第85話 「クトゥグア」
「おや、目が覚めましたか。気分はいかがです?」
瞳を開いたヘルドマンの視界に最初飛び込んできたのはノウレッジその人だった。
燈色の光が、天井から吊された魔導具から零れ落ちている。柔らかな光に照らされた彼は、安堵したように表情を緩めていた。ただ、直ぐに異変に気がつく。
「おっと、中身が入れ替わっていますね。アルテさんではなく、今度は黒の愚者殿でしたか」
告げられた言葉と同時、ヘルドマンは自身の手から螺旋の槍を打ち出した。ノウレッジはそれを笑みを貼り付けたまま、障壁を使って受け止める。
「——久々の再会なのに釣れませんね。これでも共に赤の愚者と戦った同士でしょうに」
「紛らわしい言葉遣いをする方が悪いと思いますわ。先生。でもさすがの洞察力ですね。まさか一目で看破されるとは思いませんでした」
起き上がったヘルドマンはアルテミスと名付けた魔導人形の体を観察した。彼女の推察通り、右脇腹の損傷が致命傷に至る物だったようだ。ただ、妙なことにその部分が分厚い氷で覆われている。少しでも出血を止めようと誰かが足掻いた痕なのだろうか。
「ティアナという、青の愚者の後継者が施術したものです。あなたも青の愚者の心臓を喰らうことで力を受けづいていますから、姉弟子といったところでしょうか」
青の愚者の後継者——その言葉を聞いて、アルテから報告されていた転移の術を持つ少女のことを思い浮かべる。なる程、野垂れ死ぬのでは無く、主人の意志を継ごうとしているのか。
そうならば——、
「おっといくら狂人が仇になるからといって、彼女に危害は加えないでくださいね。彼女もまた、私の可愛らしい生徒なのです。その時はあなたと戦うことも吝かではありませんよ。私、自分の生徒については真摯なつもりなので」
微笑みはそのまま。だが、彼を取り巻く紫の魔の力の圧力は確実に増していた。例え下位の序列であろうと愚者は愚者。決して油断して相対して良い人物ではない。
ヘルドマンもまた、黒い魔の力を練り上げながら口を開いた。
「別に私はアルテの庇護者ではありませんよ。それにそのティアナとかいう少女も、アルテに挑むならば勝手にすればいいと思っています。最後に勝つのは彼ですから。私はあの狂人の獲物を横取りするつもりは毛頭ありません」
二人の視線がぶつかる。ただ、殺気はなかった。それぞれ引き際を弁えているからこそのやり取り。
すぐにどちらからともなく視線を外す。
そして、先に口を開いたのはノウレッジ。
「ま、そんなことだろうと思いましたよ。あなたは大概放任主義ですからね。私としては二人とも可愛らしい生徒なので争って欲しくはないのですが」
嘆息したノウレッジに対して目を剥いたのはヘルドマンだった。彼女は矛を収めたその瞬間にはまたノウレッジに食ってかかっていた。
「アルテが可愛い生徒って正気ですか? あれは全てを食い破っていく狂人ですよ」
ノウレッジは詰め寄ってきたヘルドマンを押しとどめながら答える。相変わらず柔和な笑みを貼り付けたままで。
「まあ、行動だけ見ればそうでしょうね。青の愚者を討ち、白の愚者を下し、緑の愚者を殺した。そして紫の愚者である私に接触している。この世界で、それだけ大層なことをやってのけたのはあとは赤の愚者とそれに刃向かったあなたぐらいなものでしょう」
ただその眼光だけは愚者らしい鋭さを宿していて——
「でも、彼がアルテミスとしてこの学園にいたとき彼は真摯に生徒に向き合っていた。そして私に教えを請うていた。それだけでどれだけ狂っていようと、彼は私の大切な同僚であり生徒です。そこに一切の例外はありません」
ノウレッジの言葉をヘルドマンは飲み込む。そしてノウレッジ以上に大きく嘆息して言葉を吐き出した。
彼女のそれは諦観と言うよりも一種の懐かしさを感じさせる声。
「ああ、あなたはそういう人でしたね。赤の愚者を殺したいという私の願いを聞き入れてくれた。私が力及ばず敗れても、あなたは私に失望しなかった。確かに、それだけでもう十分だ」
「なら話は早いです。昔の協力関係のよしみ、あなたも私の生徒でしたから師に恩返しをすると思って力を貸してはくれませんか?」
ノウレッジの頭が下げられた。ヘルドマンは、アルテミスの身体で息を呑む。それだけ、愚者が別の愚者に頭を下げることは重大な意味を持つからだ。世界の頂点としてそれぞれが君臨している以上、彼らは常に孤高にある。同盟関係を結ぶだけでも希であるのに、ノウレッジはいとも簡単に頭を下げてしまった。それはいつか、赤の愚者へ挑んだときのヘルドマンの焼き直しのようで、
「……それだけ事態がよろしくないのですね。アルテからは神もどきを殺したと聞きましたが」
「あいつの話を彼から聞いたのですね。あれは太陽の時代の人間が作り出した人造人間です。神と言っていますが、それからはどこまでも程遠い、ただの古くさい人形ですよ。ただ、その性能だけは決して看過することができない」
ノウレッジは近くに用意していた、地下遺跡の地図を手に取る。そしてそれをヘルドマンの眼前に広げてみせた。彼の指は地図の内のある一点を指す。
「ここが今我々がいる天幕のある場所です。そしてここがアルテさんとティアナが神もどきを撃破した地点です」
二点は近くもなく遠くもない微妙な距離だった。これがどうした、と疑問の視線を投げかけるヘルドマンにノウレッジはさらに言葉を続ける。
「結論から言えば、一度沈黙した神もどきが活動を再開しました。やつはこの天幕を目指して再び動き出そうとしています」
それはあり得ない、とヘルドマンは否定する。彼女はアルテから聞かされていた。神もどきがどのような末路を迎えたのかを。氷付けにされ、太陽の時代の魔導具で粉々に砕かれたことを聞かされていたのだ。まさかあのアルテが自身が殺した獲物に対して虚偽を述べるなど考えられなかった。
が、ノウレッジは残念ながら——と頭を振る。
「たしかに彼は神もどきを殺して見せました。しかしながらその肉体は私の想像を超えて生き汚かったようです。神もどきの意志は消失しても、その無限の再生能力を有する肉体が暴走を始めてしまいました」
無限の再生能力。その言葉を受けて、ヘルドマンは咄嗟に赤の愚者とマリアのことを思い出していた。二人とも、程度の違いこそあれどれだけ肉体を損壊させても死ぬことのない不死の怪物である。ただマリアに関しては吸血鬼の呪い由来の可能性が高く、先天的な不死は赤の愚者のみが持つ権能だ。
なれば神もどきは赤の愚者と同じ性質を有しているのだろうか?
「——あなたの推測は多分違うと思います。あれは太陽の時代が自力でたどり着いた技術的特異点のようなものですから。ですから赤の愚者のような理不尽な存在ではなく、我々人類に手の届く理屈の内に生きている機械だと思ってください」
だからこそ、壊しようはある。
ノウレッジの紡いだ言葉に、ヘルドマンは目を光らせた。そして勝ちの芽があるのならば私を使え、と視線で訴える。
「アルテさんは神もどきの意志を消失させることに成功しました。残されたのは抜け殻の肉体のみです。ただ皮肉なことにその肉体を破壊するにも彼の力を借りる必要があります」
視線を受け止めたままノウレッジはヘルドマンに手を伸ばす。その手のひらには魔の力で構成された術式が展開されていた。ヘルドマンは眼前にあるそれに走る文字列からその効用を読み取ってみせる。
「肉体崩壊の術式じゃないですか。禁術ですよ。聖教会に知られたら面倒なことになるでしょう」
「ですが愚者たる私たちがそれに縛られる必要はないでしょう。あなたも幾らその組織の一員とは言え、それくらい融通がきくのでは?」
それもそうですけど、とヘルドマンは零す。しかしながら直ぐに眼孔を細め、ノウレッジを睨み付けた。
「もしやその術式をアルテに行使させるんじゃないでしょうね? その術式は対象者を粉々に分解するだけでなく、使用者も巻き込んで融解させるシロモノ。もしそのつもりなら許しませんよ」
「庇護者でなくとも情はあるわけですね。まあご心配はいりませんよ。この術式は起動トリガーがなければ発動しないように組んでいます。言わばIEDタイプの爆弾ですね」
「あいいーでぃー?」
要領を掴み切れなかったヘルドマンが首を傾げた。ノウレッジは「説明を端折りすぎましたね」と苦笑する。
「この術式をまずあなた——アルテミスの身体に埋め込みます。そして神もどきの暴走した肉体の眼前でアルテに起動させます。すると、術を行使したことになっているアルテミスの肉体は消失しますが、起動しただけのアルテは無事というわけです。もちろん、あなたは本体が別にあるわけですから無傷です。アルテミスの肉体の死によるショックも愚者であるあなたならば問題にはならないでしょう」
そういうことか、とヘルドマンは呟いた。要するにノウレッジは既に肉体的には死亡しているアルテミスに自爆特攻をさせようとしているわけである。術式も、ヘルドマンの魔の力で満たされたアルテミスの肉体ならばより活性化し莫大な効力を生み出すことができるだろう。ただその起動にアルテが必要だ、という場面が気に掛かった。
ノウレッジは補足としてアルテが必要な理由について口にする。
「この術式は確かにあなたの推察通り肉体崩壊の禁術です。しかしながらその構成式の一部に太陽の時代のものを組み込んでいるのですよ。そしてその部分が動かないと術式が発動しないんですよね。で、それらを動かすにはいわゆる太陽の力——私たちが太陽の毒と呼ぶものが必要となってきます」
知恵者としても知られるヘルドマンはノウレッジの企てを全て理解した。それは企ての全貌だけでなくそこから得られる理も含めて。
「正直に言えばその提案は渡りに船ですね。このアルテミスの肉体をどう処分するのか考え物でしたが、あなたの作戦ならば穏便に始末することが出来る。私以外に動かせない人形など邪魔なだけですからね。それにこれは公にするにはいささか面倒な技術が注ぎ込まれ過ぎている」
「前向きなようで何よりです。では早速なんですけれども、術式をあなたに刻ませて頂きます。そしてそのあと直ぐに、私の生徒たちと合流していただけないでしょうか? この術式を確実に発動させるための補助術式を、天幕の周囲に敷設してもらっていますから。ただ、あくまでアルテミス先生として振る舞ってくださいね。ここであなたが疑われだすと面倒なことになりますので」
そう言ってノウレッジは眼を細めながら微笑んだ。ヘルドマンは仮初めの肉体に術式を刻まれる違和感を確実に感じ取りながら、静かに身を任せていく。
燈色の光がちらちらと揺れていた。
01/
術式の敷設。
それを聞かされた魔導力学科や他の生徒たちはノウレッジから預かった魔導具をそれぞれ指示通りに埋める作業をしていた。魔の力にあてられていたイルミもその戦列に加わってスコップを振るっていた。病み上がりではあるが、ノウレッジの知人を語る人物が意識を失ったアルテミスを担ぎ込んできてから、状況が変化したのである。
有り体に言えば、死にかけのアルテミスが連れてこられた時点で「非常事態」と相成ったのだ。
もともとそれほど好きな人物ではなかったが、顔面蒼白かつ血まみれで運び込まれてきた死人のような姿を見て思うところがなかったわけではない。それも地下遺跡で見つかった魔獣から自分たちを護ろうとして負傷したというのだから尚更だ。
赤の愚者——姉に似た魔の力を感じ取って寝込んでいた自分がどことなく情けなく感じる。
あれだけアルテの隣で旅を続けられるようにと牙を研ぎ続けたのに、その牙を振るうことなくダウンしていたなどあってはならないのだ。
だからこそ、せめてこの瞬間だけはと慣れない土木作業に身をやつしているのである。
「お姉様、ノウレッジ先生が言っていた種類の魔の力がここにもある」
「ヘイン、お兄様の言っている魔の力の流れがはそこ。皆で掘り返して。……イルミ、深さはそれくらいで大丈夫。あとは騎士見習いの人たちに魔導具を埋めて貰おう」
普段は決して矢面に出てこない双子——エリーシャとカリーシャがスコップを振るう面々に指示を飛ばしていた。
彼女たちは魔眼によって魔の力の流れを見ることができる。ノウレッジから託された魔導具たちは地に滞留している魔の力を吸い上げて発動する物だったため、彼女達が敷設地点を探し出す役割を担うことになったのだ。
そしてそれらを掘り返す役割を与えられたのは、力自慢の騎士見習いとアズナとハンナを除く魔導力学科の生徒たちだ。
イルミとヘインはそこに加わっている。とくにヘインは騎士見習いたちに形式上の指示を飛ばすことの出来る身分があったので、こちらに残る形になった。
「アズナ、この魔導具のセットはこれでいいの?」
「ああ、これで良いはず。でもまさかこんな形で自分の研究成果を使うことになるとは思わなかったよ」
アズナとハンナは敷設地点の直ぐ側で魔導具の最終調整を行っていた。
鈍色の一抱えもある魔導具には複数のダイヤルがついており、それぞれの数値を敷設する地点によって調整しなければならない。
とくにアズナはノウレッジから魔導具に関する手ほどきを相当数受けていたこともあって、その調整を担っている。中にはノウレッジと共に作り出した魔導具もあり、彼は誇らしいやら不安やら複雑な思いを抱ていた。
「——まさかここにあの狂人の連れがいたなんて。本当、訳のわからない因縁だわ」
そんな作業の様子を、やや離れた場所で眺めていたのはティアナだった。
彼女は古ぼけた木箱に腰掛け体力の回復に努めている。その青い外套はアルテミスの血に混じって半身がどす黒く染まっていた。彼女の視線の先ではイルミがいる。
「私も魔の力を蓄える度に色々と外見が変化したから気がつかれなかったけれど、あの子も随分と変わったのね。狂人と別れているって事は、訣別でもしたのかしら」
イルミがアルテとともにいた経緯をティアナは知らない。ただあの狂人のことなので便利な奴隷として連れ回していたのだろうと考えている。それが何らかの理由で解放されたのかもしれないと当たりをつけていた。
「駄目よ、ティアナ。私の復讐はあの狂人のためにある。あんな小娘如きに刃を曇らせるな」
言い聞かせるようにティアナは自分に呟く。
仇敵の連れであるが、ここで迂闊に手を出すのは下策だ。
今は暴走した神の肉体という特大の脅威が差し迫っている。内輪揉めをする余裕などない。
自身の能力を狂人を殺すためだけに追求してきた以上、いらない業を背負いたくないと忌避もしている。
そして何より意識にちらつくのは、
「駄目よ。ここで平静を保てなければあいつに会わせる顔がないわ」
アルテミスの心音は止まりそうな程に弱かった。人のみで神を殺して見せた彼女はあれからティアナの呼びかけに一切答えなかった。
ノウレッジはまだ助かると言っていたが、それもどこまで本当かわからない。
しかも神もどきの肉体が暴走してこちらに向かってきている事実がますますティアナを苛つかせる。
アルテミスを担いで工場を跡にした彼女は、背後で吹き上がる赤い血煙と肉の塊の蠢きを見ていた。工場の外壁を取り込んだそれが少しずつ人型に変化していたことも確認している。それはまるで、アルテミスの全ての奮闘が徒労だったと告げられているようで、腹立たしくて仕方がなかった。
彼女は血が滲むほど唇を噛む。
同時、大地が揺れ、地下遺跡の天井から土埃が降り注いできた。
「——来たか」
アルテミス以外の全ての人間の手が止まる。遺跡の影をかき分けてそれが現れる。
この世界の地獄の具現。
月の民にとって忌まわしき、天頂に輝く太陽が地底に顕現したかのような、禍々しき存在。
現れたのは炎の巨人。太陽の時代の神話に描かれるような、火に塗れた灼熱の巨人だ。
否、炎に見えるのは全身から吹き出た血液が赤い燐光となって大気を侵食しているためである。一歩進むごとに大地とそれに生え建つ遺跡たちは超高熱により発火していた。
人間の十倍はあろうかという巨躯を引き摺りながら、巨人は真っ直ぐティアナを目指していた。
爛々と輝く太陽のような黄色い眼とティアナの青い瞳が交錯する。
「お前のせいでっ!」
ティアナが魔の力を練り上げる。限界以上に魔の力を注ぎ込み術式を展開していく。既に枯渇寸前の魔の力だが、このあとの転移の事は考えず全てを吐き出していく。だが先走るようなことはしない。怒りに任せて暴発する真似はしない。
「止まれ!」
ふと、ティアナ以外の声が聞こえた。それはスコップを投げ捨てたイルミだった。
彼女もまた、ティアナのように魔の力を練り上げている。その総量は青の愚者の後継者たるティアナが目を剥くほどのものだった。周囲が恐怖すら感じる魔の力を注ぎ込んで、イルミは術式を行使した。
それは天から降臨する小さな小さな銀色の月。
巨人が世界を焼き焦がす灼熱の炎だとすれば、彼女が生み出した光球は静謐な月である。
手のひらの大きさほどしかない月はゆっくりと炎の巨人の眼前へと降り立った。
「爆ぜてしまえ」
瞬間、月が爆発した。薄暗かった地下遺跡が銀の閃光に包まれる。
小さな光球から吹き出したのは津波の如き銀の火炎。イルミが注ぎ込んだ魔の力は正しく世界に奇跡をもたらし、巨人の上半身を焼き尽くしていく。そのあまりの熱量に、敷設作業に従事していた生徒たちは一様に地に伏せ、破滅的な破壊から身を隠さなければならなかった。
「——ちっ、しぶとい奴」
イルミが言葉を吐き捨てた理由は至極単純。焼き尽くした側から、巨人の肉体が再生を始めたからだ。銀色の極炎を塗りつぶすかのように赤い燐光が肉体の断面から吹き出していく。そしてそれは数秒も経てばもとの肉体への変態を果たしていた。
「うわあ、イルミっちも大概だけれど何あれ、完全に化け物じゃ……」
一連の動きを見ていた他の生徒たちがようやく身動きを取りだした。今だ理解が出来ない光景ではあるが、誰が言わずともこの炎の巨人が火急の脅威であることは認識が出来た。
「残念だけれどノウレッジの魔導具如きで止められる存在じゃなくなっているわね。もとの存在よりか強大になっている」
ティアナの見立て通り、もう小細工で足を止められる存在ではなくなっていた。じりじりと後退していく生徒たちに彼女は告げる。
「逃げるんなら今のうちに逃げなさい。あいつの狙いは私だから」
「その通り。中途半端な戦力はいたずらに命を散らすだけですよ」
誰かがティアナに言葉を重ねた。それまで巨人から一切目をそらすことのなかった彼女が思わず背後に振り返る。
声は礼厳で、かつ意志に溢れていた。
「まさしくかつての神話に語られた炎の巨人ですね。たしかフォーマルハウトといったとか。イフリートでもいいかもしれません。ですが、あの大きさと凶暴さはフォーマルハウトの方が相応しいか」
黒い、魔の力で作られた剣がある。何も写さない虚無の剣。全てを切り裂いていく無慈悲な剣。
脇腹から血を滲ませながらも彼女は真っ直ぐに巨人を睨み付けていた。
「さて、本命がもうすぐ到着します。それまでの前座、正しく進行しましょうね。イルミリアストリアス、ティアナ・アルカナハート」
大地に2本足で立つ「アルテミス」は美しく微笑んでいた。




