第86話 「自爆特攻」
「っな、あんた何しに出てきてるの! 腹が割けているのよ! あんたこそいたずらに命を散らすだけだわ!」
術式の構築を一度中断したティアナがアルテミスに噛みついた。対するアルテミスは涼しい顔のまま、笑みを崩さずに答えた。
「——大丈夫ですよ。言ったじゃないですか、私たちは前座。本命が到着するためにあいつの足を遅らせればいいのです」
黒い剣の刀身が揺れる。そこに注がれていく魔の力は先ほどまで死にかけだった人物のそれではない。
一瞬、人が変わったのかと訝しんだティアナだったが、根底にある雰囲気に同じ物を感じ取り口を噤む。
「ティアナさんは氷の術式で奴の足下を凍らせてください。イルミさん、さっきの術をもう一度お願いできますか? 今度はティアナさんが足下を掬ったのと同じタイミングで」
アルテミスの指示には有無を言わせない何かがあった。何処か違和感を感じつつも、ティアナとイルミの二人は術式を再び練り上げる。それを横目で確認したアルテミスは次に残された生徒たちに向き直った。
「さあ、逃げるなら今のうちですよ。ここから先は愚か者でなければついて行けない領域ですので」
その微笑みは自愛ではなく嗜虐的な色を持っているように、見る者には見えた。
01/
不思議な感覚だった。アルテミスを操作していたヘルドマンはそう自身の感じているものを形容する。
一応、報告という形でアルテミスがどんな人格を演じていたのか知ってはいたが、その細やかな所作や動きまでは何も知らなかった。それなのに一度アルテミスと同調してみれば、まるで最初からそうだったかのようにアルテの一挙手一投足をトレースすることができていたのだ。
しかも何処か懐かしさと安らぎまで覚えている始末。
自身がそこまで狂人に心を許していたのか、と驚いた。
「ヘルドマン、……ヘルドマン」
ふと名を呼ばれる。今し方考えていた狂人の声だと思い至って、思わず本体の方の手を緩めかけてしまった。まあそれくらいで驚いてくれたらからかい甲斐があるのだが、狂人にはどこ吹く風だろう。
「ああ、アルテ。ごめんなさい。あちらでの出来事をお伝えしますね。あなたにはいくつかお願いしなければならないことができました」
言って、灼熱の巨人——フォーマルハウトを打倒するための作戦をヘルドマンは告げた。説明を受けたアルテは「成る程」と特に反対をすることもなく頷きを返す。
「どうでしょうか。私としてはそう悪くない作戦だと思いますが」
フォーマルハウトに最接近しなければならないアルテが最も危険な立場ではあるが、恐らく懸念は示されないだろうという読みがヘルドマンにはあった。ここで二の足を踏むくらいならば彼は狂人などと呼ばれていない。
そして読みに外れはなく、あっさりとアルテは言葉を返してきた。
「構わない。——だから早く俺を連れて行け」
多分きっと彼は嗤っている。背後から持ち上げているため表情を窺い知ることはできないが、その表情はおよそ想像がついていた。
本当に、恐ろしい男だとヘルドマンは嘆息する。
「——急かさなくてももう到着しましたよ。見てください。あの薄らと明かりの見える島がエンディミオンで、地下遺跡が見つかった小島がその隣にあります」
二人の眼下、雲海の切れ目から目指していたエンディミオンが見えていた。あれだけの化け物が闊歩しているというのに二つの島は不気味なほど静寂に包まれている。だからといって、二人にのんびりと滞空を続けておくという選択肢はなかった。
ヘルドマンが翼を鋭角に畳む。そして漆黒の障壁を眼前に展開し、それをらせん状に捻らせて見せた。
「少し飛ばしますよ」
瞬間、二人の姿がかき消える。
否、雲海を切り裂いていく黒い流星が恐るべき速度でエンディミオンに向かっていった。
極限まで空気抵抗を減らしたヘルドマンは、アルテを抱きかかえたまま星になったのである。
真っ白なソニックブームが夜空に一条の光を描いていた。
02/
銀色の炎で出来た壁と青白い氷の壁がぶつかった。恐るべき熱量と冷気が混じり合い、多量の水蒸気が世界を覆い尽くしていく。そしてその狭間では一人の巨人が初めて足を止めてもがいていた。
「よし、やはり高熱による肉体消失と超低温による肉体の崩壊は同時に再生されない。その場しのぎですが、足止めをするには十分でしょう」
アルテミスの左右、少し離れた所ではそれぞれイルミとティアナが両腕を巨人に向けて突き出していた。彼女達は自身に残されている魔の力を全て注ぎ込む勢いで次々と術式を発動させている。イルミが何もない空間から銀色に輝く火炎を喚びだしたと思えば、ティアナも負けじと巨人の足下から全てを凍結させていた。
一つ一つの術式が愚者に並ぶ出力であるのに加え、それが連発されるという見る人が見れば卒倒する光景だ。
青の愚者の後継者であるティアナと、赤の愚者の肉親であるイルミ。正しくこの世界の上位者に連なる者達だからこそ成せる業だった。
「うぐっぐぅ!」
だがその光景が永遠に続くことなどありえない。先に綻びが見えたのはイルミの方だった。保有している魔の力の量で言えばティアナよりも上であるが、圧倒的に実戦経験が足りていない。しかも彼女が己の外法を習得したのはここ数ヶ月のこと。効率という面ではどうしてもティアナには適わず、疲労の色を滲ませ始めていた。
対するティアナも殆ど魔の力を失いながら——だがひたすら術式を最適化していくことで何とか冷気を絞り出している。
苦しさを表情に出さないのは復讐を誓い、ただひたすらに自身を追い込んできた毎日があるからだろうか。
「あぎっ!」
ふとイルミの立ち姿がブレた。見れば彼女の手のひらから徐々に皮膚が裂け、血が噴き出していた。高出力の魔の力に対して制御が追いつかなくなり、暴走が始まったのだ。今はまだ裂傷で済んでいるが、この状況が続けばやがて腕そのものが吹き飛ばされることになる。だが彼女が魔の力の放出を止めることはなかった。
なぜなら自分が敬愛する狂人は両の腕をもがれても闘ってくれたから。
生け贄を差し出せと告げる緑の愚者相手に血塗れになりながらも勝利を見せてくれたから。
そんな彼に並び立つには、これくらいの痛みと恐怖を克服しなければ話にならない。
そう言い聞かせながら、むしろ彼女は魔の力の出力をさらに上げていた。
「——不味いですね。もう彼女は限界か」
ただしそれをみすみす見逃すようなアルテミス——ヘルドマンではない。彼女は剣を振り上げると他の二人と同じように魔の力を送り込んだ。ただし二人とは違い正真正銘の黒の愚者である。誰よりも効率よく、そして誰よりも莫大な魔の力を黒い虚無の刃に変えた。射程距離は魔の力が続くまで。
ヘルドマンはアルテほどの剣技がなくとも、ただ圧倒的な力のみでそれを塗りつぶしていく。
剣が振り下ろされたその刹那、フォーマルハウトは再生しつつあった頭頂から股下まで何の抵抗もなく両断された。
初めて巨人が地に伏せる。例え切断面から直ぐに再生し、くっつこうとしていてもそれだけの時間を稼ぐことはできていた。
しかしながらヘルドマンはアルテミスの肉体の損壊具合を過小評価してしまっていた。
「ごふっ」
吐き出してしまった血液の量はヘルドマンが腹を貫かれたときとほぼ同量。足下に零れ落ちていく温かい液体たちは直ぐに赤い水溜まりをつくった。肉体的には完全に死亡した物をゾンビのように動かしているのだから当然と言えば当然だ。多量の魔の力の行使に耐えられず、さらなる肉体の崩壊を起こしていた。
苦しみはないとはいえ、これは面倒なことになると感じたヘルドマンの直感は正しかった。
なんとティアナが魔の力の行使を投げ捨て駆け寄ってきたのだ。
「もうやめなさい! あいつは私が何とかするからあんたは邪魔なのよ!」
聞けばこのアルテミスの身体はティアナの形式上の眷属となっている。構成が人間と全く同じである以上、恐らくそれは事実だ。ならばこの少女が眷属たるアルテミスを庇護しようとするのはそれほど不自然なことではない。
ただ今この瞬間、それは悪手だ。
フォーマルハウトに対する魔の力の行使を一人で担うハメになったイルミがさらなる苦悶の声を上げる。
——もう保たない。
そう判断したアルテミスはティアナを押しのけて、取り落としていた剣を拾い上げた。魔の力の行使が遮断され、柄だけが残されていたそれにもう一度魔の力を込める。
「いい加減にしろ! このわからずや!」
ティアナがアルテミスの腕を掴んだ。もう転移する余力も残されていないのか、ただ彼女は力任せにアルテミスを引っ張る。
もとの彼女の力を考えれば、それは余りにも弱々しい力だった。
「本当に死ぬのよ!? もういつかの時みたいにあんたを助けてあげることなんてできないわ!」
彼女の蒼い瞳が潤んでいるのはまやかしではない。今この瞬間だけは、復讐のために全てを捨てた者ではなくただの少女としての彼女がいた。
間引きのために捨てられ、青の愚者の気まぐれで外法を手に入れ、そしてその主人を失った小娘がそこにいた。
ヘルドマンはティアナの事情を殆ど知らない。精々、アルテを仇敵として狙っているという事実だけ。だがアルテがアルテミスとしてティアナとの間に築いてきた何かを今垣間見ていた。
そして不思議なことにそれを壊したくないと思った。
あの狂人が作り上げた奇妙な縁を、自分の手で切りたくないと何となく感じた。
だが、現実が、目の前にある脅威がそれを許してくれなかった。
「——っ、危ない!」
ティアナがアルテミスを抱いて飛んだ。その背後を巨大な鉄柱のようなものが通過していく。何が起こったと、アルテミスが視線を走らせれば上半身だけを持ち上げた巨人が、何かを投擲したあとの姿勢でこちらを見ていた。恐らく投げられたのは地下遺跡の一部。ティアナがそれに気がついていなければ今頃二人とも跡形もなく消し飛んでいただろう。
ただ、ティアナがそれにいち早く気がついたからこそ、彼女の足の損壊だけというダメージで済んでいた。
そう、余りの大質量、余りの投擲速度によって、衝撃波だけでティアナの両足を砕いていたのだ。
「くそっ!」
致命傷ではない。愚者の後継者として覚醒しつつある彼女ならば徐々に回復させることも可能だろう。しかしながら魔の力を枯渇させ、尚且つ今この状況では悠長にそれを待つことはできない。有り体に言えばティアナはもう戦線から脱落したも同然だった。
「イルミ! 逃げなさい!」
続いて巨人は近くの瓦礫を掴み取った。鉄柱ほどの大きさはないが、それでも人一人を挽き潰すには余りある巨岩だ。それを巨人は、フォーマルハウトはイルミに向かって振りかぶっている。
対するイルミは魔の力を維持することに集中しすぎて、逃げ出す機会を逸していた。
戦線に生まれた綻びが、確実に三人の命を危機に晒していた。
アルテミスが駆けだしても、余りにも時間が残されていない。
岩が、投げられた。
02/
私はいつまでもその日のことを覚えている。
天井から降り注ぐ、姉の信者たちの血液をかき分けてその人は私を捕まえた。
暴走する狼たちを前にしても、表情一つ変えることなくただ剣を握りしめるだけ。
最初は怖かった。
何時彼に殺されるかびくびくしていた。
でも気がつけば彼の強さに魅せられていて、
彼の生きる姿に釘付けになっていて、
彼が世界を下す度に取り返しがつかなくなっていって、
彼が命がけで私を護ってくれたときから覚悟は決まった。
だからこそ、せめて最期の時だけは彼の名前を口にする。
ここで自分が終わってしまうのだとしても、彼の顔と声と匂いを思い浮かべてありったけを叫ぶ。
アルテ。
世界で一番大好きな、私のご主人様。
いいえ、世界で一番愛している、私だけの狂人。
03/
黒い影がイルミを奪い取る。
巨岩が彼女を挽き潰すよりも遙かに早く、それは動いていた。
手にした黄金色の剣に一切の曇りはなく、
黒い眼はただ前を見据えるのみ。
遅れて地面にめり込んだ巨岩が砕け散っていく。
その破片からイルミを護るように、影は外套で彼女を覆い隠した。
そしてその中で確かにこう言った。
「待たせたな。とっとと魔の力を寄越せ、イルミリアストリアス」
停滞と沈黙は一瞬。直ぐにこちらを見下ろしている男の顔を視界に入れた彼女は答えた。
熱に浮かされた赤い顔で、潤んだ瞳でイルミはたった一言。
「はいっ」
細い首を精一杯伸ばして、アルテの首筋に彼女は優しく噛みついた。
04/
間に合ったか、とアルテミスは、ヘルドマンは息を吐いた。そして自身の傍らで呆然としているティアナを盗み見る。状況をまだ上手く飲み込めていないことを確認したアルテミスはそっと自身の権能を行使し、ティアナを影で地面に縫い付けた。
「——何を!」
もう上半身を起こす力すらティアナには残されていない。最後の気力を脚とともに打ち砕かれた彼女は視線だけでアルテミスを睨み付ける。
「……少し、休んでいてください。今まで、世話になったんだと思います」
ここでティアナの復讐心が暴走しては元も子もないと、アルテミスはもう一度剣を握りしめる。そしてあくまで他人のフリをしてアルテに言葉を飛ばした。
「助太刀、感謝します。私が活路を開きますので後はどうか」
打ち合わせは既に終わっている。後は巨人に最接近し、ノウレッジによって刻まれた術式を起動するだけだ。極論、アルテミスとアルテの二人がいれば作戦は成功する。
「駄目よ! アルテミス、そいつに近づくな! そいつが私の主人を殺したんだ! 惨たらしく太陽の毒で焼き尽くし、苦しめて殺した張本人なんだ! あんたがどうこう出来る相手じゃない!」
言葉は返さなかった。ただ今はフォーマルハウトを何とかせねばならないとそちらに向かって駆け出す。
「イルミ、援護を!」
ティアナの絶叫が地下遺跡に木霊する。
05/
はい! 何とか間に合いましたよ奥さん! 本当に危なかったし怖かった! ヘルドマンの音速を超えた突撃でちびりかけて、急いで地下遺跡に潜り込んで、イルミの元に駆けつけたら本当にギリギリでした! アルテミスに同期した首のチョーカーがなければマジで道に迷っていたから色々と紙一重!
あ、ちなみにヘルドマンの本体はアルテミスの操作に集中するため、地上の安全圏に待機しています。
さて、死ぬほどびびりながら飛んでくる巨岩の前に飛び出したわけだけれども、なんかイルミちゃんちょっと大っきくなってません? アルテミスの肉体の時はそこまで気にはならなかったけれど、確実に大人っぽくなってる気がする。ていうか前より少し重たいし。
が、じろじろとそれを観察している暇はない。
ヘルドマンとの打ち合わせ通り、フォーマルハウトを破壊せねばならない。
その為には万全を期してイルミちゃんから魔の力を貰わなければ。
「待たせたな。とっとと魔の力を寄越せ、イルミリアストリアス」
はい、お約束通りのテイクツーが頂きたいです。何処まで上から目線やねんお前。アルテミスの身体ならば思ったこと感じたことをべらべらと喋ることができていたから完全に油断していましたわ。このポンコツボディでは一言一句気合いをいれておかないと、伝えたいことの3分の1も伝わりません。純情な感情は完全に空回り。
しかしながら、イルミは本当に良い子で、
「はいっ」
甘噛みされたと思ったら、凄まじいまでの魔の力が体内に注ぎ込まれてきた。間違いなくレストリアブールで別れたときよりも質量ともに大幅な成長を遂げている。事実、魔の力の存在を知覚するようになった視力が今までになく鋭敏で、フォーマルハウトを取り巻いている魔の力の一つ一つの流れが手に取るように把握することが出来た。
ああ、これならば負ける道理など一欠片もない。
「イルミ、援護を!」
アルテミス——、いやヘルドマンが駆けだしていた。フォーマルハウトがそんな彼女を押し潰そうともう一度巨岩を手に取る。だがそれをイルミは、俺の腕の中にいる彼女は手袋を嵌めた右腕を突き出してなにかの術式らしき文言を唱えることで阻止した。
銀色の極炎が蛇のように地を這い、フォーマルハウトの腕に絡みついてそれを焼き切ったのである。
すげえ、もう完全に俺より強いんじゃない? この子。
完全に私いらんこですやん。
けれどもそれは与えられた役割を放棄して良い言い訳にはならない。
イルミをそっと地に立たせた俺は、剣を携えてアルテミスの後を追った。レストリアブールでβ相手に闘ったときから、ヘルドマンとの連携のコツは理解している。とにかく頭の回る彼女を邪魔せぬよう、ひたすらサポートに回るのだ。
ふと、首元のチョーカーからヘルドマンに話しかけられる感覚があった。アルテミスと魂レベルで同調していたからだろうか。今、アルテミスの中にいるヘルドマンと念話紛いのことができていた。
——私が腕を切り飛ばしたら、後ろから思い切り蹴り飛ばしてください。目標はフォーマルハウトです。
——いいのか、死ぬぞ。
脅しではない。吸血鬼の呪いで強化された身体能力に加え、今この身体はイルミから貰った魔の力が循環している。二度目の呪いのお陰で魔の力を扱えるようになった俺の蹴りは文字通り致死のそれだ。
ヘルドマンは決して嘲笑するわけではないが、見くびらないでください、と嗤った。
——蹴られる瞬間に障壁ぐらい展開してみせますよ。それともあれですか? あなたの蹴りは愚者の障壁を蹴り砕くとでも。
——委細承知した、ドーター。
やっべ、調子に乗って小娘って言っちゃったかも。だがヘルドマンは気にした様子もなくそのまま黒剣をさらに巨大化させた。そして投擲が通じないことを理解し、こちらに這いずりを始めたフォーマルハウトに向かってそれを振るう。
ざっぱな剣術ではあったが破壊力は正真正銘で、フォーマルハウトの残されていた腕を完全に切り落とした。
「今です!」
アルテミスの背後に飛びかかる。そして地面をしかと踏みしめその小さな背中に思い切り蹴りを放った。ぶっちゃけ、自分でも引くほどに高威力で、障壁に触れたその刹那に衝撃波が生まれた気がする。もちろん蹴りを受けたアルテミスはとんでもない速度でフォーマルハウトに肉薄していった。
彼女を焼き尽くそうとする赤い燐光たちはイルミが展開した銀の極炎と相殺されていく。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
アルテミスが剣を巨人の額に突き立てた。超高熱故か彼女の衣服が燃え上がっていく。猶予など1秒もない。俺は振り返ることなくイルミに叫んだ。
「俺も跳ばせ!」
説明なしでイルミは俺の足下で火炎を炸裂させてくれた。アルテミスと同速かそれ以上でフォーマルハウトに突撃する。目標は巨人にしがみ付き続けるアルテミスの背中。
「っ、すまない」
「あら、あなたらしくもない。でも、上出来ですよ。アルテ」
黄金の剣がアルテミスの背中側から胸先まで貫通している。赤い灼熱に包まれる中、俺はアルテミスごとフォーマルハウトの額を貫いていた。
彼女は至極穏やかな声色でちらりとこちらを振り返った。
「では、一度さようならです」
06/
ティアナは見た。巨人の額に縫い付けられた自身の眷属の姿を。
狂人に黄金剣で貫かれた彼女が、巨人の赤い燐光に触れ燃え上がっていく。
それはまさしく、太陽の毒で焼き尽くされていった主人のようで、
「あるてみす??」
ごめんよ、ティアナちゃん。




