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学園の正門を抜けてゆるやかな坂道を登る。右手に食堂、左手にテニスコート。このまま道なりに行けば運動グランドにたどり着く。平々凡々な造りである。本日のグランドは桜花祭に備えて催し物の準備で賑わっているはずなのだが、しかし耳に轟いてきたのは校内にあるまじきバイクのエンジン音。そして見えてきたのは遠景を霞ませる砂埃。どうやらいま、グランドは別の案件で盛り上がっているらしかった。しかし大方事態の予想がついているのだろう、真相を確かめる前にマリサとミィちゃんが揃ってため息をついていた。
「またあの馬鹿な連中が自滅しにきたのね。この忙しい時に」
「ほんとに懲りないですマストビー」
*
果たして状況は予想通りを超えてお約束通りだった。目と耳に飛び込んで来たのは縦横無尽に走りまくる騒音と砂埃。展開しているのは改造しまくってもはやスクラップにしか見えない違法バイクの数々と、それにまたがっているモヒカン学ランの暴徒たちである。それが『ヒーハー』とか『ヘイヘーイ』とか奇声をあげつつ、催し物用の店舗の間を縫うように暴走している。俺はため息をついた。やれやれお前たち、もしかして出る作品を間違えていないか。時代は19XX年ではないし何かの伝承者もいないぞ。それよりなによりな。
死にたいのかね、マジで。
同情するより先に結末が訪れる。
世紀末暴走集団を前にして、あるいは校舎内に隠れてガタガタと震えている善良な学園生の期待を背にして、堂々とグランド中央に立ち現れる美少女が一人。バイク集団は例外なくその姿に釘付けとなり、砂埃も騒音もピタリと収まった。
~京太郎による詩的な容姿解説~
肩を滑るは流麗な黒髪。色は烏の濡羽色。肌の白さは雪の白。
右手に握った天下五剣。朱塗りの鞘には童子切。一度払えば八十八閃。
銃刀法違反。
誰が呼んだか月下美人。史上最強の生徒会長。園田家長姉。名は美雪。
~京太郎による詩的な容姿解説~
そんなわけでここで黒髪パッツンなお姉様の登場である。
謹んでご紹介申し上げよう。
彼女こそ化け物揃いの桜花学園にあっても最強の座に君臨する高校3年生。柔道部部長にして後宮京太郎直属の先輩。生徒会会長。歩く銃刀法違反。百花繚乱の武神。髪はツヤツヤいつもお手入れ万全。三度の飯より後輩イビリが好き。脳内呼称はユキたん。抜刀術『月下美人』の使い手にしてVRBのメインイベンターの一人、園田美雪その人である。
あとメイド喫茶で猫耳メイドもしてます。
さておき、彼女は眼前に展開するバイク集団を切れ長の目で一瞥すると、いつものように自慢の髪を手でサラサラサラ。HO。今日もつやつやお手入れ万全。そしてただ一言、いつもそうするように冷然と、彼女は穏やかに死刑を宣告する。
「お前たち、入校許可証は持っているのだろうな?」
ニヤリと笑んだ口元。途端、その美貌から背筋に氷柱をぶちこむような怖気が放散された。相変わらず麗しく恐ろしく、そしてちょっと立ち姿の痛々しいお姉様である。ちなみにこのセリフを言わせたらたとえ許可証を持っていようがお構いなし。容赦なくぶった切られます。
だというのに、暴走集団は『ぎゃははははははは』と頭悪そうに爆笑した。そしてその先頭――恐らくは彼らを率いるボスかと思われるキングオブモヒカンが、大きな拡声器を取り出しつつバイクから降りてきた。それに周囲が「アニキー! 一発かましたれやー!」とか「うほほっほー!」とか「俺らの生き様預けやしたー!」とか声援みたいな奇声を飛ばしている。やはりボスのようだ。
「おうコラおうコラおうコラおうコラおうコラおうコラおうコラーー!!!!」
拡声器をつかってユキたん相手に吠え始めるキングオブモヒカン。余談であるが園田美雪本人を前に『ユキたん』と呼んで許してもらえるのは学園広しと言えど一人だけである。あとは例外なく刀の錆になる。
あ、俺じゃないよ。
「俺様の名前はなーー!! おうコラ!! ツネ・ヒゴローだーーーおうコラ!!」
大音量でタンカを切るキングオブモヒカン。周りが「よっしゃー!! これで俺らのメンツが丸出しだぜー!!」等と騒ぎ始める。いやいやお前たちが丸出しているのはアホだけだぞ。
「入校許可証だー!?!? おうコラ! んなもんが学園祭をひらく学園にひ、ひ、ひひ、必要なわけネーだろ!! おうコラ!! 今日だけはよー! 世界中の人間が自由自在に出たり入ったりできるとっとっと特別でスペシャルな日だろうが!! おうコラおうコラ!!」
マリサとミィちゃんが「へ~」と感心していた。実は俺も思わず「ほう」と口にしてしまった。理由はシンプル。彼らにしては至極まともな言い分が聞けたからである。
しかしそこに意味はなかった。
「なるほど、確かにそれはそのとおりだな」
~京太郎による詩的な状況描写~
刹那に閃く無数の剣光。
白刃の軌跡、乱れる光は大輪をなぞるがごとく流麗で。
咲き乱れたというべき華やかな太刀筋。虚空に開いた月下美人。
凛――という、納刀の音。
落花の如く散らされたるは、右手に握った拡声器。
~京太郎による詩的な状況描写~
パラパラパラ――否、そこにはそんな質量さえ残っていなかっただろう。園田美雪の抜刀術『月下美人』によって細切れにされた拡声器は、グランドを吹き抜ける一陣の風にさらわれると跡形もなく消失した。
サーーっと、潮のひくようにモヒカン軍団達の顔が青褪めていく。
「――では、入校許可証の代わりに桜花祭の整理券を提示しろ。開園前に入った咎については不問にしてやる。大サービスだ。さぁ」
嗜虐感たっぷりに笑うお姉様。モヒカン軍団はその笑顔に震えている。震えまくっている。もう全裸で氷水浴びたように震えまくっている。連中、あの様子だと桜花学園への殴り込みは初参加だったのかもしれない。というより一回これを見せられたら二度と学園に乱入しようという気は起きないだろう。ならば彼らはきっと、過去に桜花学園に殴り込みを行った先代の話を適当に聞いていたに違いない。『はぁ? 日本刀でバイクを微塵切りにしたー!? 冗談きついっつーの。斬鉄剣っかっつーの。ぎゃははははははは』という具合に。人生舐めてるとこういう悲劇にあうのである。
ちなみに鉄ぐらいは難なく切りますよ、ユキたん。
「おうコラおうコラおうコラおうコラおうコラおうコラおうコラ!!!」
さて、驚嘆すべきはキングオブモヒカン。事ここに至ってまだ怖気づいていなかったのか、彼は拡声器なしでも同等の音声を張り上げる。園田美雪を相手に。
「俺達がいつまでもやややや、ヤラレっぱなしだと思うなよおうコラ!! 今日はなー!! お前らのスペシャルで特別な学園祭に合わせてなーー!! おうコラ! 俺達も、す、す、すべすべ。スペシャルなゲストを連れてきてんだぞおうコラ!」
滑舌悪いなツネヒゴロー。そんなトークじゃいつかムイチモンになるぜ。等とメタ発言。しかし――スペシャルゲスト? そのフレーズに何だか嫌な予感がして眉を潜めると、隣のミィちゃんが肩をちょんちょんちょん。なんだいと首を傾げると、妹は真剣な目をして人差し指を立て
「これまでにあのモヒカンさん、おうこらを23回言ってますメイビー」
どうでもいい情報を提供してくれた。「そうなんだ。ありがとう」と頭を撫でておく。
さてしかし。
そこで。
遂に起きてはならない事態が起きてしまう。ツネヒゴローと名乗る世紀末暴走集団のヘッド。彼は己の仲間もとい部下の方を振り返り、ついにあの伝説の名を呼び上げてしまう。
「し、し、し、紹介するんだぜー!!! 俺らの大大大先輩!!! 武装高校のリビングレジェンド!! 脅威の8留年!! お、お、お、お、お!」
悪寒に背筋が凍る。身体がおコリのように震え始める。お願いだモヒカン。地球に隕石落としてもいい。地殻津波を起こしてもいい。マリサをDカップにしてもいい。けれどもどうかヤツだけは召喚しないでくれ。あとマリサ殴らないでくれ。
しかしそんな願いも虚しく儚く、ツネヒゴローは伝説の彼をフルネームで呼び上げてしまう。
「お お や ま! ふ と し! さ ん だ おう コラー!!!」
オオヤマフトシ――大山太。
それは伝説を超えて神話にまで昇華された封印されし忌み名。禁忌を超えてある種の咎とさえ言える呪詛のたぐい。それがいま、グランドに響き渡った――その瞬間である。
それが、現れた。
~京太郎による詩的な容姿解説~
暴走集団の中より、『ぼいん』と弾み出る一体の異物。
丸い。ひたすらに丸い。ただひたすらに丸い一人の男。
それは球体? それとも団子? あるいは肉だるま?
ゴム毬のように跳躍し、転がるように歩み出る奇怪な物体。
申し訳のようについた顔が「ぐふふ」と笑い、やばげな目つきでにらみ立てる。
~京太郎による詩的な容姿解説~
「……ついに。出やがった」
俺は戦慄した。かつてないほど戦慄した。ああ、大山太。武装高校の生ける伝説。虚数的存在。どうでもいい神話。無意味な脅威。身長イコール腹囲。歩くよりは転がる。転がるよりは弾む。コミュニケーション能力ほぼなし。存在理由特になし。戦闘力未知数。ていうかここまで尺取る意味もなし。
そんな大山くんはかつてと寸分違わぬ姿で「ぼいん」と現れ、「ぼいんぼいんぼいん」と弾みながら暴走集団からツネヒゴローのところまでバウンドで登場。やっぱり人間やめてたか。そして開口一番、彼は頭悪そうな、でも親しみやすそうな笑顔で俺の方をガンミしつつ「ぐふふ。ウスロミヤ」
「目障りだお前」
容赦無い一言と共に放たれたユキたんの蹴りによって大山くんは弾け飛び、まるでスーパーボールの如く暴走集団のなかを「ババババババババババ!」と超絶バウンドしながらなぎ倒しつつ、最後は「ウスロミヤ!」を断末魔にして視界の外に消えた。
それはまさに一瞬の出来事だった。
先ほどまでグランドを騒がせていた数十人の世紀末暴徒。それが大山太くんの巻き添えという史上最もしょうもない理由で全滅したのである。
俺はあまりの衝撃で動けなかった。動けなかった。握りしめた拳は震え、食いしばった歯からは声が漏れ、目には涙が滲んでいた。あんまりだ。あんまりではないか、大山くんの扱い。メタ年月7,8年ぶり満を持しての登場を決めておきながら、退場までの間わずか数秒。セリフは二種類。
ひどい。
ひどすぎる。
この無慈悲な扱いに隣のマリサはうずくまって腹をよじり、ミィちゃんは涙をこぼして痙攣している。
「それで、どこにいるんだお前のスペシャルゲストは? え?」
唯一人、全く笑っていない美少女が一人、斜に構える。そしてこの段になってようやく現状を正しく理解できたか。ツネヒゴローは蛇に睨まれた蛙、否、単なる石仏のように硬直した。人は真の絶望を前にすると微動だにできなくなる――という好例である。
そんな哀れな彼に対して、園田美雪は一歩だけ歩み寄ると、ニコリ――と見るもの全てをとろかすような笑顔で微笑み、またその表情に似つかわしい甘々な声で言った。
「それじゃぁ、イってらっしゃい」
朱塗の鞘から剣光が迸った。
~京太郎による詩的な状況説明~
刹那に開花したるは八十八枚の花弁。
太刀筋の描く鮮烈なる月下美人。
優美な軌跡に斬り刻まれたモヒカン。
彼は全ての衣類を喪失し、
見るも哀れ、
語るも恥ずかし、
股間にモザイク処理など施され、星の煌めく彼方に消えた。
――凛。
一連の騒動に終止符を打つように、納刀の音がグランドに響く。
~京太郎による詩的な状況説明~
見渡す限り骸の山。露と落ち、露と消えにしモヒカン軍団。兵どもが夢の跡である。まぁぶっちゃけここまで順調と言えよう。立ちはだかる相手が百人だろうが千人だろうが、園田美雪が出張って解決しなかったことはない。さらには不幸中の幸いか、学園生諸君が昨晩まで懸命に準備してきた桜花祭用の店舗は全てが無事であり、夥しく巻き上がっていた砂埃も、予め被せていた防砂防風シートにより被害はなかった。僅かな気遣いの差であるが、もたらす結果には重大な違いが生じている。おかげで、あとは周りに水でも撒いてグランドの埃を沈め、シートを外せば通常通り準備に取り掛かれそうである。
「そのあたりの段取りは、さすが加納先輩ってかんじよね」
八雲マリサは園田美雪の親友にして副生徒会長、さらにはシキ聖人の姉にして変態である加納綾に感服していた。
一方、ミィちゃんはといえば。
「お姉様~!」
ユキたんのもとへダッシュ。猛ダッシュ。砂塵を巻き上げるその速度は誇張表現抜きに人類最速。というか哺乳類最速をマーク。その突進まがいの特攻に園田美雪が気付くと、彼女は満面の笑みでミィちゃんをキャッチ。そして熱烈な抱擁をしつつ
「お~、これはこれは『私の』『可愛い』ミヤコじゃないか。どうしたどうした昨日あったばかりだというのに、もう私のことが恋しくなったのか? 心配するな。ミヤコの『姉樣』はこの通り元気いっぱいだ。ふふふ」
このように、園田美雪もまた後宮京が大好物だった。
「ところで京太郎」
話し向きは突然やってきた。俺は「あ、おはようございますミユキ先輩。今日も朝からお疲れ様です。相変わらず冴えまくってますね月下美人」と社交辞令。
「当然だ。私から抜刀術をとったら取り柄が史上最強ぐらいしかなくなるだろう」
本気で言ってるからすごいし、事実だからなおすごい。
園田美雪はずば抜けた抜刀術を扱うがゆえに史上最強だ――よくそんな勘違いをされているのだが、彼女にとって刀はアクセサリに過ぎず抜刀術はファッションに過ぎない。仮にマリサ相手に素手でやりあったとしても遅れは取らないだろう。伊達に武神と呼ばれていない。
という解説も、ミィちゃんの頬に吸い付いている状況では全く説得力がないのだろうな。
「あの、ミユキ先輩。人の妹をチューチュー吸わないでもらえますか?」
「あむあむあむ。何を言っているんだお前は。これは姉妹ならば当然のスキンシップだろう。愛する妹の頬に口付けをして何が悪い」
何よりも頭が悪いですよユキたん。隣ではマリサがわなわなと震えている。
「くっ……私でさえまだ口にチュっとしかしたことがないっていうのに……!」
「しれっと問題発言すんなツインテール」
「ところで京太郎。私のあしらったこの不法侵入者たちだが、処遇をお前に任せてもいいか?」
突然まじめな話題をふられて、一瞬反応が遅れる。
「え? はい。俺の裁量なら彼らには周辺の片付けとグランドの整備。それから今後二度と学園に乱暴しないよう一筆かかせる、ぐらいを考えてますけど」
「あくびが出るほど適切な判断だ。委細を任せるぞ」
言ってお姉様はミィちゃんを解放すると、自慢の髪をサラサラサラ。そして静かな足取りで校舎へと歩き始める。途端、校舎のそこからしこから割れんばかりの拍手が沸き起こった。合間に飛び交う歓声はみなミユキ先輩を称えるものばかり。不動たる彼女の人気が伺えよう。
「ミユキ先輩」
その背中へ声をかけたのは八雲マリサだった。
「今日のVRB。自信の程は如何ですか?」
穏やかな口調とは裏腹に、彼女の目はいつに無く鋭い。VRB午後の部。そのメインイベンターとして出場する園田美雪の対戦相手は、シンシア・フリーベリという名の留学生である。恐らくマリサは暗に問うているのだろう。果たして園田美雪は、シンシアのことをどう考えているのかと。
ミユキ先輩は「八雲か」と足を止めて、微かに振り返った。
「私を本気にさせる相手は世界広し宇宙深しと言えど三人といない。そしてその三人に序列をつけるなら、一番手は間違いなくシンシア・フリーベリ。彼女になるだろう。私は彼女を相手に自信を抱くほど自惚れてはいないし、愚かでもない。時至れば全力を尽くすのみ。それだけだな」
言って、ミユキ先輩は校舎の方へ歩みを再開した。
シンシア・フリーベリ。生まれはイギリスのヴィンダミア。幼少期に暗殺者としての英才教育を受けた彼女の格闘技術は、武神ミユキ先輩をして死神と言わしめる程である。しかし何よりその実力は、この破壊神マリサの教育係を務めていたという経歴からも折り紙つきだ。
「……素敵なVRBになりそうね。私も前座風情とがっかりされないようにしなきゃ」
返答に満足したのか、頷いてツインテールを流す八雲マリサ。どうでもいいが、ミィちゃんがもう片方のツインテールであやとりをしていた。