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 という珍事から、18時間ほどさかのぼった早朝からこの物語は始まるのである。



「ザック~ザック~ザザックザック~。掘ります掘ります森の中~。青い顔したお父さん~。きのうの晩から目を開けて~。いつまでたってもねんねこり~ん。ザック~ザック~ザザックザック~。埋めます埋めます土の底~」


 平日の午前6時。イケメン戦士後宮京太郎が目覚めて最初に聴く音は、ニワトリやスズメの声ではなく可愛い妹の電波ソングなのである。

 下腹部に慣れた重さを感じ、薄らと目を開ける。さすれば予想通り、目の前には愛する妹ミィちゃんのくりくりとした目があった。


~京太郎による詩的(ポエミー)な容姿解説~


 微睡みから覚醒へと誘うセイレーンの歌。不可解な歌詞。くすぐるような声音。

 刮目すればそこに、ああ、愛くるしき我が妹。おはようミィちゃん。

 クリクリの目にクリ色の髪。今日も彼女は小鳥のように微笑んで、さえずるようなご挨拶。


「モーニンモーニンです兄さん。ご機嫌いかがですかメイビー?」


~京太郎による詩的(ポエミー)な容姿解説~


「おはようミィちゃん。何だか寝覚めにサスペンスのワンシーンを見たような気がしたんだけどきっと気のせいなんだろうね。モーニンモーニン。起きます」


 そんな感じにお返事してあげると、彼女はニッパリというオノマトペが似合いそうな笑顔を浮かべて、俺のベッドからもそりと降りていった。

 後宮京。

 目に入れても痛くない双子の実妹である。即ち高校2年の17歳。『結婚するなら兄さんですマストビー』と公言して憚らない彼女であるが、いかんせん年が近すぎるせいでキワキワ発言のような気がする今日このごろ。最も最近までは『義理の妹』だと錯覚していたので洒落になっていなかった。いや、実妹であると確定した今のほうが洒落になっていないのか?

 さておき――彼女は人差し指を立ててウィンクなど決めている。朝からとても上機嫌。その理由は恐らく。


「今日は楽しい『桜花祭』ですマストビー。さぁ兄さん、早く朝ごはんを食べて学園に出発です。ふふ~」


 と、彼女は踊るようなステップで退室していった。フフフ我が妹ながら可愛すぎていけない。生半なことでは嫁にやるまいぞ。兄馬鹿な感想をもらしつつ、俺は手早く身支度を整えて一階のキッチンに向かった。

 


「おはようマリサ」

 

 一階への階段を降りての第一声、俺は椅子に腰掛けた少女に片手をあげる。

 赤毛の長いツインテールをふわりと流し、透き通るような手でトーストにバターを塗っている彼女。単なる朝食準備だというのに、何だか憎らしいほど絵になっていた。彼女がサファイア色の碧眼を向ける。


「おはようキョウ。サラダとコーヒーは用意してあるから、トーストはセルフサービスでお願いね」


「ありがとうマリサ。朝が弱い俺にはマジゴッド。ほんと助かるわ」


 言いながら、俺は隣に腰掛けた。

 隣の彼女――八雲マリサは、俺の幼馴染にして一方通行な理由で我が家に住み着く同居人である。そして桜花学園に通う二年生すなわち同級生。さらには殴ればコンクリートをぶち抜き、蹴ればアスファルトを踏み抜く破壊神でもある。さらにさらに、100万ドルの笑顔とスレンダーなモデルスタイルを持つ学園アイドルという側面もあったりする。


「はい、ミヤコちゃん。フレンチトーストできあがりよ」


 俺にかけるより1オクターブぐらい高い猫なで声で、マリサはミィちゃんに手の込んだ逸品を渡した。

 俺はガン見する。

 卵でコーティングされたほかほかトーストからハチミツとバターとチーズ、そしてシナモンの香り。否が応でも目は追従。もむもむ食べてる妹を見つつ


「なぁマリサ。兄妹で差別するのは教育上良くないと思うんだが」


「まぁまぁミヤコちゃん。ほっぺにハチミツがついてるわ」


 と妹の頬を指でフキフキフキ。まるで聞いちゃいないのである。マリサ相手には庇護欲発生装置としてSランク性能を誇るミィちゃん。猫にマタタビ状態だった。


「ところでキョウ」


「なんじゃらほい」


「今日の桜花祭なんだけれど、午後はどこから回る?」


 桜花祭というのは俺達の通う桜花学園が開催する学園祭――いわゆる文化祭というやつである。が、それは並の中高の文化祭(それ)とは一味違う。主には金銭的な意味で。学生は入場無料なのだが、一般社会人からは入場料として5000円をせしめるボッタクリ。んなアホなと思うかもしれないが、これでも500枚から用意したオンライン前売り券は全て完売で、発行時にはアクセスが集中して学園のサーバーがダウンした程である。むろん、当日の入場者は整理券を発行しての入れ替え制、超満員を予想している。しかしいったい何がここまで集客の目玉となっているのか。それは言うまでもない。仮想世界ルーチェを利用した午前と午後に開催される2本の仮想戦闘遊戯(VRB)である。

 VRB――Virtual Reality Battleとは、まぁ名前のとおりなのだが、要するには仮想現実での戦いを演目とした学園の出し物である。

 そして。

 午前の部にはこのマリサが出場する。

 俺はミィちゃんに分けてもらったフレンチトーストをかじりつつ(美味)


「そうだな。ミユキ先輩から午後のVRB招待券もらってるから、そこだけ回れたらどんなルートでもOKだよ。お任せモード」


「それじゃぁ今日のメインイベントは2つともゲットですマストビー」


 お皿の片付けをしつつミィちゃんの上機嫌が加速する。まぁ理由は分からないでもない。超高倍率のVRBを2つとも特等席で鑑賞できるなんて、関係者でも三人といまい。ちなみに午前はマリサとミレイちゃん、午後はミユキ先輩とシンシアさんという超絶カードである。破壊神と軍神、そして武神と死神。どちらも失神しかねないほど大勝負になることは間違いない。


「それでさ、マリサは本気出すわけ?」


 家を出て、玄関の鍵をかけながら問うた俺。それにマリサは「さて、どうしようかしら?」と笑ってみせる。ツインテールを流しつつ片眉だけをあげる彼女。見るものが見れば100万ドルの笑顔だろうが知るものが見れば背筋が凍りつくに違いない冷笑。つまり本気でかかるということらしい。


「まぁお祭りだからね。精々楽しんでもらえるようにするわ。いきましょ」


 マリサはそう言って、俺の手を掴んで歩き始めた。



 秋始めの10月上旬。出し物見世物を楽しむには丁度良い季節である。とはいえ、開場2時間前の学園祭に長蛇の立ち待ちが発生するなど好事家が過ぎるのではあるまいか。

 桜花学園の正門。そこから後方にニョロニョロと続く二列縦隊。

 朝早くから駆りだされた生徒会の面々が、彼らの整理(ソーティング)を行っている。その勤勉な姿を一瞥し、うむ、ご苦労と他人事で通り過ぎようとした矢先である。そこに見知った姿を見て足を止める。


「あ、シキくんです」


 ミィちゃんも気付いたらしい。朝からあくせく無償で働くハイパー人畜無害マキシマム善人少年、加納シキというレアキャラに。これはちょっと挨拶していかねば。


「おはようシキ。朝から精が出るな」


 と挙手れば、眼鏡の少年は振り向いた。そして掛け値なし、見るものの罪悪を炙り出すような聖者オーラマックスのキラキラ笑顔で手をあげる。


「おはようキョウ。君も朝早くからご苦労様だね。何かの手伝いかい?」


「ああ。これから園田シスターズに奴隷のように扱われる予定満載だ。羨ましいか?」


 自虐ギャグで朝から笑いを狙うと、


「あはは。それは確かにちょっと気の毒かな。いつも朝練で大変なのに、文化祭の日まで園田先輩に気を使うとなると、その」


 このように、ギャグには笑って反応しつつも当人に気遣うことも忘れない聖人シキ。これでいて俺に比肩しうるイケメンな上に運動神経抜群と来ている。おまけに天然鈍感。世が世ながらラノベ主人公になっていた逸材である。ちなみに姉は美少年に女装させて鼻血を出す変態です。

 しかしまぁ、これならミレイちゃんが惚れるのも無理はなかろう。

 一人しみじみ思っていたら、そこでシキ少年の目が俺から後方に向けられる。


「あの、キョウ。えっと、そろそろ八雲さんと妹さんを連れて学園入ったほうがいいよ。ほらあそこ」


 と彼の指差す先。そこに展開していた光景は予想通りというべきか、お約束というべきか、素行不良なご近所さんに絡まれているマリサとミィちゃんの姿があったのだった。



 20人というナンパにしてはちょっと多めな人数に絡まれて、まるで寝起きのチンパンジーみたいに不機嫌な顔をしているのは八雲マリサ嬢と後宮ミヤコの2名である。

 この状況、悪いのはもちろん絡んでいる連中であるが、しかし責任は一瞬とはいえ目を離した俺にあり、そして原因は遺憾ながら彼女たちにある。

 公式ファンクラブを持つ学園アイドルにして本日桜花祭のメインイベントの一つを張る八雲マリサ。そして惜しくもマリサに得票数で破れはしたものの最後までVRBのメイン候補に名を連ね、また今や学園人気においてマリサと双璧をなすまでになってしまった隠れアイドル後宮ミヤコ。そんな二人が二人でどうどうと学園正門前にいるわけである。絡まれもするだろう。しかし可愛いなミィちゃん。

 さて、目線を件の20人へ向ける。


~京太郎による詩的(ポエミー)な容姿解説~


 全員、真っ黒。


~京太郎による詩的(ポエミー)な容姿解説~

 

 詩想なしにつき大幅省略である。

 しかし流石にこれは酷いので普通に解説しよう。全員オーバーサイズの真っ黒な学ランをダブダブと着用し、頭をトサカばりのモヒカンに刈り上げ、肩には木製バットとか金属バットとか角材とか、そういう長めなスクラップを担いでいる。あと『ぐへへ』とか『ぶひひ』とか得体の知れない単語を口走っている。ハイセンス過ぎて理解できない。

 まぁ一言で言えば世紀末暴徒。

 肩パッドとかバギーとか超絶似合いそう。最期は人体の神秘ポイントを連打されて『あべし』と散りそうな感じ。古いのか新しいのか分からね~人種なのである。


「へっへっへっへ。お嬢ちゃん確か桜花のアイドルさんなんだよね~。俺達もおとなり武装高校のイケメンダンディーなんだけど一緒に楽しいコト――」


 彼らの記憶はこの辺りで飛んだことだろう。


「いいですよ。しましょう楽しいこと」


 にこりと笑ってミィちゃんは、彼らの中でフワリと(ひるがえ)った。


 直後、

 稲妻のように閃いたのは神脚と言われる右足。


 空気を震わせたのは鞭打つような破裂音。それが機関砲のように数十発――ズダダダダダダダダダダン――と、モヒカン頭の頬を打ち抜いていった。

 

 「あべし!」「ひでぶ!」「たわば!」「うすろみや」「ぶべら!」「うぼわ!」


 ド定番な断末魔をあげてぶっ飛ぶモヒカンズ。お約束通り、ヤラれ役は玩具人形のような放物線で消えていった。

 それらを呆然と見上げていた整列中の一般ピープルであるが、ミィちゃんが軽やかにトンと着地し、


「討伐完了。皆さん、本日のVRBは楽しみにしておいてくださいマストビー!」


 星の瞬くようなウィンクを決めて人差し指を一つ立てると、拍手と歓声と喝采が起きた。いやはや我が妹ながら素晴らしい処断である。今の発言で先のトラブルはただのゲリラ出し物に早変わり。しかも桜花祭の宣伝にまでなってしまうという一石二鳥ぶり。


「ありがとうミヤコちゃん。助かったわ」


「姉さんはこれからVRBがあるので、エネルギーの無駄遣いはできませんマストビー」


 よしよしと頭を撫でるマリサと、嬉しそうに撫でられるミィちゃん。いかんいかん、こんな光景を衆目に晒していては第二波を引き寄せかねない。そういうことで、


「それじゃあシキ。また後でな。早くあの二人を学園に押し込めないとまたトラブルになるかもしれん」


「うん。またあとで。ボクもそろそろ整理券配布に戻るよ」


 と別れかけたのだが立ち止まる。今しがた極めて重要なミッションを思い出したのだ。危ない危ない。忘れたら銃殺か爆殺というカラフルな死に様を遂げることになっていた。俺は勤勉少年の肩を掴んで振り向かせて


「ん? なんだいキョウ?」


 というシキ聖人に一枚のチケットを託した。キラキラと輝くその一枚に、整列中の一般ピープルがどよめく。さもりあん。このチェリーゴールドに輝くチケットこそ学園サーバーをダウンに追いやった元凶、VRBの特等席チケットである。

 差出人は早乙女ミレイ。

 本日のメインイベンターの一人にしてミィちゃんの義姉。そして今や青春真っ盛りな恋に悩める一人のジュリエットである。


「これを……早乙女さんが?」


「そうだ。お前に渡せって昨日に銃口と一緒に押し付けられたのだ」


 洒落た冗談ではない。こめかめには今もあの冷たい寒色が残っている。しげしげとチケットを眺める少年に俺は腕を組んで続ける。


「まぁ、俺の命を惜しんでくれるなら、仕事サボってでも見に行ってくれ。席が席だけに誤魔化しきかないからな。ん? なんだシキその笑顔」


「んんん。キョウに言われてようやく合点が言ったんだ。早乙女さんがボクに渡そうとしていたのって、きっとこのチケットだったんだね」


 シキは続ける。


「昨日のお昼休みなんだけど、食堂でご飯を食べてたら早乙女さんがやってきたんだ。僕の隣にじっと立ってたから『お昼一緒にどう?』って誘ったんだけど。でも驚かせちゃったみたいで、彼女は走ってどこかに行ってしまったんだ。思えばそのとき、ボクに何かを渡そうとしてたみたいなんだ。ん~、それにしても彼女、体調悪かったのかな。すごく顔が赤かったし、言葉も言い淀んでたし。……どうしたのキョウ?」


「いや、何でも。確かに渡したからな鈍感少年」


 言いながら、俺はミィちゃんとマリサに合流。そして人知れず嘆息する。やれやれ、あの調子では案外シキ君の最期は銃殺か爆殺かも知れない。年頃の乙女が赤面しつつも渡そうとして渡せなかったもの、それに対して『一体何を渡そうとしたのか』ではなく『どうして彼女はそんな態度をとるのか』と思えないようでは、まだまだシキも純情少年の枠は出ないのである。少年よ、励めよ、等と思っていたら、目の前には露骨に不機嫌な顔をしているツインテールが一匹。


「なんだマリサ? ものすごく虫の居所が悪そうなんだが食あたりか?」


「なわけないでしょ!」


「冗談だ。で、なにか不機嫌なことでも?」


 言えばマリサは「ふん、別に」と返答。つまりはイエスか。


「ただ私とミヤコちゃんが変な連中に絡まれている割には随分と悠長なヤツがいるな~って思っただけよ」


 などとのたまう幼馴染。いやいやご冗談を。俺はクールに前髪を払う。


「お前とミィちゃんがあんなザコキャラ20人にやられるわけないだろう? それを見越してのことだよ。そして結果は予想通り2秒でリタイア。それもミィちゃん一人で一蹴ときた。敢えて言おう、さすがの二人と。……それともまさか怖かったのか?」


 などと煽ててみる。このようにアフタフォローも完璧な俺なのである。


「まさか、冗談」


 などと肯定しながらも、しかし正門に向かう彼女の足取りはツンツンツン。どうやら俺はマリサの機嫌回復に失敗した様子だった。

 ふむ、何故だろうか。

 腕を組んでその背中を確認していたら、ニョキっという感じにミィちゃんが目の前に顔を出す。そして一言。


「兄さんも、まだまだ姉さんのエスコートは難しいみたいですメイビー?」


 星の瞬くようなウィンクを決めて、妹はマリサの後を追いかけていった。う~む。ミィちゃんにもダメ出しをされてしまった。これではシキを諭せる口ではない。それにしてもあのとき、一体俺は何と答えるべきだったのか。宿題を一つ己に貸して、俺もまた正門をくぐった。

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