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 今更だが言い忘れていた事があった。正拳一発でビル一棟を瓦解させる八雲マリサは、その破壊力をもって破壊神と畏怖されていることは既に述べたが、それと同様、早乙女ミレイもその戦闘様式から、軍神という二つ名を獲得している畏怖の対象なのである。では何を持ってそう呼称されているかといえば、マリサは一点集中の破壊力型であるから破壊神なのに対し、彼女は複数掃討の総火力型だから軍神なのである。

 軍神早乙女ミレイ。

 彼女の真価はここから発揮された。


 圧巻の破城槌でミレイちゃんを灰塵に帰した破壊神マリサ。世界を揺るがし、周囲を吹き飛ばし、さながら災害規模の余波を伴うその圧倒的な一撃。観戦者の誰もがこれで完全決着だと確信した。

 当事者たるマリサも例外ではない。多少の後味悪さをため息に込めはしたものの、それでも勝利の余韻に浸るだけの快感(インパクト)はあった。故に彼女はその表現として、自身の長いツインテールにさらりと触れてみせる――その時である。

 炎の嵐が瀑布のように降り注いできた。

 マリサの頭上目掛けて、まるで流れ星が墜落してきたかのような、あるいは火雨の豪雨が炸裂するような、夥しいという表現ではとても追いつかない連爆の嵐が、一帯を瞬く間に地獄絵図に変えたのである。

 歓声よりも悲鳴があがる。

 上空からの局地制圧射撃。

 恐らく俺含め、VRBの観戦者達は今初めて見たことだろう。人一人を相手にした小隊規模の一斉射を。


 ――ひでぇ……。


 木っ端微塵。そんな表現しか浮かばない噴煙の立ち込める荒れ地を目にして、俺はそんなマヌケな感想しか出なかった。今しがた行使されたのは、身も蓋もなく言えば『銃殺刑』である。それも実銃を用いての。演劇とはいえ仮想とはいえ、皆が引くのは当然と言えよう。

 マリサは、その爆心地の中央で蹲っていた。

 身体のそこかしこから、壊れた精密機器のような青い火花を明滅させて、彼女は苦悶の表情をこらえて肩で息をしている。人道的配慮により、ルーチェでは痛覚や損傷こそ表現されていないが、現実に受けた場合に制限される身体能力はきちんと再現されている。つまり八雲マリサであれ、この規模の攻撃を受ければ動けなくなるという証明である。

 

【心外な意見をもらったから反論しておくぞ、八雲マリサ】


 ミレイちゃんの声は上空から響いてきた。俺もマリサも、その固有結界内の音声を頼りに太陽の方角へと目を向ける。眩む視界に手をかざし、それでも目を凝らす。すると上空に浮遊するようにして、早乙女ミレイの姿があった。やがて観戦者たちも彼女の所在に気付くと、その異様な姿にどよめいた。


~京太郎による詩的(ポエミー)な容姿解説~


 太陽を背にして浮遊する、少女の形をした空中要塞。

 化粧の代わりに迷彩メイク。目深に被ったベレー帽。纏った黒のミリタリードレス。軍神早乙女ミレイのルーチェコスチューム。

 その周囲で、背中で。

 花開くように、あるいは飾るように展開された、針山の如き銃火器群。

 突撃小銃(アサルトライフル)20丁。散弾銃ショットガン10丁。重機関銃ヘヴィマシンガン5丁。対物狙撃銃アンチマテリアルライフル2丁。自動砲アンチタンクカノン1門。

 一人にして一個小隊。

 一人にして一戦術。

 一人にして軍隊。

 それが仮想戦闘遊戯における、彼女の選択だった。


~京太郎による詩的(ポエミー)な容姿解説~


戦闘装甲ベオを持ち出してきた私に『どういうつもりか』とお前は言ったな。お前こそ一体どういうつもりなのだ。確かに私は『個人携行火器でやる』と言ったが、『それ以外を使用しない』とは一言も言っていない。勝手な解釈をして勝手なルールをつくり、あげく私を『ルール違反』だと糾弾した八雲。お前こそどういうつもりなのだ】

 

 そんなミレイちゃんの言葉を聞いて、俺は思わず怒鳴りそうになってしまった。やり方が汚い。これは言葉尻を捉えた難癖ではない。禁止されなければ何をやっても良い。彼女はそういう趣旨の事を言っている。

 場合によってはそんな判断が必要な勝負もあるだろうが、これは違う。VRBはそういうゲスなものじゃない。全力を尽くしつつも、スポーツマンシップにも似た互いを尊重する気持ちがなくちゃ、VRBは成立しない。なまじ何でも出来てしまう仮想世界だけに、その辺りへの配慮は他の競技よりも一層敏感であるべきなのだ。


 ――なんでだよ、ミレイちゃん。こんなやり方は、たぶんシキだって後で知ったら喜ばないぞ。


 心中で問うた俺。無論それが届くことはない。彼女は再びマリサに続ける。


【これは私情なのだが、どうしても許せないことがある。八雲、お前は私のベオをゲテモノだと言ったな。あれはすぐに撤回しろ。……あの戦闘装甲は何よりも大切で、私の中で唯一人に誇ることができる、掛け替えの無い宝物なのだ。さぁ、すぐにだ】


 ガシャガシャガシャという、冷ややかな金属音が空に響く。ミレイちゃんの周囲に展開する火器群が、第二斉射の準備を終えたのだ。

 その針山のような銃口に狙われたマリサは、しかし何も答えず黙してミレイちゃんを見上げる。その瞳からはただ怒りだけが読み取れた。


【なるほどね。この事態は見解の相違ってわけ。私のスタンスは『ルールを守ること』で貴方は『ルールを破らないこと』。そう解釈しても良いのかしら?】


【そういう言い方ができるかもしれない。ただしその言葉が時間稼ぎのつもりならやめておくことだ。……結界交代まで残り3分。その間にお前がベオへの侮辱を撤回し、勝負の敗北を認めなければ、八雲、お前はこの世界で昏睡することになるぞ】


 仮想世界での昏睡――つまりはテクニカルKOというやつだ。そこまでいけばもう喧嘩と変わらない。絵的にも極めて後味の悪い幕切れとなるだろう。

 しかし何故ミレイちゃんはこんなやり方でも勝利に固執するのか、それが分からない。どうも彼女の意図には『単にシキに良いところを見せたい』という以外にも何かある気がする。そのとき「ふふ」とマリサが笑った。その表情は力無く、あるいは疲れきったというような色が濃い。先の怒りは消失したのだろうか。


【まぁ、結界交代までは180秒もあるんだし、ゆっくりしましょうよ。『ごめんなさい』と『降参』を言うのには3秒もかからないんだから。……だから最後に一つ聞かせてよ。貴方、どうやってさっきの破城槌(いちげき)をかわしたの?】


 マリサは自身の右手をさすりながら問いかける。


【未だに信じられないよ。さっきの一撃でね、私は確かに貴方を仕留める感触を感じたわ。人差し指の背に、中指の背に、下腕の筋肉に、上腕の骨に、腰に、全身にね。貴方、どんな手品を使ったの】


 ミレイちゃんはしばし逡巡した様子だったが、マリサの最後という言葉を信じることにしたのだろう。引鉄を引く代わりに再び口を開いた。


【戦闘様式で言えば私は遠距離型で八雲は近距離型だ。だからこの戦い、本来は私の方こそが隠れ潜み、堂々と姿を晒してでも獲物を探すのはお前の役割だったはずだ。しかしVRB開始の当初、状況は逆だっただろう。お前が隠れて、私が姿を晒して探す。もしもそこに八雲が違和感を覚えていたら、いまの立場は逆転していたかもしれない。……端的に言うなら、もし遠距離型が堂々と姿を晒しているとすれば十中八九、それは(ダミー)だと思った方がいい】


 これまでマリサが戦っていた相手は囮である。ミレイちゃんはそうことを言っているようだ。


【きちんと『(わたし)』の姿を確認できていなかっただろう? 最初はベオに乗って姿を隠し、そこから出てきた時もベオが墜落したときの砂埃に紛れていた。その後も姿を確認する間もないほど一瞬に、『わたし』はお前の一撃で葬られたのだ】


 俺は頭を抱えた。なんてこったと言うしかない。マリサは愚か俺も、恐らくはVRBの観戦者全員が気付かなかったことだろう。今までマリサが戦っていた相手がただの(ダミー)だったなんて。

 しかし確かに、二人の戦闘様式と舞台(ここ)が仮想世界であることを踏まえれば、囮戦法は警戒すべきだったかも知れない。ましてそこがミレイちゃんの固有結界であれば尚の事だ。どんな不測の事態であれ、注意しても注意し過ぎることはない。そもそもあんな簡単に軍神がヤラれた時点で不審に思うべきだったのだ。

 油断。

 そう言われたら、確かに返す言葉はないのだろう。


【なるほどね。なんだかあのベオウルフってミレイが駆ってるにして動きが悪いと思ってたのよ】


 マリサの言葉に、ミレイちゃんが目を眇める。


【まだベオを侮辱するなら容赦しないぞ、八雲】


 パタパタと手を振って苦笑するマリサ。


【誤解しないで。早とちりもしないで。今のは褒め言葉よ。……さて。それじゃあ謎も解けたことだし、私もいい加減疲れたし。とっとと貴方の言う通りに前言を撤回するわ。さっきのベオウルフはゲテモノなんかじゃなかったわ】


 言いながら、よいしょとマリサが立ち上がる。そしてセーラーについた土埃をパンパンと払い、さっきまでの疲労感が嘘のような目で、ミレイちゃんを真っ直ぐに睨み据えた。


【囮が乗り捨てるに相応しい、使い捨ての鉄屑(スクラップ)よ】


 ゲテモノと使い捨ての鉄屑。どちらが悪いとミレイちゃんが取るか俺には分からない。しかし少なくとも前言撤回の意志も敗北を宣言するつもりも全くないことを、マリサはこの絶体絶命の危機下で啖呵とともに切ったのである。そしてこの暴言を耳にした瞬間、確かにいま、ミレイちゃんは(わら)った。


【ありがとう、期待通りだ。滞り無く散るがいい】


 処刑執行の合図を下すように、いま、ミレイちゃんの右手が切り払われた。


~京太郎による詩的(ポエミー)な状況描写~


 弾幕。弾幕。弾幕。弾幕。

 閃光。閃光。閃光。閃光。

 自動装填(オートリロード)全自動(フルオート)

 掃射。掃討。薙ぎ払い。一極集中。扇状制圧。一斉射撃。

 軍神の徒花が狂い咲き、惨たらしい花弁を散らす尽くす。

 間断なく炸裂する炎火。天災と見紛う地獄絵図。

 めくれる地表。けぶる一帯。燃える欠片。

 軍神早乙女ミレイの切り札『リトルヘゲナ』

 それがこの処刑法の名だった。


~京太郎による詩的(ポエミー)な状況描写~


 きっかり30秒、その暴力は吹き荒れた。いまや見渡す限りの砂塵と硝煙。真昼の情景とは思えぬほど視界は暗く、一筋の光も通さない。愚か、音さえもこの世界から失せたようだった。

 観戦者は誰一人、声をあげていない。

 歓声も悲鳴も。すっかり途絶えて静まり返っていた。

 俺はおもむろに時刻を確認する。開始から14分00秒。正直なところよく持ちこたえたと思う。振り返れば今回は何もかもマリサにとって悪条件だった。戦法の相性も、戦闘の精神も、言うに及ばず状況も。だから、俺は手放しで彼女は褒めてやりたい。

 俺は自身の仮想世界の設定を変更し、ミレイちゃんの固有結界に介入する。暗黙の了解でこういう行為はしないことになっているのだが、明確に禁止されているわけではない。ならば今は『そういうのがオールOK』で合意されているようなので、俺は迷わなかった。

 届けたいのは、たった一言だけ。


【マリサ、お前そろそろ本気でやっていいぞ】


 その言葉に驚愕の目を向けてきたのはミレイちゃんだった。微かに眇められた目は俺に対する非難だろうが、明文化されていない禁則事項でない以上、彼女が俺を責める資格などない。

 そして

 煙の中から俺に返答したのは、もちろん一人の少女である。


【できたらその言葉、VRBの前に聞きたかったわね】


 ミレイちゃんの目が驚愕とともにソコに向けられる。大きく見開いたそれが捉えているのは、今も煌々と溶融した地表と、黒々とした硝煙を立ち上らせる爆心地。マリサの構築したクレーターに比肩するほど大地を抉り、葬り去った、リトルヘゲナの爪痕。影も形も残さず全てを消し去ったと確信したその場所に、彼女は人型のシルエットを捉えてしまった。まるで亡霊でも見るような表情で、ミレイちゃんは呻きそうになる。


「バカな……なんて言わないわよね?」


 どっと、沸くような歓声が仮想世界に雪崩れ込んできた。未だ会場スクリーンには砂塵と硝煙と土埃しか写っていないだろうに、しかし中継されてきたその一言が、如何に奇跡的で超常的で、そしてマリサらしいことであるか。それが観衆の胸を踊らせたのだ。

 それらの喝采と声援が呼び寄せたのか――そんな錯誤をしてしまうほどタイミングよく、風が吹いてきた。それは強く、冷たく。まるで『彼女』にまとわりついた穢れを払うかのように、浄化するように吹き荒れた。やがて露となるその姿を、これまでで一番の声援が歓迎する。


~京太郎による詩的(ポエミー)な容姿解説~


 ただ一言で形容する。

 八雲マリサ、健在。

 立ち姿は折り目正しい護身の型。

 上段受け。中段外受け。下段払い。

 受けて裁いて弾いて抜いて。

 空して返して回して落とす。

 逃げてだめなら裁けばいいじゃない。

 果たして一体誰が知ろう。

 彼女がリトルヘゲナの全てを、全弾を。

 四 肢 で 裁 い て み せ た な ど 。


~京太郎による詩的(ポエミー)な容姿解説~


 マリサに対して入念な調査を行っていたミレイちゃんである。ならば八雲マリサのこの形を目にしたいま、恐らく怪異の真相に至ったに違いない。

 護身の型で銃弾を裁く。

 それがこの状況の正体だ。

 それがどれだけ馬鹿げたことであるのか。理解はできても実感が追いつかないだろう。断崖のような隔たりなのだ。常人に埋めろという方が無茶である。故に今、ミレイちゃんは文字通りの思考停止状態だった。頭を抱え、震え、口は何かの呪文みたいに一つの言葉を繰り返している。あり得ない。あり得ない。あり得ない。絶対にあり得ない。まるで壊れたロボットのように、彼女はそれを呟き続けた。


 ――まぁ、10秒は楽に。


 俺はスマホから目を離した。


 ――時間だ。


 カチリ。

 という、秒針の音が世界に反響した。定時連絡の類か。まぁそうとも言える。今でVRB開始からきっかり15分である。それの意味するところの衝撃は、今しがた起きた理性で埋めようのない怪異さえ吹き飛ばすに充分だったらしい。割れんばかりの大大歓声もあってだろう。ミレイちゃんは弾かれたように我に返えり、再びリトルヘゲナを放とうと手を切り払う。

 が。


「な……過熱状態オーバーヒート!?!?」

 

 ミレイちゃんの声は悲鳴のようだった。

 主の酷使に耐えかねたのか、彼女の周囲に展開する火器群はただの一発も放たれなかった。見ればいずれの銃身も煌々と灼熱し、視界が屈折するほどの熱を揺らめかせている。中には一部が溶融しているものさえもある。当然といえば当然である。30秒もの間、間断なく斉射を行ったのだ。それだけ常軌を逸した使い方をすれば不具合も起こそう。

 しかしそれでも、

 この世界がミレイちゃんの構築した固有結界であったなら、

 あと一度ぐらいは行使できたかもしれない。


「さぁ、月の舞踏会が始まるわよ」


 ゾッとするほど甘美な声で少女は笑った。それは厳かな王位継承宣言。旧体制への追放命令。15分限りの絶対君主制。抗うすべなど存在しない。


 ――マリサの時間だ。


 新たな主を玉座に迎え入れるべく、世界は恭しくも粛々と、彼女の色に裏返り始めた。

ブクマありがとうございます。次回で本VRBは決着です。

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