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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第五章 黒の愚者編
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第89話 「影の女王」

はい、というわけで黒の愚者編開始です。

#VG89


 月が綺麗だった。

 蒼く美しく輝く月が心底綺麗で。

 時刻は多分深夜をちょっと過ぎたぐらい。

 黙っていれば体の芯まで侵されそうな静けさに満ちた夜だった。


 そんな夜の下、男が一人いた。


 彼は古ぼけた風車小屋の前で煙管を咥えている。世界を照らすのは大きな青い月の光と、何度も擦った杉のマッチの光のみ。

 煙草に火をつけようと手を伸ばし、でも何かに思い至ってそれを足下に捨てる。

 時折、風に吹かれて風車小屋の羽が、油の切れた耳障りな音を残して回っていた。

 昔は小麦を挽くために重宝されていたであろう村のランドマークは、最早墓標とそう意味を違えない。

 感傷に浸っているのか、そうでないのか、男は時折風車小屋を見上げては物憂げに目元を細めていた。

 ここもまた、何か得体の知れない化け物に襲われて骸を晒した廃墟なのだろうか。

 そういった悲劇が決して珍しくはない今の時代である。可能性は高いだろう。事実、男はそんな光景をごまんと見てきていた。

 ほう、っと吐いた息が白く曇る。

 もうずっと火をつけていない煙管を懐にしまい込み、足下に落ちたマッチの燃えかすを湿った地面に埋めた。

 静けさを砕き散らすように、月明かりの下で響き渡るのは狼の遠吠え。

 二度三度、仲間に何かを知らせるかのように独特の鳴き声が木霊する。

 その音を皮切りに男は立ち上がり、風車小屋の前に広がっていたなだらかな丘を登り始めた。

 夜露に濡れた雑草を踏みしめて傾斜を上る。

 遠吠えはいつしか、何かをせき立てるような鳴き声に変わり、男の方へ近づいてくる。

 男はそんなことにはお構いなしに、ただ自然と、少しその辺りまで散歩しに行くような調子で足を進めていた。

 やがて丘の上に見えていた満月に映り込む影が一つ。

 陰はこちらに気づいているのかいないのか、肩で息をするように、ふらふらと丘の頂上付近に立っていた。

 その様子を見て、男は機嫌良さそうに腰元に吊してあった剣を抜き放った。

 剣は天に輝く蒼い月とは真逆の、黄金色の太陽のような刀身を持った不思議な剣だった。

 狼の鳴き声がさらに近づく。丘の上に立っていた陰もそれに追われるように男のいる方へ駆け下りてきた。

 中頃まで陰が駆け下りてきたとき、男は陰が足を引き摺っていることに気がついた。

 そして陰の方も、丘の下で待ち受ける男に気がついていた。


「ひぃ! お前が噂のっ!」


 陰は人ではなかった。耳まで裂けた大きな口を持つ蝙蝠の出来損ないのような化け物だった。強烈な獣の臭いと、腐臭を撒き散らし化け物は男に背を向けてもと来た道を戻ろうとした。

 だが化け物の背後からは二匹の大きな狼が唸り声を上げて、こちらに疾走している。

 

 男は剣を下段に構えた。


「食うに困っての殺人ならそう目立たなかっただろう。だがお前は少しばかり嗜好を追い求めすぎた。流石に年若い少女だけを無益に殺し血を啜るのはよくないな」


 ブーツが土にめり込んだ。人影はまだ狼の方がマシだ、と足を縺れさせながら逃げ出そうとする。


「いい加減、年貢の納め時だ」


 瞬間、男の姿がブレた。いや、余りにも高速で動いたものだから誰からの目でも捕らえられなくなったのだ。

 音もないままに、黄金色の斬撃が夜空を彩る。

 遅れて化け物の四肢が分散し、周囲に飛び散った。そして最後に切り分かたれた頭部が丘を転がり落ちていった。


「あ——、お——」


 鮮血をまき散らせながら転がっていく首を、男はしまったと追いかけようとする。

 だがそれに先んじて、男の横を飛び越えていった赤い大きな人型が首を拾い上げてみせる。人型は金属質の、人よりか二回り大きい人形だった。


「おいおい、アルテ。張り切りすぎて依頼達成の証拠を跳ばしてしまうな。ほら、これを持って行ったら金になるんだろう?」


 人型の——魔導人形の肩には女が一人腰掛けていた。首に巻いたチョーカーをつかって魔導人形を操作している女、レイチェルは苦笑を溢しながら拾った首を革袋へと収める。もちろん全ての行程は魔導人形にやらせていた。


「あら、もう終わったのね。この子たちに殺させないよう追い立てるのは難しかったわ」


 続いて狼を引き連れた銀髪の少女が合流してきた。少し伸びた髪を首後ろで纏めた少女は赤い眼でじっと男を見る。


「アルテ、これで3つ目の依頼は終了よ。早く聖教会にこの首を持って行きましょう。あまり長いこと私たちで持ち歩いていると腐るし、不浄が移るわ」


 二人の女に囲まれた男——アルテは黄金剣を腰帯に備え付けると、何も言わないまま足を進め始めた。残された女二人は特に不満をいうでもなく、互いに顔を見合わせて「仕方ない」と男の後ろを追い始める。


 彼らの後ろでは血で真っ赤に染まった草原と、青白い光を放つ満月が残されていた。



01/



 はい、どうも最近本業が忙しい吸血鬼ハンターのアルテです。

 エンディミオンでの騒動から一ヶ月と少し。俺とイルミ、そしてレイチェルの三人は橋上都市オケアノスにほど近い港湾都市のカラブリアというところにいた。エンディミオンから馬車便で三日ほどの距離にある中規模の街である。

 この世界でありふれた石や煉瓦で出来た建物に加えて、材質はわからないが白塗りの、いわゆる白亜の壁で覆われた建物が多い美しい街だった。人口もそこそこで活気も悪くない。

 で、なんでこの街に滞在しているのかというと、ぶっちゃけお金稼ぎである。 

 青の愚者の討伐に関する報奨金はまだそれなりに残っているが、ヘルドマンに預かって貰っていることをすっかり忘れてしまっていた。いざ、金を使おうとしてその事実に気がつき、未だエンディミオンに滞在しているヘルドマンに連絡を入れたら、


 ごめんなさい、エンディミオンで少し調べたいことができまして。ところで何用でしょうか?


 どことなく声の強ばった——端的に言えば不機嫌さを滲ませた彼女に金を返してくれてと言う勇気は俺にはなかった。というかこれまで世話になった貸しが余りにも大きすぎて、これ以上彼女の手を煩わせるのも憚られたのもある。

 なら近場の金の稼げそうな街に行ってみるか、と軽い気持ちでイルミとレイチェルに切り出してみたらこの街を紹介された。なんでもレイチェルがクリスから聖教会のそれなりに大きな支部があると聞かされていたらしい。そんでもって、聖教会の支部があるのならば吸血鬼退治でも魔獣退治でも何かしら仕事があるだろうと考え、三人で乗り込んできたわけである。

 街のぼちぼちのグレードの宿を拠点にして、毎日聖教会の依頼を開始したのが丁度一週間前のことだ。

 で、今日の最後の依頼が街の近隣で殺人を繰り返した翼人の討伐である。中途半端に人に近い知性を持つだけに、自身の趣味嗜好にのっとって犠牲者を増やしていたものだから、聖教会に目をつけられていたのだ。

 強さ的には愚者の100分の1くらいなのでそれなりに楽な依頼だ。ただ、討伐の証拠になり得る首をなくしかけたものだから少し焦った。なんかイルミちゃんの目線も怖かったし、エンディミオンでパワーアップした彼女にはもう逆立ちしても勝てないので、すごすごと逃げ帰ることしか出来ない。早いところ換金して彼女のご飯を買ってご機嫌を取るのだ。


「ふむ、この店は当たりだな。ボクも選手時代にそれなりに良いものを食べていたが、ここは格別だ」


 というわけでやってきたのは街中の食事処。聖教会の支部で首を差し出しそこそこの纏まったお金を手に入れた俺たちは祝勝会というわけではないが、ちょっと良い店という奴に来ていた。レイチェルの巨大魔導人形はどうしても目立つので聖教会の敷地内で預かって貰っている。ヘルドマンの名前を出したら快諾してくれたので、彼女の与り知らぬ間に借りを作ってしまっているが仕方がないだろう。

 レイチェルはお行儀良くナイフで肉のソテーを切り分けながら、笑顔を溢す。


「なんだかこうして落ち着いて三人で過ごすのも久しぶりだな。レストリアブールからこっち、本当に色々あったが取り敢えず生活が落ち着いて安心したよ」


「もともとは私とアルテの二人だったんだけれどもね。いいのよ、シュトラウトランドに帰っても」


 上機嫌に口を動かすレイチェルにイルミが噛みついている。だが以前ほどトゲはなく、どことなく年上の姉に甘える妹のような雰囲気があった。彼女はエンディミオンに行っている間に随分と成長していて、俺と旅していた時代の服がどれも小さくなっていたので、レイチェルに買いそろえて貰ったことも影響しているのかもしれない。

 髪も髪紐で括れるくらいに伸びてはいるが、そのうち切るのだろうか。


「まあそう言わずにさ、お金もある程度溜まったらまたサルエレムを目指すんだろう? なら私の道案内も必要になるはずさ」


「その途中で暗殺教団と揉めて殆ど旅は振り出しに戻ったんだけれどもね。というか、もう聖教会と和解したんだからサルエレムに行く必要はないと思うわ。ねえ、アルテ?」

 

 馬鹿みたいにエールを呷っていたらイルミに突如として疑問を振られた。そういえばそんなことを少し前までは考えていたっけ。やっべ、ここ最近は何も考えずに流れのままに生きていたからそこまでのビジョンはないぞ。

 内心、冷や汗だらだらで何と答えようかと迷っていたら、右腕から声がした。それは最早旅の一味と言ってもよい義手ちゃんだった。


『主様はいつでも赤の愚者の首を狙っています。かの吸血鬼の眷属の片割れを殺した今、もう片方も討つべきとお考えの筈です。そうすればかの傲慢な愚者も主様を放っておきますまい』


 やめて、放っておいてください。もうあんな化け物と殺し合いをするのはこりごりでございます。いや、マジであれ規格外の化け物だから。黒の愚者のヘルドマンと二人がかりかつ、ヘルドマン考案の神がかり的な奇襲でようやく殺すことができたんだから、もう一人は勘弁でございます。

 それにβと違ってαとはそもそも敵対していない。βは最初から俺に対して敵対的だったが、αはそれなりに好意的だったのだ。それにβの言葉が本当ならば彼女は人間だ。積極的に争う理由は正直ない。ならばここは互いに不干渉を貫いてそれぞれを生きるのが賢明というものだろう。

 ただ、俺のそんな平和的な思考とは裏腹に、義手を加えた三人は良くない方向に盛り上がっていく。


「ん、確かにそうだな。あの眷属たちがどんな目的で動いているのかはわからないが、放っておくのは正直薄気味悪い。せめて長髪の方にその真意を問いただすのはありかもしれないな」


「私は見たことがないけれども、それは赤の愚者の眷属なのよね? でもまあ、アルテが片割れを殺したというのならばもう片方も何とかなるのかしら? 私はアルテがそれを捕まえたいと思うのならばついていくだけ」


『でしたら今はとにかく情報収集ですね。聖教会には今まで以上に出入りして情報を集めましょう。路銀集めと並行して行うのが得策だと思います』


 おーい、わたくしまだ何も言ってませんよー。意見表明できていませんよー。


 まあ、この三人に反論できるほど口も回らないし、αのことが気になっているのも事実ではあるので積極的反対をしようとは思わなかった。もともと方針なんて殆どあってないようなものだったし、赤の愚者の討伐を望むヘルドマンを怒らせないためにも、αを探すのはそう悪い選択肢ではないかもしれない。しかしながら問題は一つだけある。


 それはαの行動記録がレストリアブールを最後に、完全に途絶えてしまっていることだった。


 そう、ぶっちゃけどこにるのか皆目見当もつかないのである。

 いくら聖教会が広範囲の密なネットワークを築いていたとしても、そう易々と引っかかってくれるのだろうか。しかも本人わりと穏健派の種族人間だし。

 あれ、でも彼女、人間なのに俺に対して呪いを刻んでいたような——



02/



「——こうも暗がりばかりにいるのは健全ではありませんね。いい加減、月の光を浴びるべきですよ。ユーリッヒ」


 巨人が燃え尽きた地下遺跡。その深奥で一人立ち尽くしていたヘルドマンに声を掛けたのはノウレッジだった。彼の言葉に振り返ったヘルドマンは冷たい目線をそちらに送っている。

 そして暫し睨み付けてから、おもむろに口を開いて見せた。

 

「——あなた、私の権能について最初から全て知っていましたね? しかも赤の愚者に敗れて権能の殆どと記憶を失った私に対してあなたはそれを隠した」


 彼女は周囲に点在する遺物たちを、いや太陽の時代に製造された兵器たちに手を伸ばした。すると装甲車を初めとする大質量のそれらが少しずつ彼女の影に溶け込んでいく。彼女が今まで影に物体を取り込んでいたのとは違う、完全な同化だった。


「成る程、アルテミスとして死亡したショックで記憶の一部が戻ったのですか。ならば隠し立てしても無駄ですね。確かに私はあなたの権能を黙っていました」


 ヘルドマンの周囲で黒い影が渦巻いた。するとそれらは取り込まれたはずの装甲車に搭載されていた重機関銃や主砲の形となっていく。そしてそれぞれの銃口は一様にノウレッジを指した。


「理由を聞いても?」


 殺意を隠すことなくヘルドマンは口を開く。ノウレッジはここまでくれば下手な言い訳を考えても仕方がないと、あっさりと口を割った。


「それが赤の愚者との契約だったのですよ。あの人が傷ついたあなたを見逃す条件がそれでした。奪い取った権能と記憶をあなたに伝えるな、と言われていましたからね」


 ヘルドマンは特段驚きを見せなかった。どことなくそれがわかっていたからこそ、「そうですか」と短く相づちをうつのみ。

 ただ銃口はそのままに、さらに言葉を重ねてみせる。


「あなたが裏切ったとは考えてはいません。ですが念のために聞かせてください。あなたは誰の味方なんですか? 私や皆が知らないだけで、おそらく様々な人物に対してそれぞれの顔を見せていますね。あなたが真に忠誠を誓うのはどこへですか?」


 ノウレッジは微笑みを崩さない。彼の声は二人以外に誰もいない地下遺跡に反響する。


「前にも告げた通り私が心を寄せるのは私が教え導いた生徒たちですよ。しかしながらそれぞれの生徒にはそれぞれの立場がある。友好的な人間関係を持つものがいれば、殺しあう程敵対している間柄もある。だからこそ、如何なる立場の生徒であれ助けを請われれば助力しているだけなのです。真の公平性を保つためにね。それはあなたであろうと、——赤の愚者でも変わりありません」


 沈黙。ヘルドマンの視線が和らぐことはない。だが彼女はどこか腑に落ちるところを見つけたのか、幾分か落ち着いた口調でノウレッジに言葉を投げかけた。


「ならノウレッジ。私にこの権能の全てを教えなさい。私の影がただ物体を取り込むのではなく、同質化させて使役することができることはわかりました。ですがそれ以外にも何かあるのでしょう」


 ノウレッジはヘルドマンのその言葉に初めて驚きを見せる。


「赤の愚者の思惑は聞かないのでしょうか?」

 

 殆ど赤の愚者と繋がっていることを示唆したつもりのノウレッジは思わずそう問いかけていた。

 ヘルドマンが赤の愚者を憎んでいる以上、そこに切り込んでこないとは考えられなかったからだ。

 しかしながらヘルドマンはそんなノウレッジの驚愕を鼻で笑った。


「思惑だとかどうとか関係ありませんよ。私はただ、あの女に殺された父と母、そして奪われた自分自身の記憶の仇を討つだけです。何を考えていようと、何をしようとしても殺すだけ」


 まいりましたね、とノウレッジは苦笑を漏らす。

 そして改めて彼は彼女に向き直った。


「そういうことでしたらあなたの権能についてお教えしましょう。あなたは黒の愚者。青の愚者が氷を操っていたように、白の愚者が闘気を操っていたように、緑の愚者が魂の器を操っていたように、そして紫の愚者たる私が知を操るように、黒は影を操ることができる。ですがその影は光に照らされた結果生まれる影だけを指さない」


 一歩、ノウレッジがヘルドマンに近づいた。彼を狙っていた数々の銃口がそれに連動して動く。


「ねえ、ヘルドマン。いいえ、ユーリッヒ・ヘルドマン。例えば私が、こう言ったとしたらそれを信じますか? 『あなたのその権能は、力は、太陽の時代が生み出した万物の(コピー)を使役する女王の如き能力だ』と言ったとしたら」

ぼちぼち進めていきたいと思います。

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[一言] まさかの早期再開! また楽しみにしております。
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