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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第五章 黒の愚者編
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第97話 「ペアタトゥー入れたがる女性は大概地雷である」

 ティアナは自身を覆っていた最後の包帯をするすると取り外した。魔の力を使えば数日単位で完全回復が見込める体質ではあったが、少しでも魔の力を大事にしたいと、肉体本来の回復能力を大事にした形だった。

 事実、今の彼女は十全の能力が発揮できる状態まで回復している。


「おや、もう少し寝ていてもいいんですよ」


 ベッドから起き上がっていたティアナに、サイドテーブルで書き物をしていたノウレッジが語りかける。彼の書き綴る内容はてんで内容が理解できなかったが、ティアナはどうせ「いらぬ企みをしているんでしょう?」と溜息をついてみせた。


「あんたが何かしらこそこそ動いているのはお見通しなのよ。ならそれに巻き込まれないうちに退散するのが吉な筈」


 おっと、わかってしまいますか。 とノウレッジは苦笑を零した。彼はメモを書き込んでいた羊皮紙のノートを閉じると、徐にその場から立ち上がった。そして室内に備え付けられていた自身の執務机に歩み寄る。


「でもここが戦禍になることはありませんよ。それなりに東の、クレタと過去に呼ばれた島にさえ近づかなければね。いくらあの二人といえどもここまで焼かれる可能性は1000に1くらいです」


「そこは万が一じゃないのね。ていうか何? 戦禍って。誰か決闘でもするのかしら?」


 ティアナの問いかけにノウレッジは頬を軽く掻きながら答えた。


「黒の愚者が赤の愚者に挑むのですよ。私はいわばその場を整える仲介人をしていまして。中々おっかないお二人なので緊張しっぱなしなわけです」


 ふーん、とティアナはベッドに腰掛けながら相づちを打った。「余り興味がないんですね」とノウレッジは執務机の引き出しを開く。


「興味がないわけではないのよ。ただ無謀で馬鹿な奴、と感じただけ。黒の愚者だっけ。そりゃあ序列的には私なんかよりずっと上の愚者なんでしょうけれど、赤が異次元の存在であることは周知の事実でしょうに。アレは人が相手して良い領域の生き物ではないわ。それこそ神のみ挑む権利がある」

 

 ティアナの口ぶりにノウレッジが興味を示した。


「どうやらあなたは赤の愚者を知っているようだ。まさかとは思いますが知り合いで?」


「知り合いではないわね。でも一度この眼前で会話したことがあるわ。というか、青の愚者様を食らって力を継承しろと言ったのは赤の愚者だし。その時に生き物としての在り方の違いを感じたのよ」


 何度も瞬きを繰り替えすという、およそノウレッジが滅多にしないリアクションを見てティアナは少し上機嫌に笑った。ここにきて初めて意趣返しができたことが嬉しかったのかもしれない。


「はあ……、まったくあの人は……。自身の影響力に無頓着故に、世界をいたずらに引っかき回してしまうと、あれだけ警告してきたというのにここでもやらかしていたのですか。こればっかりは私はカバーできませんよ」


 開いた引き出しを見つめたまま、ノウレッジがそう零す。だが直ぐにティアナの方へと向き直るとこう続けた。


「いや、それもまた良かったのかもしれませんね。少なくとも二人の縁は繋がったわけだ。となればそう悲観するモノでもないでしょう」


 ノウレッジが引き出しから何かを取り出す。ベッドから立ち上がっていたティアナに彼はそれを手渡した。


「もうすこし時が経ってから、と考えていたのですがあなたの目に光があるのを見て考えが変わりました。もうここを立つつもりならば持って行って下さい」


 手にすると仄かに温もりが感じられる石——火石がティアナの手のひらの中に握られる。それはアルテミスとティアナを繋いだいつかの思い出。


「——これ」


「携行しやすいようにペンダントにさせて頂きました。これがあればきっとあなたはあなたらしい、真っ直ぐな道を歩むことができるでしょう」


 ティアナは何も言わずそれを首から提げた。そして静かに、ゆっくりと、両の手でそれを包み込んだ。


「…………」


「もしアルテを追うのならば東へ向かうと良いでしょう。ですが海の上は駄目ですよ。先ほど伝えた戦禍に巻き込まれますから。陸路で少しずつ追いかけるのが吉です」


「あの狂人はあんたの教え子の思い人よ。私があいつを殺すのはあんた、どう考えているの?」


 ペンダントを握りしめたままティアナが問う。ノウレッジは迷うことなく、何一つ後ろめたさを感じさせない声色で答えて見せた。


「それがあなたの選ぶ道ならどうぞお好きなように。私は私の教え子たちが後悔しない道のりを行ってくれればそれで良いのです。それに——」


 一拍おいてノウレッジが続けた。


「あなたはきっとアルテと違った道のりを行くと思うからです。ただ復讐するだけでない、もっと複雑で美しく尊い間柄になると私は考えています」


 ティアナは何も答えなかった。ただ踵を返した直後、背中越しにノウレッジに最後の言葉を返す。


「世話になったわね。もう暫くは会わないわ。それと、ペンダント————ありがとう。たぶんこれで少しは救われた」


 何一つ予兆がないままにティアナの姿が消える。彼女だけが保有する特級の外法が発動したのだ。ノウレッジですらその痕跡を知ることはできない、まさに魔法。


 一人取り残された執務室で、ノウレッジが呟く。


「こちらこそ感謝していますよ、色々とね。——しばらくの間だけさようなら、世界で一番優しい吸血鬼さん」



01/



「お前との付き合いもそれなりに長くなったが、今この時ばかりはこれだけは言わせてくれ。ヘルドマン様の手を余り煩わせるな馬鹿野郎」


 開口一番罵倒を頂きましたが、これはしかたのないことだと思う。だって敬愛する上司に頼りっきりの出来の悪い同僚を見ていたら誰だってイライラするだろう。というわけでエンディミオンから駆けつけてくれたクリスさんが今日の面会相手だ。彼女は聖教会でもそれなりの地位にいるお陰なのか、先日のレイチェルのように看守を伴ってではなく、一人で牢獄の前まで足を運んでくれていた。


「ほら、差し入れだ。マリア次長の計らいで持ち込みが許可された。いつかきっちりと礼を尽くしておけよ。いらぬ借りをあの人に作るべきではない」


 檻の隙間から突き出されたのは食べ物が詰め込まれた籠だった。陶器製のボトルに入れられた葡萄酒と白パン、乾燥肉に果物が盛られている。いつかレイチェルがくれたものと殆ど同じものだ。


「さて、お前の拘留期間だがついさっき次長と相談させて貰った。すると条件付きで直ぐにでも出して良いそうだ」


 白パンに齧り付く。レイチェルがくれたものと同じパン屋のモノなのだろうか。どことなく懐かしい食感がした。まあ、パンの味なんてそう大差はないのだろうけれど。


「お前、顔に刻まれた奴隷の刻印のことを覚えているか? 幸い術式の刻印が中断されているお陰で発現はしていないが、存在はしている呪印だ。あれを少しばかり書き換えたものを刻み完成させるのが条件だそうだ」


 パンに齧り付いていた手が止まる。え? それってマリアの奴隷になれということ?

 多分こちらの心配が表情に出ていたのだろう。クリスはゆっくりと檻の前に腰を下ろして答えてくれた。


「お前の懸念は尤もだな。私もそう思い刻印の開示をマリア次長に願い出た。するとあっさりと刻む予定の術式を教えてくれたよ。——なんてことはない、お前と次長、それぞれの所在地を互いに認識させる初歩的な術だった」


 んー? どういうことだ? さっぱりマリアの意図がわからないんだが。


「こればっかりは本当に呆れたよ。お前、この世界で上から2番目、3番目におっかないお二人に目を掛けて貰っているんだな。私は精々ヘルドマン様の小間使いが精一杯だというのに。——まあ、お二人にバラバラにされないよう励んでくれ」

 

 え、それだけ? マリアの意図を解説してくれる気はない感じ? あなたの口ぶり的になんか察しているみたいなんですけれど。


「ただ一つだけお前に伝えなければならないことがある。ヘルドマン様と次長、どちらかに味方しなければならないとしたら必ずヘルドマン様についてくれ。それが約束されないのならば、私はここからお前を出すつもりはない。恐らく次長も自分からお前をここから出すつもりはないだろうから、下手すれば一生ここに住むことになるだろうがな」


 しかもよくわからない脅しを頂いてしまった。ヘルドマンとマリアが反目し合っているのは俺も何となくではあるが知っている。そしてそれが決定的な亀裂となったとき、ヘルドマンに味方しろ、と告げられている。けれども俺はそれに即答することができなかった。


「——いや、俺は俺のやりたいようにするだけだ。誰かの味方をするつもりなどない」


 しかもやっと絞り出した答えは呪いボディの糞翻訳つきだった。本当は「その時々でできれば判断したいです。というか、特定の誰かに入れ込まないように注意するので勘弁して下さい」と言いたかったのに。コウモリ作戦失敗である。


「…………」

 

 ああ、クリスさんが豚を見るような目でこちらを見ている。しかも何も喋ってくれない。

 たぶんクリスが言った「マリア次長は出すつもりはない」というのも本当のことなのだろう。彼女、どうやら俺が斬りつけた相手との関係がかなり面倒くさい立ち位置にあるらしく、迂闊に俺を釈放できない政治的立ち位置にいるらしいし。

 下手すればマジで一生檻の中生活が続く可能性があるぞガッデム!


「——はあ、まあお前はそういう奴だよな。だからこそ、あの二人はお前を信頼しているのか」


 がちゃり、と錠前が回された音がした。鍵もなしにどうやって、と視線を上げればクリスの喉元に魔の力の流れを感じた。

 え? 無声で魔の力の行使したの? 滅茶苦茶レベルアップしてない?


「無声じゃないさ。別の言葉を被せているだけで発声はしている。腹話術みたいなものだな。イルミを連れ出したとき以来の解錠の術だったがどうやら上手くいったようだ」


 お前、エスパーかよってくらいこちらが抱いた疑問に答えてくれる。その調子でもしかしたら俺の真意も拾ってくれたのだろうか。


「お前の武器類は既に連れの二人に返却済みだ。宿自体は牢獄に入れられる前から変わっていないからそのまま同じ場所に帰れ。私も暇じゃないから直ぐにエンディミオンに戻らせて貰うぞ」


 聖教会の法衣についた埃を払いながらクリスが立ち上がる。彼女は用は済んだと言わんばかりにこちらに背を向けた。


「——それと、これは完全な独り言なんだがな、もうすぐヘルドマン様が大勝負に出られる。もし、もしお前がその大勝負に手助けをしてくれるのならばきっとあの人は喜んで下さるはずだ。どちらの味方をせずとも、手助けくらいはしてもバチはあたらないと思う」


 それだけを言い残してクリスは去って行った。本当に俺の釈放のためだけにここまで来てくれたのだろう。しかし大勝負とはいったいどういうことなのだろうか? 一度、ヘルドマンに連絡を取ってみた方がいいのかもしれない。


「——どうでしたか、地下牢暮らしは。私としてはもう数十年はそのままでも良いと思ったんですけれどね」


 看守も誰ともすれ違わないまま、牢屋のある建物の出入り口に辿り着く。するとその脇で月の光の下で腕を組んでいるマリアを見つけた。多分俺が出てくるのを待ってくれていたのだろう。


「これ、預かっていた赤と黒の指輪です。それとあんた、ちょっと面を貸しなさい」


 唯一没収されていた指輪が返却された。それに併せて襟元をマリアに引っ張られる。そして彼女の小さな手がこちらの頬に触れた。


「                   」


 マリアが何と告げたのかはわからない。でもほんのり熱を帯びた何かが右頬の上を走り回った感触があった。おそらく刻まれかけていた刻印とやらが完成したのだろう。


「これで私の方に対になる印を刻めば互いの居場所が意識すればわかるようになるわ。これは罰よ。あんたが世界の何処にいてももう好き勝手にはさせないから」


 つまりはあれか、俺がどこで何をしているのかマリアに筒抜けになるということか。うーん、確かに息苦しいことには変わらないが、しでかしてしまったやらかしに比べれば全然まだマシな方なのかもしれない。マリアの言っていることが正しければ、本来は数十年単位は出てこられないような罪状だったみたいだし。


「はあーあ、これでようやく懸念事項が一つ片付いた。私これからロマリアーナに帰郷するから、もうこんなラッキーはないと思う事ね。ヘルドマンだって忙しいみたいだし、あんまりやんちゃしてたら誰も助けてはくれないわよ」


 それと、とマリアは俺から離れつつ口を開いた。


「村で見つけたあの子、取り敢えず私の従者として取り立てることになったわ。正気を取り戻せるかはわからないけれど、私もヘルドマンのところのシスターみたいに側仕えが欲しかったし」


 多分言いたいことは言い尽くしたのだろう。俺に対して興味を失ったのかすたすたとマリアは何処かへ歩いて行ってしまった。彼女としては俺がここから先、何をしようが預かり知らぬ事なのだろう。

 まあでも取り敢えず。


 久しぶりの外の空気は澄んでいて気持ちが良かった。



02/



「しかし本当によろしいのですか? 一度刻まれれば二度と解くことの出来ない呪いになりますよ」


 アルテが去った後、聖教会の敷地の一角でクリスとマリアは向かい合っていた。彼らの間には白い木製のテーブルが置かれており、その上には銀の盆と、同じ銀製の手術器具が置かれていた。


「——別に構いませんわ。普遍的に再生を繰り返す肉体に術を刻むには、あなたのような腕利きでないといけませんから。それにおそらく、これを解く必要はもう未来永劫こないでしょうし」


 クリスはそれ以上食い下がろうとはしなかった。彼女は静かに「承知しました」と口を開き、銀の盆から一本の手術器具を手に取る。


「で、何処に刻みますか? 参考までにお伝えすると、イルミは胸部に、私は背中に刻んでいます。部位によって術の強度や効果が変わるのでそこは考慮して頂けると助かります。例えば奴隷の刻印などは胸部ならば対象への服従の意味合いが強くなりますし、背中ならば対象となる人物を守護する際に術の効果が増幅されますが。もちろんアルテのように顔に刻んでも構いませんが、あれはあなたクラスでないと対象を死亡させてしまう可能性もある高難度のものです。私にも出来なくはないですが、それ相応の苦痛は伴いますよ」


 マリアは今、アルテに刻んだ術と対になるものを手に入れようとしていた。刺青で表現された術式に魔の力が通うことによって発現する神秘である。既にアルテには対象追跡の術が刻まれており、それの片割れをマリアが自分自身に刻むことによって術は完成する手筈だった。


「ではこちらに。確かここに刻めば魔眼のように特に意識せずとも対象を追い続けることが可能でしたよね?」


 元来、対象監視の術は監視対象が顔に、監視者は手のひらなどに刻むのがセオリーだ。そうすれば監視者は魔の力を流した手のひらを凝視することによって対象の位置を掴むことができる。他にも胸に刻めば直感として対象者がいる方角を知ることができ、背中に刻めば対象者がいる場所へ背が押される感覚を得ることができる。それらの効用の違いを踏まえた上で、マリアが選んだのは自身の左目だった。


「——失礼ながら激痛では済みませんよ。確かにそれならば四六時中、最低限の魔の力の消費で対象を追えますが、そこまであなたがするメリットとはなんですか」


 表情と声色の強ばりを隠すことなくクリスが警告する。術式を刻むにはもちろん痛みを伴うこともある。特に眼球に術を刻んで人工的な魔眼を生成することは一種の禁じ手のようなものだった。刻まれる側の強い意志と、刻む側の実力が伴って初めて完成する奇跡なのである。


「ヘルドマンのところで修行しているあなたならば可能でしょう? それに刻まれている間、一切瞬きをしないくらいの誓約、何とかなりますよ。だからほら、早いところ済まして下さい。私、この後ロマリアーナに急いで帰らないと行けないので」


 ずいっ、と左目を見開いたマリアがクリスに顔を寄せた。クリスは言葉にならない呻き声を発したのち、意を決したのか手にしていた器具をすっ、とマリアの左目に近づける。


「本当、あなたたちは似たもの同士だ。不敬ながら申し上げると、男の趣味、悪いですよ」


 器具の先端が瞳孔に吸い込まれていった。

 マリアは顔の左半分を真っ赤に染めながら笑った。


「——かもしれませんね。それくらい、あの男はおもしろいのですよ」



03/



 宿まで帰る必要なんてなかった。聖教会の立派な門の下、もう見慣れきった顔が二つあったから。


「どうだ? 娑婆の空気は? 美味いだろう?」


 レイチェルがこちらに何かを投げて寄越す。それは革製の袋に収められた黄金剣だった。そういえば檻に入れられる直前にマリアに没収されていたっけ。


『もともと主様が収監されること自体おかしかったのです。今のこの状態こそ、本来のあるべき姿でしょうに』


 檻の中では空気を読んでくれていたのか、特に言葉を発さなかった義手ちゃんがようやく口を開く。いや、口はないから発声装置から声を出したと言うべきか。

 この子が余計なことを言っていろいろとこじれなくて本当に良かった。


「まあそういうなよ。こうして出てきて僕たちと合流が出来たんだ。これで取り敢えずは万々歳だ」

 

 レイチェルと拳を突き合わせる。こうなんというか、檻でのやり取りを思えばムズかゆいものがあるが、彼女は特に気にしてはいないようだった。流石男気溢れるイケメンである。そりゃあシュトラウトランドであれだけモテますわ。


「——ああ、ただ一つだけすっきりさせておかないと。ほら、イルミ。ずっとアルテに言いたいことがあったんだろう?」


 レイチェルが朗らかに笑う。彼女は自身の影に隠れていたイルミをそっと押し出した。下を俯いたまま、その美しい赤い瞳を見せてくれない少女は拳をきつく握り、唇を震わせていた。

 だが直ぐに意を決したようにこちらに向き直り、言葉をはっきりと発する。


「あの、ありがとう。アルテ。私、あんなこと言われるの別にどうでもいいことだけれども、それでも嬉しかった。私のために怒ってくれて本当に嬉しかった」


 息継ぎをひとつ。


「ごめんなさいは言いたくないわ。だってそれはたぶん私のために怒ってくれたあなたに対する侮辱になるだろうから。けれどもこれからも私があなたについていくことを許して欲しい。今回みたいなことはもう起こらないように気をつけるから……」


 赤い瞳が不安げに揺れ動いている。ぶっちゃけイルミちゃんは全く悪くないどころか、完全に俺のやらかしであるのでここまで気をもませてしまったのが本当に申し訳なく思う。いろいろとこれまでもあったけれど、この子は本当に良い子なのだ。

 

 それに着いてきて欲しいのはこちらの方だし。


「お前ごときが気に掛けることなどなにもない。お前の障害は俺が全て排除する。だからお前は黙って着いてこい」


 はい糞ー。肝心なときにやらかしましたよ先生。何で「全力で君のことを守るから、これからも一緒に旅をしてくれる?」がこうなるのかね。ガッデム! マジでいい加減にしてくれよこのあんぽんたんボディ。

 いやだってこんな可愛くて良い子が一緒に旅をしてくれるの、この世界における俺の一番の幸運だからね。彼女がいなければ冗談抜きでもうとっくの昔にくたばっていただろうし。その感謝の気持ちすらまともに伝えられないなんて、こんなに巫山戯た話があるのだろいうか。いや、ある。


 でも、イルミちゃんは、この子は本当に優しくて良い子だった。


「——ならもし、あなたが旅の途中で辛くなったとき、心が折れそうになったとき私の名前を呼んで? 世界中が例え敵に回っても、愚者たちがあなたを殺そうとしていても、私が必ず側にいるから」


 多分微笑んでくれていたのだと思う。一瞬のことで表情の変化を目に焼き付けられなかったのが残念でならない。けれども今はその残滓だけで十分だった。

 それだけで、俺はまだこの世界を歩いて行ける。


「やれやれ、これで取り敢えずは元の鞘に収まったのかな。じゃあ、まあ取り敢えず出所祝いだ。宿の酒場を貸し切る、というわけにはいかないが今日くらいは贅沢しても許されるだろう。幸い、前回の依頼の報奨金はそれなりに貰えたことだし」


 レイチェルが笑って踵を返す。俺とイルミはその後ろをゆっくりと着いていった。


 ——こうして俺は、たくさんの人たちの助力をもって、何とか最小限のツケでムショ暮らしを凌ぐことが出来たのである。しかしながら、この時の様々なやり取りのツケは、後から大きく支払うハメになることに、まだ気がついていなかった。

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[一言] 更新ありがとうございます。 来週が楽しみです。
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