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カボチャ頭の男

 喜びの足音が過ぎ去り、宵闇に包まれる。

 祝いの日にふさわしく雲1つない晴天だったので、星も月も、遮るものなく瞬いていた。


「今日は……満月だったんだ」


 昼間は眩しいほどに明るかったススキたちも、今はほどよく星の光を浴びてその楚々たる姿を見せていた。

 ポツリとつぶやいた言葉。ただの独り言。

 気づいたことを口に出しただけだった。


「――――そうだね」


 誰かの答えを期待していたわけではない。しかし、唐突に返ってきた声にひどく驚いた。

 なぜならその声は、


「僕は満月の茅場は大好きだな」


 目の前に広がるススキ畑から聞こえてきたのだから。


「この主張をしない美しい白金の色がなんとも綺麗じゃないか」


 そして……その“人”はかつて愛した人と同じことを言いながら、目の前に現れた。


「そうは思わないかい?」

「…………」


 その姿をはっきりと見た瞬間、言葉を失ってしまった。

 黒いスーツに、黒のマント。そして頭にかぶっているのは目と口の形に、ギザギザに切り取られたとても大きなカボチャ。そのカボチャの奥には、おぞましくも美しい炎が揺らめいていて……。


「ジャック・O……ラン、タン?」

「いやぁ、僕のことを知ってるのかい?うれしいね!!」


 ジャック・O・ランタン。悪賢い遊び人が悪魔を騙し、死んでも地獄に落ちないという契約を取り付けた人間。だが死後、生前の行いの悪さから天国へいくことを拒否され悪魔との契約により地獄に行くこともできず、カボチャに憑依し安住の地を求めこの世を彷徨い続けているという。


「……安住の地を探しに、ここまできたの?」

「はははっ違う違う!!」


 彼の笑い声とともに、目の奥の焔が揺らめく。先ほどまで不気味な光を灯していたそれは、今は愉快そうなオレンジ色に様変わりしていた。

 あまりにもその様子はきれいで、少女が一瞬見とれてしまうほどだった。


「美味しそうなお菓子の匂いと、人々の楽しそうな笑い声に誘われてフラフラっとね。まだハロウィンまで1週間もあるのに、この村はもう準備を始めているのかい?」


 そう、先ほどからうるさく走り回っている人々は、祭りの準備に勤しんでいたのだ。だが、別にハロウィンだというわけでもない。

 ……まぁ、当たらずとも遠からずなのだが。


「ちょっとお祝い事があってね。ハロウィンも近いから一緒にやろうということになったみたい。これから1週間は、そうとう賑やかになると思うわ」

「へぇ…………お祝い事、ねぇ」


 ジャックは、彼女の顔がとても嬉しそうには見えないことに気づいた。まるでなにか、心にぽっかりと穴が空いたかのような浮かない顔。

 しかし深く突っ込むこともなく、気づかないふりをすることに決めたらしい。


「じゃぁ僕もそのお祝いにあやかろうかなっ」

「ええ。いいと思うわ。お話の登場人物であるジャック・O・ランタンが現れたとなったら、みんなもほんとに喜ぶと思うし」


 お世辞や冗談ではなく本当にそう思っているのか、邪気のないきれいな笑顔で微笑みかける。

 ジャックはその笑顔にしばし見惚れると、再びケラケラと笑いながら少女に近づいた。


「な~んだ、初めに見た時はずっと浮かない顔をしていたっていうのに、かわいい顔をして笑えるじゃないか」

「まぁ、お上手ね」

「いやほんと」

「冗談は結構よ」


 ほんとうなのにな~。と、口では言っているが、その口調は冗談めかしたものであり、少女がそういうのも尤もだった。

 しかしそれでお互いに言うことはなくなってしまったのか、しばらくは夕日に照らされるススキをぼんやりと眺めていた。

 月の光を浴びる白い女性。もうすっかり人々の姿はなくなり、うるさいほどの静寂の中で佇んでいた。孤独なはずだったが、今は随分と心が軽くなった気がした。


「……」


 ちらり、と横にいる人物に目を向ける。背丈はあの人よりも少し高いくらいだろうか。いや、そう感じるのは頭があるべき位置に掲げられているカボチャのせいかもしれない。

 ジャック・O・ランタン。おとぎ話で存在だけは知っていた。しかしどんな人物かは一切知らなかったので、想像だけでその人柄を思い浮かべていたのだが……。


「…………ふふっ」


 そんなことを考えていたら、思わず笑ってしまった。


「ん、どうしたんだい。いきなり笑いだしたりして?」

「いいえ。なんでもないわ。ただね……」


 重そうなカボチャ頭が傾くのを、優しい微笑みで見つめる。


「想像していたのと違ったなぁって。私、ジャック・O・ランタンってもっと狡賢くていじわるで、悪霊みたいな人だと思っていたの。だけど実際のあなたはすごく明るくて……そう思うとおかしくって」

「なっ……み、みんなそう思ってるのかい!?」

「さあ、どうかしらね」


 わたわたと焦る彼が面白くて、ついつい冗談めかして言ってしまう。

 しかし顎(?)に手を当てて真剣に考え始めてしまったため、少し悪いことをしたかなと思ってしまった。


「も、もしかしたら私だけかもしれないから、気にしないでもいいと思うわ。ジャック・O・ランタン」

「そう、なのかい?」


 カボチャのなかの焔が、今度は蒼くきらめいていた。しかし先ほどまでの勢いはなく、弱々しいものであったが。

 その姿を見ながら、ぼんやりと「きれいな火だなぁ」と少々ズレたことを考えていた。

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