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 事は一瞬にして決した。

 ESUTUXETTO(エスツェット)が構える電磁熱線砲(コヒーレントライフル)、その銃口に光粒子の淡い収束を見た瞬間、マリサは大理石を踏み砕くほどの勢いで地を蹴った――これから語るのはその刹那に起きた出来事である。


【降参。私の負け……】


 

~京太郎による詩的(ポエミー)な状況描写~


 閃光のなかで露呈するマリサの失策。

 眩みそうな明かりのなかで見開く目。

 彼女の網膜に写る、花めくように散る弾幕。弾幕。弾幕。

 榴弾。散弾。徹甲弾。

 機械仕掛けの翼竜は総身の至る所を開き、そこから弾丸の暴風を吹き荒らした。

 二度は許されない『読み違え』。

 電磁熱線砲(コヒーレントライフル)と破城槌による決着。

 それは彼女の勝手な解釈で。

 それは彼女の勝手な勘違い。

 『合図』は電磁熱線砲こいつの引鉄だな?』

 合意はそこしかなされていない。

 電磁熱線砲(きりふだ)を使うと彼女は言った。

 しかしそれ以外を使わないとは言っていない。

 

~京太郎による詩的(ポエミー)な状況描写~


 ドーパミン。アドレナリン。ノルアドレナリン。それらは興奮状態になったときに脳内で分泌する天然の麻薬物質らしい。こいつらがドバドバ溢れると神経系統が鋭敏になって、時間の経過が遅く感じるという。俺がこのとき体験していた超感覚はそれである。3秒に満たないこの瞬間を、俺は1分ほどに伸長していた。

 一足飛び、という表現がいいのか分からない。しかしマリサが最初の跳躍で詰めた距離はなんと10m。そして掛けた時間はたったの0.5秒。この超パフォーマンスならば次の0.5秒でミレイちゃんのESUTUXETTO(エスツェット)まで到達し、さらに電磁熱線砲コヒーレントライフルの発射まで1秒を残す計算となる。マリサの勝利は確実だと言えた。

 それを嘲笑ったのはESUTUXETTO(エスツェット)弾幕嵐(バレットストーム)

 翼竜の全身がいきなり砲口群に早変わり。身体のそこかしこでハッチが開くや否や銃口・砲口が突き出し、それらがリトルヘゲナもかくやの弾幕を散らしたのだ。

 二歩目の跳躍に移るマリサに向けて放たれた鉄火の暴風。俺はそこで確かに、マリサの目が驚愕に見開くのを見た。失策を痛感し、動揺で瞳が揺れるのを見た。

 ただ。

 口元が笑っていた理由は、最後の最後になるまで気付けなかった。

 マリサ、二歩目の跳躍時。(かまえ)が変わる。

 切っ先のように刺突する突進から、独楽のように廻る躍動へ。

 破城から護身。

 弾丸の中を。散弾の中を。榴弾の中を。徹甲弾の中を。滑るように、巻いていくように、流すように駆ける。

 受けて裁いて弾いて抜いて。

 空して返して回して落とす。

 刹那の一跳躍。瞬きにも等しい僅かの間隙を縫って、あろうことかマリサは弾丸の中を護身で突っ切ったのだ。

 周囲に飛散するのは軌道を曲げられた弾丸たち。標的だけをするりと逸れていくそれらは、傍目に『自らマリサを避けた』ように見えたことだろう。

 そんな神業を見せられたのだ。もう、俺的には十分満足だった。

 あるいは、護身の型に『変えてしまった』からこそ。

 コンマ5秒だけ、彼女は失策(おそ)かったのかもしれない。

 迸る紫外光。

 光粒子弾の装填準備を終えた電磁熱線砲コヒーレントライフルは、コクピットまであと数センチというところまで迫ったマリサを原子レベルで蒸発させた。

 電磁熱線砲――言ってみれば電子レンジの化け物である。標的を3・5ゼタヘルツという超高エネルギーのマイクロ波に晒し、絶対零度からでも瞬時に気化させる熱量をぶちこむチートウェポン。それを彼女はもろに浴びた。

 ばくん――というオノマトペがぴったりだろう。マリサは周辺空間もろとも跡形もなく消失した。


 ――終わった。


 勝者ミレイちゃん。

 敗者マリサ。

 VRB、ここに決着。

 果たしてこの瞬間、

 いったい観戦者のうち何人が。

 そんな勘違いをしただろうか。

 

~京太郎による詩的(ポエミー)な状況描写~


 翼竜の背後に迫る真紅の影。

 振り向くと同時、駆け抜ける後悔という名の走馬灯。

 ミレイはそこで伏線(すべて)を悟る。


 ――お前が隠れて、私が姿を晒して探す。

 ――堂々と姿を晒しているとすれば十中八九、それは(ダミー)だと思った方がいい。


 己で言ったらばこそ。

 これだけは警戒すべきだった。


 ――ようこそ私の世界(しろ)へ。ところでミレイ、貴方がいきなり私の目の前までやってくるなんて意外だったわ。逃げないの? あるいは観念したの? それとも今度も『『『囮』』』なのかしら?


 等と宣う彼女こそ、まさしく。

 『囮』 な の で は と。


~京太郎による詩的(ポエミー)な状況描写~


 内包された全弾を吐き出して、もはや無防備・無抵抗としか言えぬ姿となった機械仕掛の翼竜。その背後から真の破壊神が襲いかかる。

 軌跡に地割れを作り、球形の爆圧を巻き上げて迫る彼女の姿は、先のマリサが見せた神業をも陳腐化させるほどの威容だった。

 それを間近に見たミレイちゃんは瞬時に諦めたに違いない。

 これは策がどうとかいうレベルの問題ではなく、対峙した瞬間に敗北が確定する鬼札の類なのだと。それ程までにこのマリサは破壊神マリサ的だった。

 それ以外の敗因をあげるとすれば、やはり結界交代を許したこと。そんな明白に過ぎるものしかない。もっともそれ以前に俺の感想を述べるなら、ミレイちゃんの結界内であそこまで健闘したマリサが、己の結界を展開して負ける訳がない、といったところだ。


【貴方なら気付くと思っていたのだけれどね、ミレイ】

 

 ルーチェの演算性能が可能にする、音速に割り込む情報処理。それを使用してマリサがミレイちゃんに伝えたのは、実に彼女らしい勝利宣言。

 目には目を。歯には歯を。

 囮には囮を。

 隠れ潜む遠距離戦法には、隠れ潜む遠距離戦法を。

 相手のルールを理解して、理解したそのルールで相手を打ち負かす。そんな究極の迎撃必殺カウンターストライク

 振り抜いた緋色に燃える拳。

 これこそ掛け値なし、正真正銘の『絶技・破城槌』。

 当たれば全てが砕け散る破壊の一撃が、翼竜の頭部を撃ちぬく瞬間、


【降参。私の負けだ八雲】


 すてん。ずごごごごごごご。


 拳の行き場を失ったマリサは弾丸のような勢いそのまま城壁に突っ込んだ。



 ――と、これがその刹那に起きた出来事である。

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