クラッキングOK。大気中の水蒸気から生成される氷の結晶が空から落下する事。・・・・・成るほど。気温4度以下で、湿度が39√7.2-4%以下であれば融解せずに、氷結として地上に落ちてくるのだな。簡単な事だ。恭平が見たいのであれば見せてやろう」

「え、え?」(何を言っているんだこの化は????)

 F・ナナミンは何か祈りを奉げるように、空に向かって両手を広げた。

 と、唐突に僕の手のひらに冷たい感触が触れた。

「雪だ!」見上げると雪片が舞い降りて来た。街灯に照らされた白い雪は、青空の空を舞う風花のように、僕の周りを光を反射しながらキラキラと輝いていた。

「WOW!すえげー!本物だ!」

「恭平は余程雪という物が好きなのだな?」F・ナナミンは僕の笑顔を見ながら、更に両手を高く空に向けて突き出した。

 恐ろしい風と雪が僕を襲う。「わぁっ!やめ・・・」目の前が真っ白になり、何も見えない。体温が急速に低下してゆく・・・意識が失われてゆく・・・ここはどこだ?八甲田か八甲田山なのか?「こわいよー。こわいよー。寒いよー・・・」僕は無意識に両手を抱えて地面にうずくまった。

「何だ!雪が見たいというから、見せてやったのに、何を取り乱しておる?」うずくまる僕を見下ろしながら、F・ナナミンは吹雪を止めると言った。

「お、お、お前は雪女か!」神宮球場前で、人類初のホワイトアウトを経験するという快挙を成し遂げた僕は、ガチガチ歯と歯を震わせながら叫んだ。

「とにかく急ごう」テンションがダダ下がりの中、僕達は外環東通りに向けて歩きだした。

 何せ、此奴は夜明け前までに乃木神社に着かなくてはいけないらしい・・・(今日の夜明けは6時01分)だいぶ道草をして時間をくったが、30分もあれば着く筈だ・・・此奴が何かに興味を示さない限りは十分な時間といえた。

******

 僕達は外環東通りに出て、何事もなく青山通りまで下った。片側3車線の青山通りを渡り、26階建てのツインタワーも通り過ぎた。

(きっと、もうF・ナナミンの事は諦めたに違いない。彼らだって、F・ナナミンだけを狙って居た訳ではない・・・・)

「もうすぐだな」

「あやつらを甘くみるな」

「いや、いや、渋谷を離れてから、1回も見てないし。きっともう引き上げているんじゃないか?」

「いや、あやつらは狙った者は必ず封印すると聞いておる」

「大丈夫だって。ほら、もう神社の入り口も見えてきたし」

 道路の先には乃木神社内にある公園入口の目印である2本の枝のようなオレンジ色のモニュメントが見えていた。

(あぁー。もう終わるのかぁー。夢のような・・・隣にいるのは間違いなくナナミンだよなぁーー)名残惜しいような、ほっとするような。そんな事を考えていた僕にF・ナナミンが突然告げた。

「くる!」

「え?」

 そいつは居た。公園入口を過ぎた、道路に面した1つだけ置かれたベンチからマリオが立ち上がったのが見えた。

 何故か分からないが、僕達をきっちり待ち伏せしていたのだ。それにしても、きっと『まだこぬのか、この馬鹿な化が!』とか、思いながらイライラしていた筈だ。でも、それ僕のせいではなく、すべてこの『馬鹿な化』が原因ですから・・そこんとこよろしくお願いします。

 マリオは走りながら腕を振った。

《カーーン》という音を立てて、空き缶がF・ナナミンの手から道路に放り出された。

「ナイス!」(よくぞ、化ながら空き缶のポイ捨て禁止に賛同してくれた)

 神宮球場で飲んだコーヒーの空き缶がF・ナナミンを救った。(おそらく、飲み終わった空き缶をどうしたら良いのか分からずに持っていただけだとは思うが・・・)

「行くぞ!走れ!」

 僕達は今来た道を全力で引き返した。

 走り始めた僕の背中に衝撃が走る。(わぁ!やられたか??)しかし、僕の両足は筋力を失う事ななく前に出ている。(・・・・背中にある、ショルダーバッグが僕を防いでくれたらしい・・・しかし、おそらくこのショルダーバッグはもう使い物にならないだろう。弁償しろよなマリオ!)

「こっちだ!」最初の横道で右折して、後は近くにあったマンションの敷地へと逃げ込んだ。

 気配を伺いながら修道院の敷地に移動し、その後少し離れた小学校の校庭の隅に身を隠した。

「しつこい奴らだ」辺りを伺いながらF・ナナミンが言った。

「ちくしょう。あと何十mもなかったのに・・・・それにしても、1人だけだったな?」

「私などは1人で十分だと判断したのであろう・・・」

「そうか?」(あのF・和尚は、ナナミンを追っているジャッジメントは2人だと言っていたが・・・まぁー。こいつが1人だと言っているのだから1人になったのだろう・・・一般ピープルの僕が異論を唱えられる訳がない)

「どうする?」

「今、考えているから少し待て」僕はスマホで近辺の地図を確認しながら答えた。

(直線距離で約200m。しかし、その間、身を隠す場所はない・・・)地図をスクロールすると、道路の向かい側に中学があるのを確認した。そこからコインパーキングに出られる。その、コインパーキングの向かいが神社の正面入口だ。そこまで見つからずにいければ、僕達の勝ちだ。そこで仮に見つかったとしても、僕が、いや正確にはマリオが弁償義務をおった僕のショルダーバッグが盾になれば、F・ナナミンは境内に飛び込める筈だ。

「良し。時間もない。行くぞ」暗闇の中、僕は自然とF・ナナミンの手を取り移動し始めた。

 そして、30分後。僕達はコインパーキングの隅にたどり着いた。さして広くない413号線の道路の向かいに正面入り口が見えている。さすがにこの時間帯に車の往来はない。

「やった!僕達の勝ちだ」左右を見ながら告げた。

「良し。1、2、3でダッシュだ」僕はショルダーバッグを前に抱えながら横向きに飛び出した。F・ナナミンも横に続く。

『ドス!』という衝撃音が僕のバックに響いた。(やはり居たのだ!僕達を追って来ていた!)

「ばーか!もう遅いぞ。マリ・・・・」

「ああっ!!」僕の言葉を遮るように、後ろからF・ナナミンの悲鳴が聞こえた。

「え!?」振り向いた僕の視界に、地面に横たわるF・ナナミンの姿があった。ジャケットの背中の部分が焼け焦げたように穴があき、その下から白い肌が見えている。

 顎を上げて見上げた陸橋の上には、マリオが人差し指を左右に振りながら立っていた。

(ちくしょう!やはり、もう1人居たんだ!)

「あっ!!」今度は僕が悲鳴をあげた。

 最初の奴が背を向けた僕にステルスニードルを打ち込んだらしい。おそらく弛緩剤の一種なのだろう?僕の両足は地面を踏みしめる筋力を失っていた。(2発も撃ったのか?マリオ!デニムも弁償だからな!)

「くそーー!ここまで来て・・・」僕は胡座の状態から横たわるF・ナナミンを、膝の上に載せながら叫んだ。「ちくしょう!ごめんな。ごめんな。お前を守れなかった!」僕は自分自身に対するふがいなさに、とてつもなく大きな怒りを感じていた。

「恭平。謝る事は何もない。ここで消えてしまっても私は感謝している。いろんな事を経験出来た。・・・『面白き 事も無き世を 面白く 住みなすものは心なりけり』・・・もうすぐ私は消える。人間はこの世から居なくなる時、辞世の句というものを詠うと聞いた。間違いないか?」

「何だよそれ!ちくしょう!動け足!」僕は必死に無感覚の足を叩いた。(あと、少し!境内までほんの後わずかの距離だ!ちくしょう!このまま終わってしまうのか・・・・)

「これはお礼だ・・・・」

「え!?」

「接吻というものをしたかったのであろう?私も初めてだが、悪くはない」僕の5cm目の前に、F・ナナミンの唇があった。

「さよならだ・・・最後の言葉もこれで間違いはないであろう?」

「ちがぁーーーう!違うぞナナミン。さよならという意味は又会うための約束の言葉だ。また会う為に人間はさよならを言うんだ!」

 道路の両側から「カタシハヤ、エカセニクリニ、タメルサケ、テエヒ・・・」F・ナナミンを封印する呪文を唱えながら、「もう勝負はあった」とでも思っているのだろう。マリオ達がゆっくりと歩み寄っていた。

「右!?」F・ナナミンが首を傾げながら言った。「やめろ!出てくるな!お前まで消される事になる」

「右。左、助ける・・・・」

「えーーーーー!!なぁーーーちゃん?」顔を上げた僕は叫んでいた。

 神社境内の前に、西野七瀬事、通称なぁーちゃんが、F・ナナミンと同じグルグルカーテンの衣装で立っていた。

 その時、突然僕の視界が光の渦に覆われた。

「我。今、名を得たり・・・・」

 言葉と共になぁーちゃん、いやF・なぁーちゃんの身体が何十もの光の輪に包まれ、その光の輪が広がりそして、はじけ飛んだ。

 光が去った後、僕の腕の中からF・ナナミンの身体は消えていた。

「ナ、ナナミーーーーン!?ナナミン?」

「うろたえるな恭平」

 僕の視線の先には、乃木神社の境内で白い小袖に緋袴の巫女の衣装をまとったF・ナナミンが立っていた。後ろには、F・なぁーちゃんがF・ナナミンの背中に隠れるように顔だけを出していた。

「驚くな。これが、常衣だ。・・・・右。おぬしの名はなぁーちゃんだそうだ。気に入ったか?」

 なぁーちゃん。いや、F・なぁーちゃんがこっくりと頷くのが見えた。

 近づきつつあったマリオ達は、「ちっ!」「また、こやつは余計な事を・・・」とそれぞれ言葉を残して闇の中に消えていった。

「恭平。お前に助けられたようだ・・・」(え????僕が・・・・)

「夜が明ける時が来たようだ。今度こそ、本当にさよならだ。楽しい夜であったぞ・・・・」

「ナ、ナナミン?」

 僕の問いかけに答えることなく、静寂と薄墨の暁闇の中、F・ナナミンはにっこりと微笑むとF・なぁーちゃんと共に光の粒に包まれながら消えていった。

 間をおかず薄墨を消し去るように1条の光がビルの谷間から注がれた。そして僕は、その光が境内に置かれている一対の狛犬に当たるのを茫然と眺めていた。

PS・・・・・・・・僕は今渋谷クロッシングの前に居る。

 あの日の出来事は、結局誰も信じてはくれなかった。何故なら、あのF・ナナミンの写真は、僕のスマホには1枚も映っていなかったのだ。

 確かに、F・ナナミンは僕が写真を撮っても良いかと尋ねた時、「無駄になるとは思うが、好きにすればいい」と言っていた。まさしく、その通りの結果で終わった。

 そして、僕はあの後、F・ナナミンは何だったのか?僕なりに調べて見た。

 この国には平安の古くから、物にも100年経つと命が宿ると考えられてきた。そして、その物達は月に一度決められた日に封印が解け百鬼夜行を繰り返す。ましてや、祈りや信仰の対象として人々から長い歳月を受けてきた物は、神と呼ばれる存在へと昇華すると信じられてきた。

 乃木神社創建は大正12年(1923年)。まだ、100年経ってはいない・・・しかし、乃木大将の別荘のあった那須塩原の乃木神社は今年がちょうど創建100年にあたる。あの化達にとって空間などという概念は無いのではないか?

 つまり、F・ナナミンは生まれたばかりの本当に赤ちゃんのような神の眷属ではなかったのではないか?実際の所はよく僕にもわからない。

 でも、僕は必ず又、F・ナナミンに会えると信じている。

 何故かって?何故なら、F・ナナミンが消えた後、僕の脳は「約束だ・・・・」という声を間違いなく聞いたのだから。

 スクランブルでは少しトリッキーに騒ぐ外人観光客と、その脇を足早やに尚且つ無表情にすり抜けて行くこの国の人間達の、いつもと変わらぬ光景が広がっていた。          了

 

 




 


 





 


 







 







 







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