復讐を誘う闇
彼女の言うとおり、祭りは1週間もの間飽きることなく続けられていた。揺らめく炎は一日中絶えることなく燃やされ、沈黙の闇すらも破る。
人々は喚起し、踊り、笑い、飲み食べた。抑圧されていた欲望に際限はなく、尽きることのない数々の情欲も放たれていった。
そして何よりも人々を喜ばせたのは、カボチャ頭の賢い青年。
彼は音を奏で、歌を歌い、甘き誘惑を振りまき続ける。それが彼の存在理由であり、価値であると住人達も思っていたからだ。
されど、彼らはまだ知らなかった。
その揺らめく炎の奥に写っているのが、いつも白き少女であることに。
「大盛況ね」
彼が現れてから1週間。彼の周囲にはいつも、楽しそうに笑う子供たちが付きまとっていた。彼の取り出す数々のお菓子が、あまりにも甘美だったからだ。夜遅くになればその輪は大人たちに変わり、愉快な音楽で人々を魅了した。
しかし少女は、それを後ろに聞いているだけだった。
朝早くから、夜遅くまで。視線はずっと目の前に広がる茅場を向いている。誰かを待っているわけではない。誰かと約束をしたわけでもない。
ただ、そうしていないと悲しみに埋もれてしまうような気がしたから。
「……君は何故、ずっとここにいるんだい?」
もちろん、彼も気になっていた。祭りを抜け出してはここに訪れ、少女を気にかけていた。
村人たちが《それ》を気にするそぶりはなく、むしろあえて触れないようにしているみたいにも思えた。
「私は、この村が大っ嫌いだから」
それは彼女が、初めて洩らした本音だった。
「ねぇ、ジャック。今のこの村の平穏が仮初のものだってわかる?」
「それはもちろんさ。誰もが楽しそうな仮面を被り、笑いを演じている」
「確かにそうね。でもね、そういうことじゃないの。私はただ……誰かの犠牲を弔うことなく、笑っているのが許せないだけ」
それに伴い、表情も変わってきた。
穏やかで儚げだったその笑みは、黒き闇をちらりと見せている。
「ねぇジャック。なんで人は、人を犠牲にしても平気でいられるの。どうして少しみんなと違うだけなのに、それを迫害するの。…………ねぇ、教えてよ」
「それは……」
彼は初めて口をつぐんだ。回答に困ったからではない。目の前に広がりつつある闇を、さらに濃く、深くするためだ。
言ってみれば、計算の内というものだ。
「それは、君がよく知ってるんじゃないかい?」
「そうね、……そう。だからこそ、私は彼らを許せないのよっ!!」
狂気の陰に彩られた瞳。透き通る肌を、黒き怨讐の念が包み込み始める。
もう少し……もう少し……。
「それじゃあ、僕が君の断罪を手伝おうか?」
「それは、だめよ。たとえ世界を憾んでも、私の体は動かせない。この場所に縛り付けられた……いいえ、私が望んでここに縛り付けたの。私は、彼の帰りを待つために」
しかしその言葉には重みがなく、ススキに注がれる視線は遥か遠くへ。
「じゃあ、もう必要ないじゃないか」
「それは……どういう――――ッ!?」
視界を遮るかのように立ちはだかった彼の言葉に憤りを感じるも、言葉を続けることはできなかった。彼と目を合わせた途端、囚われたかのように体が動かなくなった。
「彼はもう、死んだんだよ。君もわかってるだろう?」
「あぅ、ううぅぅ……」
「彼は何故死んだ。悪いことをしたわけでもない。心優しく働き者の彼が何故?」
「うあぁぁぁぁ……」
「そうだ。奴らが悪いんだ。彼を死地へと追いやり、君を迫害し続けた奴らが!!」
「あああああああ!!」
彼の紡ぐ言葉は甘味な毒のようで……痺れるような快楽と、身を裂く鈍色の痛みが体中を駆け巡った。皮膚は割れ、出るはずもない血の代わり蠢く闇が噴き出した。それらは体積を増やしながらも、彼女の体をしっかりと暗黒へと誘う。そして――――
「君がこの村に留まり続けるのは、復讐のためではないのかい?」
「……………………そう、ね。そう。私は、奴らに鉄槌を与えないと、幸せにはなれない。…………うふふ、アーッハッハッハ!!」
『さあ』
『復讐劇を』
「始めようか」
「始めましょう」