Episode:01
そこは近衛ヶ原学園グラウンド。暗闇を遠くで照らす青い灯。それらよりも明かり煌く三日月。中央から外れた場所にいるのは漆黒を纏いし白紫の髪の少年とタバコを吹かす背丈の大きい猫背な男。
少年は目を押え唸る。
「阿澄どうした? 花粉症か?」
「いや気にしないでくれ……」
「ちょいとラッキー助平が降臨して天罰が下った。それだけなんだぜぇ!」
「そうかそのまま死んじまえばよかったのにな。毎日毎日、ご苦労なこって。こちとらめんどくせぇこと押し付けられてかったりぃのにお前ときたらラッキー助平か。ふっ、いい御身分で。ったく。メニューは昨日と一緒だ、さあやれくたばれ」
両手を構え一心に魔力を集める。漆黒の魔力が棒状になり色を紺碧に輝かせ矢の形状に変える。その時間10秒程。
魔法はイメージ。詠唱呪文は当て付け。創造で構築できる。イメージだ。
義正は言った。
『呪文は魔力の誘導と術者自らへのイメージその物。イメージの時間省略のための後付なだけだ』
と。つまり呪文なしでもイメージのみで魔法は発動できる。詠唱後連続して同一魔法を連発できるのはイメージが構築され続けている。
構築された矢のイメージはグラウンドに放ち一周させる。矢の矛先は発動者阿澄燐。
右手に自身の魔力を集結させ矢を二つに切り裂く。その後を漆黒の魔力の軌道を描いた。
「ふぅー。まあ初めに比べりゃ段違いで早く鋭利なことで。自分の矢をも切れなかったことにゃびっくりしたもんさ、ふぅー」
紫煙を口から吐き出しそれは空気中に拡散して消える。ポケットから携帯灰皿で吸い殻を捨てさらに一本に火を灯す。
「とりあえず詠唱してみろ。随分はやくなったろうよ」
「んじゃコホン。Familiar with the arrow hit the darkness, the enemy.(闇、敵を打つ矢となれ)」
無理に咳払いをして手を翳し詠唱するとすぐさまに矢が創造される。
「おっとほんとだ」
翳した手を下ろすと矢もスッと消え去る。
「まあイメージだけで構築をあの時間で出来るなら詠唱すれば早漏というわけだ。おりゃあの技の一つみしてやっかー」
そう言うとタバコに口を付け長かった巻紙がみるみるチップペーパーまで灯が近付き口を離し空気を少しばかり吸うと全ての紫煙吐き出し義正の手前で留まりそこに向かって先刻まで吸っていたタバコを弾き捨てる。
タバコは吸い寄せられるように紫煙に包まれ刹那に紫煙がタバコに入り込み辺りに風圧を寄せる。
それは隣に並ぶ者と同じ形をしたモノ。
「ま、これがイメージから創り出した言わば分身か。結局はタバコの残滓だからそんな使いようがないんだがな。短時間で消えちまうんだ」
ポケットからボックスを取り出しさらに一本吹かし始める。
「手合わせすっか、制限時間はこいつが消えるまでな。始めー」
その合図と共に先手を打ったのは分身体。やる気のなさそうに手をポケットに入れ燐の眼前に迫った。
防御姿勢を取るが分身が触れることなく燐が押され吹き飛ぶ。両足で砂埃を立ち込め踏み留まるが隙を与えないよう分身はまたも眼前に移動した。三度の吹き飛びの後燐は回避をすることが出来、右手に漆黒を纏わせ反撃を加える。だが同時にジャンプし回避する分身。
「阿澄ー、一撃入られたらお前の勝ちな」
(時間がないな。始めに言っていたからそう長くは保てないだろ。どう攻めればいい……)
思考を張り巡らせる間に分身は数歩手前から突撃。
「考えてる暇ねぇーぞ。空の脳ミソ働かせる前に動けー」
「確かに、考える暇ねぇわな」
その言葉が途切れると同時に分身の突撃で後退。後退しながら手を構えイメージする。
矢。鋭利な矢。鋭いただそれだけでいい。
矢への構築は三秒程で済み放つ。軌道は直線に分身に向かう。無駄なく回避し分身は燐向かい突進を進める。燐の魔力を込めた拳を振り上げる。
分身と拳が重なりかけるその時分身は消え去り拳と先刻の矢がぶつかり合う。
「ま、時間切れだな。あと一秒でも速かったら確実に一撃。いや消滅出来たろうに残念だったな阿澄ー」
息を切らせながら歩み寄り訪ねる。
「僕が遅かったのが原因だな。それはいいとしてなんだよあれは、魔力でもねぇのに接触しなくてもぶっ飛んだ」
「あー。ま、そのうち教えてやっから気にすんな。そんなことよか」
ボックスからさらに一本火を灯し吹かす。
「その「僕」ってやつどうにかならんか、気色わりい」
「むー。無意識だから勘弁してくれ……」
「大目に見てやっか。とりあえずは不合格な。ふぅー、また分身創っから実戦積んどけ」
肺いっぱいに吸い込み先ほど同様に紫煙を吐きタバコを投げ捨て分身体が出現する。
室内を半透明な白いレースのカーテンから三日月の月光だけが照らす。その部屋はベッドと小さなテーブル、使い古されたと思われる勉強机があり他に何もなく質素な空間。
ベッドに潜る金髪少女と灰色の髪の女性が二人。
「燐くんいつも鍛練してるんだ」
「うん。よっしー厳しいっぽいよ。いつも遅くに帰ってきてるらしいし朝も寝坊助助平であたしが起こしてるんだよ」
「あらあらあら、随分親しげね。よっしーか、私もそう呼んでたなー」
「知り合いなの?」
「義正くんでしょ。同級生だったしまああの人はいいとして、燐くん相当頑張ってるね。寝坊あんましないのに。フェッロちゃんこれからも燐くんのことよろしくね」
「任せて! 仕方ないからドーンと任せてふふん」
「そういえば、フェッロちゃんは私と燐くんの関係知ってるのかな?」
返事はなく疑問符を浮かばせる。
「そっか。私は燐くんの本当のお母さんじゃあないの。血の繋がりがないんだ」
その声域は変わらず続けたがどこか寂しげに聞こえた。
「まあ私にとっては赤ちゃんから育ててるから実の息子のように可愛いんだけどね。いや実の息子その物だけどね」
グラウンドに残る魔王。その魔装は所々斬れていて薄らと傷が見られる。先日同様に一人で鍛練を続けていた。師匠義正は一歩先に帰宅している。鍛練を始てからのいつものセオリー。
夜中にずっと一生永久的に鍛練をしているわけではない。魔王といっても四六時中起きてられる不眠症というわけではない。普通の人と同様、寝て栄養を摂り摂ったものを排出する。
鍛練の内容自体は師匠がいるときと違う点が一点ある。
燐は無詠唱で矢を三本構築し放ち軌道を曲線をそれぞれ別に描かせる。自由に飛ぶ鳶の様に。二本はぶつかり相殺する。残る一本を術者へ向けて正面から軌道を曲線から直線に向かわせる。
迎え撃つは防御魔方陣。漆黒の魔方陣が術者を覆う程の大きさでそれと矢が衝突すると、そこから魔力の波紋がジリジリと蔓延る。
数秒の戦の末、勝利を納める矢。魔方陣は刹那に割れるガラスの様に散り矢は軌道を少し横にずらし術者の頬に傷を残し去っていく。
歯噛みをし自暴自棄になった少年のように手を振ると矢は矛先から刹那に消える。
「りず、今のはどうだった?」
「可もなく不可もなくって感じだぜぇ。威力が上がってる以上防御率が劣るのは仕方ないんだぜぇ。義正の鍛練は攻撃が基本だしな。それより帰ろうぜぇー」
「いやもう一回だけ――」
手を構え魔力を集中させかけたその時可憐で透き通るツバメのような可愛らしい声がグラウンドに響いた。
「――誰っ!」
校舎の方からの声に魔力の集中を止めその声の主に振り返る。
校舎の入り口に立つ黒い影。風がスカートをひらひら。ロングでもショートでもない長さの垂らされた髪。片方に一本束ねられたその浮き沈みの激しそうな尻尾髪。そのシルエットと声からして女生徒だと分かる。
魔王は魔装を解除する暇もなく、近寄ってくるシルエットがさらに問う。
「こんな夜中にどこのだれなのです? 近衛ヶ原学園の治安を揺るがす不審者はこの近衛ヶ原学園生徒会長、白玉月巴がただじゃ措かないのです!」
「あっとえっとほっともっと。……僕はこの世界の救世主だ!」
黒い衣をバサリと翻し真紅の瞳を三日月に預けるように向ける。表情を変えずただ瞳だけは如何にも怪しい変態、変質者に向ける眼差し。口を紡いだまま瞳が語る。
『この人おかしい』
ただそれだけだ。
弁解せねばこの九死な場面。事実が明白になればただ学園では、頭のやばい中二病と名を轟かせ後世に残し続けるだろう。否、彼女に阿澄燐と言う名は知られてはいない。なら逃げるが勝ちというわけだ。よし逃げよう。
彼女に背を向け一歩二歩。彼女の疑問符からの確信の言葉会心の一撃でフリーズ。
「あれ、二年生の阿澄燐くんなのです?」
前言撤回。回れ右。頭下げ地面に視線を落とし額から汗が流れるのが分かる。
あれだ全く。どうすりゃいいんだ。正体判明。答えは迷子。明確な問いの答えは夜な夜な学園で変な格好をするまだまだ治らない中二病発症者の称号ゲット。脳裏に浮かぶこの先の学園生活。
「おはようみんな!(燐がキラリーン)」
クラスメイトからの冷えきった眼差し。
「キタキタ、中二病」「もう高二なのにやばいよね」「冷徹な邪王心眼がとかってやつでしょ」
と、コールドブルーな朝を迎え親友からは優しく冷たく冷えきった情けの言葉。
「少年の心を持ち続けるのは大切だぜうん」
そして世にも恐ろしい幼馴染み。折角仲が良くなった高校生活の破綻。
「燐。お似合いのダークフレイムレディーがいるよじゃあねさようなら」
そして卒業式。理事長から呼ばれるは本名でなく。
「邪神を宿し漆黒の使い手。卒業おめでとう」
そんな卒業式は迎えたくない。絶対何がなんでも絶対。
卒業後みんなを迎えるのは爽やかな春のせせらぎ。明るく輝く未来。さて僕は、暗く漆黒の闇の未来。輝くものは首からぶら下げたネックレス。瞳に潤いなんて微塵もない。
嫌だ。そんなのは嫌だ。
「でもでも君は元からネックレスしてるしみんな気にしないと思うのですよ。それにコスプレは私も好きな方です。あとあと意外とそうゆうの好む人多いし、ほら大人も含めてです。ですから君の未来は明るく輝いてるですよ」
「はあーん」
「えーっとえっと。それよりです。私は他言しないですよ。プライバシーを守るのも会長の責務なのですから」
「ぉ、おーう?」
(えっとどうしよ、気に病んで自殺森心中不登校になったら困るです)
会長はあたふた。燐は俯きフリーズ。
「それに似合ってて格好いいですよ?」
その言動は燐の脳の回路を一周二周永久ループタイム。廻る巡る言動の衝撃で徐々に徐々に頭が上がっていくのと同時にポロリと脳の回路の言動が一つ溢れる。
「……かっこいい?」
会長は反応を示してもらえたのが嬉しかったのか両手を勢い任せに握る。ぎゅぎゅっとぎゅっと。
「そうです! 格好いいから自殺なんてだめなのですよ!」
女の子の手の温もりが傷を負った冷えた手を包み込み温かくなっていく。手だけではない。頬耳顔が熱くなるのが分かった。
そう。燐は今先輩、会長。一つ上のお姉さんに手を猛烈に歓迎的に熱血に包まれている。なんだかんだ嬉しいのだ。
暗がりで表情は多少分かるが色までは分からないのが光の原理。
燐の紅潮しきった頬は会長には認識出来ていないようで胸を撫で下ろす。
「かっこい……。じさつ? だれが?」
その疑問に首を傾げグレーの瞳が疑問を訴える。
「君ですよ?」
恥じを誤魔化すように咄嗟に手を振り払い両手を振ってないないないと猛烈アピールタイム。
「ホントにホントですか?」
「なんで自殺しにゃならんのですか!」
立ち話を続け会長の思考を聞けた。思わず腹を抱え笑い出す。
「ふははははは。ないですってば」
「ふはははははって魔王さんみたいな笑い方なのですね、君は。まー、よかったです」
「え?(魔王ってばれてりゅー!)」
「格好いいって思ったのはホントのことです。きっと心から君を思ってくれてる人がいるのですよ。だから自殺なんてしたらその人が悲しいですから」
「(そっちかばれてない安心万歳だぜ)……いないですってば、そんな人」
「いないはずないです」
その断言には力があった。空虚な時間が過ぎ進むと同時に天の光を遮る雲が風で捌けていく。月光が白紫色を一層輝かせグレーの瞳はそれを抱擁するように優しく煌めく。
「なんつーか、ども」
「いえいえ。ところでです。それはなんのアニメなのですか。見たことないですよ」
「えーっとうーん。オリジナル……かな?」
「うふふ。なんで疑問形ですか、やっぱり君はおかしな、とってもおかしな君です」
月光に照らされる顔はとても可憐で可愛らしくどこか寂しげに見える。
「早く帰らないとおうちの方も心配しちゃうですよ。帰りましょ?」
そう言うと手を差し伸べてくる。
『手を繋げということだろうか』
『いや魔王様これはキスしてもいいよというアピールだぜぇ。高貴な方はそうするだろうしコスプレってやつは分からんがこの嬢ちゃんの言動から察するに間違いないだろうな』
そうか。と返し膝間付き手をそっと添える。そして手の甲へ唇を近付け優しく触れる。
「喜ばしいお言葉。是非ご一緒させて頂きます」
あうあうと新言語を発しバイブレーションし始める。
ここで諸君に問うが親しくない異性から手の甲に突然キスをされた場合どう思うだろうか。
1.格好いい素敵王子様、きゃ(はーと)
2.キモいくたばれ自害しろ獣。
3.今すぐ即急に死ね。
さあどーれだ。
なんて冗談も思ってられるのは平和呆けしすぎているだろう。
バイブレーションが治まったと思えば欠かさず手を払われビンタ一直線。激しい痛恨な音がグラウンド校舎に響いた。痛いただそれだけだ。痛いのは頬と僕。当たり前だ。
「な、なな、なにしてくれちってちゃってるんですか! おバカですか死にたいですかアホですか死にたいですか獣です!」
さて弁解のしようがない。さらば学園生活。さらば私生活。こんちにわ監獄生活。
「ありえません、ホントありえないです。役になりきるのも度合いが過ぎてるのです」
「……ごめん」
言い切ったのかふぅと息を一つ吐き出し手を握り立ち上がらせる。
「まあ王子様の役になりきってたってことにして今回、今回だけは見逃すです」
なんとも寛大な姫殿下。寛大すぎて頭が上がりませんよ。
「ささ帰りましょ?」
先刻同様に優しい笑顔。その中には寂しげに見えた表情はなくただ笑顔だった。
燐らは帰路を行く。燐からの目線の少し下の瞳をチラチラ。
「なにか付いてるですか?」
「そんなこたないでっす」
「でもホントおかしな人です。夜な夜な校庭で皇帝ごっこで突然……きす……ぅ」
「突然なんだって?」
「なんでもないです。はいちっとも気にしてませんからはい」
「やっぱ怒って……ごめん」
「ぁ。ホント怒ってないです」
頭をもう一度深く下げる。
「ふふ、やっぱおかしな人。ほらほら遅くなっちゃうですよ」
頭を上げると先に進むステップ。軽く上下に浮いてなんだかカンガルーみたいだとい失笑してしまう。可愛らしく乙女らしくふわふわと。
「カンガルーは違うか」
彼女は振り返り月光と街灯が制服のプリーツスカートを華やかに照らす。
「なんですかー? 行きましょ?」
はいよと返し脳裏に電気が流れる感覚を覚えると共にあるシーンが浮かんだ。それは一瞬で一コマだった。
月光色に近い髪を靡かせる青年。彼の頬と白い服は血のような真紅で飾られ瞳は紫色よりも薄い淡い色をしている。見覚えすらない青年。
ぼんやりとした電波的一コマが颯爽と消し去る丁寧口調。
「君はいつもコスプレしてああやって皇帝ごっこしてるのです?」
気が付けば眼前まで寄ってきていた。
「いやはやまさかまさか見られてしまうとは、そういや会長もするんでしたっけ?」
「するですよ。かなりグローバル的にアグレッシブにパーフェクトです!」
「どゆことですかそれ」
なんとも可笑しなことを拳を月に向けて言うものだから失笑してしまう。
「つまりです。今度一緒にしませんですかってお誘いをしてたりしてたりしかしてないのです」
会長のコスプレ。学園はブレザーだからセーラー服とか天使、小悪魔とか園児服、スクール水着か。巫女服、ナース服の捨てがたいよな。チャイナドレスとか福与かなラインがぴっちり現れていいよな。
そんな人の橋呉なことを考えていれば無意識的にも豊満なボディーに視線がいってしまうってもんが男として当たり前だ。
(奏より一回りあるよな)
奏のチャイナドレスか。似合うな。フェッロのチャイナドレスか。幼さながら思いの外出るとこ出てて宜しい。
「君は今目の前にいる子以外の子のことを考えているですね」
「え、え、ええっ!」
「分かるものなのです。分かっちゃうのですよ。女の子言うものは。だから好きな人の前では禁句です。それにです」
ビシッと人差し指を眼前に突き立てる。
「堂々と人のことをいやらしい眼で見るのは感心しても出来ないです」
「ごめんなさいです」
「口調真似しないでくださいです」
「う、ごめん」
それから二人の歩みは親しく寄り添い合いながら帰路を進めて行った。
そこまで時は経たずして阿澄家を通過した。
(女の子一人を夜中に歩かせるのは如何なるものか)
送って行こうと決心をするが覆される。
「ここらじゃないですか? 君の家」
「いいやまあうーん。送ってくよ。夜だし変な人いるかもだし黒尽くめの男とか」
「なんで黒尽くめなのですか。全くおかしな人です。それにもうすでに変な人いますですよ?」
どこどこと首を左右に振り辺りを見渡すが辺りには誰もおらずそこには燐と月巴のみだ。
「君です」
「僕か」
頬が凹むほどに突かれ不意なことでついつい素が出てしまう。突然の告白諸君は分かっているだろうが僕、阿澄燐は建前では俺と言っているが素は僕が正しい一人称な僕である。
「って変な人かよ!」
「そうです変です。家からコスプレをして学園で意味不明なことをしている人が真面なわけないです」
「言い返す言葉もないです」
「うふふ。やっぱりきっぱり全面的におかしなおかしな人ですね。とりあえずホントにここでいいです。この時間帯に帰宅はしょっちゅうですし大丈夫ですよ」
くるくると二回転。月光のせいか気のせいか髪は光を吸収して月光色を反す。
「その代わりと言ってはあれですが、ホントに今度一緒してくださいです」
グレーな瞳に吸い込まれそうになると颯爽と遠くへ去っていく。その美しさに見惚れ追う暇はなく軽いステップが暗闇へ消えていく。
「面白い人だったな」
魔装を解除しいつもの髪色と瞳、私服に戻りふと三日月を眺めてしまう。雲が所々に散らばり空虚な空。
そこに一心不乱に堂々と現れる巨像。月光よりも白く輝くそれは三日月と同じくらいに見れる龍。腕をだらけさせ翼を大きく感覚を空けて仰ぐ。龍の跡は雲がそれを基点に掃けていく。
「なんだあいつ」
「龍、ドラゴン、天の支配者とも呼ばれるんだぜ」
遠き天空から町全域から見えるだろう。月よりも煌めくそれを呆然と眺めていると遠く人の眼では見えないだろ顔はどこか燐の辺りを視線にただ入れるだけのようにしている気がした。
「あいつこっち見てないか?」
「そうか? それなら魔王化してみりゃいいぜ」
龍を眺めるままふわりと髪が重力に逆らい少し逆立ち白紫色に変わり瞳も真紅に一変する。遠く遠く見えるそれに視線を固めそれの瞳を見る。だがそれは燐を見ていることはなくただただ浮いて進行方向を向いていた。
「どうなんだぜぇ?」
「うん、こっちなんて気にもせず空虚に進む先を見てるだけだな」
それの視線の先を確認し終えて人の姿に戻る。禍々しくなくそれはただ神秘的だった。
フェッロは寝間着がはだけゆで卵のように艶のある肩が出ている。カーテンの隙間からの一本の光が部屋を照らす中、布団を剥ぎそのまま居間へ向かう。階段を目を擦りながら一段一段降りていくと鼻に香る焼き魚の匂い。居間に入り寝惚け眼で見ると食卓のテーブルに燐が両手に皿を持ち置く最中。盟依はノートパソコンに向かってカチカチ。
「お、起きたか。ほら母さんパソコンしまってご飯」
「はーい」
「フェロもさっさと顔洗って来いよ。どうせ着替えもまだなんだっ――ろ……」
燐の紅潮する頬の上、瞳の視線。はだける寝間着。つるつるしてしそうな肩。ズボンはずれ下がり薄いピンクの下着。その奥には可愛らしく凹んだ窪み。ちょうどそこへテーブルに置かれた牛乳を注げばなんとも紳士的。と脳細胞が暴れそれを抑制させるように視線を逸らす。が、相変わらずの寝惚け眼は周囲の異様な状況には眼もくれず一心に燐の先刻無事に着陸した皿を眺める。
「とと、とりりあえず、あれだほれ、着替えて来いってことなのですわい」
言葉は耳を通り過ぎ鼻先をくんくんピクピク。体全体を使って飛ぼうと頑張るニワトリの真似。
「おいしそう!」
体をそんなこんなで激しく動かしはだけている寝間着はさらに白い肌が徐々に増加していく。
燐は照れ照れ隠しと状況悪化防止のために暴れ鶏をくるりと半回転させ肩をいやらしくない程度に触りいやらしくない程度に居間から押す。そりゃあもう本当にいやらしくない程度に。
「ほら早くしねぇと冷めるから着替え着替え」
顔寝起きの顔だけ向けてムッとしている。
「着替えなんてあとで! それより早く食べないと朝食に失礼だよ、百も鬱憤だよ。腹立つニワトリだよ!」
そう言って無理やりに振り返りそれに乗じて、じゃなかった。それに巻き込まれて肩を掴んでいた僕は掴まり続け彼女との距離を埋める。やっぱ距離が遠いのはいやだからな。人と人の距離は近いほうが良好なんだと偉い人は言った。
さてその後フェッロはずれ落ち気味のズボンに足を絡め滑る。
「ふんぎゃっ!」「ワット」
激しく床へ衝突する音が二つ。呑気に朝食を食べ進める盟依。鮭の身を箸で掴みニヤニヤ。
「あらあらあら、朝から積極的ね。ふふ」
眼前に触れる寝間着様。その視線の先の小ぶりな桃源郷。それを隠すように薄いピンクの布地が所謂下着。砕いて言うとブラジャー。脚に力が入らないのか少しよれて太ももに擦れる。
「……いやん(燐)」「あうあうあう(フェッロ)」
構図を説明するとそう、漫画やアニメでよく男の子が女の子に衝突し男の子が押し倒しおっぱいを揉むと云うものが出回っているらしい。それが真逆に行われていると理解してもらえば幸い。
そうつまり、フェッロが燐を押し倒した構図。さらに平らな胸に手を当てられるわけだ。
寝癖付きの金に輝くさらさらな髪が太陽や部屋の光を遮断させ視界も辺りには渡すことが出来ず母からの声援、もといちゃかしは聞こえど本人を拝むことは出来ない。見ようものならそう。もう見てしまったのだが覆い被さる彼女の胸元。ブラジャー。さらにはそれで隠さなければならないモノ。諸君らがなんと言おうが拝むわけにはいかない。ヘタレだと罵ってくれて構わない。だって僕はロリコンじゃないのだから!
「えっと。フェロにマウントされるのは通算2度目だな。俺は未だになし。不公平なわ――ブチュ」
諸君らにしかと説明する。このブチュと言う音の正体。言葉の突如の遮断。状況確認おっけい。つまり……諸君らに想像通りだろう。一つ言っておこう。目が痛い。そしてなぜ痛いのか思い出せない。
ピンクのお茶碗を小さな手が持ち上げもう片方の小さな手が器用とは言い難いが不慣れながらも箸で米鮭米米鮭米米米鮭米。と猛烈な勢いで白米を小さな口から小さなお腹のエターナル・ストマックまたの名をインフィニティ・ストマックに投下し続ける。要せずとも無限な胃と言うことだ。
苦味を味わい中な表情で茶碗を持つ燐は鮭を突きその身を眼前に持ってくると何か脳に引っ掛かる気がした。
「この色。昨日似たような色を見た気がするんだけど、思い出せない……あむ」
鮭は旨い。人気朝食ランキング第一位の称号を授けたいものだ。
そして次に摘まむのは小鉢に入った小さな梅だ。その曲線。赤み。見ているとドキドキしてしまう。
「はて、ただの梅、だ。だけど何処かで三度程見覚えがある気がする。覚えてがいないけどな。なんだかんー、ムラムラす――おい、なに食ってんだ」
「ふんリンの箸が止まってるからいらないと思たから冷めないうちに食べてあげようとね。あむもぐもぐ」
燐の皿に乗る鮭が忽然と姿をエターナル・ストマックに吸収されていた。
「ごくり。おいしかったー。ごちそうさまでした」
「なに怒ってんだよ」
「片付け片付け」
燐のスキル発動。というよりあからさまな無視をして自身の食べ終えた皿も持ち流しへ向かった。
思い入れのありそうな赤いそれを三個口に放り込み茶碗の白米を空にして流しへ食器を届けるとすでに先陣者は玄関に向かっていた。跡を追うように追尾しそれまた追うように盟依が追尾する。靴を履き一目散にフェッロは盟依に元気よく言い玄関から外へ出ていった。
「ちかえいってきます!」
「気を付けていってらっしゃい。燐くんも気を付けてね」
「はいよ。んじゃいってきます」
「いってらっしゃい」
外のまだ少しばかり冷えている気もする空気と共に陽の暖かみが心地よく自惚れタイム突入。
と思ったのだが先陣者はすでに待ち人と学園に向けて歩みを進めかけていた。
学園までの道中、学園内でのフェッロの燐への対応は至っていつも通りなのは今朝、昨晩のぼんやりとした記憶から察しても救いだった。
至って日常運転な学園生活。一件さえ除ければ。
その一件とは六時限目の全校集会。不定期ながらたまに六時限目の授業を切り捨て集会を行うのだ。
何をする集会か、だと?
「理事長の話をして最近の学園の様子、良い点悪い点。それに表彰があるなら表彰式もする。まあ、あとはその時々で違うのさ。それと生徒会長の話かな」
それがその後の修羅場に繋がるわけだが。まあ今は生徒会長のありがたい癒しの御言葉を胸の奥にしまいましょう。
斜め前のフェッロが振り返りなにか言っていたが聞いてる暇なんてない。
癒されるソプラノの中に凛々しさを兼ね備えた声は全校生徒と全職員を魅了さえするだろう。
壇上に上がり一礼から始まるいつもの流れ。この後にその美声が響くのだ。
「……」
瞳を閉じていたが不思議に思う。それは燐だけではない。おかしい。聞こえない。瞳を開ければ壇上の中央から福与かなものを制服のブレザーが絞め弾力性を強調しながらグレーの瞳が一心に一人の男子生徒を見つめている。
(見つめられている人だーれだ! 僕でぇーす!)
って言う妄想は大概にしておこう。人生そんな簡単プレイ出来るわけがない。大体一緒に帰ってすぐそんなことハーレム王だろうが馬鹿げた話だ。
『あの人リンのこと見てるよ?』
『阿澄君、生徒会長が君を見つめているがどうゆうことか?』
知るか! 知らねぇよ! こっちが聞きたい。
辺りの生徒(特に男子)から嫉妬に狂う猛犬の眼差しを一心に受け続ける中会長の瞳を見つめ返していた。
そして瞳が重なって満足したのかニコリと笑みを向け言葉を続けていく。
『やっぱりリンのこと見てた!』
『些か疑問だ。何故ゆえ阿澄君と生徒会長。どうゆうことなのだ』
知りません。ただ分かりました。彼女、生徒会長は僕を見つめていたことだけは確かです。
彼女の謎の笑みに思考低下。一つ言えることがある。可愛い。だがそれに加え苦渋な試練発動。思考能力は脳細胞分裂がやはり終えていなかったのか結論に辿り着かない。それ故に会長の言葉は届きづらいくなっていた。そんなことを知らずに会長は言葉を並べ生徒たちを混乱と合切への時へ誘う。
「――春も過ぎ去り、梅雨の冷えた風が肌寒く感じる時期に入ろうとしています。新しい人との付き合いが慣れ始め色々な悩みも増え始めていることと思います。私も悩み考え五月病が去ろうとする中、最近新たな出会いが訪れました。その人はきっと私にとって大きな存在になります。助け合ったり、時に傷付け合い。でもその中で確かな絆を育みたい、そう思います。余談ですがその方とデートしたいです。なんちゃって(はーと)皆さんも新しい人、事に出会うのはいつも唐突です。その一回一回を大切にしてください。友人、先輩後輩、それに恋人、好きな人。ずばり、青春を謳歌しましょう!」
その後最近の学園の風紀や七月に控える文化祭の話をしていた気がしたがそれどころではなかった。周囲からの視線を俯き回避することに一杯。いつの間にか壇上から降りて理事長がそこにいた。すでに話は終盤に差し掛かっていたようで長くはなかった。
「生徒諸君、先日より未明近衛町内で不穏なことが起きていることは存じておるかのぉ」
生徒たちは顔を見合せ皆疑問符を浮かばせていた。納得するように理事長は続けた。
「……んむ、皆帰宅は早急にすることと新入生諸君は部活動に慣れ活気になろうとおる時じゃが身の安全のためにも全部活動は活動を禁止する。禁止解除をする際は担任から連絡をする。じゃからそれまではこの理事長から申し訳ないが頼もう。以上じゃ」
生徒たちは浮かない顔で疑問符を浮かばせ理事長の言葉の終わりでこの集会は幕を閉じた。
時刻9時過ぎた頃。アルバイトを終え裏口から出て冷えた空気を肺いっぱいに吸い込むと胸がチクリとした感覚を覚えながら携帯電話を光らせる。母親盟依からメールが一通入っていた。
『燐くんのバイト終わるまで待てなくてごめんね。仕事入っちゃったから行っちゃうよ。あとあと燐くんの声聞きたいから電話ちょうだいね?』
と言うメールだが諸君らのため、文面には文章に合っていない碇や浮き輪など奇怪な絵文字は乱用されているが簡易に説明しておく。
慣れた手付きで電話帳から母親を呼び出す。一つのコールですぐに盟依の声が聞こえた。
そんなに息子の声を速くに聞きたかったのか。照れるぜ。
なんて幻想はすぐにぶち壊され可憐な声ではないハスキーでいて可憐な声がちくわ耳を通す。
「燐くん、奏ちゃんとフェッロちゃんになにしたのかは分からないけど二人、特に奏ちゃんのあんなに怒った姿は初めて見たわ。兎にも角にも仲直りしっかりなさいね?」
さてさっぱり検討がつかない。身に覚えすらない。きっと。
「燐くん聞いてる? まあ無理はないか。おっと、会社に着いたからまたね愛しの燐くん」
言い終えた後、受話器越しの投げキッス音をちくわ耳が通り過ぎ冷たい空気を鼻から通らせる。
「まあ会長のことだよな。帰るか……」
とぼとぼとした足取りで帰路を辿る。
時刻は燐がアルバイトを終える数分前に遡る。
暗闇の路地裏で後ろを振り返ることなく背後に迫る足音に警戒し駆ける女性。
暗闇に響くハイヒールのハイペースな歪な音。それにぴたりと距離を縮めることも遠ざかることもせず一定に保つ。
彼女が十字路曲がったその先に進んだその時。背後の足音は消えその代わりに正面に現れた暗闇に潜む影。
進む足を急停止させそれから逃げようと二歩後退りをしたがそれの手は刹那に彼女の左胸に届き戦慄の悲鳴は暗闇に溶けていく。
悲鳴を叫んだ口からは嗚咽と真っ赤な液体を吐き出し街灯が照らすコンクリートを赤くグラデーション。ドボドボと落ちる赤色の液体。
力の抜けきった体が重力に逆らうことなく忽然と仰向けに落ちた。
彼女に触れたそれは手に取ったモノをただ見つめ呟きながら口元を歪ませた。
『これもハズレ』
手から無造作に落とし足音を遠くへ消していった。
燐は重い足取りで帰路を辿ると十字路をの先に何かが見えた。街灯に照らされ赤く染まる地面とそこに横たわるモノが見える。
「これって……。死体、だよな」
街灯は横たわる人の脚を照らし腹部から上は見辛くなっているが、心臓の部分がくり抜かれ空になっている。
『りず、魔力の痕跡あるか?』
『魔力の痕跡もなさそうなんだぜぇ』
それが意味するは普通の殺人。魔法が関係ない殺人。フェイク信教が関係ない殺人。心臓をくり抜かれただけのただの普通の殺人。
魔力の痕跡を辿ったとしても関与されていない殺人。だが腑に落ちない。
ただこの人を殺したかったのなら刃物や縄で締めるなど至って普通の殺人を犯すのが殺人のセオリーが支流だろう。だが刃物で抜かれたような傷口という訳ではない。それは例えもしなくともただただそれを無理矢理出した。そのようにしか見れなかった。彼女の足元の手前には抜かれたモノが置き去りにされている。
「警察に電話! 117番!」
ダイヤルを猛烈に押し受話器に耳を当てる。
「ピ、ピ、ピ、ポポポポーン。午後9時32分です」
「もしもし警察ですか! 人が亡くなってるんです! ……ぽーん」
時報サービスを有り難く頂き通話を終了する。
「時間分かったラッキーやったね。じゃねぇ110番か」
ダイヤルを打つことはせず近衛ヶ原学園のマークの通信機を代わりに取り出し半透明な画面を浮き出させる。そこに表示されるのはコノエキュルリーテのメンバー一覧。名称は通称。その中のはるちゃんという表示に触れると画面は消え待つ間もなく近衛玄彦の声がどこからか通信機から発される。
『どうかしたのかのぉ?』
「まあ、殺人がありましてその現場がですね、しかくいしかしか。と言うわけです」
返事はなかった。否、通信機からの返事はなかった。彼は音もなく現地に現れていた。
「ふむ。君の言う通りじゃのぉ。じゃがリズリカミネさんの言う通り魔力痕跡はなかろう。それ故、これは普通の殺人じゃのぉ」
「やっぱりそうですか。と言うと今日の集会でのあの話は」
「うむ。察しの通り先日よりこの手法での殺人が起こっておる。先日は一件。今宵はこれで二件目じゃのぉ」
玄彦はどこか悔しげに語る。
「近衛町での不穏、治安揺るがす事件を事前に防げず我から謝罪詫びる。汝に冥福を祈願する。安らかに眠り来世幸福を訪れることを……」
呟き彼女の輝きを失った瞳を閉じ続ける。
「この一件に関しては阿澄燐君の手は煩わせることはないのぉ。犯行が衝撃的じゃから印象深くなろうが気にすることはいらぬぞ。道中に杏を呼ぼうかのぉ」
通信機を取り出し画面を表示させ下にスクロールさせ、杏の表示に触れようとした時に妨げる。
「いえいえいえ。一応魔法使えますし大丈夫です」
「そうじゃな。でわ気を付けて帰路を」
一つ会釈をしその現場から立ち去る。
自宅へ着いた燐を待ち受けていたのは母親の宣告であった彼女。エメラルドカラーのカメの柄が散らばめられる寝巻き。程好い胸が何にも邪魔をされずにくっきりと形を実体させ胸元の開いた先の谷間はまさに芸術。カメの柄はメロンにしたほうがいいのではないだろうか。なんて正直には言えない。
その横に仁王立ちの金髪。下ろされた髪はふわりと小さな体を大きく見せるためにサポートされ、髪の色に同調するような水色と桃色の星柄の入ったメインカラーイエロー寝巻き。対する黄寝巻き。胸に迫力はないものの小柄な身体より少し大きいのか袖が指先だけ覗かせてなんとも可愛らしい。すっとんきょうながら万人受けは免れないだろう。胸が寂しいが。さらに瞳の淡いクリアブルーは幻想度を120度向上させる。胸が寂しいが。さらに言えば胸が……
「ただいま……は?」
威圧的なソプラノ。いつもなら鈴の音のサポートで癒し系ソプラノなはずだが、今回に限り不穏な音楽を奏でさせようと催促しているように聞こえた。
「む、むむむにゅ、……むむ!」
むむっとむむむ。日本語版で頼みたいもんだぜ。
「むむむむ(ただいま)」
「はいおかえりなさい。とりあえず順を追うことにしましょうか、燐くん?」
僕の瞳を見ることなくそう言い捨てうふふと体を翻し居間にずしんどんどんと向かっていった。
む。としか言えなくなった少女は金髪の下、クリアブルーの瞳に潤いを漂わせ、その下の頬に鼻先を紅潮させ、小さい口が豪快に開く。
「す、すす、……スケベッ!」
金髪を翻し逃げていった。居間に入った先に待ち受けるのは拷問な尋問。
テーブルに顔を伏せてぴくりとも動かないフェッロ。仁王立ちするエメラルドカラーのメロン。ではなく髪を束ねているリボンに付いた鈴がチャームポイント、夢響奏。笑顔がとっても威圧的。
彼女に対峙するように正座する阿澄燐。
「どうゆうこと?」
「どれでしょうか」
「どれってそんなにいっぱい相手がいるのかなぁ?」
その笑顔を愛らしい仔犬のように自制心を制御出来なくなる狂犬のように可愛く恐怖する。
「全て話します。しかくいしかしか」
「鹿じゃあ分からないよ」
顔を伏せたのか見て分からない程に下げ鈴の音が一つ鳴る。
「燐は会長さんとお付き合いしてるのかなぁ……。ままままあ、燐が誰と付き合って、も。私には……。関係ないけどぉ――」
聞こえるくらいに聞こえず呟く。
聞こえるくらいに聞こえず呟く。
「付き合ってねぇよ。ただ昨日夜出掛けたらその帰りに偶然一緒になってちょっと帰宅を共にした。それだけだ」
「ほんと?」
「ウソは付いてない。魔王に誓って」
「じゃあデートっていうのは……?」
「え、えっとそれは――」
コスプレをしようなんて恥ずかしいすぎて言えん。
「そう! また帰りが一緒になったら帰ろうね的なそんなニュワンスだわい」
知らない人を目の前にして相手を伺う仔犬のようにジト目で警戒の眼差し。冷たく心地よい。
ふっと笑みを溢して鈴を鳴らす。
「そっか。それならよかった」
なにがいいのか分からないけど言い返すのは野暮だと思った。
そうこうしているとテーブルに伏せた仔猫がにゃーと鳴いた。
「もうもう! まったくお腹すいたよ! 胃液だけになっちゃったよ! お菓子もないし餓死するー! はやくごはん食べないとハゲるー!」
「禿げては大変だ。 若いのに辛すぎる。分かった今すぐ作る!」
立ち上がるとどこからともなくぐぅ~と言う異音。フェッロはその音に気付いてはおらずテーブルをパタパタと力なく叩く。
その正体は言わずともフェッロではない。もちろん僕でもない。顔いっぱいに紅潮させ腹部を両手で抑え何かを堪えようとしている奏であった。
「夕飯一緒に食うか?」
「……ちょっと貰おうかなぁ、えへへ」
少しばかり夕飯をつまみ奏は自宅へ帰宅しフェッロもまた空腹を満たし体を清め寝室へ向かった。そして、燐はこの日もまた鍛練に勤しむため学園に向かったのである。
奏は机に向かって座り手に握るのは写真立て。月の明かりは二日月か新月なのか弱弱しく街灯が室内に光を差し込めていた。
重々しく小さな口が動く。
「燐……。嘘吐く時の癖、小学生の時から変わってないんだから」
先刻の燐のセリフが写真越しにフラッシュバック。
『また帰りが一緒になったら帰ろうね的なそんなニュワンスだわい』
(ニュワンスだ、わいってなによ全く……)
そして写真の写る二人。幼少の男の子と女の子。少年がVと元気に指を広げ逆の腕で少女を無理に肩を抱き寄せそれに恥ずかしながら手にちょこんと持つイチゴ・オーレの色と頬が同調している。その手首には鈴の付いたブレスレット。他愛無い日常の一コマ。奏の大切な記憶の一コマ。
――雨音が不規則にリズム感なく地面を内湿った空気が丸い入口と出口を通り過ぎる。
少女、夢響奏は体育座りをして筒状の空間に一人いた。涙を零すのにも疲れ果て目の端が赤く腫れ鼻先まで赤くなっていた。濡れた地面の泥が跳ねることを気にも止めずそこへ近付く足音。曇りきった鈍よりした外から可愛らしい少年が屈み覗く。少年、阿澄燐が何かを持ってそこにいた。そしてしゃがみ膝を地面に擦りながら近寄り言ったんだ。
「かなで! なんだかんだで今日もいい天気だわい!」
日中と言うのに筒状から見える景色は暗くイソップだろうとそんな嘘は言わないだろう。まるで意地汚い腹黒いチワワのよう。だが少年はいい天気。それは、りんだけだよ……。
「まったくを持って信じていないなその顔。いいからこっち来てみろよ」
少女は向けていた視線を下げて断る。だが、そんなことはお構いなしと手を無理に引いて暗く曇る外へ連れ出した。抵抗することもせずに引かれるままに連れ出される。
雨粒は当たることなく代わりに雨雲の隙間から一本また一本と太陽の光の糸が地面に当たり少女の肩に当たり、握られた手に射し、少年が笑顔で振り返り白い綺麗な歯を見せながら言った。
「ほ、ほほほほらな!」
少女と少年の結ばれた手を中心に光の糸が天からの柱に変わっていく。少女に光を差して、少年の笑顔に同調して広がっていく。
雨の滴が髪の軌道に乗って垂れていく。頬の曲線の通りに雫が重力に吸い寄せられ地面に落ちる。
少年の胸元の十字架のネックレスが太陽の光をもらい七色より多い色々な色に光り輝き、少年はまた白い歯を向けて握られた方ではない手に持つそれを差し出して言う。
「まあなんだ、おれこれキライだからあげる」
それはイチゴ・オーレ。ピンクの紙パック。ストローがすでに刺してありストローの途中にピンクの液が立ち往生していた。
「……でもこれ飲みか――」
「ちがわい! 間違えて買ったんだわい! だからやるよ!」
その下手くそな嘘についつい笑みが零れ悲壮感に呑まれていた自分を救い戻してくれた感謝の念で細くした瞳の端に涙が浮かんだ。
「そっか。ありがとね。仕方ないからもらってあげる!」
「おうぜひとももらってくれ。さ、帰ろうぜ」
そう言ってぎゅっと離れないように少し強めで痛かったけどしっかりと繋いでくれるその小さくて大きな手。痛いくらい嬉しく気持ちよかった。
阿澄家に帰ると一目散に手が離れ居間に向かって行ってしまった。空いた手の平が久々の空気に触れて少し寂しくなりながら居間の扉を開き入った。
廊下が暗めだったせいか西日の陽のせいか眩しかった。すごく眩しい。眼を細め焦点が合うのに時間が掛かった。少年はもう一度手を握りほらほらと無理矢理歩みを進ませる。
そこには今入った二人のほかにもう一人ニコニコと笑顔でテーブルの奥の椅子に腰を掛けていた。燐の母親、盟依。
そのテーブルには小さめの箱があり部屋は今からパーティをしようというのか飾り付けがあちらこちらにしてあった。西日から陽は筒木神社のある山に今にも隠れそうになっている。その上の壁に不器用なお世辞にも上手いか下手かと言われたら上手いとも言えない字で大きく書いてあった。
『奏誕生日おめでとう!』
奏の字の天の間が下に一本伸びていてそこを白い紙で貼って隠したのか綺麗に隠れていたが奏には分かった。燐が秦と書いてしまうことを知っていたから。
その文字を見終え燐と盟依に視線を戻すと欠かさずにクラッカーが二発阿澄家に響いた。
驚愕と感動で言葉を発することが出来ずただ立ち尽くす。
「かなで、たんじょうびおめでとう!」「奏ちゃんお誕生日おめでと!」
今までの悲壮、二人の笑顔で感涙をしてしまった。ありがとう。そう言いたいのに息が詰まって言葉が声が出なかった。それでも頑張って感謝の言葉を一つ一つ丁寧に伝えようとした。身体に力が入り手にも力が入りそうになるが手に持つそれを潰さないように代わりに何も持たない手にはいっぱいに力が籠った。
「あ、ぐっ。あり……あ、い、んっ、が……ッ」
「奏ちゃんの言いたいこと伝わったわよ。だから大丈夫よ。よしよし」
「かなでかなで! これこれ! たんじょうびプレゼント!」
いつの間にか燐はテーブルに置かれていた箱を眼前まで届けてくれていた。ピンクのリボンでお洒落な包装。とても高そう。
開けて開けてと急かす。一つ戸惑いながらも頷きリボンを解き包装も剥ぐ。ブラウン色の箱。
燐に視線を向けると一つ大きく自信満々に頷いた。箱を開けると彩どりのブレスレット。一つ小さめな鈴が付いていた。すごく可愛くてほんとに可愛くて見惚れてしまって本音の次の建前を口から溢した。
「……高そう」
「ふふん! そんな高いもんじゃないから気にするな! 500円くらいだわい!」
「ありがとっ、すごく嬉しいよ。ありがと」
「おうよ! 付けて味噌」
小さな手首には少し大きめで空間が空いていた。でも燐は言った。
「おれの目には狂いはなかった! かわいい!」
盟依は二人に向けてデジタルカメラを向けていた。
「はーい。お二人さん記念撮影だよ。ちーずちーず」
真似しなさいと言わんばかりにブイサインを出していた。真似て小さく遠慮がちにブイサインをしようとしたその時。
「はいっチーズ!」
燐の小さな逞しい手が肩を無理に抱き寄せ身体が密着。驚いた時には手のブイサインは解除され代わりに顔が紅潮した。
「全く燐ってば強引で嘘下手くそで無邪気で……。それでいて、優しいんだから……」
あのブレスレットの値段の真実は500円ではなかった。私は燐のお母さんからその後聞いていた。
パーティの後無理矢理に後片付けを手伝わせてもらった時の話。
「りんのおかあさん。500円って嘘なんでしょ?」
「あらあらあら、やっぱり奏ちゃんには見抜かれてたわね」
「すごい高いんだ……」
「値段は教えないわよ? 燐くん、私がお金出してあげようかって聞いたら、「おれはおれの大切な人に自分のお金を使いたいんだ。だから母さんはおれのためにお金使ってくれ」なんて言ってね」
そんなことを聞いては何も言えなくなってしまう。口は力が入り歪に歪み顔は真っ赤に紅潮して唸るだけになってしまった。
「あらあらあら。言いすぎちゃったかしら。まあそれでね、お小遣い貯めて貯めて結構先まで前借りしてね」
「ッ! そんな高いのもらえな――」
「だめよ? 燐くんが嘘を言うときはイケないことをした時だった?」
「ちがう……」
「うん。分かってるじゃない。だからこれは内緒よ。女の子として信じてあげなさいね」
そう。燐という男の子は嘘を言うときはその裏に何かを守ったり庇ったり相手を傷付けないようにとする時に言っていた。
だから今回の嘘もきっと――。
翌日、奏はハエほど気にもしていなかった様だ。フェッロはと言うとご機嫌斜めなのはやはり空腹が原因だった様で胃を満たしすれば容易いものだ。
ともあれことは大きく事態を悪化させずに済んだようだ。そして昼休み。待ちに待った昼御飯タイム。
奏、フェッロ、葉月、瑠奈。仲良く女の子同士で食している。僕はどこにでもある弁当。と了は焼きそばパン。二人仲良く互いの席で別々の昼御飯を食す。平和だ。日常的で至って平和。だが、先日の事柄からもただただ平和ボケしている状況ではなかった。いや、一昨日の件だったな。そう、僕と会長はやくそ――。
閉められた教室の前の扉が優しくゆっくり開きそこに佇む彼女。会長、月巴。
教室内の生徒を一人一人確認して一人の少年に視線を留める。そして、手招きをこっちにおいでとしか言わんばかりに小さく謙虚に大胆に不敵な無敵な笑みをしている。
(さてさて、会長はいったい誰を招いているのでしょうか。はーい、僕でぇーす!)
『魔王様、悪性平和惚け菌が強すぎるんだぜぇ』
クラスメイトからの嫉妬と疑問の眼差し特に奏から。次に瑠奈から次に葉月から次に奏から。フェッロは気にすることなく弁当にガツガツもぐもぐ。
「僕の作ったお弁当をあんなにおいしそうに、嬉しいな」
「完全に全面的に現実を見ようとしてらっしゃらないご様子ですな、かっかっか。燐師匠、現実ってーもんは少なからず苦いもんよ。まあ、俺から言えるこたあ、一つあるぜ?」
「なんなんだ、状況打破が可能なのか……」
「そりゃあなあ……」
勿体振るように急かしている間にも月巴は手招きし続け周囲の視線は痛く重く、ついに了は言った。
「……誠実に振る舞い会長様を口説くのだよワトソン君」
全くを持って頼りにならなかった。
仕方なく教室の後ろのドアから廊下に出る。駆け寄ってくる会長月巴。
身長は大体同じくらいなのだろうが身体を前に突き出し上目遣いで嬉しそうに話し掛けてきた。それと同時に周囲からの視線を浴びる。
「お昼休みに友達と一緒のとこごめんです、大丈夫ですか?」
「あいつは別にほっといていいんで大丈夫ですよ(それより他がな、特に奏とか奏とか)」
そう言うとほっと安堵を見せた。胸元に手を置き撫で下ろす。
「んで、どうしたんです?」
「えーっと、えっとえっとだね……。なんというかあれですよ。たはは、君をそのあのあれであれです……」
指示代名詞乱舞。結局何も分かり得なかった。
「つまりどうゆうことで……」
先刻一つ下の教室で異性に向かって威勢よく手招きをしていた子とは思えないほど縮こまり俯き顔から耳まで紅く染め上げ両手を優しく時に強く握握。交互に上下に擦り合わせ小さく自身でも聞こえないほどの声量で指示代名詞を乱舞させている。
顔をぐいっと上げて紅潮した顔と引力を秘めたグレーの瞳が燐を仕留める。
(ズッキューーーーーン!)
おまけに指示代名詞の本当の意味が聞くことが出来た。
「――で、ででディートゥにょおしゃしょいなにです!」
(ズッキューーーーーーーン!)
諸君つまり簡単に訳そう。あなた様をお慕い申しております。デート致しませんか?
誘い主も紅く、同調するよう誘われ主も紅く紅潮し合う。さらに追加攻撃、とどめの一撃。
身体を縮こませて首を据わらせているためか上目遣い。何度か全く関係ない方向に視線を向けては燐に戻し燐の反応がフリーズしてしまっているためか、うるうるな潤い瞳で一心に眼差しを向け言った。
「……いや、ですかぁ?」
(ズッキューーーーーーーーーーン!)
「な、ななななななあはあぁぁ……」
頭から蒸気を放出していてもおかしくないほどに紅く紅潮し目を回しその場に崩れ座った。意識は途切れ次に意識が戻ったのは見慣れない天井があった。
白い仕切りカーテン越しの暖かみのある光が潜り込む。
月巴がベットの傍らに座り心配そうに眉をハの字にしている。
「あ、起きました? 大丈夫そうですか?」
「会長さん。まあ大丈夫だと思います。どこか打ったわけじゃないですし」
「急に倒れた時は何事かと思いましたですよ。……それで、ですね。あのあれはどうですか?」
視線を合わせることはしなかった。頬を赤らめ斜め下を俯いている。
「デートっていうかなんていうかそのぉですね、こ、こっこすこっ、ここっこ、んーッ!」
「まるでニワトリのようだ。……こすってことはコスプレ?」
頭から湯気を出し両手の人差し指をちょんちょんと突き合わせる。
「まあそのですね、そうです。デートではないのです。明日、一緒にどうでしょうか……」
「まあ断る理由もないですし全然いいですよ(デートじゃないのはちょっと悲しいけどな)」
「じゃあじゃあ明日、径道楽駅前に11時でいいですか!?」
「もちろん構いませんよ」
「(やったあ)ささ早くしないと五時限目始まりますです。私は先に行きますです。ふっふふん、ばいにー」
軽いステップで保健室から去っていった。時刻を見れば保健室に寝て間もないのだろう。昼休みはまだ少し残されていた。
教室に戻れば話題は持ちきりになっている。建前で吐いてしまった噂が招いてしまった事実。残酷にも浮かれたクラスメイトたちは燐を擁護する者はいないと思っていた。だがさらに残酷なことが起きたのだった。
「阿澄が会長と出来てたなんてありえん」「ないないない」「奏とならともかくね」「だよな、天変地異が起きようがんなことは起こらんわな」
全く酷いクラスメイトたちだ。
そんな中奏はちゃかされていたのにも関わらず自身の席で燐の方にすら視線を送らずにいた。
「かなっち燐くん取られちゃうよ?」
「燐が違うって言ってたから信じてるの。だから大丈夫だよ」
「むむ、まるで新妻ですな。むふふ」
「うぅ……。瑠奈ってばぁ……」
「照れ照れかなっちかわゆいよほほぉぉ」
「瑠奈の……」
ニヤニヤおでこにチョップで正妻が制裁。
「ばか」
「アイタッ!」
たははとおでこを擦りながら笑い、頬を紅潮させプイッと口を尖らせる。
「かなでなんかかわいい!」
「もう、フェロちゃんまで……。うぅ」
「でもかなっち。月巴先輩には気を付けないとね。うちの勘が彼女は天然悪女と受信してるから」
「ッ! アクジョ、どどど、どうしよ……」
「なにをどうするのかにゃあ?」
にゅふふといたずらに笑うおでこにさらに制裁を加える。
「アイタッ!」
「もうもうもう、瑠奈ってば、からかって! もう知らないんだから!」
「ジョーダンジョークだからジョーズだからあ。ごめんってばー」
「ふんだ。もう休み時間終わるから席戻れば!」
「にゃーにゃー。かなっちぃー」
「あたしも戻ろーっと」
颯爽と金色の二つの尻尾を跳ねさせ駆けていき、とぼとぼとした歩みで戻る最中奏に聞こえるくらい小さく呟く。
「まあかなっちにとっては悪女ってことだけどね」
「もうもう!」
とぼとぼとした歩みはきゃきゃっと自身の席に向かっていった。
そして、月夜の月が気紛れかどこかに消えている新月。暗黙が差し込む近衛町。
彼女らは思う。
明日の勝負着を考えに考える彼女、月巴。
「んーこれじゃあコスプレした時とのギャップがんー、これじゃ地味かなー」
ヒラヒラしたレース付ドレス的なワンピース。キャメルカラーのリッパーコート。
「明日は晴れるかなー、じゃあこれとか。うん。ちょっと子どもっぽいけど雨降ったらこっち着れるように持っていこっと。ふふふんたっのしみぃー♪」
お出掛けカバンにコンパクトにそれを畳み入れながら上機嫌に歌を口ずさむ。
彼女は、電話越しに親友と他愛ない話をしていた。彼女らと言ったほうが明確だろう。
ぐってりと机に顔を伏せて長めの揉み上げもだらけている。
「ぬぐぐ、そんなこと言っても私は燐のこと信じてるし、お付き合いだって燐が誰としようと私には関係ないし……」
『なーにウソ言ってるの、バレバレなウソ吐いてもそんなじゃオオカミ少女にもなれにゃいぞ?』
「ぐぬ、オオカミ少女になってないもんウソ吐いてないもん」
『にしし、かなっちはもっともっと燐くんに素直にならにゃ、月巴先輩にホントに取られるよ?』
「……なんで瑠奈は私のことそんな分かるのよ」
『そりゃ(みんな)分かるよ。こう見えて親友だしね(まあクラスメイトはみんなご存知だけどね)』
「るなあぁぁ。でもでもどうしたらいいんだろ……」
『どうって?』
「……分かるでしょー」
『分からんにゃー』
「イジワル」
にゃははと受話器から実に楽しそうな笑い声が届く。
「……燐を会長さんに取られたくないよ」
『よしきたっ!』
待ちに待ったセリフだったらしく即座に気合いが入った声で続けていった。
『これしてこれしてにゃにゃにゃっ。にゃにゃでにゃ、にしし。間違いないよ!』
「うぅ。恥ずかしいよぉ!」
『なぁらー、月巴先輩に取られちゃうー燐くーんが取られちゃーうー』
「もうもう、もう! 分かったよ。がんばる……」
『おっ。ファイトだよ。かなっちぃー♪』
「じゃあまたね」
『ほいさ、いい報告祈願しておりますぜ。ばいにー』
通話終了ボタンをタッチする直前小声で囁いた。
「瑠奈、ありがとね」
『ほいさ』
そして通話は終わり俯せの顔を上げて先刻の助言を思い浮かべ茹で蛸のように紅くする。
「がんばる、うん」
自身の背中を押すように独り呟いた。
彼女、葉月は、理事長室で理事長、玄彦と会話を広げていた。
真剣な眼差しの双方とクールな表情の杏。
「それは誠ですか」
「うむ。今晩にも……じゃのぉ」
「んー、彼はまだ連絡が取れていませんよね?」
うむ。とだけ頷き眉一つ動かさなかった。
「彼がいない今、危険では」
「まあそう気構えぬぞとも魔王君もおるし万全じゃなかろうがよかろう。まあこの話とてあちら側が阿澄燐君と敵対してしまった場合の話じゃ。彼と上手く行けば過去のようなこととはならなかろう」
心配に眉をハの字に曲げて腕組みをする。
(大丈夫だろうか、阿澄君)
「む? もしやも全面的に好意を寄せてはおらぬか?」
ギロリと鋭利な刃のように射ぬく。
「……ってのは嘘八百でっとまあそおじゃのぉ。可能性の話でありさらに事が起きてからでも今の魔王君の力では遅延されることはなかろう。故に安心せい」
葉月は心底不安を抱えた。
阿澄君無事でいてくれ。と。
魔王、燐は今日も只野義正と鍛練に勤しんでいた。
実践練習とは言え、義正の分身体と言え、燐は一撃。否、魔力を掠めることさえ出来ずその日も鍛練が終わってしまった。
「んじゃー、こんなとこにしとっか。明日は休日だぁ。鍛練も休みなぁ」
魔王化を解除させ髪と瞳の色が人に戻り息を少し切らせる。
「あぁ。了解(ちょうどよかった。会長のこともあるし、デートではないけど奏以外の女の子と出掛けるのは初めてだからな。忙しなくなるのは申し訳ないからな)」
「だあ、そうだそうだ」
帰路から燐へと帰還した義正は言う。
「何にやけてんだ、キモいぞ。まあいい。理事長から伝言だ。そっちの使い魔は気付いているかもしれねぇけどな」
首元の十字架を指差しかったるそうに付け足した。
「気を引き締めて、と」
タバコに灯を灯し歩き去ってしまった。
「それだけかよ!」
「まあ落ち着くんだぜ魔王様」
「……りずはどうゆう意味か分かってるんだよな?」
「ああそうだぜ。そろそろ訪れてもおかしくないんだぜぇ」
リズリカミネは勿体ぶりながら続ける。
「あいつらが来るんだぜぇ」
「あいつら?」
「ああ。敵に廻すと面倒な連中だぜぇ。前十代目魔王様は敵対してしまってちと面倒になっちまったんだぜ。まあ十代目魔王様と連中に起こった要因を説明しとくんぜ」
そこは別空間。天の色は鈍よりと暗く赤い空が広がり、ぽつりぽつりと距離を置いて生える木々は焦げ灰と化している。
焦げ落ちた灰と踏みつけ歩む幾つものモノ。
濃い緑色の小さな人型のモノ。同じ色の大きく膨れたお腹と口元から雑に唾液を垂らすモノ。骨の身体を雑に隠すが隠しきれないローブを羽織うモノ。甲殻亜門の尻尾を引き摺るトカゲのようなモノ。
それらの先陣をきる頭の左右から対称に禍々しい角を不気味に生やした桜色の皮膚。瞳が黒色だけのモノ。
右側片方だけ角の生えている黄土色の髪が白肌をゆらゆらさせ紫カラーの瞳の中黄色に三日月の形を光らせ胸元を淫らに魅惑的に見せつける格好のモノ。
左側片方だけ生えた角が途中で折れている褐色の肌で月白色の瞳の中前者と同じ三日月の形を光らせる。真っ白な髪が褐色から目立たせる前者より少し控えめな胸元を晒すモノ。
さらにその先陣を一人暗黒馬に股がい堂々たる背筋の老人にも若者にも見えるモノ。ブラウンカラーのフードコートを羽織い暗黒色の皮膚、フードからちらりと覗かせる瞳は真っ赤に不気味に不穏に光り左目の上の方左目を通り右頬の下まで痛々しく深い傷痕が濃く残っている。
暗黒馬がゆったり三歩進み停まる。それに同意して後者のモノたちも立ち止まる。そして暗黒馬に乗る暗黒色のモノがバストーンで振り返ることなく言う。
「妾が行く。主らは此処で待機せよ」
暗黒馬の手前に歪みが生じてワームホールが出現する。暗黒馬とワームホールの間に立つ角を左右から生やした桜色のモノがハスキーに言った。
「ハデスよ。御主には悪いが興味があるのでな。共に行かせてもらうぞ」
「ふっ。勝手にせい。他のモノは待機せよ。では――」
指示することなく暗黒馬が歩みを進めワームホールに入り込んで行きそれを追うように桜色のモノが歩んでいった。