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おすすめ:PCの方は【縦書きで読む[PDF]】をおすすめします。

 本気でやばいことが起きている。未来から俺の娘がやってきた。

 いや訂正しよう。

 そんなことを主張する電波系の美少女が、深夜0時に家の玄関扉をぶち壊して闖入してきた――という方が恐らく正確である。


 不審者目め。そして命知らずめ。

 他の善良な一般ピープル宅ならばいざ知らず、ここは泣く子も黙り鬼も裸足で逃げ出すイケメン戦士後宮京太郎のまします後宮邸である。そこに素手で殴り込みとは実にいい度胸だ。ちょっと核武装ぐらいはしてきて欲しい。

 もちろん俺コト後宮京太郎はこの闖入少女を返り討ちにすべく、普段の部活で鍛えあげられた(もといイビられた)柔道二段の腕前を発揮しようと大上段に構えていた。

 なんてことはなく。

 普通に尻もち着いて件の電波少女を半泣き顔でガタガタと見上げていた。

 情けないと思うなかれ。

 明日の朝練に備えて『ぼちぼちねよーか』と三流ライトノベルを閉じたらインターフォンがなり、『こんな夜更けに訪問者とはこれにいかに? はいはい今いくんで連打しないでくださいね』と一階まで降りて、『どちらさん?』とドアノブをひねって開けようとしたらいきなり扉がチェーンロックごと弾け飛び、『は?』とか思ったらそこには目に涙を溜めた美少女が、『やっと会えたねパパ』と感極まっているわけである。意味不明。 

 これは泣くだろ、なぁ?

 ともあれ、現状である。


~京太郎による詩的(ポエミー)な容姿解説~


 秋深く、名月麗らかな深夜。

 玄関口に佇み涙ぐむ一人の美少女。

 肩を滑る髪は赤みを帯び、濡れた瞳は蒼玉の如く澄んでいる。

 肌は抜けるように白く、(かたち)は細身の四肢とあいまって儚げですらあった。


~京太郎による詩的(ポエミー)な容姿解説~


 詩的な表現をしたところでやっぱり他人なのである。

 俺はこんな娘を世に送り出した覚えなどない。


「えーあー、こんばんは。そしてすみません。一体どちら様でしょうか? ここはしがない高校二年生後宮京太郎とその妹、さらには理解不能な理由で逗留する貧乳の幼馴染しかいない貧相な家屋です。えっと、訪問先絶対間違ってますよね? それともお金目的ですか? 強盗さんですか? ようこそいらっしゃいました。有り金全部出すんで命だけは勘弁してください」


 プライド? なにそれ美味しいの? 

 いやいや早まらないで欲しい。これは世に言う時間稼ぎである。一見して醜態をさらしているだけのように見える俺であるが、しかし後ろ手に握った携帯電話は既に破壊神マリサと神脚妹ミィちゃんに『アイ・ニード・ユア・ヘルプ。電波少女・イズ・カミング』を打診している。さすがは京太郎。策士として抜かりなし。

 あ、戦士はもう廃業しますわ。

 しかしここで、彼女は信じられぬことを言ってしまう。首を左右にフリフリとし


「いいえ、人違いなんてしていません。私のパパは後宮京太郎。貴方です。この時空間では私立桜花学園に通う高校2年生。同居人は妹の後宮京と幼馴染の八雲マリサ。所属している部活は柔道部。そして最近は仮想世界(ルーチェ)を使用して園田家姉妹や早乙女家の問題を解決した――ですよね?」


 ふぁ!? と俺はここで言葉を失ってしまう。いやいやほんと洒落になってねーのである。前半は調べればどこぞの電波少女であれ入手可能な情報ばかりであるが、後半は極秘中の極秘。アラーとブッダとイエスとソニーに誓って『関係者』でなきゃ知り得ぬ情報である。


「待って……本気でなんでそれ知ってんの?」


 呆然と呟くと、彼女は目元の涙を拭って微笑んだ。


「だってそんなの、それがパパとママが夫婦になる一番のイベントになったって。繰り返しパパから聞いていましたから」


 微かに赤らんだ頬など抑えながら少女は言う。やだ可愛い。目眩を覚えたのはその美貌が原因ではなく今のトンデモ発言のせいだ。

 俺は目頭を抑える。この娘がいったい誰であり、また誰の回し者かは知らないが、少なくとも『身内』であることが確定したわけである。しかし一体、誰が、何のためにこんな訳の分からないことをしでかしたのか。

 もしかして桃介か。

 神条桃花。あの日焼け関西娘か。やつならやりかねん。今頃『アホのエロノミヤが尻もちついとるしや』とゲラゲラやってても不思議はない。 

 と、クラスメイトに濡れ衣など着せていたら。

 そこで。

 

「あら? 随分と可愛らしい侵入者ね」


 まずは愛らしくも頼もしい破壊神――八雲マリサが推参した。


~京太郎による詩的(ポエミー)な容姿解説~


 振り仰げばそこに緋色のツインテール。微笑む笑顔は100万ドル。

 容姿端麗。頭脳明晰。運動神経異端。我が家の誇る幼馴染。破壊兵器。

 繰り出す拳は破城槌。ついた渾名は破壊神。

 全てがランクAかな、ハイスペック。

 ――言うに及ばず、

 バストサイズもA


~京太郎による詩的(ポエミー)な容姿解説~


 どご、ごす、ごっご、ばき。


「待ってマリサ。破壊する相手が違うから。殺さないでゴフ」


「口は災いの角よ、京太郎さん」


 毎度このように、主人公を半殺しにしてからの登場を決める八雲マリサである。彼女は俺と電波少女の間に歩み入れると、手の甲でさらりとツインテールを流す。


「ドアベル押す程度の礼儀を弁えているかと思いきや、出迎えた家人ごと扉を吹き飛ばすファーストコンタクト。随分なご挨拶ね。テキサスだとキャッスルドクトリンで射殺ものよ、貴方」


 100万ドルの笑顔で早々の処刑宣告である。マリサが自己防衛キャッスルドクトリンを口にして事を穏便に済ませたことはない。まぁこの場合それも詮方無かろう。電波少女のこの登場、この言い分を目にして耳にして、まともなコミュニケーションが成立すると考えるほうがおかしい。残念ながら電波少女の運命は確定した、が。


「承知です。私も自分の状況が言葉だけで伝わるとは考えていません。もとよりこういう展開をこそ期待していましたから」


 マリサの喧嘩腰(ふっかけ)を読み取ったかのように、電波少女は一歩後退する。

 微かに低くした重心。

 前方にも後方にも、あるいは上方にも跳躍できそうな足の運び方。

 その様子に微かに目を細めたマリサであるが、その口元が静かな笑みに歪む。彼女本来の好戦的な我を表に出してきたのだろう。こうなったらもう俺などでは止められない。


「貴方の意図がますます分からなくなったけれど、元から興味もなかったし、いいわ。とりあえず私の喧嘩を買うってことでいいのよね?」


「そうすることでしか伝わらないと考えています」


 電波少女は頷いた。なんてこったい。本気でこの子は自分のしでかそうとしていることが分かっているのか。相手はマリサだぞ。ツインテールだぞ。貧乳だぞ。やはり震えることしかできない俺である。バストサイズはどうでも良かった。

 しばしマリサは彼女の目を見つめる。桜花学園のアイドルにして破壊神たる彼女は、この僅かなコミュニケーションで何を読み取ったのだろうか。ともあれ、それは始まった。


「死にはしないけど、痛いわよ?」


 マリサが仮想世界(ルーチェ)を起動し、戦闘を開始した。


 仮想世界(ルーチェ)起動(アクティベート)

 後宮邸を中心とした半径3kmの球体時空間に固有結界構築。

 現実世界への干渉を遮断。


 刹那、ドゴンという爆音が反響した。

 婉曲的な表現ではない。

 いま本気で後宮邸で爆発が起きて、家の半分と電波少女が跡形もなく消し飛んだのである。

 八雲マリサの破城槌(せいけん)で。

 クレーターのように窪んだ爆心地に、凛と屹立する破壊神。力の起点となった足はフローリングを踏み抜き、突き出された拳からは硝煙が立ち上っている。そして彼女のサファイア色の碧眼は、真っ直ぐその先――己の一撃で灰塵に帰した、電波少女の残香を見つめるよう向けられていた。

 折り目正しく、由緒正しい八雲マリサ正拳の型。

 力が強い、ただそれだけが何を成し得るのか。それを端的に教えてくれる一撃がこれである。コンクリートを食パンのように毟る握力と、アスファルトを薄氷の如く踏み破る脚力。それを統合する身体の軸。そしてその合力として解放される一撃。爆音を伴い、事実として爆発を引き起こす亜音速の鉄拳。

 名を、破城槌。

 八雲マリサの代名詞にして、彼女が破壊神と言われる所以である。

 などと、爆風の余波で黒焦げになった俺は解説していた。


「ナイス先制マリサ。でも俺が思いっきりトバッチリ受けてるんですが」


 あとマイホームも半壊しましたが。言えば可愛くウィンクを決めるツインテール。


「男の子でしょ。我慢なさい」


 HAHAHA。なにその膝擦りむいた程度の言い方。ふざけんなよAカップ。

 どご、ごす、ごっご、ばき。


「待ってマリリン、やっぱりおかしい。俺口に出してないよね。勝手にナレーション読まないでゴフ」


「メタ発言も淑女の嗜みですわ。それより被害がもう少し拡大しそうだから、キョウも臨戦態勢になった方がいいわよ」


 これ以上、一体なにを破壊するというのだろうか。などと思いながら、俺はマリサの視線が上空へ向けられていることに気付く。

 追従して見上げた夜空。

 そこに、あの電波系の少女が浮遊していた。


~京太郎による詩的(ポエミー)な状況解説~


 寒色の欠月を背に負うて、宙に浮いたる電波系。

 その姿に傷は愚か微かな(すす)もなし。

 向ける瞳は冷然と告げる。勝負はまだまだこれからと。


~京太郎による詩的(ポエミー)な状況解説~


 全くポエミーにする必要がなかった。

 

「驚いたわ。あの子、ルーチェの使い方知ってるのね」


 目をぱちくりとさせる八雲マリサ。そういえば俺はまだこいつに言っていなかったな。この電波系の少女が『身内』の回し者である可能性濃厚という点について。一応、これは伝えて置くべきだろう。


「なぁ、マリサ」


 呼ぶと、彼女は俺の方に目を向けた。しかし目が合うと俺は口ごもってしまう。おまけに顔をそむけ、しかも赤面してしまった。いやはやいやはや。やっぱりあれの説明はなかなかハードルが高い。どういう事情があるにせよ、あの電波少女は俺を『パパ』と呼んだわけである。そんなことを幼馴染にシレっと言えるほど少年の思春期は甘くない。しかし事の重要性を考えればやはり黙っているわけにもいかないだろう。

 よ、よし。

 赤面したたまま意を決し、俺は再びマリサの目を見た。

 

「戦いの前にマリサに伝えておきたいことがあるんだ。恥ずかしいけど、でも大切なことだから。その、今いいか?」


 前置き完了。そしたらマリサ。きっと俺の変な熱が伝搬してしまったのだろう。彼女の顔もほんのり赤くなっている。そしてそれを取り付くろうかのように彼女は頬をかき始めた。


「な、なによキョウ。い、いつかはとは思ってたけれど、まさかこのタイミング? あのね。その、そういうのは時と場所と表現が重要なのよ。た、たとえばロマンチックな夜景が堪能できる展望レストランで赤ワインとバラを添えながら遠回しに切り出してみるとか。ね? まぁちなみに私の答えはYESというかオフコースというか。まぁ普段の態度から分かりきってることだけど敢えて言うなら止めはしないっていうか」


 などと意味不明な事をのたまいつつもじもじするツインテール。


「ははは、病院いってこいよ貧乳」


 ~しばらくお待ち下さい~


「すみません、ボクにはまだやり残したことがあるんです。だから殺さないでゴフ」


「次紛らわしい切り出し方したら半殺しじゃすまないから」


 額に分かりやすい青筋を立てつつも100万ドルの笑顔を振りまく破壊神。そして予期せぬ暴行を受けて瀕死のイケメン戦士京太郎。戦いもせずに満身創痍なのである。上空の電波少女は目を瞬かせている。ていうかなんで俺は殴られたのだろうか。割りと重要な話に対して冗談で返してきたからそれに乗っかっただけなんだが。


「で、何を言いたかったのキョウは?」


 仕切りなおしである。


「ああ、単刀直入に言うぞ。あの子が赤の他人じゃないのはもう分かるよな?」


 マリサによる仮想世界の起動と固有結界の構築。電波少女はそれを正確に理解し、混乱なく順応できたからこそ、マリサの破城槌をかわせたわけである。この時点でもう、彼女が赤の他人であるという可能性(せん)はない。

 マリサは頷いた、


「ええ、驚いたことにね。……物理法則の歪曲――『浮遊』をこうして実現しているんだもの。ルーチェのこと知ってるわけよね。……あと、私の一撃をかわすってどう考えてもこっちサイドよね」


  仮想世界の順応だけでかわせるほど、マリサの一撃はぬるくない。彼女はそういうことを言っている。それは事実であろう。亜音速の一撃を交わす運動能力なんて、どう考えても例のシスターズを彷彿とさせる。


 ――とすると、あのトンデモ発言に妙なリアリティが発生しはしないだろうか。


「まさかこの子も園田先輩の親戚筋なのかしら? 少なくとも私は知らないけど」


 言われて、じわりとにじむ冷汗。俺は無言で問う。そこな電波少女よ、仮にパパが俺とするならば、ママは一体誰ですか。いやでもこの答えは死ぬほど聞きたくない。


「……キョウ。もしかしてあの子に関してなにか知ってるの?」


 俺の狼狽を幼馴染は見て取ったのだろう。悔しいが、メタ発言を除いても俺のことはだいたい彼女に筒抜けである。そして言うとするならこのタイミングしかない。俺は意を決した。


「いや、どういうつもりか皆目検討つかないのだが、あの子は開口一番俺にこう言ったんだよ。『やっと会えたねパパ』って」


 その瞬間、マリサの顔が面白すぎることになった。「ほわっと!?」と前のめりになった彼女は何というか、まるで間違ってチョコレイトをかじったリスのようだった。

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